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日常に忍び寄る影(ヒロイン)3

エセシリアス警報発令中。


(はい、クオン。はつらつー)

「あぁ、ありがとな」

 ベッドでぐったりしていた俺は、ふわふわと飛んできた幼児姿のディアベルからビンを受け取り、掠れきった声で礼を口にする。

(ひどい声ー)

「ポーションで治るといいが」

 ギシギシいう体をなんとか動かして、ベッドの上で胡座をかくと、苦笑いしながら自身で改造したポーションをあおる。

 ひり、とした微かな痛みを喉に与えながら胃へと落ちていくのは、ひんやりとした某はつらつ系炭酸飲料に似せたタイプのポーションだった。

 そういえば持ってきてくれたディアベルが、はつらつ、とか言っていたなと思いつつ、俺は熱を感じる気がする喉へと手を宛てる。

「あー、あー。少しはマシになったか」

 声の掠れへの効果はいまいちのようだが、他の箇所への効果はてきめんだ。

 さすが俺。と心の中で自画自賛している間に、ずっと無理な体勢をとらされていたせいでギシギシといっていた関節からもあらぬ所の違和感も消えていく。

 一番の問題だった腰のだるさも少しは楽になったので、俺は伸びをしながらベッドの周囲を見渡す。

「ヒューは?」

(仕事行ったよー。すっっごい後ろ髪を引かれた顔して)

 ベッドの本来の持ち主を探す俺の問いかけに、ディアベルはころころと笑いながら、ヒューバートの顔真似らしきものをしてくれる。

 顔真似が似てるかどうかは微妙だが、愛らしいディアベルの仕草につられて、気付くと俺も笑っていた。

「ったく、あれで四十代なんて、化け物だよな」

 結局あれから夕飯は食べられず抱き潰され、寝かせてもらえたのは朝方。

 最後の方は記憶もおぼろげだ。

「なんかまた魔力増えた気がするな」

(うん、増えてるよー)

 おやつー、と指先に吸い付くディアベルに魔力を渡しながら、俺は今さらな疑問を覚えて首を捻る。

「……魔力の多いやつの体液で魔力増えるなら、なんで前世では増えなかったんだ?」

 自分で言うのもなんだが、俺はなかなか売れっ子だったため、買ってくれる客も高い身分の相手が多く、自然と魔力量も多い相手が多かった。

 だが、前世では誰に抱かれても魔力が増えるなんて経験はした覚えがない。

(んー? 注がれる量が多いのと、相性と、今のクオンの体の容量かなー? あとはヒューバートの魔力の質?)

「魔力の相性と容量、それに質か……」

 確かにいくら注がれても容量より多ければ溢れるだけだろう。注がれる量云々は聞かなかったことにしておこう。

 相性が良いとしたら地味に嬉しい。もともと体の相性は最高だな、とは思ってたが。

(向こうはほとんど魔力ないけど、なんかみーんな容量多いー? クオンは特に多いけどー)

 色々ヤバくなってきた思考は、ディアベルの不思議そうな呟きのおかげで軌道修正されたので、少し考えてディアベルの問いに答えておく。

「そうだとしたら、前世のせいだろうな」

(魔力鍛えてたのー?)

「前世思い出すまでは、さすがに魔力鍛えてはないけどな」

 前世を思い出してからは、前世での習い性になっていた魔力を鍛えるためのトレーニングをほぼ毎日やっているが、言葉通り前世を思い出す前は何もしていなかった。

 というか、そんなことを真剣にしていたら、重度の中二病として黒歴史は確定だろう。

(ねーねー、ご飯はー?)

 思わず身悶えしたくなるような痛々しい想像をしていたら、魔力だけでは物足りなかったのか、愛らしい幼児姿のディアベルが胸元へしがみついて甘えてくる。

「そうだな。ブランチと洒落込んでから、冒険者ギルドへ顔出して、昨日思いついたやつの材料でも取りに行くか」

 ヒューバートは、悪魔に心を許すな、と言うが、やはり愛らしい甘え方には逆らえず、俺は笑って頷き……とりあえず何処かへ放り出された下着を探すことにした。

 見つけ出した下着を含む洗濯物を洗濯機へと放り込んだ俺は、スタートボタンを押して洗濯機が動き出したのを確認してからキッチンへと向かう。

「コンセントがいらない分、こっちの方が家電とかより便利……ってか、電気で動いてないから家電とは言わないか」

(なら、家魔(かま)とかー?)

「かま? あー、家に魔で『かま』か。なんか語呂悪いな。あえて呼ぶなら、魔具の頭に(いえ)って付けて家魔具とかか?」

 ディアベルとそんな取り留めのない話をしながら、俺は到着したキッチンを見渡し、何か使わなければいけない物はなかったか、と確認する。

 そんな俺の視界に入ったのは、米の入った容器──いわゆる米びつ的な金属製の箱だ。もちろんファンタジー特権な時間停止プラス虫害などの状態変化防止機能付きの、ある意味向こうよりハイテクな物だ。

「ご飯の気分だな」

 いますぐ使わなければならない物ではないが、見たら炊き立ての白いご飯が食べたくなった俺は、作る人の特権を発動してブランチという言葉とはかけ離れているであろうブランチ作りを開始する。

 まずは米を研いで水をはり、炊飯器のスイッチを押しておく。

 魔法のおかげで米の吸水時間とか出汁を仕込む時間とか気にしなくていいのは、かなり便利だな、と地球の常識を思い出していると、ふよふよと漂っているディアベルが視界に入る。

「今さらだが、菓子じゃないけどいいのか?」

 冷蔵庫から取り出した鳥肉を一口サイズに切りながら、俺はふと抱いた疑問を訊くためふよふよと漂っているディアベルを視線で追う。

(今さらそこー? クオンの作ったのなら、ポーションでもいいよー。魔力そのものも嫌いじゃないけどー。でも、料理作ってるクオンの顔好きなのー)

 ち、ち、ち、と顔の前でふくふくとした指を振って見せるディアベルは、文句無しにあざと可愛い。

「そっか」

 ヒューバートには『悪魔を信じるな!』と叱られそうだが、ディアベルが今になって俺を欺く訳はないし、無邪気な仕草はやはり愛らしく見える。

 お腹が空いたー、とあざと可愛くねだってくるディアベルを横目に、ザクザクと玉ねぎをクシ型に切り、人参を千切りにしていく。好みはあるだろうが、俺は人参は千切り派だ。

 ちなみに作ってるのは、親子丼だ。

 鳥肉は鶏じゃないし、そもそも卵も鶏の卵じゃないから全く親子感はないが、誰がなんと言おうと俺の中ではこれは親子丼だ。

 親子鍋なんて物はもともと向こうでも使ってなかったので、適当な小さめな両手鍋を使って親子丼を仕上げていく。

 どうせディアベルの分もあるんだし、これぐらいの方がちょうどいいだろう。

「前世では気付かなかった……のは当たり前だけど、意外とこっちの世界と地球は似ているところ多いな」

 食べ物然り服装然り、地球からしたらファンタジー要素盛々な中に、普通に地球な成分があるので、両方の記憶がある俺としてはなかなか面白い。

(だって向こうから連れこられたり、てんせーするのもいるもーん)

「異世界転生ってやつか。本当にそんなラノベみたいな奴いるんだな」

 鳥肉に火が通ったので、コンロの火を止めて溶き卵を流し込む。新鮮な卵だし、ディアベルに鑑定してもらってあるし、何よりも俺は半熟派なので、加熱は余熱で十分だ。

 卵の具合に気を取られていた俺は、自分で呟いた突っ込みどころ満載な相槌にも、なんですとー!? な顔をしていたディアベルにも気付かなかった。

 しゃもじで炊きあがったご飯を混ぜていた俺は、丼を用意してなかった事に気付き、食器棚を指差してディアベルへ声をかける。

「ディア、丼二つ出してくれ」

(これでいいー?)

「ああ、ありがとう」

 ディアベルが出してくれた無地の白い陶器の丼に炊き立てご飯を盛り、いい感じに固まった親子な部分をかけていく。

「ディアもつゆだくでも平気か?」

(だいじょぶー)

 三つ葉でもいいが、ちょうど刻み海苔があったので、とろりとした黄色の上に刻み海苔を散らして完成だ。

 栄養バランスとか考えるなら、これに副菜と具だくさん味噌汁とかいいかもしれないが、まあ今日は俺とディアベルだけなんで、男の独身メシって感じでいいだろ。

 ディアベルがビタミン不足で肌荒れに、とかは絶対無いだろうし。

「さぁ、どうぞ召し上がれ」

 キラキラと目を輝かせているディアベルに木製のスプーンを渡すと、器用に空中で丼を抱え込む。

(はーい、いただきますー)

「……いただきます」

 ラッコを思わせる愛らしい仕草とお行儀良い挨拶にくく、と笑いながら行儀悪いが俺も椅子に座らず立ったままで親子丼を口へ運ぶ。

「うん、我ながらなかなかの出来だな。ディアの口には合ったか?」

(うん、美味しいよー)

 どうやってるかは不明だが空中を漂う白い丼は、すでに中身が半分ほどになっていて、ディアベルはぷくぷくとした頬を両手で押さえて動きでも美味しいアピールをしている。

「なら良かった」

 全身で美味しいアピールをしてくれるディアベルに、俺は頬を緩めながら親子丼を食べ進める。

 思ったより腹が減っていたのか、そんなに急いだつもりはないが、丼の中身はあっという間に空になっていた。

 出かけるつもりなので腹八分目でいいか、と軽くお腹を擦った俺は、丼をシンクへ片付けて、緑茶の気分だったので緑茶の用意を始める。

 ふと見ると、ディアベルも食べ終わったようで、丼をお腹に乗せたままふわふわと漂っている。

「緑茶だけど飲むか?」

(もらうー)

 ごちそうさまー、と差し出された丼とスプーンを受け取った俺は、代わりに小さな手には大きすぎるマグカップを握らせる。

(ありがとー)

「火傷するなよ」

 見た目幼児なディアベルに不必要な脊髄反射な注意をしながら、美味しい緑茶の入れ方的な無駄な雑学が頭の隅を掠めたが、俺は熱いお茶が好きなので気にせず熱々だ。

(ち、ち、ち、あっちの見た目は猫だけどー、猫舌じゃないのだよー)

「知ってるよ」

 ディアベルなら、たぶん煮えたぎった油を頭から浴びても無傷だろう。でも、つい心配してしまう。

 見た目のせいもあるし、短い付き合いだがなんだか昔からの知人のように思ってしまうのだ。実際、認識してなかっただけで、転生してからずっと張り付いていたみたいだし、そのせいもあるのかもしれない。

「ちなみにディアは俺を洗脳……」

(する訳ない!)

 思考の流れから、悪魔ならもっと上手い洗脳とか出来るかも、と思ってからかい半分で訊ねた俺の問いは、思いもよらないディアベルの本気の否定でぶった切られた。

「いや、したと思ってる訳じゃないぞ? ただディアならもっと上手く操れたり……」

(しない! いくらクオンでも次そんなこと言ったら、本気で怒るからね!)

 ぷんぷんという擬音が聞こえそうな愛らしい怒り方だが、俺を睨む瞳には本気の怒りが浮かんでいる。

 ディアベルの本気の怒りに部屋の温度が数度下がった気が……というか屋敷の周辺からバサバサとかドタバタと音がするのは、漏れ出した魔力に怯えたモンスターや動物が逃げ出していってるからだろう。

 俺は震えそうになった体を誤魔化し、収納に入れておいたコロンとした一口サイズのドーナツが盛られた籠を取り出す。さすがに揚げたてをバラで直入れは気分的に嫌だったので、取り出しやすいよう数個を紙を敷いた小さな籠に盛っておいた物だ。

「ほら、悪かった。もう言わないから怒らないでくれ」

(………むー、しょうがないなー)

 甘い匂いに誘われたのか、ぷくぷくさを増していた頬が潰れて元に戻り、小さな手が籠を両手で掴んで持っていく。

(甘くて美味しー)

 ドーナツを食べてすっかり機嫌が直ったディアベルに安堵の息を吐いた俺は、シンクに入れた洗い物を片付けてしまう。

 ちょうど先程回した洗濯機も終わった頃だろう。

「ディア、洗濯物干したら出かけるから」

(はーいー)

 もぐもぐと頬を膨らませてドーナツを食べながらいい子な返事をするディアベル。その手の中の籠はすでに空だ。

 俺は小さく笑うと、ドーナツをもう一籠取り出してディアベルへ差し出してみる。

(わーいー)

 すぐさま飛びついてきたディアベルによりドーナツ入りの籠は奪われ、俺の手には空になった籠が残される。

「こぼしたら掃除しといてくれよ」

(はーい)

 ラッコ状態のままついてくるのが見えたので、俺は小姑じみた小言を口にしながら洗面所へ向かう。

 こんな小言めいた言葉には怒る気配はないディアベルがあそこまで怒るとは、あの俺の軽率な発言はディアベルの地雷を本気で踏み抜いてしまったらしい。

 ディアベルは俺の魂が気に入ったと言ってくれているし、そういう意味で害することはないのだろう。

 しかし、過去というか前世では俺は一度洗脳されていた。もしその犯人が健在で、俺をまた利用してヒューバートを害そうとしたりしたら、俺は──。

 容易に想像出来てしまった恐ろしい未来に、耐え切れず俺はディアベルを振り仰ぐ。

「ディアベル、もしも、もしもだぞ? また俺を洗脳しようとする相手がいたら……」

 守ってくれるか、と続けようとした俺の唇を塞ぐのは、ふくふくとした幼児の手だ。

「僕がいるのに、させる訳ないよね?」

 わざわざ脳内ではなく直接口に出してくれたのは、ディアベルなりの本気度の示し方かもしれない。

「そうだな」

(ちなみに、ヒューバートは心配するまでもなく洗脳されないからねー)

「そうなのか」

 ヒューバートも守ってくれるかと頼もうと思っていたが必要なかったようだ。




(魂のほとんど、クオンへの執着でヤバいぐらいだもん。洗脳される隙間なんてありませーん)




 最後の一つだったらしいドーナツをむぐむぐしながら、ディアベルが差し出してきた籠を収納していた俺は、ディアベルの台詞を聞き逃してしまった。

 首を傾げて見つめてみたが、言い直してくれる気はないらしい。

「……知り合いの分だけでも、洗脳を防げるような魔法陣を考えてみるか」

 諦めた俺はすぐ思考を別の方向へ向ける。

 ディアベルに頼めば簡単に出来そうだが、悪魔の力を借りすぎるのも良くない。

 前世で同僚の『姉さん』達のために魅了魔法を防ぐ魔法陣を組み込んだイヤリングを作った事があるから、それの改良版でいけるだろう。

 魔法陣に描く文字を考えながら、地球のドラム式洗濯機と同じ形をした洗濯機の蓋を開ける。

 色々ベタベタだった服は、無事に綺麗になっていたので、俺は手早く洗濯物干しを終わらせると、宣言通り出かける準備をする。

 ヒューバートから用意してもらった装備を身に着け、翼のある黒猫の姿になったディアベルを肩へ乗せ、一応戸締まりをして準備完了だ。



(おっでかけー、おっでかけー、ゴブリンやろーを抹殺だー)

「残念ながらっ、一番下のランクの依頼には、討伐依頼はないっ、ぞ?」

 上機嫌なディアベルの謎の歌に突っ込みながら、俺は通い慣れた最短距離を進んでいく。突っ込む声が時々跳ねるのは移動中なせいだ。

(えー、じゃあ、フラグたてるー)

「本当に建ちそうっ、だから、止めてくれっ」

 ディアベルは黒猫の姿の時、脳裏に響く声と同時にんみゃんみゃ鳴くので、なかなかに騒がしい。おかげで街へ出ても、前世を思い出してしんみりする間も無い。

 ディアベルに感謝すべきかと思いながら、そろそろ森の出口なため着地場所を探して辺りを見回した俺の目に映ったのは──。



「……ディアにはフラグ建築士という肩書きをやろうか」


(おー、フラグたったー)




「いやー! 助けてー!」



「待ちやがれ!」



 ゴブリン並みであろう知性な男に追い回され、悲鳴を上げて森の中を必死に走っていく少女の姿だった。

お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m



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