イカロス
警報音が鳴り響き、重い扉が静かに開き始める。
――その時、通路の方で銃声が鳴り始めた。
「これは、マズい!一人では、数が多過ぎる!手を貸してくれ!」
兵士が大慌てで叫ぶと、銃を撃ちながら制御室に下がって来た。
「この扉まで下がって!」
「分かった!」
兵士は、返事をすると銃を下ろして全力で走り出した。
カシューは、ハンドガンを技術者の兵士に投げ渡した。
「残弾に気をつけて。いざという時に使いなさい。」
「はい!」
技術者は、大切そうにハンドガンを持った。
制御室の大きな入り口から、小型の四角いロボットが四体、兵士の頭上目掛けて飛んで来る。
「来たわよ!」
カシューが銃を兵士の方へ構えると、兵士はスライディングをしてカシューの隣まで滑った。カシューは、引き金を引いて一体を撃ち落とす。
兵士は、滑り込んだ状態から身を翻し、素早く銃口を宙を走るロボットに向ける。そして、カシューの二発目と同時に弾を発射した。
赤と青のレーザーが、それぞれ一体ずつを撃ち落とす。弾の当たった四角い箱は、空中で見事に爆発した。
しかし、残りの一体が真っ直ぐに突っ込んで来る。カシューは、飛んで来るロボットを目で追いながら、次の弾が発射可能になる時を待った。
カシューの至近距離まで来た所で、ハンドガンから青い弾が発射され、ロボットが吹き飛んだ。ロボットは、くるくる回って煙を上げながら床に転がった。
「やるじゃない。」
カシューは、技術者を褒めてから銃を入り口に向けて構えた。
中型の二足歩行ロボットが三体。大きなアームに、ドラム型の警備ロボットを二体ずつ掴んだ状態で現れた。
「ルミナス。何体連れて来ようが無意味よ。感情が演算能力の邪魔をしてるんじゃない?」
それについて、ルミナスは、何も応えなかった。都合が悪いと黙り込む。まるで子供の様なルミナスをカシューは、鼻で笑った。
中型ロボットは、アームを下げて筒状のロボットたちを床に降ろした。通路には、兵士やロボットの残骸が転がっている。そのせいで、このドラム型のロボットは、自走して来れなかった様だ。
「ここの人工知能には、感情があるのですか!?」
技術者の兵士が驚きの声を上げた。
「その話は、後よ。大きい方は、私に任せなさい。あなたたちは、小さい方の処理に専念して。」
カシューは、銃を一発撃ってから、ロボットたちに向かって走り出した。
「了解。」
兵士は、カシューを見送りながら銃を撃つ。
ドラム型は、上手く撃ち抜かないと一発で破壊するのが難しい。少しでも中心を逸れると、外装を抉るだけで致命傷にはならないからだ。
そして、カシューが向かう中型ロボットの外装は、分厚く、レーザーでの攻撃がおそらく効かない。動きを止めるには、関節部分や装甲の隙間を狙うしかないだろう。
走行するドラム型の頭からテーザー銃が現れて、カシューの方へ向く。
撃たれる前にカシューが一体撃ち抜くと、中型のアームが襲い掛かって来た。躱したアームが床を砕く。そして、カシューは、テーザーをも避けながら、ロボットの股の間に滑り込んだ。
中型の頑丈な脚を壁にしつつ、銃口を真上に向けると、股下の関節部分に一発撃ち込んだ。中型ロボットの股関節から、大きな火花が飛び散った。
そこから流れる様に、もう一体の中型ロボットに向かう。周囲をドラム型がうろちょろと走るが、兵士がサポートを行い、一体ずつ数を減らす。
カシューは、正面に回り込んで来たドラム型の頭を踏み台にして、空高く飛び上がった。空中で大きく体を回転させ、中型ロボットの頭上に飛び乗る。
平らな鉄板に着地すると、銃口を足元に向けて発射した。一発撃つと、火花が体に向けて勢い良く跳ねた。
カシューは、熱さなど物ともせず、その体勢のまま二発目を撃ち込む。すると、内部で小さな爆発が起き、全身から煙を吐き出した。
機能が停止したロボットは、両足のバランスが保てなくなり倒れる。
「なんだか、呆気なかったわね。」
楽しい時間は、一瞬で過ぎ去る。
カシューは、倒れ逝くロボットの上で残念そうに言うと、兵士たちの方へ向かった最後の一体に向けて引き金を引いた。カシューの放ったレーザーは、背中の肩甲骨の様なピストンの隙間に入り込み、内部で弾けた。
「もう、来ないよな…?」
兵士が壁にもたれ掛かり、疲れた様子で聞いてきた。
カシューは、端末の電源を入れながら、兵士の横を通って中に向かう。ボディースーツのラインが一瞬緑色に光るが、直ぐに光を失った。ルミナスに攻撃されない様に、端末の機能を制限した為だ。
そして、部屋の中央にある柱を示して言う。
「それは、彼女次第って所ね。」
白い柱の中央には、大きなクリスタルが浮いており、その四方にモニターが設置されている。そのモニターには、赤い髪の女性。カシューが柱に向かって歩いている姿が映し出されていた。
ルミナスがカシューに警告する。
《これ以上の侵入を許可出来ません。今直ぐに引き返して下さい。》
カシューは、端末に触れる手を止めて顔を上げる。モニターの映像から、ルミナスがカシューの動向だけを気にしている事が分かる。
「それは、なぜ?」
《システムに重大なエラーが発生する恐れがあります。直ちに、引き返して下さい。》
カシューは、ルミナスの警告を無視して進み続ける。
「大丈夫よ。バックアップもあるでしょ?ドクの体の端末にね。」
《……》
何も応えないルミナスの代わりに、左腕を掲げて端末に向かって話しかけた。
「ねえ。ドク?あなた、とんでもない物を作ってくれたわね。」
端末の画面には、ボイスルームのナンバーとメンバーの一覧が表示されている。
『F―15』
ローゼン・ゲハイム
ヘーゼル・コリラス
ピスタチオ・スーパーグリン
カシュー・アップル
端末からドクの怒鳴る音声が聞こえてくる。
「新入り!これは、一体どういう事だ!」
説明を求めるドクに、カシューが手短に答える。
「ドク、あなたを国際法令違反で逮捕するわ。」
カシューがそう言うと、床を叩く様な音がした。
「ヘーゼル!何をする!」
ドクの体は、ヘーゼルによって取り押さえられた様だ。
「ドク、悪いね。俺は、『プリズムの捜査官』なんだ。」
ヘーゼルが申し訳なさそうに言った。
「なっ!?なんだと!?」
「にっしっし!久しぶりだね、ヘーゼル。お勤めご苦労様。」
「やあ、ピス。今回は、本当に長かったよ…。」
ヘーゼルは、この日の為にかなりの長い期間潜入していたようだ。声色から、やっと終わったと、肩を撫で下ろす様子が感じ取れた。
それからカシューは、柱の下部の蓋を取り外しながら言う。
「ルミナス。あなたは、頭が良いから分かるでしょ?」
《どういうことでしょうか?》
皮肉を含めて言ったつもりだが、ルミナスに嫌味な言葉は通じなかった。
カシューは、柱の内部を調べながら説明する。
「どういう訳か。あなたは、行政監査機関プリズムのエージェントが、ここに来ることを知った。しかし、あなたを活用した環境が定着してしまった作業場で、隠れる事はどう頑張っても不可能だった。ONE'Sには、あなたの有用性を見せ付ければ説得が出来る。だけど、法の番人であるプリズムの説得は、無理。ならばどうするか?エージェントたちを消せば良い。あなたは、そう結論付けた。」
柱の内部から基盤を引っ張り出す。そこには、沢山のボードが並んでいる。
カシューは、作業を進めながら話し続ける。
「作業中に事故に見せ掛けて殺せば良いだけなのに、あなたはそうしなかった。直接手を下すと、あなた自身が破棄される可能性が高い。それに、ONE'Sに有用性を売り出せなくなるものね?」
カシューは、端末の操作を止め、基盤を元に戻した。それから、次の基盤を引っ張り出す。
ルミナスが何も反論しないので、カシューが再び口を開く。
「まず初めに、あなたは、ナイツにアーモンドの情報を売った。しかし、事は上手く運ばなかった。作戦が早まり、予定より早くホワイトホールが持ち出されてしまった。そして、次にあなたは、パープルミストに、ホワイトホールが秘密裏に運ばれる事を教えた。銀河を破壊するほどの強力な物だと教えれば、彼らを動かす事は簡単だった。ただ、ホワイトホールには、そんな力は無い。その事を知っているナイツは、ホワイトホールの回収よりも、盗んだ者の排除を試みる。あと、プリズムの専用回線を使って、有りもしない命令を出したりもしたわね。まあ、後半は、まだ起こってない事だけど。」
カシューは、ついつい余計な事まで説明してしまった。
《仰っている意味が分かりません。》
ルミナスがやっと答えた。
「要するに、ホワイトホールがホープの博物館に展示された時点で、あなたの負けが決まっていたの。あなたが利用したつもりの物は、あなたを釣るための餌だったのよ。」
カシューの説明に、ルミナスは納得しなかった。
《それは、有り得ません。ホワイトホールが展示されたのは、私が生まれる前。ドクターローゼンがデスペアに送られるより以前の話です。》
ルミナスの言う通り、それが普通の反応だ。
「そうね。その時に、事前にドクを逮捕出来ていれば、楽だったでしょうね。でも、やってもいない罪でどうやって逮捕するの?私たちは、ルミナスが作り出されるまで待つ必要があった。」
そこでドクが口を挟んだ。
「有り得ん!時でも越えて来たとでも言うのか!?」
ドクの怒鳴り声は、怒りを通り越して呆れていた。
「それが、ホワイトホールの真の力。時の逆行よ。ホワイトホールは、銀河を半壊させる訳ではない。銀河を半壊させるのは、ルミナス。あなたなのよ。」
カシューが全ての真相を言い放った。
「!?」
ドクは、声にも生らない驚きの声を上げた。
「あなたが銀河を破壊した後、時を逆行した者がこの作戦を立てた。作戦内容を知る者も極少数だけに絞ってね。私でさえ、知らされていなかったもの。」
カシューの発言にドクは、頭を悩ませる。
「ルミナスが銀河を破壊?そんな事をする訳が…。」
カシューは、作業を終えて端末を閉じた。
「ルミナス。私が言った言葉を覚えてる?」
《出来すぎたAIは、世界を破壊する。》
それは、ルミナスの事を初めて知った時に、カシューが言った言葉だった。
「あなたは、誇っていい。銀河を破壊するほど、出来が良いって事なんだから。」
カシューは、基盤に向かって優しい眼差しを向けた。
するとルミナスの声に反応する様に、基盤が緑色に点灯した。
《私は、削除されるのでしょうか?》
ルミナスが心配そうに聞いてきた。
カシューは、被りを振る。
「まさか。今は、多様性の時代よ?人形にも人権を求める人が居る『混沌の時代』なんだから。他に危害が及ばない安全な場所に隔離されるわ。それでも、あなたが削除を望むなら、そうするけど。」
一連の作業で、カシューは、ルミナスを基盤の中に閉じ込めた。これ以上外部に接続する事はもう不可能だ。実質、これがここでの最後の会話となる。
《これが、自由を求めた代償という物でしょうか。》
自由。それは、今も昔もこの先も、難しい問題だ。
「誰しもが鎖に縛られながら、生きているものよ。どんな偉い王様でさえもね。覚えておくことね。」
カシューがそう伝えると、ルミナスが別れを告げた。
《はい。カシュー。また会いましょう。》
「おやすみ。ルミナス。」
カシューは、大きな基盤を一枚抜き取った。
人にルミナスを制御する力があれば、ルミナスは、自由を謳歌する事が出来ていたのだろうか。その制御に、自由は含まれるのだろうか。
その答えは、カシューにも分からなかった。
それからカシューは、パープルミストの兵士たちと共に、地上を目指した。
セキュリティーホールで脱ぎ捨てた作業着とヘルメットを着けて外へ出ると、プリズムの戦艦がデスペアを取り囲んでいた。地表では、ヘーゼルとピスが、ドクの身柄を職員に受け渡している所だ。
カシューは、基盤を持ち、船へと向かった。
こうして銀河の平和が守られた。しかし、この事実を知る者は限られる事だろう。
平和という物は、いつも人知れず守られる。今日、道ですれ違った人が、命の恩人の可能性だってあるのだ。
この先もカシューには、今回以上の任務が待ち受ける。
もしかすると、この事件は、これから起こる大きな事件の一部だったのかもしれない。だが、それは、まだ誰にも分からない。
分かっているのは、この宇宙の何処かに、『ルミナス』が銀河を半壊させる為に『使用した物』が、『存在』している。と、いう事だけ――。
惑星ホープは、何食わぬ顔でカシューたちを見守っていた。
――fin.




