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クロの物語  作者: 大和
第二部:Black Feather:
43/45

第二章 アイドルⅢ

「…今日はここまでですねー。この後は掃除がありますので、皆さん準備をして下さいねー」

 四時間目が終わった。

 よし、渡辺さんのお見舞いに…と思っていた竜馬は、足止めをくらった。


「はい、真田君。これほうきとちりとりね」

「え、あ、いや。ちょっと…」

「ちょっと何?朝の騒ぎのせいで掃除大変よ?きちんと責任取って最後まで手伝ってよね」

 確かに朝の騒ぎで出たゴミの一部は、まだ白いごみ袋に入れられて教室の後ろにまとめられているし。

 細かいゴミとかはまだ落ちているかもしれない。

 

 だがそんなことより、

(責任取ってって言われてもなぁ…)

 正直納得はいかないが…


「……………」

「………わかりました…」


 目の前に立つ少女は目が座っていた。ちょっと怖い。

 結局竜馬は諦めて手伝うことにした。

 口に出したら、『諦めてとかじゃなくて、最初から手伝いなさいよ!』とか言われそうだが…。



「あの…」 

 未だに竜馬から目を離さない少女の背後から、誰かが声をかける。

「ん?あなたは…(その)(かわ)典子(のりこ)さん…だっけ?昨日転校してきた」

 そこにいたのはあの転校生だった。そういえば名前は初めて聞いた。

 申し訳なさそうな表情をしているが、それ以上に体調が悪そうだ。


「ごめんなさい…少し体調が悪くて………。保健室に行ってきていいかしら…?」

「ちょっと大丈夫?顔色悪いじゃない!保健室、ついていこうか?」

「ありがとう、大丈夫よ。それより掃除の方は…」

「いいのいいの、気にしないで!真田君が何人分も働いてくれるから!ね?」

「え?へ⁉」

「…ね?」

「………はい、頑張ります…」


 圧力がとんでもなかった…。

(というか俺、弱ぇー…)

 

 目線で訴えかけてくる圧力に負けた竜馬は、結局数人分頑張ったのだった。



「うおおおおおっ!」




「……………」

 竜馬はがっくりとうなだれていた。具体的に言うと、両肘を机に立てて体重をかけ、両手を組んでおでこに当てている。

 すでに掃除の後のホームルームは始まっているが、しばらくこのまま動いていない。

 まあ理由はただ単に、先ほどの掃除の時間にはりきって動き過ぎて、疲れ果てているだけなのだが…。

(いや、確かに全力で雑巾がけしたり、ゴミ袋持って階段駆け下りたりしたけどさぁ…。やっぱり体力がないなぁ…)

 

 ただ落ち込むような気持ちにはなっていなかった。

 

(特訓をしよう。剣の振り方とかじゃなくて、まず基礎体力から。拓摩の言ってた通りだな…。走り込みとか筋トレとか。まだまだ伸びしろが―)



「真田君?大丈夫ですか?」

「―あるぅ…う?はい?」

 突然思考が現実に戻される。周りを見まわすと、すでにクラスメイトたちが荷物をまとめて下校の準備をしている。


「はい?ではなくて。ホームルーム終わりましたけど、どこか体調が悪いとか?」

 初めて見る顔の先生が、顔を覗き込んでくる。

 未だに生徒全員が学校に来るには程遠く、クラスも中途半端な合同クラスのため、ホームルームも当番制で回しているらしい。

 少し顔の見知った担任の先生ではなかった。


「あ、いえ。帰ります!」

「ちょっと!ちゃんとホームルームの話、聞いてました⁉」

「…はい、聞いてました!さようなら!」


 一瞬変な間があったが、そう返事をすると竜馬は教室をかけ出た。


「いや、聞いてなかったでしょう⁉………。全く…って、カバン置いて行ってるし!」



 流石にカバンを忘れて家まで帰ることはないだろう。気づいて取りに来るはず、と思ったその先生は、カバンをそのままにしておいた。

 

 そして竜馬は目的の場所へと駆けていった。

 目指すは保健室である!




 ではここで簡単に、ここ竹前高校の概要を説明しよう。

 校舎は四階建てで、くの字に折れ曲がっている。

 “く”の字の折れ曲がり部分に、一階から四階まで抜ける大階段があり、主にその階段で階の移動をする。


 竜馬たち一年生が二階、二年生が三階、三年生が一階に教室があり、“く”の字の片辺に階段側から順に並んでいる。

 各学年三~四クラス、一クラスに大体四十人弱なので、生徒総数としては四百人弱くらいになるだろうか。

 

 もちろん各クラスの教室しかないわけではない。

 一~三階は残った片辺に、四階は全体に、様々な科目の教室が配置されている。

 ちなみに一階には保健室と職員室、そこから渡り廊下がつながって体育館があるといったような形である。

  


 さて、竜馬が目指す保健室は、一階の大階段のすぐ横だ。

 二階の大階段のすぐ横である一年一組の教室からは、ほぼ階段を下りるだけですぐ着いた。

 

「失礼しまーす…」

 竜馬はノックをして、静かに保健室へ入る。

 常駐の養護教諭は席を外しているようだ。三つあるベッドのうち二つのカーテンが閉まっている。

(渡辺さんと…あの転校生、園川さんだったっけか…)

 

 ただここで問題が。

 二人がどちらのベッドで寝ているか、全く分からない。

 一応、手前のベッドの足元にある靴には見覚えがあった。

 ただ、それがどちらのものとか断言できないし、二人とも似たような靴を履いていた可能性がないわけではない。

(…仕方ない、いったん出直そう。というか何で一人で女子のお見舞いに来てるの、俺⁉えっと、水連寺さん…に一緒に来てもらったらよかったなぁ…)

 

 踵を返そうとする竜馬。

 と、 


「……―……―…」

(ん…?) 

 声が聞こえた…というか、呼ばれた気がして、竜馬は振り返る。

 その声は本当に小さく、何を言っているかは分からなかった。

 ただよく耳を澄ましてみると、手前の閉まったカーテンから声が聞こえてきているようだ。

 本当に小さな声で、何を言っているか分からないが…。

(でも呼ばれた気がしたんだよな…?何だろ?)

 呼ばれているとしたら体調が悪くて助けを求めているとか…?と気になった竜馬は、その閉まったカーテンへと歩いていく。


「…―君、―君…」

 やはり誰かの名前を呼んでいるようだ。近づくにつれ、後ろの“君”の部分だけが漏れて聞こえてくる。

(その部分が聞こえたから、呼ばれているように感じたのかな…?というか、さっきから名前しか呼んでないけど、これもしかして寝言とかだったりするんじゃ…)

 ここまで来て、竜馬は心の中でしまった…と思った。

 体調が悪いのであれば、名前だけを連呼するようなことはないのではないか。あるとしたら眠って夢を見ているとか…。

(あちゃあ………一声だけかけて、寝てそうだったら帰ろうか…)


 意を決めて小声で一言、声をかける。  

「………渡辺さん?それとも園川さん?起きてる?」

「―ふぇっ⁉…さ、真田君⁉」

「‼」


 返事があった。可愛らしい驚きの声。

 この声には聞き覚えがあった。


「あ、渡辺さん?ごめん、起こしちゃった?」

 まずはカーテン越しに声をかける。

「い、いや。起きてるよ…」

「よかった…。じゃあ、少し入ってもいい?」

「ふぇっ⁉…ち、ちょっと待って‼」

 焦るような声から十秒ほど。

「………ど、どうぞ…」

 と、小さく、聞こえるか聞こえないか分からないくらいの音量で呟いた。

 その声を聞いて竜馬はカーテンに手をかけるが…。

「……………」

 何故かこちらも十秒ほど、そのまま固まっている。 

(………な、何でこんなに緊張してるんだ…?ただお見舞いに来ただけってのに…)

 ドキドキと胸の鼓動が速くなっているのを感じる。

 それでもここまできた以上、あまり時間をかけると不審に思われるかもしれない。

 何をしに来たのかと、怪しまれるかもしれない。

 

 いや、それよりも何よりも。竜馬は、この緊張を悟られたくなかった。

 なんだか恥ずかしかったのだ。


「…失礼します…」

 こちらもまた、聞こえるか聞こえないか分からないくらいの音量で呟くと、ゆっくりとカーテンを開けた。



「あの…体調、大丈夫?」

「うん…大丈夫だよ」

「あ、ええと………少し座ってもいいかな?」

「うん、いいよ。そこに椅子があったはずだから…」

「ありがとう…あったあった。失礼します…」

「ど、どうぞ…」

「……………」

「……………」

「………た、体調は大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう…」

「……………」

「……………」



 いや、初々しいかよ‼

 

 黙っている時間長すぎだし、体調を気にする下り二回目だし!そのことに二人とも気づいてなさそうだし‼


「……………」

「……………」


 …どうやらこの二人の初々しい感じはもう少し続きそうなので、少し別のところを見てみようか…。




 はい、それではここで所変わって。

 相川拓摩は一人、廊下を歩いていた。

 ホームルームが終わって、親友である真田竜馬を探しに来ていたのだが…。

 結論を言うといなかった。

 竜馬のクラスには彼の姿はなく、机には荷物だけが残されていた。

「あれぇ…?どこ行ったんだ…?」

(出来るだけ一緒にいようって話だったのになぁ…)

 

 拓摩が廊下をうろうろしていると。

「あれ、あなたは確か真田君とよく一緒にいる…相川君………だっけ?」

 背後から声がかけられる。

「ん?ああ、君は竜馬と同じクラスの…水連寺さんだったよね」

 

 相川拓摩と水連寺美影。二人とも竜馬関連で覚えていた相手だった。

 そもそもこの二人は、ほぼほぼ会話をしたことがない。

 ただ彼らの間には、ぎこちなさのようなものはなかった。


「そうだ、竜馬見なかった?ちょっと探してるんだけど………うっ…」

「それが、私も彼を探しているところなの………どうしたの?」

「いや、何か立ち眩みが…」

「気を付けて。あなたまで倒れたら、保健室がいっぱいに……あ………ふふっ…」

「…ん?」

 立ち眩みでふらつきながらも、拓摩は顔を上げる。

 対して美影は、左手を腰に、右手をは人差し指をこちらに向け決めポーズ!


 

「…謎は全て解けたわっ!」




「…………そのポーズ、やってみたかったの?」

「……………やってみたかったの…」




 所戻って保健室。先ほどまでまともに会話ができていなかった二人。流石にそろそろ話は進んで…

「……………」

「……………」

 …まだ進んでなかった!


 先ほどから竜馬が話しかけては朋美が一言返し、その後二人とも黙るというのを繰り返していた。

 誰かの介入なしではうまくいかないのか…と、その時。


「………ははっ…」

「………ふふっ…」

 そんな状況。打ち破ったのは二人同時だった。

「………あーもう!ふたりして何をやってるんだか!」

「…ほんとそうだね!」


 突然何故か普通に会話を始める二人。

 その理由は単純。ちょっと落ち着いてきたことで、相手もまた緊張していることが分かったから。緊張しているのは自分だけではないと思えたから…であった。


(竜馬君も緊張してるんだぁ…。一緒で何だかうれしいな………。あれ?何で一緒だと嬉しいんだろう?)


(渡辺さんも緊張してるんだな…。やっぱり、さっき怒らせたちゃったんだろうか…?…どうなんだろう…)

 

 よくよく見れば思っていることは少しずれているが、言葉にしていない以上、互いに相手のそれは分からない。

 ただ明らかに会話しやすくなった状況があるだけだ。

 

 竜馬が声をかける。

「あの…さっきは、その…ごめん!」

「…えっ⁉」

 心の中の嬉しさが表情ににじみ出ていた朋美も、驚きながら答える。

 それに続く竜馬は頭をさげ、早口でまくし立てた。


「さっきは多分…こっちの対応が悪くて渡辺さんを怒らせちゃったんじゃないかなって。いや、そもそも何がその原因かも分かってないのもだめだよな…ごめん。あと、お見舞いとかいって男一人でここに来てるのも、デリカシーがなかったよな、本当にごめん!」


 

 この時朋美は、竜馬が自分と同じく緊張してしまっていたという事実だけを考え、そしてそれを喜んでいた。

 

 対して竜馬は、朋美が緊張している、その理由を考え、思いつくもの全てを吐露し、謝罪した。

   

 思えばこれは、二人の気持ちの変化の証…だったのかもしれない。



「だから―んっ⁉」

 勢いよく頭を上げ、更に続けようとした竜馬を止めるように手が差し出される。

 無論、朋美の手である。

 朋美はその手を自分の口元へもっていき、人差し指を一本立てた。

 よく『静かに』という意味で使われるポーズである。

「……………」

「…………うん」

 そうして竜馬が落ち着いたのを確認してから話し出す。


「大丈夫、何も怒ってなんかいないよ。むしろ私が倒れちゃって申し訳ないくらいだもの。それにね―」



「―竜馬君がお見舞いに来てくれて、本当に嬉しかったよ!ありがとうね!」



(ああ…まただ…)

 竜馬が思い出していたのは、出会ったその日のこと。

 確か、家の場所が分からなくなっていた朋美を手助けしたんだったか。

 あの日はクスッと笑うくらいだったが、それでも心が温かくなって、目が離せなくなった。

 そして今日は、満面の笑顔だった。

 これは…ずるい…。


(目が離せない………胸が苦しい…。これってもしかして………)


「…え?あ、あの………竜馬君…?」

「………はっ⁉」


その声で、竜馬は我に返る。

そこで右手が何かに触れていることを自覚して、そちらに目を向けると…



「……………」


 彼が触れていたのは、朋美の頬であった。

 軽く添えるように触れている手の向こうでは、朋美が顔を真っ赤にしながら黙っている。


(な、何で⁉いや今はそれよりも…)

 深く考えるよりも先にこの手を放すべきだと判断した竜馬は、急いで手を引く。

「ご、ごめん‼俺何をしてるんだ⁉」

「あっ…いや、大丈夫だよ⁉びっくりはしたけど…」

「そうだよな、もう一人同じ部屋にいるのにこんなことするなんて…」

「ううん、心配しないで……………え?」

 

 ここでのもう一人というのは、隣のベッドで寝ているであろう転校生、園川典子のことだろうが…。

 竜馬はかなり混乱していたのだろう。

 この言い方では、二人きりなら頬に触れてもいいようにも聞こえる。


 ただ朋美はそこには触れず、別のところに違和感を持った。

 未だに頬を赤らめながらも、竜馬に聞き返す。 



「………え?もう一人?この部屋には私しかいないはずだけど…」



「…………え?」

「……………?」


 そんなはずはないと竜馬は、もう一つの閉まったカーテンの傍へと向かう。


「……………」

 そこにはまず靴がなかった。

 思い出したらそうだ。保健室に入って最初、手前のカーテン下の靴は確認していたが、奥は見えていなかった。

 ただ、カーテンが閉まっている。なら中に誰かいるはず…。

「…確か緊急対応訓練用の人形の置くところがなくて、皆が怖がるといけないからカーテンを閉めてたはずだけど…。どうしたの?」

「…………うん…」

 その通りだった。そこにあったのは人工呼吸用の人形。

 人が寝ているわけではなかった。


 これで竜馬はますます混乱する。

 ただそれもほんの少しの間であった。

 混乱する頭を落ち着かせながら、朋美に質問をする。 


「…渡辺さん、少し聞いてもいい?」

「うん、いいけど…」

「…渡辺さんがここに来てから、先生以外に誰も出入りはしなかった…?誰かがベッドを使いに来たとかは………」 

「…うん、なかったよ。私ずっと起きてたから、誰かが休みに来てたら気付くはずだもの」

「なるほど………」


 こうやってすぐに頭を切り替えられるのは、彼が少なからず戦場という極限の状況にいた経験を持っているから…であろうか。

 先ほどの朋美との会話中のグダグダぶりを見るに、何らかの条件でもあるのか。限定的なものではあろうが、大したものである。

 

「…ごめん渡辺さん!ちょっと行ってくる‼」

「え?あ、うん。いってらっしゃ…い?」


 正直何を言われているか分からないまま、朋美は竜馬を送り出し。

 竜馬は保健室を飛び出した。


「―って、うわっ⁉」

「きゃっ⁉」


 そこで誰かとぶつかりそうになる。

 その相手は見知った顔であった。


「ちょっと…突然飛び出して来たら危ないじゃない…」

「ごめんなさい…あっ!水連寺さん?」

「ああ、真田君ね。どうしたのそんなに急いで?」

「ちょっとお願いがあるんだけど!」

「え、な、何かしら…?」

「渡辺さんをお願いしてもいい?」

「お願いって………何?あの子また体調悪くなってるとか⁉」

「あ、いや違うよ。ただ傍にいてあげてほしいだけ」

「そう?なら全然いいけど…?」

「うん、頼んだよ!」

「あ、ちょっと⁉」


 訝しみながらも承知した美影を置いて、竜馬は再び走り出した。

 とりあえず、近くの階段へ向かう。


(何だろう………なぜか、嫌な予感がしてる…!)



 何とも言えない不安を胸に、竜馬は駆けて行った。


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