第七章 一難去って…Ⅱ
「…まさかボガートたちが負けるとは…」
一人。暗闇より出でた細身の男が言う。
「あのお方が今、丁度おらん。今は我々に作戦責任があるというのに…」
一人。大男が同じように暗闇から現れた。
「うむ………」
そしてもう一人。暗闇の中にある巨大な椅子に座っていた、これまた巨大な男がそう呟く。
「……すまぬ、どうすればいいか、全く思いつかん…」
椅子に座った男はそう言いながら、頭頂部にある一本の触角のような物をかいた。
「我は無理だぞ?どれだけ考えても、正面突破しか浮かばんのよ」
もう一人の大男は、おでこにある一つの目を瞬かせる。
「仕方がない…。ならば私が考えよう」
細身の男が、頭部と同じくらいの大きさの耳を揺らして、そう言った。
ここまでで分かるように、この三人は普通の人間ではない。
というか、人間ではない。
現に細身の男の鼻は、雪だるまでよくある、ニンジンをつけたかのように長いし。
残る二人の身長は三メートルをゆうに超えている。
「おお!流石ホソ山ヒョロ太郎殿!」
「我々筋肉ダルマには考えつかないような策を頼み申す!」
「任せるといい………というか、その呼び方やめてくれないか?」
「なら……我理田燃士乃助殿でよいか?」
「…もういいよ、それで。で、作戦だが…」
「「うむ」」
「君、あの二刀使いとやれるか?」
「我か?やれると思うが…」
まず一つ目の男に問い、
「君は目標に当たって欲しい」
「まあ、そうであろうな」
触角のようなものが生えている男に指示を出す。
「そして私が、あの大剣使いと戦う…。これでどうだ?」
「「うむ」」
「……………本当に大丈夫か?」
あまりにも綺麗に揃った返事に、細身の男は心配になる。
二人の顔を交互に見ながら言ったその言葉に、大男たちは答えた。
「…ならば一応聞いておくが、何故その組み合わせなのだ?…まあ、理解は出来ないと思うが」
「うむ、我にも聞かせてくれ!…まあ、我も理解は出来ぬけど」
「いや、ちゃんと聞いてちゃんと理解してくれ…………。先日のボガートと奴らの戦いは見てたよな?」
「「うむ」」
「目標本人はさておき、残り二人は自らの得意な形でボガートを倒した…。二刀使いは手数で圧倒したし、大剣使いは力の勝負で勝った。得意な形での戦いだったはずだ」
「「うむ」」
「…ならその逆で勝負してやればいい。例え勝てなくても、時間稼ぎくらいは出来るはずだ………。以上、策と言うにはお粗末だったろうがな」
「「うむ」」
「………………………………………………………………」
「い、いや。ちゃんと理解したぞ我理田燃士乃助殿‼」
「うむ、我も。取りあえずやればいいことは分かり申した‼」
「ふぅ…」
我理田燃士乃助(?)は、明らかに動揺が隠せていなかったり、結局理解していないことを赤裸々に語っている大男たちの発言に一つ息を吐く。
仕方がないという諦めか、それとも子供のようなその様子を可愛らしいとでも思ったのか。
それ以上は追及しなかった。
そして、策の本質を確認し始める。
「いいか、二人とも!あの方からの指示はあくまでも生け捕りだ!」
「何故あの男を生かして捕らえる必要があるのだ?我理田燃士乃助殿」
「知らんよ。あのお方の本意は正直分からんが、素直に従っておくことしか出来ないだろう?」
「「うむ」」
「よし、残り二人はまだいいが、目標本人だけは殺さない。いいな?」
「「うむ!」」
「それと、やっぱその呼び方やめろ!長すぎる!」
「で、では何と呼び合えば…」
「あの人間どもが呼んでた名前があったろ!もうあれでいい!」
「えぇと、確か自分がオーガで…」
「我がサイクロプス。そして…」
「私はゴブリンだ」
三人は互いに目を合わせる。
「よし!何だかいける気がしてきたな!サイクロプス殿にゴブリン殿!」
「その通り!今こそあの方の為に手柄を立てられる‼」
「…まあ、この作戦には『どうやって三人を誘い出すのか?』っていう大きな問題があるんだが…」
「「うっ…⁉」」
息がつまるタイミングまで、計ったかのように同時である。
と、
「その問題点については私にお任せください」
その瞬間を待っていたかのように、三人以外の声が暗闇から聞こえてくる。
「おお!お?貴殿は?」
「何者であるか?」
「…何か策があるのならぜひ聞かせてもらいたいが、その前に名前を尋ねてもいいか?」
「…そうですね………」
「私のことは『黒いローブの男』とでもお呼び下さい」
目覚めは最悪だった。
どうやら気付かぬうちに眠っていたようだ。
その中でも泣き続けていたのか、少し脱水症状のようになっている。
水を飲みたくて仕方ない。
確か廊下に自動販売機があったなと思い出し、向かおうとする。
そこで彼は病室の出入り口の前に、あるものを発見する。
最初はただの紙切れかと思った。
が、違う。
それは真っ白な便箋であった。
手に取ると確かな重みが感じられ、中に手紙が入っているのだろうと思われる。
眠りに落ちる前にはこんなものはなかった。
となると、彼が寝ている間に誰かが置いていったのだろう。
勝手に封を切って良いものかと一瞬迷ったが、問題ないと判断する。
彼の入院している病室は一人部屋だ。
病室を間違えたとか、落としてしまったという可能性も考えられるといえばそうだが、このご時世に手紙である。
何らかの理由があってのことなのだろうから、そんな簡単に間違えたり落としたりするとは考えにくい。
(もちろん俺にもそんな理由はないんだけど…。宛名とか書いてないのかな…?)
拾い上げ裏面を見ると、丁寧な字でこう書かれていた。
『拝啓 真田竜馬殿へ』
(拝啓って、何だよそれ…)
差出人の名前はパッと見書いてなさそうだが、その手紙が彼、真田竜馬あてであることは分かった。
中身を確認するために封を切ろうとする。
と、そこに予想外の来訪者があった。
「あ、そうだ。相川!篠原!」
「はい、何ですか?」
そう安藤先生の声に答えたのは、相川拓摩ただ一人だ。
呼ばれたもう一人、篠原航輔は、説教を受けた残り二人と共に地面に倒れこんでいる。
「お前たち二人に手紙を預かっているぞ」
「手紙?」
「このご時世に手紙とは珍しいな。差出人は書いていないようだが、心当たりはあるか?」
「いえ…」
「怪しいな…。読まないで捨てるか?」
「いや、読んでみます!心当たりがないだけかもしれないので!」
「そうか…。まあいい、きちんと渡したぞ。ほら、お前ら、帰った帰った!先生は忙しいんだからな!」
「いや…」
「先生…」
「あんたが説教し始めたんじゃ―ぐえっ⁉」
拓摩が比較的強く、隼の背中を踏みつけた。
「ヒソヒソ…(バカっ!もし聞こえてたら、また説教くらうはめになるだろうが‼)」
「…しっかり聞こえているぞ…?もういいから帰れ。お前たちもここにはあまり長くはいたくないだろう?」
「そうですね。ほら、三人とも帰るぞ」
「よし、足もだんだん治って来たし帰るか!」
「拓摩っち…肩貸して…」
「いや、拓摩…。強く踏みすぎだって…」
皆思い思いを口にしながら、生徒指導室を出て行く。
「あ、そうだ航輔。これ」
その流れで拓摩は、先ほど渡されていた手紙を航輔に渡す。
「おう!…………………………これ、何て書いてあるんだ?」
「拝啓。本来は手紙の書き始めに書くじゃなかったかな?…まさか、自分の名前が読めないとかは…」
「それぐらいは読めるって!」
航輔はビリビリと便箋を破き始める。
対して拓摩は、その便箋について考えを回らせていた。
(差出人の名前はやっぱりない…か。拝啓の使い方にしろ、何だか胡散臭いというか、怪しいというか。よく知らないままに、体裁だけ整えたって感じだな…)
「拓摩―。全然読めないんだけど!」
「…何々、我々は…」
「竜馬の名前は読めるぞ!」
「まぁ、それぐらいは読めてもらえないと困るな…。真田竜馬の命を狙っている…」
「あ、もちろん命だって読める………ん?」
「どうした………あ!」
「何だ何だ…。さっきから………おわっ⁉」
拓摩の肩にほぼ全体重をかけていた宗親が、凄い勢いで地面に落ちた。
そこには既に、拓摩はいない。
手紙の内容を理解した拓摩と航輔は、尾を踏まれたネズミかのように突如走り出したのだった。
「ちょ、まっ!」
「…何だよ、おい…」
比較的ぐったりしていて周りの音など耳に入ってもいなかった宗親と隼は、走っていく二人に、ただ取り残される形になってしまった。
バンッ‼ガンッ‼
「竜馬!大丈…ぶ………」
朝あった筋肉痛など、どこへ吹っ飛んだのかと言わんばかりに、拓摩と航輔は竹前高校から三予病院へと駆け抜けた。
特に拓摩の頑張りはすごく、彼より運動神経の良い航輔が追い付けない程であった。
その結果、竜馬のいる病室へ先に駆け込んだのは拓摩である。
とりあえず不穏な音と感触がした。
勢いよく横開きの扉を開けた音ともう一つ。
硬いものと硬いものとがぶつかり合うような音が。
それと、拓摩の膝に中々の痛みが走る。
「あー…無事か、竜馬?」
「あぁ。さっき蹴られた頭以外…はな」
仰向けになったまま竜馬は答える。
いくら扉の目の前にいたといっても、まさか突然誰かの膝が飛んでくるとは想像もしていなかった。
まさに予想外の来訪者である。
もちろん避けられるはずもなく直撃し、後ろに吹き飛んだのだろう。
気付いた時には床に寝て、天井を眺めていた。
「すまん!マジですまん‼」
「何やってるんだよ、拓摩」
「痛て…何だよいきなりもう…」
「「それより!」」
「おわっ⁉」
上半身だけでも起こそうとした竜馬だが、叫ぶ二人の勢いに押されてしまう。
「竜馬、大丈夫か⁉誰かに襲われたとかないか⁉」
「痛い所とか、かゆい所ないか?お腹減ってないか?」
「いや、何だよ二人とも…」
「「これ‼」」
「……………どれ?」
「「これっ‼」」
竜馬は叩きつけられていた紙に何かが書いてあるのに気付く。
そしてその内容に目を通した。
「なに…我々は真田竜馬の命を狙っている…ね…。………はぁ⁉」
そして何だかデジャヴ。
「ど、どういうことだ、命を狙っているって…。朝の星座占いで三位だったってのに…。あ、まさかそれが理由か…?」
「取りあえず落ち着こう、竜馬。まず落ち着いてから落ち着くんだ。それから落ち着いて…」
「うん、二人とも落ち着こうな」
コントか何かのような混乱ぶりを見せる竜馬と航輔。
その二人に、無事な竜馬の姿を見ていつもの調子を取り戻していた拓摩がツッコむ。
「竜馬、その手紙の内容は?」
「あ、ああ。見てみよう…」
竜馬は焦り、急ぎながらも、丁寧に封を開けていく。
そして中から一枚の紙を取り出した。
何の変哲もないその紙だが、彼らの興味はただ一つ。
そこに書かれているであろう内容であるが…
『本日十九時に、相川拓摩、篠原航輔と共に内密に西郷の砂浜に来ること。もし定刻通りに来なかったり、他者の介入が見られた場合、真田晴馬の通夜会場を襲撃する』
文字数にして七十字ほど。
ただそれだけで、少年たちの心はひどく揺さぶられた。
まず航輔が、
「ふざけるな…何だこれ…?」
拓摩が、
「航輔、読めるのか?」
「何となくは分かる………何だこれ!晴馬君の命をどれだけ……えっと…」
「侮辱してんだってことだよな。…ああ、こいつら外道だよ…」
「そうだよ!許せねぇ‼」
次々と怒りを露わにしていく。
そして竜馬は…
「……………」
彼は迷っていた。狼狽えていた。困惑していた。
(何だそれ…?やっぱりあれは間違いだったのかよ…?あの戦いは、してはならないものだったのか…?)
無言ではあるが、その顔は今にも泣きだしそうで。
どうも見ていられないと拓摩が声をあげる。
「竜馬泣くな!行けばいいんだよ‼」
「そうだぜ、竜馬!俺たちもついて行くんだから!なぁ、拓摩?」
「もちろん!」
「ああ………」
一応そう返したが、竜馬は強い不安を感じていた。
(駄目だ二人とも…)
手に入った力の大きさに魅せられ、それを振るい誰かを守ることを過信し。
それはまるで、過去の自分を見ているようで。
(それじゃあ駄目なんだよ…)
いずれ、今の自分のように迷いの中に沈み込んでしまうと思えて。
それでも言えない。
結局この二人の力を借りるしかないだろう。
呼びかけに応じなければ通夜の会場が襲われるし、それに応じて竜馬が一人で向かったならば、おそらく袋の鼠。竜馬は勝てない戦いに身を置くことになるだろう。
いや、そもそも手紙には三人で来いと書いてあったから、不履行で通夜会場が襲撃されることになるのか…。
どちらにしたってバッドエンドだ。
(まあ、言ったところで二人とも聞かないだろうしな…)
親友二人の性格を熟知している竜馬は、真実を自らに言い聞かせ、その二人に語りかける。
「…分かった。二人とも力を貸してくれ。頼む…」
その二人は顔を見合わせて笑った。
「ああ‼」
「おう‼」
「……………」
そのまぶしい笑顔にやはり不安を覚えながらも、竜馬はその様子を黙って眺めていた。
(大丈夫。いざとなったら俺が二人を守ればいい…。いや、守らなければいけないんだ…。)
そんな思いが、不安と比例して強くなりつつあった。




