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愛しい人がかえってきた 2

『前世の世界へ帰ってきた』の裏側というか、ヒューバート側の2です。


相変わらずです。思い込みというか、愛が重いというか……。


扱いの悪いモブがいます。

「ふぅ……」

 夢を見たせいで早朝から森の中を駆け巡ることになり、その後シャワーを浴びた私は、すっきりとした気分でクオンの自室へ向かう。

 その途中、キッチンから漂ってくる甘い香りと、それよりも甘く聞こえる愛しい声に、私は幸せを噛み締めながら目的地を変える。

 二時間程前に健やかな寝顔を確認したが、やはり起きて私を見つめてくるクオンを見たく、自然と早足になる。

 愛らしい寝顔を見て、クオンの匂いを堪能しようと深呼吸していた私を、悪魔がかなり警戒した様子で見ていたが気にはならなかった。

 眠るクオンを守るように、フーッと軽く唸られてしまった。心配しなくとも、起こしたりはしない。

 クオンの寝顔を思い出しながら辿り着いたキッチンで、新婚夫婦のようにクオンの手作りの朝ごはんを食べて幸せを噛み締めた私だったが、すぐ絶望した。



 私は今から出勤しないといけないのだ。



 城から聖女召喚のために呼び出され、三日間ほど休ませてもらっていたが、今日からは普通に受け持っている授業がある。

 正直、クオンと離れたくなかった。

 ついでにクオンから『ヒューバート先生』と呼ばれることを想像したら、下腹部に熱が溜まりそうになる。

 不思議そうなクオンの頬を撫でて見つめていると、悪魔から空気を読むか? と声をかけられる。

 今空気を読まれたら困る。

 このまま、ここでクオンを押し倒しそうだ。

 何とか理性を総動員した私は、後ろ髪を引かれながら屋敷を後にする。

 授業が終わったら、即帰宅しようと胸に誓って。

 授業はつつが無く終わったが、三日間の休みの間に溜まった仕事と聖女召喚の事後報告を学園長から求められて、結局いつもと変わらない帰宅時間となってしまった。

「しかし、まさか『クオンタム』だと気付いているとは、あの学園長は本当に侮れない……」

 防音処理の施された馬車の中とはいえ、思わず声に出してしまうほど、学園長の話は衝撃だった。

 私達が学園で生徒だった頃から学園長だった学園長は、穏やかな笑顔が似合う渋さの滲む壮年の男性だが、食えない人物でもある。

 呼び出されての第一声が、



「良かったですねぇ、『クオンくん』が帰ってきてくれて」



だったぐらいには。

 ははは、と穏やかな笑顔で告げられた言葉に、私は一瞬反応できず息を呑んで固まってしまった。

「っ……!」

「大丈夫ですよ、言い触らしたりはしませんから」

 笑顔と同じ穏やかな声音でそう告げた学園長は、いつかまた会わせてくださいね、と悪戯っぽく付け足して話を終わらせた。

 聖女召喚の話は、私を呼び出すための口実だったらしい。

「学園長には勝てないか」

 クオンに伝えれば、きっと楽しそうに笑って「会いたい」と言うだろう。なんだかんだで、クオンと学園長は仲が良かったのだ。

 そして、私も彼は嫌いではない。


「結婚式には呼んでください」


 からかわれ、疲れるが……。

「クオン、今帰った……ぞ?」

 馬車をとっとと帰らせた私は、意気揚々と玄関の扉を開けてクオンを呼んだが、返ってくる声はない。

 一瞬、ここ数日の出来事全てが私の妄想だったのでは? と思いかけるが、早足で進む屋敷内には昨日までは無かったあたたかな空気が漂っている。

 クオンが還って来る前も、屋敷の隅々まで掃除は行き届いていたが、何処か空虚で冷たかった。

 いわゆる生活感がない、という状態だったのだろう。

「クオンがいる……」

 掃除には魔法を使わなかったのか、あまり強くは感じないが、クオンの魔力の名残を追っていくと、辿り着いたのは洗面所だった。

 躊躇いなく扉を開ける。

 残念ながらクオンはいなかったが、朝は無かった白いシャツが籐で編まれた脱衣籠の中に放り込まれていた。

 何となく、本当に何となくだ。匂いを嗅ごうとした訳ではなく、ただ見ようと思っただけで……。

 そんな言い訳をしながら、シャツを持ち上げた私は、そこに広がる『赤』を見つけてしまう。

 バッと脳裏に広がったのは、大切な彼との唐突な別れの映像だ。

 意識せずヒュッと喉が鳴り、私は震えそうになる体を必死に動かしてシャツから手を離す。

 あの日の私とは違う。

 後悔しないため、力も自由も権力も手に入れた。

 冷静になろうと心中でそう唱えながら、私は二階の窓から外へと飛び出す。

 飛び移る先は太い木の枝だ。

 昔はよくクオンがこうやって近道だと移動するのを、鼻で笑って見送っていた。本当は、共に行きたかった。

 当時の私には、許されなかったが。

「落ち着け! まだ何かあったと決まった訳じゃない!」

 どんどん暗い思い出へと向かいそうな思考を引き戻し、私は言い聞かせるよう口に出す。

 何度目かの着地点の枝には鳥の巣があり、雛を驚かせてしまったのは申し訳なかったが、今の私にはそんなことを気にしている暇はない。

 クオンの身に、何かが起きたのだ。

 あの出血の量からすると、かなりの大怪我のはずだ。

「あの悪魔がいて、何故クオンが? まさか、悪魔の裏切りか? いや、何か不測の事態か?」

 あの悪魔の態度からして、悔しいがクオンを傷つけるような事はしないだろう。となると、悪魔ですら防げないナニカが……。

 悪い想像しか思いつかず、私はいつもは決して使わない『権力』で門を最速で通させ、数少ない友人の元を目指す。

「ギルドマスターを呼んでくれ」

 何かを言いかけた冒険者ギルドの受付嬢は、私の顔を見た瞬間、笑顔を引きつらせ、

「す、すぐに!」

と、吃りながら駆け去っていく。

 魔力が漏れてしまっていたのか周囲から人が消えていき、ざわめいていた室内が静かになった頃、ギルドマスターであるエストレアが奥から現れた。

「おい、魔力を垂れ流すな。一体、何があった? 森にドラゴンでも出たか」

 私の様子に、エストレアはそんな的外れなことを口にする。

「そんな事より重要案件だ!」

 おずおずと受付嬢が出してきた書類を受け取り、ガリガリとバシッとエストレアへ突きつける。

「ドラゴンより? 人探しで? 何なんだ、この破格の報酬は。探すのは王族か?」

「違う! 私のこ……同居人だ! 帰ったらいなかったんだ!」

「……あの、ヒューバート様、それは普通に買い物とかに出かけられたのではないですか?」

 私がエストレアに詰め寄っていると、おずおずとそう話しかけられる。

 ちら、と一瞥すると、そこにはやたらと上目遣いで私を見てくるギルド職員らしき若い男がいる。

 自分の見目がいい事を確信している、明らかな媚を売ってくる仕草の男に、私は小さく鼻を鳴らしてエストレアへ視線を戻す。

「処分しても構わないか」

「すまないが、止めてくれ。処分はこちらでする。…………はぁ、シュシュを呼んでこい!」

 私の本気を察したのか、エストレアはため息を吐いて、私へすり寄ろうとしてきていた男に向かって険しい声で指示を出し、外を指差す。

「え? ですが、僕はヒューバート様のお相手を……」

「ヒューバートの相手なら俺がする。お前にそんな指示を出してはいない。そもそも、ヒューバートの名前を許可無く呼ぶなど、殺されたいか? 殺される前に、さっさと行け」

「っ、はい」

 エストレアの言葉を脅しだと思ったのか、明らかな不服を顔に貼り付け、私に媚を売っていた男はエストレア指示を聞いて……何故か建物の奥へと消えていく。指示は聞こえなかったのか?

 そう思いかけた数分後、バタバタと忙しない足音が奥から聞こえたと思うと、先程とは別の、真面目そうな見た目の青年が姿を現す。

 青年は、私とエストレアの前で足を止めると、無言で目礼してから転げるように外へと駆け出していく。

「……すまない。先程のはとあるお貴族様の息子だ。俺を落とす気だったらしいが、見た目がよく、権力のある相手なら誰でも良かったらしいな」

「そんな話はどうでもいい、さっさと冒険者へ依頼を出せ!」

 苛立ちを隠せず、私は指先で受付カウンターをトントンと叩いて、周囲を見渡す。

 視界の端に、先程媚びてきた男がまた駆け寄ってくるのが見える。

「あの! ただの人探しでしたら、A級冒険者指定ではなくても、大丈夫だと思いますよ? 僕の知り合いの腕利きの冒険者にも声をかけ……」

 なよなよと体をくねらせ、男は私の腕に触れようとしてくる。私はそれを、思い切りバシッとはね退ける。

「ただの人探し? ふざけるな! エストレア!」

「っち、誰か、こいつを連れて行け! こちらへ近づかせるな! 命令だ!」

 エストレアの怒号に駆け寄ってきた職員は、とある貴族の息子なせいか、恐る恐るといった風に、懲りずに私へ上目遣いしている男を奥へと連れて行く。

「……お前の名前で、とあるお貴族様へ『手紙』を出しても構わないか?」

「ああ。その代わり──」

 鬱陶しい男が消えていくのを一睨みしてからエストレアを振り返ると、ニヤリと笑って頷かれる。

「もちろん最優先で、お前の探し人を探させる。……名前は『クオン』? そういうことか」

「年の頃は十七、八で……」

 エストレアは元々は『クオンタム』の友人で、その繋がりで私は友人となった。

 書類を確認して、クオンという響きの名に驚いたのかと思って追加情報を伝えたが、何処か様子がおかしい。

 何処か得心がいった表情で、何度か頷いて手を握ったり開いたりしている。

「……まさか、貴様がクオンを?」

 私はギロとエストレアを睨みつけ、意識的に魔力を強める。

「何故そうなる。少し前に本人と会っただけだ。名乗る前から名前を呼ばれたので気になっていたが、お前から聞いていたんだな」

「……………………ああ、そうだ」

 一瞬、エストレアになら話しても構わないかと思ったが、今はクオンを独り占めしたい気持ちが勝り、私はゆっくりと頷いて見せる。

 エストレアが会ったなら、あれはそこまで酷い怪我ではなかったのか、と安心しかけた私だったが──、



「何か隠しているようだったが……「騎士団を動かせ! 早く彼を見つけてくれ!」」



 エストレアの呟きに、反射的に叫んで詰め寄る。

 やはりクオンは怪我をしているのだ。しかも、それを隠して動き回っている。

 堅物なエストレアからは正論で諭されるが、クオンの安否の確認の方が大切だ。

 エストレアへ詰め寄っていると、周囲からは「氷の魔王だ」という怯えた声が聞こえてくる。

 そう思うなら、私が周囲を凍りつかせる前にクオンを……。

 そんなことを考えていると、周囲から悲鳴が上がり、私の背中に何かが勢いよくしがみついてくる。

 先程の鬱陶しい男への態度を思い出したのか、エストレアの顔色が変わり、鋭い一声が飛んでくる。

 だが、そんな必要などない。

 私が愛しいクオンを間違えるなどあり得ない。

 体を反転させる間すらもどかしく、私の背へ抱き着いてきていたクオンをギュッと抱き締める。

 あたたかい。あと、香ばしくて美味そうな匂いがする。

 ひとまず無事な姿に安堵したが、怪我の有無を確認すると、妙な態度で返される。

 やはり、酷い怪我なのだ。

 確信をした私は、診るのに邪魔な服を脱がせようと手をかける。

 クオンが可愛らしく文句を言ってるが、クオンはすぐに重要な隠し事をするから油断がならない。

 さすがに全裸まで剝く気はなかったが、クオンを連れてきてくれた女性ギルド職員の言葉で冷静になり、周囲を見渡す。

 クオンは気にしていなかったが、クオンを熱の籠もった目で見ている人数の多さに、私はグッと喉を鳴らす。

 さらに、悪戯っぽく煽ってきたクオンのせいで、何処かで何かがブチブチと切れる音がする。

 私はそのままクオンの文句も聞かず、安全な肩へと担ぎ上げ、エストレアに迷惑料込みの多めの金額を払って冒険者ギルドを後にする。

 森の中をショートカットし、目指すのは何処までも安心できる私達二人の屋敷だ。





 風呂場へ放り込み、怪我の確認と治療をするだけのつもりだった。

 つもりだったが、気付いた時には──。




「ヒュー……ッ、なぁ……っ」



「も、むり、だ……」



「ヒュー、バート……ッ」




 クオンは夢で見た光景のまま、私の下で悲鳴のような声を洩らしていた。

もうちょい我慢しろ、と言いたくなりますが、まあ思ってた長さを思えば、仕方ないという事で。


アラフォーですが、性欲(クオン限定)に関しては……ゲフンゲフンなヒューバートです。

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