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螺旋の乙女 〜乳白色のセラミックパンク〜  作者: 麻澱灰


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植刃器

視点:ベルタ


いよいよ磨き抜かれた燧石が服や花冠に着けてもらえることを期待するベルタとそんなことはつゆ知らず植刃器の包丁を作るおにいさん。

おにいさんが作ってくれたお揃いの「ほうせき」は、あっという間に机の上を埋め尽くした。


きれいに四角く磨かれた灰色の石のチップは、もう何枚あるか数えられない。お日様の光を浴びてキラキラと輝くそれを、わたしは毎日、大切な鏡に映してはうっとりと眺めていた。


(今日こそ、おにいさんはこれをわたしのお洋服に縫い付けてくれるのかしら。それとも、花冠の真ん中に飾ってくれるのかな?)


そんな期待で胸を膨らませていたわたしの前で、おにいさんはついに次の作業に取りかかった。

けれど、おにいさんが手にとったのは、お針子の糸でもなければ、きれいなお花でもなかった。どこかから削り出してきた、手の中にすっぽりと収まる、まっすぐで平らな2枚の薄い木の板だった。


おにいさんはその2枚の板を、あの魔法の鏡を生み出した平らな石の上で何度も擦り合わせ、合わさる面を隙間なくぴったりと平らにしていた。


続いておにいさんが熾火の熱で温め始めたのは、怪しい黒いドロドロした塊だった。山から採ってきたドロッとした松の脂に、細かくすり潰した真っ黒な炭の粉を混ぜて練り上げた、独特の匂いがする接着剤だ。おにいさんはそれを片方の木の板の端にたっぷりと塗りつけると、信じられないことに、わたしの宝物であるあの四角い宝石を、その黒い泥のような脂の上へ、少しだけ刃が外にはみ出すようにカチリ、カチリと一列に並べ始めたのだ。


そして、その上からもう一枚の平らな木の板を重ね、ギューッと力強く挟み込んでしまった。


「ああっ! おにいさん、何するの!?」


わたしは思わず悲鳴を上げた。

お姫様のドレスに飾るはずだったきれいな宝石が、真っ黒な脂まみれにされて、2枚の木の間へ閉じ込められていく。


本当だったら、あのキラキラはわたしのものになるはずだったのだ。

おにいさんがチクチクとお針子をして、わたしの服の丸い襟元に、ぐるっと一列に並べて縫い付けてくれるはずだった。歩くたびに胸元で優しく揺れて、お袖の裾にも星みたいに散りばめられて、そうして村の女の子たちがみんな「いいなぁ」って羨ましがるような、特別なお姫様のドレスにしてくれるのだと、ずっと思い描いていたのに。


石に糸を通す穴がないなら、それでもよかった。シロツメクサをたくさん編み込んだ花冠の真ん中に、この四角いきらきらを、おにいさんが上手にパチッとはめて飾ってくれるだけでも嬉しかったのに。

白くて可愛いお花の間から、朝露を浴びたこの宝石がいくつもいくつも、お日様を跳ね返してきらきらと輝くのだ。そんな冠を頭に載せたら、絶対に、世界で一番きれいなお姫様になれたはずだった。村のどのお姉さんよりも、町のどんな偉い人よりも、まぶしくてすてきな女の子になれたはずだったのに。


おにいさんは驚いた顔をしたが、それでも手際よく作業を続けていく。

木の枠で完璧に大きさを揃えられた宝石たちは、2枚の板の隙間に、ほんの少しの揺らぎもなくピシッと一列に挟まれていく。おにいさんが布できれいに余分な黒い脂を拭き取ると、挟まれたされた木の隙間から、氷のように透き通った石の鋭い刃が、真っ直ぐな一本の線になって顔を出していた。


それは、お姫様の髪飾りなんかではなかった。

村のおじさんたちが、お仕事に使うナイフの様だった。よく見るとナイフとは違って刃が真っ直ぐなので違うものだけど大事なのはそこではない。


(……ほうせきじゃ、なかった)


わたしの胸は、しゅるしゅると音を立てて萎んでいった。

あんなにきれいに磨いていたから、絶対にお守りのブローチか何かにしてくれるのだと思い込んでいたのだ。それが、まさか泥にまみれてお仕事をするための道具だったなんて。


わたしは膝の上の鏡をぎゅっと抱きしめると、ぷいっと横を向いて、分かりやすく口を尖らせた。

おにいさんはそんなわたしの様子に気がつくと、ぽかんとして頭を掻いた。そして、わたしの手を優しく引いて、近くにあった、太くて頑固な乾いた木の枝を拾い上げた。


おじさんたちが持っているナイフで削ろうとしても、刃が滑ってしまって表面の皮がめくれるだけだ。力を込めすぎると、今度は刃がボロボロに欠けてしまう。


けれど、おにいさんの作った新しいナイフは違った。


――サクッ。シュルシュルシュル……。


おにいさんが新しく作った包丁を木肌に当てて、親指で押し出すようにすーっと滑らせる。すると、冬を越して少ししわの寄ったカブの皮を剥くときみたいに、硬いはずの木の皮が、クルクルと丸まった薄い木屑になって、途切れずに長く繋がって削り落とされていく。おにいさんは力を入れるどころか、ただ軽く刃を遊ばせているだけに見えた。

おにいさんはわたしを安心させるように優しく微笑むと、後ろから包み込むようにして、わたしの小さな手にナイフの木の柄を握らせてくれた。


まだ少し不満だったわたしだったけれど、あまりに信じられない切れ味を見て、好奇心が勝ってしまった。

おにいさんはわたしを安心させるように優しく微笑むと、後ろから包み込むようにして、わたしの小さな手に包丁の木の柄を握らせてくれた。


村の大人たちが刃物を使うときは、みんな脇を強く締めて、自分の胸の方へ力任せにグッと引き寄せるようにして削っている。それがなんだか怖くて、わたしはいつも遠くから見ているだけだった。

けれど、おにいさんが添えてくれた手は、まったく違う動きをした。


「刃の背中」におにいさんの大きな親指が添えられ、そこから前の方へ、グッと優しく押し出すようにして刃を滑らせたのだ。


――サク。


「えっ……!?」


――サク。


「えっ……!?」


わたしは目を見開いた。

手に、木を削った時の嫌な硬い手応えが全く残っていない。ただ、心地よい軽い感触があっただけで、目の前の木肌がきれいに削れて、白い中身が顔を出していた。


「すごえ……! 全然力を入れてないのに、お野菜みたいに削れちゃう!」


おにいさんは嬉しそうに目を細めて、わたしの頭を優しく何度も撫でてくれた。まだ言葉をうまく出せないおにいさんだったけれど、その大きな手のひらから、「わたしがきれいな石をたくさん拾ってくれたから、こんなにすごいものができたんだよ」という気持ちが、言葉よりもずっと温かく伝わってきた。


わたしの「ほうせき」がお洋服に飾られなかったのは、やっぱり少しだけ残念だ。

おにいさんがもっともっと言葉を上手にお話しできるようになったら、そのときは絶対におねだりしよう。もっとたくさんのきらきらを集めて、今度こそ私を本当のお姫様にしてね、って。


けれど、このお揃いの石の刃が並んだナイフは、持っているだけで自分が魔法使いにでもなったかのように、すぱすぱときれいに木を削ることができる。


わたしは自分の足元に小さく丸まった、きれいな木屑を見て、それからおにいさんの手にある、石の歯を持った不思議な形のナイフを見た。


お姫様の宝石にはならなかったけれど、おにいさんが作るものは、やっぱりどれもすごくていいものだと、わたしは削りたての爽やかな木の匂いの中で、小さくわらった。

次回、大麦筋蒔き


【作中技術解説】

植刃器しょくじんきのサンドイッチ構造:定盤によって完全に平滑にされた2枚の薄い木の板(靭性・粘り気がある)で、硬度の極めて高い細石刃(燧石チップ)を挟み込んで固定する複合工具の技法です。溝を掘る高度な金属工具が皆無の環境において、この「平らな板で挟む」ことで、ベースの木が衝撃を逃し、刃先が鋭利に断つという、近代の超硬チップソーや日本の「鋼割り込み」と同じ材料工学的な理屈を最小限の設備で実現しています。


松脂マツヤニと炭粉の天然パテ:熱を加えると融解し、冷めると硬化する松脂を主成分とした古代の超強力接着剤です。松脂単体では冷えたときに脆くパキッと割れやすい性質を持ちますが、ここにフィラー(充填剤)として微細な炭粉を混ぜ込むことで、硬化時の収縮を防ぎ、衝撃吸収性を飛躍的に高めています。


フリント植刃包丁の切削効率と日本式の操作:定盤で規格研磨されたフリントチップは、割っただけの状態よりも刃先の微細なブレが削ぎ落とされ、完璧な直線のエッジを形成します。そのため、硬い木層の繊維に対しても理想的な角度で滑らかに侵入し、青銅器や粗悪な鉄器を遥かに凌駕するカミソリのような切れ味を発揮します。また、横からのひねりに弱いフリントの特性を考慮し、お兄さんは手前に引き寄せる欧州式ではなく、刃の背を親指で奥へ押し出す日本式の安全かつ繊細な削り方を教えています。

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