【1話】「しょーもない魔法のはじまり」
はじめまして。私の名前は桐生ひかり、高校二年生。
身長は平均より少し低めで、鏡を見るたびに「あと3センチ欲しいな」と思う。栗色のショートボブは朝起きると寝癖でぴょんぴょん跳ねるし、色白なせいで日焼け対策は必須。小柄なわりに指は細く長くて、それだけはちょっと自慢だ。
趣味はスマホゲームと昼寝——と、最近始めた“指パッチンの練習”。
別にカッコつけたいわけじゃない。なんとなくできたら楽しいかな、って思っただけ。
でも、その“なんとなく”が、私の高校生活をとんでもない方向にぶっ飛ばすなんて、このときは夢にも思ってなかった…
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放課後の教室は、妙に静かだった。
カーテン越しの西日が机の上をオレンジ色に染めている。私は椅子に腰かけ、手元に集中する。
「パチンッ……あ、やっぱ鳴らない」
力を入れすぎてもダメだし、緩めてもダメ。
こう、親指の腹を……えいっ!
——パチン!
乾いた音が響いた瞬間——。
ガタンッ!
机の上の教科書が、勝手に閉じた。
「……えっ?」
私、触ってない。
風もない。なのに。
「……偶然……だよね?」
でも、試したくなるのが人間の性。
「もう一回……」
——パチン!
バサッ!
今度は窓のカーテンが一斉に揺れた。
……窓、閉まってるよね!?
「ちょ、ちょっと待って。なにこれ……」
背筋に冷たい汗が流れる。
まさか、私……魔法とか——
「お前、何やってんの?」
突然背後から声がして、心臓が飛び出しそうになった。
「わあああっ!?」
振り返ると、黒髪短髪の長身男子——高瀬湊が立っていた。
幼なじみで、席も隣。部活帰りらしく、ジャージ姿にタオルを肩にかけている。
「な、なに!? いきなり入ってこないでよ!」
「普通に入っただけだし……てか今、何かした?」
「な、なんにもしてない!」
「嘘だろ。今、カーテン揺れたぞ」
うわ、完全に見られてる。
「べ、別に私のせいじゃないし!」
「ふーん。……まあいいけど」
湊はそれ以上追及しなかったけど、その目は「俺にはバレてる」って言ってるみたいだ。
「な、なによ……」
「いや、特に。……なんか、お前らしいなって」
は? どういう意味?
問い詰める前に、湊は教室を出ていった。
残された私は、机の前で固まったまま。
「……え、なにこれ。私、魔法でも出せるようになったの?」
自分の指を見つめる。
パチン、と鳴らしたときの感覚が、指先に残っている。
「……いやいやいや、あるわけないって」
そう言い聞かせても、胸の鼓動は早まるばかり。
私の普通の高校生活が、今日からちょっとだけおかしくなりそうな予感がした——。