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クロの物語  作者: 大和
第一部:Black Story:
12/45

第三章 覚醒Ⅱ

 竹前町の南側に()()()という市がある。

 竹前町と比べ面積が約三倍、人口は約五倍の比較的大きな市である。

 そんな三予市には一つの大きな病院がある。

 三予市民病院。

 地元民からは『三予病院』と呼ばれているその病院は、市の北部、竹前町との境付近にあるため、三予市内だけでなく竹前町からも沢山の患者が訪れている。

 

 その一室から二人の声が聞こえる。

 片方はまだ若い青年の声。

 もう片方は貫録のある中年男性の声。


「あの…お尋ねしたいことが…」

「ん?どうした?」

 青年の問いかけに中年男性は機嫌よさそうに答えた。

「先ほど救急搬送されてきた患者さんのことなんですが…」

「ああ、結局全員命は助かったんだよな。にしても、警察官ってすごいよな!見知らぬ子供のために命を張れるんだからなぁ!」

「はい、その行為に敬意を示すとともに、早期回復を祈って―」

「いいから、いいから!で、聞きたいことって何?」

「すいません…。えっと…」

「うん、うん」

「その助かった少年の一人、真田竜馬君についてですが―」


 バンッ‼


「……え?」

 青年の言葉は声でなく、机を叩く大きな音によって遮られた。

「ど、どうしたんですか…?」

「…その話はここ以外では絶対にするなよ?」

「え?…どうして……?」

 青年の声に戸惑いが浮かぶ。

 その理由は二つ。

 一つ目は、上司である中年男性の言っていることの理由が全く分からないということ。

 もう一つはその中年男性が突然小声で話し始めたこと。

「どうしてって君…それはね…」

「はい…」

「だって…面倒だろ?」

「…はい?」

 同じ『はい』でも先ほどとは意味が全く違った。

「僕は嫌だよ、調査とかするの。それに何だか気味悪いじゃないか」

「でも…でも‼」

 青年の語気が強くなる。

「彼の運ばれてきた時の状態、知っていますか?服はボロボロで彼自身の血で真っ赤になっているのに、体には外傷が全くないし、内臓も無傷なんですよ⁉これはどう考えても、ものすごい治癒能力しか考えられない‼それを研究すれば…きっと将来の医療の発展に役立つはずですっ‼」

「バカっ‼声が大きい‼……ふぅ…。確か君、最近東京の大学からこっちに来たんだよね。名前は?」

「黒田直隆ですが…」

「OK,OK。ところで黒田君…」

「何ですか?」

「……君、ここよりももっと田舎に行きたいの?」

「っ‼」

「嫌なら…どうすればいいか分かるね?」

「……………はい」

「よし、では行っていいよ」

「……………分かりました」



 ガラッという音がして、横開きのスライドドアが開いた。

 中から出てきたのは一人の青年。

 白衣を身にまとい、その手には様々な資料を持っている。

 髪は最近の若者らしく整えられているが、柔和そうな表情や瞳が釣り合っていない。

 その顔には失望のようなものが浮かんでいた。

「……」

 沈黙。

 後ろでスライドドアがゆっくりと閉まっていく。


 そして青年―黒田直隆はパタンッという軽い音とほぼ同時に、歩き出した。



 

 翌日。

 警察は竜馬達が巻き込まれた二つの事件を『連続通り魔事件』として公表した。

 さらにその犯人は逃亡の末、自ら命を絶ったと発表した。

 そこに住む人々は皆、自らの身辺から脅威が去ったことに安堵し、再び平穏な生活が始まっていた。

 

 警察の発表で、危険はもうないだろうということだったが、事件が事件である。

 また、このひとまとめの事件の被害者5人のうち、4人が竹前高校の生徒だったこともあり、これから一週間は午前で授業を切り上げることになった。

 もちろん学校に来ない生徒も多く、初日の今日、登校したのはおよそ半分だけだったらしい。

 いや、“半分も”と言うべきか。

 自ら行くのを拒んだ者、親に止められた者。さまざまである。



 そんな日。

 そんな日の午後。

 竹前高校から出てすぐの道を、三人の少年が歩いている。

 一人は泉宗親。

 今日もその頬には絆創膏が貼ってある。

 二人目は木田隼。

 茶髪で、髪が寝癖のようにはねているのが特徴だ。


 いつもは元気いっぱいの二人だが、流石に今日は元気がない。

「護っちも相川っちも、あの二人の友達も、一命を取り留めたって話だけど

…」

「何か…全部嘘じゃないかって話だよな…」

「そうだね……」

 そしてもう一人。

 宗親、隼の少し後ろを歩くのは、高い身長と眼鏡がトレードマークの少年。

 彼の名前は六角翔。

 その知的な見た目通り頭が良く、中学校時代は学内一位を高木護と争っていた。 

 ちなみに翔は護たちと同じ、竹前南中学校出身である。


 またこの三人はいつも一緒にいるわけではない。

 中学校時代こそ護を含めた四人で一緒にいたが、高校になると頭の良し悪しで別れてしまうと思っていた。

 しかし、高木護が早々に地元への進学を決め、また―宗親も隼もつい先ほどまで知らなかったが―翔は都市部の高校の受験に失敗して、滑り止めとして受けていた竹前高校へと来ていた。

 それを今日、人口密度の低くなった校内で三人が出会ったことで知ったのだ。

 


 ふと、翔は前方を進む二人に声をかける。

「…皆、早く戻って来れるといいね…」

「ああ…ん?」


 にゃー


「猫だ」

 声は前方から。

 そこにいたのは一匹の黒猫。

 その黒猫は躊躇うことなく三人に近づいて来る。

 

 うにゃーん


「可愛いなあー、よっと!」

 隼が、足元まで来た黒猫を抱え上げた。

「…やっぱり隼はすごいね。こんな時でもいつも通りいられるなんて…」

 翔は呟く。

「護も皆も…無事だといいな…」

 宗親も少し遠くを見ながらそう言った。

 

 にゃーお


 黒猫が隼の腕の中で鳴いた。

 この場にいる中で『あの日、あの場所での真実』を知っているのは、たった一人……いや、たった一匹である。

 



「…ぅん…」

 竜馬は目を覚ました。

 しかし最初に目に入って来たのは、いつも見慣れた自分の部屋の天井ではない。

 彼が見たのは病院の白い天井だった。

(何だ…体がだるい…)

 竜馬は起き上がろうとしたが、何故か体が動かない。

 痛みは全くない。

 とにかく体が重いのだ。

 まるで体重が何倍にもなったかのように感じられる。

 疲労によるだるさにも似た感覚が、竜馬の全身を襲っていた。

「くっ…はあ、はあ…」

 それでも竜馬は汗だくになりながら、無理矢理上半身を起き上がらせる。

 彼にはそうしてでも確認しなければならないことがあった。

 それは彼の大事な人たちの生死。

 彼が必死で守ろうとした二人の生死。

 今の彼にとっては何よりも優先されるべきものだ。

 

 竜馬は左右を見回すと、そのまま倒れるようにベッドに寝転がった。

「ふぅ…」

 思わず安堵のため息がでる。

 視界の端に写っていた機器の画面がぐにゃりと歪んだ。

「良かった………」

 友人二人は竜馬の右側で横になっていた。

 もちろんそれだけでは生死までは分からない。

 分かったのは二人の頭辺りにある機器から発される、ピッピッという周期的な音と、画面に表示された心電図からだった。

 ふと目線をずらすと、自分にもその機器が装着されていた。

 やはりそこからもきれいに整った音がしている。

 とくに専門的な知識があるわけではなくともドラマやアニメ等で知っている、『無事だ』というシグナルである。 

「良かった……」

 竜馬はもう一度呟いた。

 だるい。とてもだるい。

 竜馬はそのまま、未だに残るだるさに身を任せて瞳を閉じた。




 それから数時間後。

「……」

「……」

 真田竜馬は目を覚ましたその晩。

 病院に運ばれてきた翌日の晩に退院した。

 当たり前だが、それは異例なことである。

 一連で五人もの重軽傷者を出した事件の被害者で、彼自身も発見された時はボロボロだった。

 駆け付けた警察官が声をかけた時にピクリとも動かなかったため、最初は死んでいると思われたほどにボロボロだったのだ。

 しかしいざ病院で見てみると、体には傷一つついていなかった。

 衣服はボロボロで真っ赤に染まっていたのに、だ。


 警察は当初、『服を染めていた血は被害者たちの血で、真田竜馬こそこの事件の犯人である』と考えていた。

 無難な考えであるが、それもDNA鑑定の結果によって覆された。

 真田竜馬の衣服に付着していた血は、彼本人のもので間違いないというそれによって。

 

 これには診察した医師も驚いた。

 本当なら精密検査等して、何があるか調べるべきなのだろうが…。

 誰かがそれを止めた。

 そして異例の早期退院である。

 もちろん竜馬も、連絡を受けてやって来た母恵美も。

 共に驚き、そして困惑した。

 主治医に理由を聞いてもみたが、分からないの一点張り。

 結局、おとなしく病院側に従うことにしたのだった。

 

 

 今はその帰り道。

 竜馬は歩いている。

 そのすぐ隣には自転車を押して歩く恵美がいる。

「……」

「……」



 二人が歩いているのは三予市から竹前町へ、南から北へ向かう道。

 とはいっても道幅の広い道ではなく、農作業のために作られた農道である。

 特に夜間は車もほとんど通らない。

 歩く人もほとんどいないので、電灯はほとんどない。

 また道の両脇には田んぼや畑が広がっているため、どこかの家族の団欒の声が聞こえるわけでもない。

 更に竜馬、恵美共に先ほどから何も話していないので、そこら一帯は音の全く無い世界になっていた。

 

「……」

「…本当に心配したのよ?」

「……うん…」

 音の無い世界で二人は話す。

「拓摩君と航輔君は怪我して入院してるし…大怪我した人もいたけど…。私は竜馬、あなたが助かったことが本当に嬉しいの」

「……うん…」

「だからね…その時何があったか知らないけど、もう無茶はやめて」

「………」

 竜馬は黙っていた。

「………」

 恵美もまた黙り込む。


 ザッという足音が静寂に響く。

 それが足下のアスファルトで舗装された道にある、僅かな砂を踏みしめた音だと竜馬が気付いたとき、彼は今更ながら実感した。

(…俺は今生きて、この足で歩いてるんだよな…)

 死んでいてもおかしくなかった…ということは、実際に死にかけた人がいたことで証明されている。

 つまり今から一日と数時間ほど前には、竜馬は文字通りの『死地』にいたということだ。

 しかしいかんせん、記憶が曖昧であるが故に感情を抱けない。

 恐怖も、安堵も、何もかも。

 ただ過去に起こった一つの出来事としかとらえられていなかった。


 キィと、次は自転車のブレーキ音が鳴る。

 竜馬はちらりと音の方を見た。 

 そこには突然立ち止った母親の姿がある。

「どうしたの…?」

「………」

「あっ……」

 恵美は何も答えなかったが、その答えは目線の先にあった。

 広い田んぼの中に佇む一軒家。

 竜馬にとってとても大切な『帰る場所』。

 言わずもがな彼の家だ。

「竜馬」

「ん?」

 と、恵美が声をかけてきた。

 竜馬は再び恵美の表情を見る。

 すでに夜の(とばり)が降りて、そこに浮かぶ表情は分からなかった。

 しかし、その目に光る何かを竜馬は確かに見た。


「………」

「………」

 またしてもの沈黙。

 しかし今この瞬間は、先ほどまでのそれとは違っていた。

 そして…


「…お帰りなさい」

「うん、ただいま」


 二人は交わした。

 いつも通り、変わり映えのない挨拶を。




 竜馬の体調はかなり良かった。

 帰宅後、彼はいつもと同じ量の晩御飯をペロリと平らげた。

 その後、一日以上寝ていたということを完全に忘れさせる勢いで眠りに落ちた。

 そして翌日。

 何もなかったかのように起床し、『学校に行く』とまで言い出した時には、流石に恵美も驚いた。

「いや、流石に今日くらいは休んでも…」

「いや、行ってくるよ!」

「ちょっと!竜馬⁉」

 いつも通りとは言い過ぎで、いつもより元気よく竜馬は家を飛び出した。



「ハァ……ハァ……しんどっ………」

 とはいえ、やはり一日以上病院のベッドで横になり続けていた体だ。

 それほど全力疾走できるわけもなく、途中で立ち止ってしまう。

「ハア…あれ、ここは……」

 運が良いのか、悪いのか。いや、間違いなく後者だろう。

 竜馬が立ち止ったのはあの小路の前だった。

(何でこんな所で立ち止るかな…)

 心ではそう思いながらも、竜馬は小路の奥をしっかりと見据えた。  

「………」

 捜査が終わり、危険性が全て取り除かれたからか、現場に張り巡らされていた黄色いテープはなくなっていた。

 だが竜馬の脳裏には、あの日の光景が焼き付いて離れない。

 

 流れ出た血の赤。

 目の前に立ちはだかる人影の黒。

 そしてあの場所での最後の記憶。

 自らの体に突き立った剣。

「………」 

 竜馬は無言でその場所、自分の下腹部をさする。


 

 そもそもおかしいのだ。

 今竜馬が触っている部分…彼の記憶の中で刺されたその箇所には、痛みはもちろん、傷痕さえ存在しない。

 つまり、記憶と現実の間に齟齬(そご)が生じているということだ。

 その二つを比べた場合、当たり前だが記憶が間違っているという結論へたどり着く。

 その後の記憶がないことなどから、幻覚か何かを見ていたのではないのかということだ。

 だが竜馬には、その記憶が幻でもない真実であるという自信があった。

 その結果彼には、刺された過去と刺されなかった過去の二つが存在しているように感じられてしまっていた。


「………」

 しばらくその場に立っていた。

 右手は相変わらず下腹部に添えられている。

 あの事件があったからか、それともただの時間的問題か。

 竜馬の周りを歩く人は誰もいない。

 近くの商店街から威勢のいい声が響いて来るかと耳を澄ますが、それも聞こえてこない。

 静けさの中、遠くからチャイムの音が…


「……チャイム⁉」


 


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