エピローグ 最後の駒
前回のあらすじ
家康は死の間際、天海の正体が織田信長であることを知った。
だが、最後まで解けなかった謎が一つだけ残っていた。
斎藤玄巧。
夜。
玄巧は、一人で歩いていた。
関ヶ原から、すでに長い年月が過ぎている。
天下は徳川のものになった。
豊臣は滅び、石田三成も死んだ。
そして、織田信長という男も――
歴史の中では、とうの昔に死んでいる。
「一つ聞きたい」
背後から声がした。
玄巧は足を止めた。
振り返ると、老人が立っていた。
「織田奇巧は、本当に信長公の子だったのか?」
玄巧は答えない。
老人はさらに尋ねた。
「では、お前は?」
沈黙。
「お前こそ、信長公の血を引いているのではないか?」
玄巧は老人を見た。
しばらくして、微笑む。
「人は……答えが欲しい生き物ですね」
「何?」
「だから、証拠がなくても、自分の望む答えを真実にする」
玄巧は月を見上げた。
「あなたは、私を誰だと思いたいのです?」
老人は答えられなかった。
玄巧はそのまま歩き出した。
一歩。
また一歩。
やがて、その姿は闇の中へ消えていく。
老人は追わなかった。
ただ、その場に立ち尽くしていた。
しばらくして、風が吹いた。
地面に、一枚の紙が落ちていることに気づく。
老人が拾い上げる。
そこには、たった一行だけ書かれていた。
「魔王は、一人とは限らない。」
老人の顔から血の気が引いた。
紙の裏には、もう一つの文字。
「終」
しかし、その「終」の文字には――
細い線が一本、引かれていた。
まるで誰かが、
「まだ終わっていない」
とでも言うように。
遠くで、玄巧の足音が消えていく。
その顔を見る者は、もういない。
信長の血を引く者なのか。
ただの策略家なのか。
あるいは――
次の時代を動かす、新たな「魔王」なのか。
その答えを、歴史は記さなかった。
ただ一つだけ確かなことがある。
本能寺で死んだはずの男が、
一人の人間を動かし、
一人の人間がまた別の人間を動かし、
その連鎖によって、天下は変わった。
人間は、自分の意思で駒を動かしていると思っている。
だが本当は――
誰かに動かされていることすら、知らないのかもしれない。
そして、闇の向こうで。
誰かが静かに笑った。
――魔王のチェス盤は、
まだ片付けられていなかった。




