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クロの物語  作者: 大和
第一部:Black Story:
33/45

第八章 一歩Ⅰ

「……………」

「……………」

「……………」


「……………」

「……………」

「……………」


 向かい合う三人と三体。

 互いにそれぞれの存在は確認しているが、暗闇の中、相手の細かな様子は見えていない。

 と、その時。

 突然空が明るくなった。

 雲に隠れて見えなかった月が出てきたようだ。

 戦う相手と見定めた、その姿が顕になる。


「…何だ、やけに小さいではないか…」

「そうか?普通だと思うけど…」

「オーガ殿にゴブリン殿!それは我々が大きいからではないのか?」

「ちょっと待て。確かに君たちは大きいが……その中に私の名前も入れたな?何だ、私に対する挑戦なら受けて立つぞ?」

「申し訳ない―‼ゴブリン殿―‼」



「……………」

 竜馬は苦笑した。


 戦いを前に、やけにほのぼのした雰囲気を見て…。


 そしてその姿に、自分たち三人を重ねて。 

 

 そこに苦みが含まれている理由は、そんな身近に感じてしまう相手と戦うのを躊躇ってしまう感情からだろう。

 


「…うるさいよ、お前ら…」

 隣から聞こえたそんな声に、竜馬の心は引き戻される。

 確かに隣から聞こえたはずだが…。

 竜馬はそこにいる少年の、そんな声は聞いたことがなかった。

他人(ひと)の命を踏みにじるような真似しといて、何楽しそうにしてんだよ…?」

 そう。相川拓摩の、これほど怒りに満ち溢れた声は。


「…この化け物どもがっ‼」



「ほう………」

「……………」

「……………」

 そこまで敵意をむき出しにされれば、それに応えないわけにはいかない…と。

「そう来てくれるなら、それはそれでありがたい…。こちらを殺す気で来てくれるなら、こちらも遠慮なく………殺しにいける」

 ゴブリンたちもまた、本気の目に変わっていく。



 そして。

 開戦の合図は、唐突にやって来た。


 フッと、一瞬視界が暗く染まる。

 細い雲が明るい月を僅かに隠した、その瞬間に。

 拓摩と航輔は、対面する形の相手へと駆け出していた。

「「っ!」」

 向かわれた相手は、そんな二人を引き付けるように、後退しながら左右に広がっていく。

 無論、彼らの作戦のために。


「拓摩!航輔!」

「おっと!貴殿の相手は自分がいたそう」

 竜馬の前には、頭に触角のようなものを生やした大男が立ちはだかる。

「…あんたは…?」

「名はオーガと言う。貴殿は真田竜馬…でよかったな?」

「………ああ」

 どうしても無くならない少しの()

 やはり拭えない、戦うことへの迷いが作り出す。

 ある種の呪いのようなものだった。

「…どうした?あとの二人に比べて、乗り気ではなさそうだが?」

「そんなこと……………あるのかぁ…」

「ふむ………」

 まさか戦う相手に弱音を吐かれるとは思いもよらず、少々面食らう形となったオーガだが、ふと過去の自分を思い出す。

「なるほど…戦うことへの恐怖………。自分たちが大分前に捨て去ったものだが…」

「っ‼………」

 ビクッと竜馬の肩が跳ね上がる。


「…最初は使命に燃えていた。恐怖と言うものを捨てた後は、思い切りがつくようになった…。本当に恐怖を感じていたのは、戦い始めていくらか経った後だった」


「………ふぅ」

(…やめろ!そんな話をしないでくれ!)

 竜馬はゆっくりと剣を構える。


「もし貴殿がそんな…感情、と言うのだったな?それを今抱いているのなら、貴殿はもしかしたら、凄い存在になるのかもしれんぞ?」



「…大丈夫。怖くなんかねぇよ」

 構えた剣の切っ先を、目の前の大男に向ける。

「そうか?なら構えろ」

 そう言って、オーガは両の拳を強く握る。

「………武器は…?」

「武器?自分は今までこれ一つで戦ってきたぞ」

 示したのは、握った拳。

 よく見ると、長年の戦いを示すような傷痕がちらほら見える。

 普通の生き方ではつくことなどないようなその痕は、彼らの間にある、『戦いという経験の差』を物語っているようだ。



「……………」

 竜馬は剣を持ったまま動かない。


「では戦おうか?…大丈夫、貴殿は殺しはせん」

 

「……………」

 いや、動かないのではなく―


「…いざ、参るっ‼」



 ―動けないのだった。



 頭が真っ白になる。

 思考が停止し、何も考えられなくなる状況を言うのだが。

 竜馬はまさにその状態だった。

 

 体は硬直したように動かない。

 視界には確かに、接近してくる巨大な拳が入っているはずだ。

 少なくとも恐怖は感じていると思うのだが…。

 それでも動かず。

 結局、


(………む…?)

 繰り出される拳は、もろに直撃した。



 そして爆音と共に、竜馬の真っ白な意識は一瞬で吹き飛んだ。


 


「…おいおい、一発で決着ついちまったじゃねえか!拍子抜けだなぁ…」

「…竜馬が負けた…?」

 その結果は、近くで戦っていた航輔にもすぐに伝わった。


「流石はオーガ殿!やりましたな‼」

「うっせー、黙れデカブツ‼よくも竜馬を………ぶっ殺してやるから来い‼」

 もちろん、その反対側にいる拓摩にも。


「がああああぁぁぁぁぁっっっ‼」

 咆哮とともに駆け出す拓摩。

 両手の剣を固く握り、叩きつける。

「……………」

「くそっ………」 


 ガキイィンという金属同士がぶつかり合う音が響く。

 先ほどからずっと、こうやって拓摩の渾身の一撃は防がれていた。


「……………」

 一つ目の巨人、サイクロプスはゆっくりと武器を降ろす。

 その武器とは、これまた巨大な鉄の棍棒であった。

 しかしその“巨大”というのが、並大抵のものではない。

 身長約三メートルを誇るサイクロプス。

 その体を隠しきってしまうのではと思うほど巨大なその棍棒は、いわば『鉄の壁』。

 普段は杖のように片側を地面につけているが、拓摩が迫るとそれを体の前に持ってきて、文字通りの壁にする。

 単純な方法ではあるがゆえに、これまた単純な力押しでは突破し辛い。

 本来拓摩は、頭を使って策をめぐらすのは得意なはずだが…。


「くそが………ふざけんなあぁぁぁ‼」

 ここまで頭に血が昇ってしまえば、策どころか通常の判断にさえも支障をきたしかねない。

 そうしてまた、拓摩は突進を繰り返す。

「その壁、突き破ってやるよ‼」

 右手に持つ短剣を鉄の壁へと思いっきりぶつける。

 

 これまで通り高い金属音が鳴り―



 ―響かなかった。 



(何ぃ…?)

 手に伝わる感触も、これまでとは違って軽い。

 まるで、叩き続けていた壁が突然壊れてしまったかのような感覚。

 見ると、棍棒が拓摩から見て左へずれて行っていた。

 サイクロプスの巨大な体が時計回りで回り始めている。

(そうかこいつ…バランス崩しやがったのか!)

 思った通り、目の前の巨体は右足を軸にして独楽のように回ろうとしていた。

(しめた!)

 拓摩は一歩前に踏み出し、むき出しになったサイクロプスの左脇腹を左手の剣で斬りつけた。

「……………」

 バランスを崩して、更に一太刀斬りつけられても無言を貫くサイクロプス。

(心配するな!すぐにでも許しを請う声をあげさせてやる‼)

 拓摩はもう一歩、踏み込んだ。

 位置的にはサイクロプスの懐辺りになるだろう。

(タイミングも大丈夫。まだこいつの回転は半分くらいのはず。背中がこっちを向いて―えっ…?)

 

 目視で回転の様子を確認した拓摩は驚愕した。

 こちらを向いていたのは背中ではない。

 顔だった。

 つまり、拓摩の予想の倍のスピードで回転したことになる。


 

 だがこれには、ちゃんとした理由があった。

 最初は本当にバランスを崩しただけだった。

 だがしかし、ここで長年の戦いの勘が生きる。

 細かい計算式などは理解していないが、サイクロプスはその現象があることは直感的に理解していた。

 

 この世界には重力というものが存在し、その影響は受ける物体の質量によって決まる、ということを。 

  

 拓摩の軽い一撃でバランスを崩したあと、最初の四分の一周はゆっくりと回転した。

 と、同時に体を若干、拓摩から離れるように倒していたのだ。

 そうしたことで、次の四分の一周。

 その僅かな間だけでも、回転に加速がつく。

 源となる力は、壁のように巨大な棍棒にかかる重力。


 残りの半周は、上がった回転スピードと脚力でまかない、崩れた体勢もその脚力で無理矢理持ち直した。



 一瞬の判断と勘が生んだ脳筋プレー、とでも言おうか。

 だが、拓摩はそれに引っかかった。

 体勢を崩しているから攻撃など出来まい、という油断もあったろうが、やはり大きな原因は、彼が冷静でなかったことだろう。

 

 

 それを理解しているのであろう、サイクロプスは告げる

「…お主の敗因は、一歩歩を進めすぎたことだろうな…」


 次の瞬間



 拓摩の胴体右側面全てに、あり得ない一撃が炸裂した。




「で、戦うか?正直こっちとしては、もうあんたと戦う理由がないんだが?」

 竜馬が負けたことを知った直後、航輔にそう問いかけたのは、小柄で大きな耳が特徴の男。

 名はゴブリンと言う。

「戦う理由がないって…どういうことだよ?」

 航輔は聞き返す。

「どうしたもこうしたもない。こっちはただの足止めで、本当の狙いだった勝負はさっき決着がついたってことだよ」

「決着………竜馬………」

 何か様子がおかしいと思ったゴブリンだが、そのまま続ける。

「戦ったらあんたも俺も死ぬかもしれない。わざわざ意味のない戦いで―」

「いいや!意味ならある‼俺は………負けるわけにはいかないんだ!」

「………よし、分かった」

 ゴブリンは航輔の戦う意思を確認すると、自らの武器を構えた。

「…それ武器か?」

「そうだよ!悪いか!」

 それはどこからどう見ようと、スーパーなどに売ってそうな普通の包丁である。

 それも一本。

 拓摩の派手な双剣を見ていたからか、とても貧弱に感じる武器だった。


「…見てろ、すぐにバカに出来なくなる…ぞっ‼」

 深く踏み込んでからの、ゴブリンのスタートダッシュは早かった。

 一瞬でフルスピードに達し、陸上選手ばりのハイスピードで砂浜を走り抜ける。

 正直それだけでも化け物かと言いたいところだが、

「ふんっ!」

「跳んだっ⁉」

 ゆうに十メートルを超える大跳躍まで見せられれば、いかにその身体能力が高いか、流石の航輔でも理解出来た。

 しかもその着地地点は、

「背後、取らしてもらったぁー!」

「くっ…!」

 完全に計ったように航輔の真後ろだった。

 航輔は振り向きざまに一撃を弾く。

 しかし、幾分相手の動きが速い。

 すぐに追撃が襲ってきた。

「どうしたっ⁉動きが遅いぞ!」

 前の戦いのボガート相手とは比べ物にならないスピードについて行けず、何度もその攻撃が体へと届き、細かな切り傷が残っていく。

 見るからに劣勢なこの戦況。 


 だが、しかし。

 航輔にとってこの状況は寧ろ好都合だった。



(前と一緒だ…。耐えて耐えて、相手の隙を見て一撃で決める…)

 確かにこの状態から戦況をひっくり返すなら、それしか手はないように思える。

 

 とはいえ、そんな反撃のチャンスはどうやって作るのか?

 例えば、

「こうやってだ!」

「っ‼」

 航輔は軽く大剣を動かして、今にも攻めかかろうとしたゴブリンの武器を小突いた。

 あまりの質量差のせいか、それだけでゴブリンの体勢は崩れる。

 ぐらりと、横向きに倒れていく。

 そこに、

「うおおおぉぉぉぉっ‼」

 踏み込みからの強力な一撃。

 それを叩きこむ。


(よし、届く。あとは思いっきり振り切るだ―あれ?)

 ここで異変に気付く。

 些細な、それでいて重要な異変。

(こいつ、何で離れていってるんだ⁉)

 目の前のゴブリンの姿が、だんだん離れていっていたのだ。


 とはいえ、踏み込んだ一撃が届けば問題ないのだが…。

「あっ…!」

「……………」

 大剣の先端が僅かにかすめただけだった。



 と、ここで。

 大剣他、重たい武器の弱点として、武器に振られてしまうというものがある。

 これは、使用者の筋力が武器についていっていない場合に顕著に見られる。

 航輔もまた、そこに分類されるだろうから、

「うわっ…⁉」

 強みとしていた武器の重さが仇となり、逆に体勢を崩してしまう。

 そして…


「ぐふっ…」

 包丁のような武器が、航輔の背中に突き刺さった。


「何で………」

「ん?」

 航輔は口の端から血を流しながら喋る。

「何で、よ…避けれたんだ………?」

 その背後、ほぼ密着した所から返答が返って来た。

「おいおい…舐めないでくれよ?俺たちが前回のあんたらの戦いを見ていなかったと思っているのか?」


 

 つまり、事前に航輔の戦い方を見ていたということだ。

 そして、準備していた。

 あとは持ち前の脚力で跳べばいい。


 いい、とか簡単に言っているが、それも事前の準備があってのこと。

 最初から舐めてかかって来ていたなら、出来なかった対応と言うべきだろう。

 

「くそっ…何で…」

「そうだな…あえて言うなら…」



「…あんたの敗因は、あと一歩足りなかったことだ」 


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