土器
視点:ベルタ
水簸により長石・石英粘土とカオリン粘土を手に入れたのでそれらの配分を変えながら試し焼きをする。将来的に陶器を焼く前にまず土器を作る。
今日はおにいさんが粘土をこねている。
最近うすでトントンしていた石の粉とハンスおじさんと畑でとってきた粘土だ。
わたしは、汚れることを気にして躊躇するようなことはしなかった。指を沈めると、泥は一切の抵抗を感じさせず、わたしの肌を優しく包み込む。それは茶色い土のような、ザラついた感触ではない。きっと雲を掴んで泥にしたような、はじめての滑らかさだ。
「見て、おにいさん。ぬるぬるしてて、ずっと触っていたくなる」
わたしは指をゆっくりと動かし、泥の渦を作る。指先から手のひらまで、白い膜が覆っていく。冷たくて、気持ちがよくて、時を忘れてしまいそうだ。畑の泥と、石の泥。それぞれに指を浸しては、そのわずかな粘り気の違いを確かめる。
「畑のほうは、もっと柔らかくて、優しく肌に吸い付く感じ。石のほうは、少しおもいけど指をうごかすとついてくるね」
わたしは泥遊びのような無邪気な気持ちと、職人さんのような真剣な気持ちが混ざり合うのを感じていた。こんなに白い、きれいな泥に触れていると、自分がこれから作ろうとしているものが、何だかとっても特別なもののような気がしてくる。
おにいさんはわたしの様子を、微笑ましく眺めている。
わたしは桶から指を引き上げ、ゆっくりと上に掲げる。指先を伝って、白い泥がとろりと落ちていく。それがあまりに綺麗で、わたしはもう一度桶の中に手を沈めた。
ぬるぬるとした心地よい感覚は、どんな力でさわったらいいのか、どのくらいの粘ったら形が崩れないのか。泥が、わたしに話しかけてきているようだった。
「ねえ、おにいさん。これ、ずっと触っていてもいい?」
「はい。いいです。粘土です」
わたしは桶の中の泥を、何度も何度もかき混ぜる。この指が覚えた「滑らかさ」があれば、きっと素晴らしいものが作れるにちがいない。
わたしは満足げに微笑むと、再び桶の中に両手を沈めた。冷たくて、白くて、かわいい、ドロドロを手にいっぱいつける。
わたしが遊んでいる横でおにいさんは煙道で少し乾かしてから練りこんでいる。
「これ、ふつうの粘土とおなじ?」
おにいさんはこねた粘土を少し渡してくれる。なんだこれは、土でも泥でもない、わたしが粘土だと思っていたものとも違う。
一生懸命こねていると、おにいさんは石の粘土と土の粘土の量を変えながら少しずつ練って、小さな板にしてその上に何かを書いている。わたしは字が書けないからわからないけど多分字を書いているのだろう。
「やきます」
こういう時はいつも煙道を開けて炭焼き箱の上に置くんだと知っている。もちろん炭焼き箱の中にもぎっちり薪を入れる。
「ベルタ。いいです」
そう、わたしが開けて薪まで入れられるようになっているのだ。とても賢くなったと思う。おにいさんはくしゃくしゃと頭を撫でてくれる。
「12枚!」
「はい。12枚」
今回の粘土の小さい板は12枚だ。前に作って乾かしたやつ。今作ったやつとは書いてある字の形が違う。つまり違うということだ。
ふたをしてかまどに火をつける。焼けるまで時間がかかるのでいつもの仕事に取り掛かる。
まえに、炭焼きの箱にいれた粘土人形はなんとそのままの形でいまも残っている。水に濡れても溶けたりしない。
この板も同じように硬くなって水に溶けなくなるに違いない。
パン、パン。中で何かがはじける音が聞こえてきた。炭焼き箱の中の薪かもしれないし粘土板かもしれない。わたしは慣れてきているので気にならない。
「やけた」
おにいさんが、かまどの奥から短い声を上げた。彼の手には、長い木の棒が握られている。その棒を使って、中でおとなしく燃えていた薪と、真っ赤に輝く熾火を、手際よく外へと掻き出していく。
「あとは、のんびり冷ますんだ。この煙道のなかが一番いい温度で下がっていくからね」
おにいさんは、かまどの入り口を厚い煉瓦で塞ぎながら、そう言った。わたしは火の温かみが少しずつ遠ざかっていくのを感じながら、心の中で「頑張ったね」と煙道のなかの粘土板たちに声をかける。この長い煙道の奥では、炎そのものではなく、炎から生まれた熱い風が板を包み込んでいるのだ。
だいぶ時間が経って、かまどの煉瓦が冷たくなった頃、わたしたちはドキドキしながら煙道のふたを外してみた。
「……あ」
残念ながら、いくつかは無残にひびが入って、バラバラに砕け散っていた。せっかく形を整えたのに、悔しい。煙道の入り口に近いところは、やっぱり熱すぎたのかもしれない。でも、おにいさんはそんなことではへこたれない。むしろ、煙道の奥から無事に取り出せた、きれいに焼けた板を手に取って、満足そうに頷いている。
「すごいよ、ベルタ。この板、いい音がする」
おにいさんが指先で板をコンコンと叩くと、小気味よい硬い音が響いた。土の匂いが消えて、なんだか冷たい石のような、凛とした音がする。
そして、おにいさんははじけ飛んで粉々になった欠片を、一つずつ丁寧に拾い始めた。
「これ、捨てちゃうの?」
「いや、これも大事な材料だよ。臼で細かく砕いて、また新しい粘土に混ぜるんだ。そうすれば、次はもっと丈夫な板が焼ける」
失敗したはずの欠片までが、次の成功のための道具になるなんて、考えたこともなかった。わたしたちは何度もそれを繰り返した。焼いて、割れて、砕いて、また混ぜて。そんなことを何度か続けていくうちに、おにいさんはとうとう煙道で粘土板を焼くのをやめた。
もう十分だ、という顔をしている。
「大きい。粘土。焼くます」
今度は板じゃない。もっと厚みのある、しっかりとした四角い塊にするのだという。おにいさんは今まで焼いてよくできた粘土板の字を見て、その時と同じ量の石と畑の粘土をそれぞれ混ぜて、一生懸命にこねた。
しばらくして、おにいさんが板を使ってきれいに整えた、四角い粘土の塊ができていた。
眺めていると次々に出来上がり、そこには同じ大きさの塊がいくつも並んでいた。どれもこれも、昨日まで泥だったとは思えないほど、凛々しい四角いになっている。
「乾かします」
また何日かして乾いた四角い粘土をおにいさんは平らな石にあてがって磨き始めた。おお、焼く前にもきれいにするのか。わたしはまた一ついいことを覚えた気がする。ただし今もこれが何になるのかは分かっていない。お鍋になるわけでもないよね。
おにいさんは、塊の一つを愛おしそうに撫でた。どの塊も同じ形同じ大きさだ
わたしはその四角い塊を見つめた。これが並ぶと、きっと積み木の代わりの積み粘土になるのだろう。しっかりと四角いからいくつも載せられるに違いない。
わたしはこの四角粘土を焼くために煙道を開く。何度も何度もやっていることなので、おにいさんはしっかり頷いている。
早く焼けないかな。わかっているけどつい早く焼けて欲しと思ってしまう。
次回、スコヤ 7/1予定
【作中技術解説】
配合を変えた試し焼き:ナンバリングをした板型の試し焼きのことです。同じ粘土でも、長石(溶剤)、石英(骨材)、カオリン(粘土分)の混ぜ方や、焼く温度によって仕上がりが大きく変わります。勘に頼るのではなく、どの比率が一番硬く、どの比率が最も熱に強いかを記録として残すことで、経験を「誰にでも再現可能な技術」へと昇華させています。
シャモット:一度焼いた粘土の再利用。失敗して砕けた焼き物の破片を、臼で粉々にして次の新しい粘土に混ぜ込む手法です。焼き固められた土は熱の影響をほとんど受けないため、これを骨材として混ぜることで、粘土が乾燥・焼成する際の収縮を抑え、ひび割れや爆ぜ(破裂)を劇的に減らすことができます。
厚肉の土器:最初は薄い板状の土器を作っていましたが、最終的に精度を出すために厚みのある四角い塊へと形状を改良しました。焼成時の歪みを最小限にするため、シャモットを混ぜた粘土を厚く成形することで、非常に安定した強固な面を作り出しています。




