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「我が国の人々を救った功績ある英雄様のご子孫様を拙店で働かせるなど恐れ多い!どうかどうかお引き取り下さいませ。」
今日も青年は、守衛を従えた店の主人にぺこぺこと頭を下げられ、至極丁寧な対応をされつつも素気無く店から追い出された。
流行りのすました服を着こなす店の主人は、深々と頭を下げたまま微動だにしない。
きっと青年が去るまで頭を上げるつもりはないのだろう。
その隣では護衛がかっちりとした警備服─こちらの方が王都の女性たちには人気が高い─を髪の毛一筋分すら乱すことなく、きりりと口を一文字に結んだまま主人の傍に控えている。威圧感を与えないためかその瞳は青年からは視線を少しずらしている。
追い出された青年は恨みがましい顔を隠そうともせず、華やかな店先と彼らをじとっと睨んだ後、踵を返して歩き始めた。
青年は着古した定番服に身を包み、濃い茶色の髪に薄い灰色の瞳。少しばかり整った顔立ちだが、さりとて美形というほどでは無い。
薄い灰色の瞳が珍しい事と、祖父から受け継いだ特徴のある鼻が少し目立つ位で、良くある平凡な容姿だ。
強いて言えば少しばかり背が高く、少しばかりがっしりとした体格であると言ったくらいだろうか。
青年の名前はオストンソン。
彼の祖父はこの国の英雄である。
数十年ほど前にこの国で大規模な騒乱がおこり、その鎮圧に多大なる貢献を果たした勇敢な市民がいた。
その勇敢な市民こそが彼の祖父で、その勇気ある行動を称えるために国を挙げての盛大な式典が執り行われ、当時の国王から「オストンソン」という名前を授かった。
それは“民衆を護った我が息子”という意味─国王にとって全ての国民は大切な我が子のようなものだから─があるそうだ。
その名付けの様子はすぐさま錦絵として国内余すところなく届けられ、どんな田舎の者でもオストンソンの名と容貌と功績が知れ渡る事となり、国王の次に有名な人物として国中での尊敬を集めていた。
…そして時がたち、国中から英雄と謳われた祖父は亡くなり─勿論、国を挙げての盛大な葬式が行われ、国王や重鎮たちを始め沢山の国民たちが大いに嘆いた─、その名前を受け継いだ孫の時代になった。
「英雄様のご子孫様を働かせるなんて、そんな偉大な店ではございません!」
「英雄様のご子孫様に相応しい立派な品を取り扱ってはおりませんので…。ああ、いつか英雄様のご子孫様に恥じないような立派な店になりたいものです!」
国王が名付け親たる英雄の子孫たる彼…オストンソンは、今日も求職を断られた。
いや、断られたのではない、向こうからすると、「そんな栄誉あることは、私どもには大変に身に余る事だ。と辞退させて頂いた。」のだそうだ。
オストンソン─勿論、孫の方である─は王都の学院を卒業し成人を迎えた為、一人前として独り立ちするべく自身に相応しい職を望み求め始めたのだが、あまりにも辞退されるので、祖父の代からの後見人である国王に訴えたことがある。
「君の熱意を無下にするなんて、なんと心の無い者たちだろう、余からも彼らにどのような判断で採用の検討を行ったのか尋ねてみる事としよう。」
しばらくすると、国王から採用についてを問われた店はいつの間にか潰れてしまっていた。
「私どもの職場で、貴方様を雇うなどという大それたことなど出来ません!」
「誉れ高き英雄のご子孫様に相応しい待遇をご用意することをは叶いませんでした!」
と言って。
オストンソンは何も無茶を言っている訳では無いと自分では思っている。
自分に相応しい仕事が何かと考えた時、近頃王都で流行りの職業である“エスコートマン”─高級店の守衛や護衛、つまり私設の衛兵と言える─が、一番ふさわしいのではないかと思っただけだった。
このエスコートマンと呼ばれる職業は、野暮ったい公僕の衛兵たちと違い、若い娘たちのみならず夫人たちにも大層な人気で、瓦版では王都の象徴のようなあこがれの職業であるとして特集を頻繁に組まれている。
なんと、人気のエスコートマンは刷り絵の絵姿まで売られている程だ。
そんなエスコートマンに誰よりも相応しいのは、英雄の子孫である自分であるだろうし、もし自分の絵姿が祖父の様に広く流布されれば、さぞ心地よく素晴らしいのではないかと思ったからだ。
そうやって、オストンソンが働きたいと思った話題の店を数十件ほど潰した頃には、国王も重鎮たちも世代交代してしまい、代替わりした新しい国王や重鎮たちに改めて自身が働きたいと思った店で働けるようにしてくれと訴えたが、彼らは困った顔をして頭を下げるばかりだった。
「英雄様のご子孫様に相応しい対応が出来ず申し訳ない。」
聞き飽きた言葉にオストンソンは不平を漏らしたが、重鎮たちが何とかとりなしてくれたので、彼は不平不満の怒りの矛を収め、一旦その場は収まった。
しかしそれ以降、彼は何度も何度も王宮へ向かい新しい国王や重鎮たちに頭を下げさせることにためらいが無くなった。
ある日、オストンソンはまたもや求職を断られてしまい、今度こそどうにかならないかと王に直訴しようと王城へ向かう為に高級街を通りかかった。
すると数日前に自分をすげなく断った老舗の高級百貨店の門前に、なんと魔獣─恐らく愛玩用の魔獣だろう─を連れた貴婦人がすまし顔で、人気の制服に身を包んだエスコートマンに優雅に案内されて店内に入る姿を見かけた。
なんとエスコートマンはその魔獣にさえ丁寧に頭を下げて礼を尽くしていた。
確かに、麗しい婦人に連れられた魔獣は遠目からも判る位に毛艶が美しく輝いており、まるで宝石が歩いている様ではあるがしょせん魔獣は魔獣、只の畜生に過ぎない。
そんな知恵も無い下等な獣を連れて歴史ある店に来るなんて、とオストンソンは思わず眉をしかめて呟いた。
「貴人の様だが、随分と常識のない女性の様だ。そんな愚かな者を有難がって下へも置かぬようにもてなす下賤な店など、こちらから願い下げだ!」
そう自分に言い聞かせるかのように独り言ちたが、何故だか胸の内にモヤモヤとしたわだかまりを晴らすことは出来なかった。
この国では、魔獣を愛玩用として飼育することには王家の許可がいる。
勿論、飼育にかかる費用はかなりの金額になる事もあって、貴族であっても飼育許可が出るのは容易ではないし、その姿を見る事さえも貴重な生き物なのだ。
つまりは魔獣を…しかもこれ程手入れの行き届いた美しい毛皮を持つそれを引き連れているという事は、貴族の中でもかなりの上級に位置する大貴族である
今まさに店内へと消えていった美しい魔獣とその主であろう婦人の後姿を目線で追っていると、エスコートマンにジロリと蔑んだ目で見られたような気がした。
向こうは流行りの絵姿もかくやといわんばかりの、式服の様に美しい職業服を纏い清潔に整えられた髪。かたや自分は丸めた背にくたびれて着古した平服に脂ぎった手入れの行き届いていない髪。
『そんなくたびれた姿で、誰もが憧れる人気の職になりたいなど良く思えたものだな!』と、まるであざ笑われてもしたかのような空気を感じた。
「くそっ!なんだか腹が立つな!」
オストンソンは道端の小石をわざわざ探して蹴りつけた。
「ふんっ、いくら大貴族の持ち物だからといって、たかがペットの魔獣にわざわざ頭を下げねばならないなんてやってられるかって言うんだ。こっちこそあの店で働くなんて御免被る!」
そう自分に言い聞かせたものの、それはそれで腹が立つ。
その勢いのままいつものように王宮へ向かい、職の斡旋について要望するはずが、いつしかその一件について熱心に愚痴をこぼしてしまっていた。
オストンソンの気が済むまで、穏やかにその話に耳を寄せていた国王は宰相と顔を見合わせて彼に説明した。
「其方は祖父殿の英雄特権があるのだから、どんな動物でも飼育することができるぞ?」
「なんだって?だがしかし、飼うための先立つものや必要な物が手に入れられないのなら、持っていても無駄な特権じゃないか!?」
「ふむ…。では1頭だけ余の個人資産で世話代を賄ってやろう。ここしばらく英雄殿の子孫たる其方には何の手配も出来なかったからな、せめてもの慰め代わりだ。」
「国王陛下、オストンソン氏へ礼を尽くすのは構いませんが、よろしいのですか?」
「魔獣を飼うことで心の慰めとなれば、生活にも張りが出て働く意欲もより増す事だろう。」
「なるほど、そういうお考えでしたか、オストンソン氏は国王陛下と同等の権利・資格をお持ちですので、ご覧になられたというそのご婦人よりも希少な魔獣を飼う事が出来ますな。」
「そうだな、その貴婦人やご当主ですら其方の飼う動物を羨ましく思い、大枚をはたいてでも是非見せて欲しいと思うだろうな。」
国王陛下の何気ないその一言に、オストンソンはハッとしてひらめいた。
『そうだ!、見世物にしよう。そうすれば魔獣を飼っているだけで金が入ってくる。』と。
「王よ、ではもう少しだけ頼みがあるのだが良いだろうか。」
オストンソンの申し出に国王も重鎮たちも少し驚いたが、許可できる範囲で援助しようと頷いた。
国王と重鎮たちは思った風ではなかったが、オストンソンが無事に安定した職を得る事が出来そうだと一安心して喜んだ。
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