~Before the chapter2~
歩き疲れた…そんな気持ちだった。
幼い頃から常に、前に前に。
歩き続けてきた。
同学年の子達が校庭で遊んでいた時間、彼女はダンスのトレーニングをしていた。
友人たちが修学旅行に行っている時に、彼女はそれとは別の所で歌を歌っていた。
バレンタインデー、クリスマス…。世が色めき立つ日に、彼女は仕事をしていた。
年不相応…と一言で言えばそれまでだが、そんな簡単な話ではない。
「…え?今日も遊べないの?」
「つまんないのー…」
結果として彼女は、たくさんの時間を犠牲にしてきた。
ただそれは彼女自身の望む所であり、目指す夢にとって必要な特訓であった。
「あの子、修学旅行にまで来てないの…?」
「○○君可哀想だよねー。せっかく今日こそ告白するって意気込んでたのに…」
その夢は叶えられた。
そう、彼女は―
「あの子、義理チョコすら渡さないのかなー?」
「時間ないって言ってたしねー。何よりあの子は―」
―アイドルだった。
少女は暗闇で、一人物思いにふける。
すらっとした手足と、高めの身長が大人っぽさを感じさせるが、対照的に髪を左右の耳の上でまとめた、いわゆるツインテ―ルが可愛らしい。
顔立ちの良さも含めて、男性に人気の出そうなルックスである。
しかし、その表情は浮かない。
目は虚ろで、床にしゃがみ込んだまま、どこか宙を見つめている。
何か辛いことでも重なったのか、その様子は尋常でない。
「愛瑠、晩御飯出来たからおいで」
ドアの向こうからそんな声が聞こえた。
声の主はこの状態が分かっているのか、ドアを開けず外で返事を待つ。
少し間をあけて、愛瑠と呼ばれたその少女は、
「分かった…」
とだけ、返事をした。
彼女の名は園川愛瑠。
全国放送のテレビにも出演したことのある、有名アイドルユニットの一人。
そう、まさに彼女はアイドル『だった』。