予想通りでしたね……
これがいわゆる強制力……。
「どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう………」
蒼褪めた顔でお嬢様は部屋の角でしゃがんで【の】の字とやらを書いている。
「何やらかしたんですか? 入学式の挨拶をしようとしたらマイク(*魔道具)に頭をぶつけましたか?」
「兄さん。本音が漏れてる。漏れてる」
隣に立っていたメアリが小声で突っ込むを入れる。
「入学式の挨拶をしてないから!!」
「おや、そうでしたか?」
てっきり挨拶をしているかと。
「入学式の挨拶はイルヴァンさまが行ったわよ!! わたくしはそんなに成績は良くないですし!!」
成績は良くない……?
成績悪かったか。いくらポンコツお嬢様とはいえ、勉強に関しては家庭教師御墨付の成績を誇っているのに。
それに何より……。
イルヴァンさまはそんなに頭よかっただろうか。
「入学式でおしゃべりをしている女子生徒が居たので注意したら……」
あっ、読めたかも。
「そのヒロイン(?)という女性だった………」
「な、何でわかったのッ!?」
それくらい予想できるが、まさか本当にそうだったとは……。
「入学式で先生方がお話しする時は静かにするのは普通でしょう。それなのにずっと大きな声でおしゃべりしているので。つい……『静かにしなさい!!』と怒鳴ってしまって……」
自分がはしたない事をしてしまったと真っ赤になっているお嬢様を見ていや、それ普通だよなと思ったが口にしない。
「その後も殿下に話し掛けようとするのでそれを止めたり、廊下を走るのを注意したり……」
「ああ……」
身分を笠に掛けてと言われてもおかしくないが、話し掛けようとするのは間違っている。
考えてみるといい。
学園内は平等と言っているが、学園の外では上下社会がはっきりしている。
王太子であるイルヴァン殿下に声を掛けて目を掛けてもらいたいという存在は星の数ほど居て、上下関係がないという大義名分で押し掛けていき、それをいちいち相手するときりがない。
だからこそ、上下関係はないと告げてもきちんと話し掛けるには上の者がまず認めるという形を取らないといけないのだ。
かつて学園で平等だからと気軽に話しかけていいと伝えた者が居たが、結果誰が早く声を掛けるかという争いになって乱闘騒ぎになったそうだ。
上の者はそれ故に忍耐強く。自分が先に動いて、話し相手……すなわち、学園生活で送る友人選びを吟味しないといけないのだ。
その友人が将来の自分の側近になる可能性もあるからこその選別だ。
身分が上の者はそんな暗黙の了解を知っていて、さりげなく王太子の視線に留まるように動いて。下の者でもそういうシステムに気づいた者は目に掛けられるように動く。
だが、件のヒロイン(?)とやらは気付いていないようだ。
「わたくしゲームをしていた時は気付きませんでしたわ。ヒロインは貴族社会で見れば常識しらずの空気を読めない存在だったなんて……」
お嬢様がかなりショックを受けている。
「天真爛漫で無邪気に攻略キャラの心掴んでいくとあったけど!! 貴族社会で見ると悪目立ちにしかならないわ」
わたくしヒロインが好きだったのにぃぃぃぃぃぃ。
かなりショックを受けているようだ。
どうするの?
メアリが視線で訴えてくる。
はぁ
溜め息。
「お嬢様」
呼び掛けるとお嬢様のテーブルにそっと新作のお菓子を乗せる。
「やっと成功しましたので」
「えッ。これって……」
お嬢様の目がキラキラと輝く。
「はい。――御所望でしたシュークリームです」
「ありがとう~♪」
ぱくっ
「これよ!! これッ!! 疲れた時にはいつもコンビニでシュークリームを買って堪能したわ♪ ああ、あの時の食べている時だけが幸せだった………」
前世を思い出してどんどん沈んでいく。
「――お嬢様」
そっと頬に付いたクリームをそっと拭き取る。
「食べている時は幸せなんですよね。ならば辛い事は忘れてください」
お嬢様は笑っている時が一番可愛らしいので。
そう囁くと。
「………ねえ、セバス」
「なんでしょう?」
「実は隠しキャラだったりしない?」
攻略対象の。
「俺はそのゲームすら知らないので」
ジト目で言われても答えようがない。
だが、
「攻略キャラとやらはお嬢様曰くこうすぺっく? とやらでしたよね。そんな相手と言われるのは光栄です」
実際その攻略対象だと言われたら、正直面倒だと思っているが、一応礼儀として光栄と伝えておく。
第一。
(優しくしたい特別な相手は一人しかいねえし)
目の前のお嬢様だけ。
「ますます隠しキャラ疑惑が出てきたんだけど……ゲーム全部できなかったから隠しキャラが居たのかも知らないからなぁ~」
う~んう~んと唸っているお嬢様に溜め息一つ吐いて、
かたっ
隣の椅子に座る。
「今日は特別です」
一緒に食べるお菓子はひときわ美味しいですよね。
微笑んで告げると。
「うん♡」
頬を緩ませてシュークリームを口に運んで幸せそうに微笑んだのだった。
食べさせてすべてを忘れさせる