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クロの物語  作者: 大和
第一部:Black Story:
35/45

第八章 一歩Ⅲ

 一日、二日と。

 日が過ぎて行くのが彼にとってはあまりに早かった。

 そして気付けば一週間。

 一週間毎日、彼は同じ場所に通い続けていた。

「……………」

 そして、ただただ無言で眺めていた。

 遠く、青く、広がる海を。

 白く、美しく、輝く砂浜を。

 この海岸がこんなにも美しい表情を見せるのかと、いつもの彼なら思っていただろうけど。

 その傍に居るはずの二人がいないだけで、もうそんな余裕はなかった。

 

 そして今日も一人、砂浜へ足を踏み入れる。

 本来そんなことをしている体調ではないのだが、周りの人たちは、誰一人彼を止められなかった。

 

 そして彼本人も。

 いなくなった二人を早く探そうと思えば、ビラ配りを手伝うなど出来ることは沢山ある。

 それでも。そこに頭が回らないほど。

 いや、気付いていても抗えない何かがあるのかもしれない。


 それは二人がここに帰って来るという漠然とした予感か、はたまた手を伸ばしても救えなかった後悔か。

 どちらであってもそれによって、彼はこの小さな海岸に縛り付けられていた。


 


「……………」

 暑い。

 今日は朝から一段と暑かった。

 空から照らしつける日の光が、白い砂浜で反射して眩しい。

 汗は流れ出て鬱陶しいし、乱反射する日光で目がおかしくなってしまいそうだ。

 …いや、むしろ。気でも狂ってしまったほうが楽なのでは…。

 そう思ってしまうほど、彼の心の苦しみは大きいものであった。

 

 ほら、今だって。

 遠くの砂浜に訳の分からない黒い人影が…見える。

 これだけ暑いのに、見ているこっちまで暑くなりそうなほどの真っ黒な服装で…。

(ん?それってもしかして…)

 ふと、彼の目に力が戻る。

 これまでも何度か人影を見たことはあった。

 でもそれは警察官だったり、病院から迎えに来た人だったり。

 つまり彼が求めていたものではなかった。

 

 しかし真っ黒な人影など、強いて言うなら普通ではない。

 その“普通でなさ”が彼に希望を持たせた。



 もちろんそこに彼の目的の少年たちがいるとは限らない。

 でも、本当のことを知っている者が、こちらを待つように立っている。

 たまたまかもしれない、でも何か根本的なことをも知っているかもしれない。

 何かを知っている確率がゼロでない以上、彼にとって意味のある進展であった。


 一歩一歩、確かめるように近づいていく。

 その人影が消えてしまわないか、本当に幻ではないのか。

  

 結局、その黒い影は消えなかった。

 確かに、そこにはあの男がいた。

 

 

 

「…………久しぶりだな…」

「……………」

「………何であんたがそこにいるかはわからないけど、何か知ってるのか…?」

「……………」

「…竜馬は…。航輔は!二人はどこにいる‼」

「……………」

「あくまで無視を貫くのか…」

「……………暑い…」

「は…………?」

「…相川拓摩君。この格好暑いんですよ…」

「あ、うん…」

「………もうちょっと早く来てほしかったかな…」

「…すまん………」



「…では話の続きをしますか」

「それ脱がなくて大丈夫か…?」

「大丈夫だ、問題ない」

「おい、ちょっと待て。それ色々と大丈夫なのか?」

「………何を言っているのか分からないけど…。それよりいいのかい?君の本当の目的はこの少年だろう?」

「…え?」

 体に隠れて見えていなかったが、その男は羽織った黒いローブの上に何かを背負っていた。

 男はゆっくりと、傷つけないようにそれを降ろす。

 紐か何かで体にくくりつけていたのだろうか、それは動かない。

 動くはずのものが動かないと、これほどまでに不安になるのか。

 つまりそれは、本来動くはずのもので。

 彼が探し求めていた、その人であった。



「竜馬‼」

 彼こと、相川拓摩は叫ぶ。

「ほら、言っただろう?悪いようにはならないって………おや、何のまねだい?」

 そしてその場で構える。

 いつの間にかその手には、二本の剣が握られていた。

「竜馬は返してもらうぞ…。たとえ………力ずくででも‼」

「ほう…。力ずくか…面白い」

「…っ⁉」

 

 拓摩の強気の姿勢を見て、黒いローブの男の口元がふと緩んだ気がした。

 その瞬間、体感したことのない感覚が拓摩を襲った。

(な、何だこれ…⁉)

 鳥肌が立って、体が一気に重くなる。

 息苦しく、まっすぐ立っているのも辛い。

 突然の体調不良の原因は、間違いなく目の前の黒いローブの男だろう。

 人としての理性の部分ではなく、野生の勘のようなものが警鐘をならしている。

 

「どうする?戦ってもいいし、おとなしくこちらの話を聞いてもらっても構わない。決めるのは君だ」

「くっ………」

(戦うのか…?この未知数すぎる相手と…。だが、こいつは敵だ。話を聞くって言ったって、一体何を要求されるか分からない。たとえこの男が手も届かないような強さだったとしても、一矢くらいは報えるはず………いや―)


「―話を聞こうじゃないか…」

 こういう時ほど冷静さを忘れてはならないと、あの日、この場所で学んだはずだった。

 今は選択を誤るわけにはいかない、と、拓摩は自らに言い聞かせる。

(今なすべきことは、この男に一矢報いることじゃない。何より竜馬を無事取り返すことだ。方法なんて二の次でいい!)



「分かった。では一つ、約束してくれ」

「約束…?」

「ああ」

 黒いローブの男は動かない竜馬を抱きかかえると、拓摩の目の前まで歩み寄る。

「…ああ、そんなに身構えなくてもいい」

 つい反射的に身構えた拓摩に、楽になるように促す。

 拓摩の緊張が幾分かとれたのを確認して、続ける。


「ただただ君にはこれからも、この少年を傍で支え続けて欲しいんだ。何があっても…」


 その、よくよく考えればかなり重たい約束。

 長い人生の中、何があっても傍に居ることなど現実的なのか…。

 だが、拓摩はあっさりと、


「…そんなこと言われなくても、支え続けるに決まってるだろ」  

 


「………うん、ならいい」

 その返答に満足げに頷いた黒いローブの男は、拓摩に竜馬を預ける。

 拓摩の手に、ずしりと重さがかかる。

 それは紛れもない、親友(とも)の重さだった。


「では、私はビラ配りをしている人たちにも報せてくるかな」

「…何を?」

「真田竜馬君なら、海岸をふらふらと歩いている姿を見ましたよ。相川拓摩君が行ってるのなら、もう会っているんじゃないですか?…って」

「黙ってろってことか……………まあいいよ。竜馬を返してくれた恩返しだ」

「…それはありがたいね。では」

 もうその力を隠す気はないのか、一蹴りで尋常じゃない跳躍力を見せつけて黒いローブの男はどこかに消えて行った。

 あの言い方なら、この後商店街にでも向かうはずだろう。



「う……ん…」

「竜馬‼」

 先ほどまで全くと言っていいほどに動かなかった竜馬が、僅かに瞳を開けたが、拓摩はそれを見逃さなかった。

「しっかり!体調は大丈夫か⁉」

「あ、う………」

 意識はあまりはっきりとしていないようだ。

(やばい…早く病院に連れて行った方が………)

 だがしかし、拓摩自身も立派な病人である。

 抱きかかえて移動できるような体調でもない。


(剣も消して………くそっ!体が思うように動かない‼)

 二人そろって砂浜に突っ伏すように転ぶ。

 このままでは竜馬共々、熱中症でおだぶつだ。


(やばい………体、動かな………あっ)


 朦朧としかける意識の端で確かに聞こえたのは、あまりに到着が早すぎる足音。

 砂を凄い勢いでかき分けてくる音だ。

 大量の見覚えのある人影が、白い砂浜を駆けてくる。

 皆、それぞれで喜びを表しながら近づいて来る。

 先頭を走る中年女性と少女が、紙の束を投げ捨てた。

 それらは自らの役目が終焉を迎えたことを知りながらも、さながら花吹雪のように舞い踊った。

 

「……………」

「竜馬…」

 その様子が見えてか、いや見えているのだろう。

 竜馬は右手を高く上げ、親指を一本立てて見せた。

 わあっと歓声が上がる。

 

「…ほら、みんながいる日常だ…」

 その日常は、まだ不出来なものである。

 航輔はまだ行方知らず。

 晴馬はもういない。

 たった三週間ほどで、こんなにも変わってしまった。

  

それでも。


それでもなお。


 こんなにも沢山の人が、真田竜馬の帰還を願っていた。

 

 

「…拓摩…」

 竜馬は声を絞り出す。

 こんな時に何と言えばいいか、その言葉をひねり出すために。

 その言葉は何ともあっさりと、ただし確かな重みを持って放たれた。



「………ただいま…」

「…ああ、おかえり」



 そして、竜馬は…



 日常へと一歩、帰還した。  

   

    


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