03
「ふんっ。客が喜んでいるんだ、水を差すような事をするお前には辞めてもらおうか!」
オストンソンが発案した新たな興行の内容に抵抗したのは一人だけだった。先日にステージ上で魔獣同士がにらみ合いをした時に諫言してきた係員である。
その真面目な係員は常日頃から魔獣の扱いが酷いとか、もっと安全を考えてとか、客を煽りすぎだとか、オストンソンのやることなすことにいちいち口を挟んでは衝突することが多かったので、有能ではあるもののオストンソンにとってはいつも自分を不愉快にさせてくる疎ましい相手であったこともあり、とうとう我慢の限界に達してしまい、思わずクビを宣告した。
衝動的な発言ではあったが、オストンソンは清々した。
客が喜んでいる事に水を差す厄介な奴が居なくなってホッとしたというのが正直な感想だ。
「客を楽しませるための工夫にさえ細かくケチをつけてくる邪魔者なんて必要なかったな。これで何の憂いもなくこの見世物小屋をまた流行らせられるぞ!」
オストンソンは自身の素晴らしい考えを次々と口に出した。
「何と言っても魔獣同士の賭け試合を行う闘技場だ!賭けレースは異国でもあるそうだが、魔獣の決闘を楽しめる闘技場のような場所なんて、探したって中々見つかりはしないだろう。」
「試合の組み合わせが同じでも魔獣の体調が変われば結果も変わる。片方の餌を少なくしたり多くしたりでどうとでも調整出来る!魔獣の腹が減ってるかどうかなんて客からは判らないからな、勝敗が読めない客にとってはとても刺激的で興奮するに違いない!」
「これで飽きられることも無いし、その上金銭や品物を賭けられるんだ、客はより熱狂的に試合にのめり込んで大儲けだ!」
「それに今いる魔獣だけで客が熱中して金を落としてくれるなら、新たに珍しい魔獣を用意しなくても済む!これはいいことずくめじゃないか!ああ、あいつをクビに出来て本当に良かった!」
オストンソンの周りにはもう彼に言われるがままの者だらけで、誰も止めはしない。
ただ、今までの反省を活かして毎日ではなく、勿体ぶって決められた日の夜だけ賭け試合の闘技場を開催することにした。
賭け試合を行う日は下見所(競馬で言うパドック)代わりに昼間の興行を見物に来る客が増え、思わぬ効果にオストンソンはとても気を良くした。
また、そんな客たちの胃袋を満たそうと、見世物小屋の周囲には昼間から沢山の屋台が所狭しと並ぶようになった。
鈴なりに連なる屋台通りの賑やかな呼び込みの様子は、各店の華やかな…客の気を惹くための飾り付けもあって、もはや王都の中央広場の風物詩となっていた。
「国王も重鎮たちも中央広場がこんなに賑やかになってさぞかし喜んでいる事だろう。なんと言ってもこの中央広場に出す店の場所代は全て王宮に納めらているのだからな。」
自らの見世物小屋を中心に華やかに立ち並ぶ屋台街を見てオストンソンは自分の商才に手ごたえを感じていた。
客足が落ちて空席ばかりで閑散としていた事が嘘のように、見世物小屋も中央広場も人であふれて活気に満ちている。
新しい興行である賭け試合は、人気の高い魔獣が勝てば人気通りで盛り上がり、人気のない魔獣が勝てば、賭けの配当が盛り上がる。
人々はいつも熱気の渦に包まれ、どんな結果になろうとも観客たちが一喜一憂し勝手に大騒ぎして、周囲にこの闘技場の汗握る面白さを喧伝してくれるのだ。何と有難い事か。
お陰で自分のエスコートマンを何人も雇う事に成功した。最初は係員をクビにした分の費用で雇い始めたのだが、これが案外心地よい。
今ではオストンソンは時の人として王都では有名になりつつある。おこぼれに預かろうとして何くれとなく理由をつけて近付いてくる無法な者たちを避けるためだ。
「すり寄ってくる者をいちいち相手にしていては切が無い。会っても無駄な相手にはエスコートマンを差し向けて黙らせた方が手っ取り早いからな。」
さして忙しい訳では無いが、一旦手に入れた心地よさを手放すことなど、オストンソンには出来なかった。
魔獣同士の賭け試合である闘技場は、大金を産む構造になっている。適切な運用を取り仕切る事が出来れば、もっと大きく発展していくだろう。オストンソンには自分にならできると、そんな確信があった。
「この調子ならそう遠くない内に、誰もが羨むような成功者として名を馳せる事が出来そうだ!英雄の孫としてではなく、自分自身の功績で祖父と同様に…あるいはそれ以上に称賛を浴びる事だって夢じゃないぞ!」
オストンソンは自らの願望に向かって邁進した。
賭け試合の開催日には下見所で参加する魔獣を確認し、広場の屋台で食料を買い込みながらどの魔獣が勝つかを予想し、喧々諤々と討論しあう。
屋台通りの店主たちもこの機に乗じて、いかに客を引き付けられるかと、珍しい食材や料理をこぞって提供するようになった。
賭けの熱気を盛り上げるためか、さまざまな客層を当て込んでか、新鮮な肉や魚や野菜に加えて、珍しい果物や木の実を使った甘いものから非常にスパイシーなものまであり、最近だと新鮮な…つまり生の玉ねぎやアボカドにニンニクや薬草を刻んだものを練ったチーズの中へ大量にぶち込んだ浸しダレなるものや、果物や木の実をたっぷり使った焼き菓子にチョコレートやはちみつをかけた物が人気だそうだ。
そのどれもが手軽に食べられる簡易な軽食として提供され、闘技場の活気に一役買っていた。
そういった珍味や美食に舌鼓を打ち、あるいは広場の屋台で買い込んだそれらを見世物小屋に持ち込んで、珍しい魔獣の賭け試合を楽しむ。これが王都の中央広場に最近現れた流行りの娯楽だ。
味わったことのない初めての娯楽を満喫する事に王都の人々…貴族や富裕層だけでなく庶民までもが夢中になった。
「読みは大当たりだ!賭け試合の時だけではなく、普段の演目にも客で混雑するようになってきた。このままじゃあ客が入りきらなくなるのも時間の問題だ。屋台だって祝祭の時よりも工夫を凝らし、賭けを盛り上げるような刺激的な料理を売り出す店も出始めた。このオストンソン様の見世物小屋をもっと大きくすれば、皆も大感謝するだろう!」
オストンソンはあまりにもの盛況ぶりに、見世物小屋の規模を拡大することを考え出す程であった。
そんな有る時、その日の賭け試合で行われた一番最後の決闘でオストンソンが関与しない大波乱の逆転劇があり、多くの観客が嘆きの怒号が飛び交う中、有り金すべてを飛ばした者が賭けに大負けした腹いせに食べかけの屋台飯をステージ上の魔獣に向けて投げつけたのだ。
係員たちに手綱を引かれ、ステージからバックヤードへ連れ戻されようとしていた魔獣にぶつかりはしなかったものの、すぐ傍にこぼれる様に落ちた。
その様子を見た他の観客たちも、釣られて怒声と共に手持ちの屋台飯を次々とステージ上の魔獣に向かって投げ込みだした。
決闘を終えたばかりのまだ興奮冷めやらぬ魔獣たちは、鼻腔を強く刺激したそれを興味深く匂いを嗅ぐと、手綱を引いてバックヤードへ向かわせようとする係員たちに力強く抵抗し、そのまま勝手に勢いよく食べ始めてしまった。
魔獣たちはあっという間に投げ込まれた全てを食べ終えて、気が済んだからなのか腹が満たされたからなのか、係員たちの引く手綱に素直に従いステージ上からバックヤードへ向かおうとした時に、突然震え出して口から滝のようによだれを垂らし始めた。
予想外の余りの事に、係員たちがひるんでしまい、つい手綱を持つ手が緩んでしまい、少しだけ魔獣の枷が自由になってしまった。
魔獣は身体を大きく震えさせたままよろけ始め、その場に立ち止まって係員たちが引く鎖に抵抗した。
観客たちはさらにどよめいたが、その日の一番最後で一番人気の賭け試合で大番狂わせわせをしてしまった魔獣たちに容赦することなど無く、手元の食べかけの屋台飯を器ごと…もう手元に何も無い者はそこらの小石やゴミクズを纏めて魔獣たちへ投げつけることを止めなかった。
魔獣たちはよだれを垂らしながらしばらくじっとしていたが、投げ込まれたものの中にあった金属の容器が魔獣に勢いよくぶつかった瞬間、魔獣は客席の方へ顔を向けてステージと客席の間の柵に向かって駆けだした。
食べ物や器だけでなく様々なものを投げつけられ始めたからか、空中に向かって口を大きく開けてはパクパクとかみ砕こうとするかのように威嚇しながら柵をなぎ倒し、その勢いのまま客席に向かって飛びかかった。
勿論、係員たちも必死に手綱を引いて客席に向かわないようにステージ上に留めようとしていたが、本気になった魔獣たちにとってはそんな引き綱など無いも同然であった。
ガタッ、ガッ!
グルル、グルルルルゥー!
「うぉっ、うわあーーー!」
「に、逃げろっ、噛まれるっ!」
柵…と言ってもそれほど頑丈なものではない。大人の腰の高さ位の薄い板を何枚もつなげて下部に支えを置いた程度の単純なものだ。魔獣が完全に飛び越えられなくても、力強くぶつかっただけで簡単に倒れてしまう。
手綱を振りほどき自由になってしまい勢いづいた魔獣たちは、驚いて慌てふためく観客たちを手当たり次第に襲い始めた。
突然の事に観客たちは碌な身動きを取る事が出来ず、魔獣たちの爪や牙の鋭い刃に翻弄されるばかりだった。
肝心の係員たちは腰を抜かし、大慌てでステージから逃げ出した。勿論、魔獣のいる観客席とはステージを挟んで反対の方向に…つまりバックヤードの中へ。
係員たちが逃げ込んだ後、その扉からオストンソンのエスコートマンの姿がチラリと見えたので観客たちは彼らが助けてくれるものだと思って安心したのもつかの間、エスコートマンは客席から顔を背けると、バックヤードとステージや観客席を繋ぐ扉を素早く閉めて鍵をかけた。
つまり逃げ込んだ係員たちから客席で何が起こっているかを聞いたオストンソンが、自分だけは助かろうとしたのだ。
「おいっ、あいつら客を見捨てやがった!」
その様子を見ていた観客の一人が支配人であるオストンソンの意図に気付き大声を上げると、観客たちの狂乱ぶりはより一層ひどくなった。
それがきっかけとなって、客席のあちこちで叫び声が上がり、その声に刺激されたのか魔獣たちはよだれを垂らし焦点の合わない目をしながら、爪や牙を思う存分振り回した。
見世物小屋の中に、逃げ惑う観客たちを安全に誘導できる者はいなかった…いる訳がなかった。
四方八方に逃げ惑っていた観客たちは雪崩れるように出口に向かい、木製の簡易な扉を壊しながら押し出されていく。
同時にもつれ合う観客たちを追いかけて、魔獣たちも外へと飛び出した。
惨劇の始まりである。
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