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4-3

 タウ・ペルセイ・テクタイ王子は、アルミナに対して救援を訴えたが、それは日中にヘリオドールが話していたことに関連するものだった。

 曰く、現在テクタイではタウ王子を擁立する保守派と、反王政を掲げる改革派に分かれて政権を奪い合っている。その中でいよいよタウ王子は追い詰められて隣国であるベルゼアに旅行者に紛れて逃亡し、改革派はテクタイの軍隊を掌握しベルゼアへの侵攻を企てている、ということである。

 タウ王子はつい先ほど、アルミナが訪れるより少し前に行き倒れかけていたところをアルマンダインに発見されたそうだ。そうしてここで介抱され、話を打ち明けようか迷っているうちにアルミナがやってきたので、慌てて隠れたというらしい。流石にアルマンダインがそのような貴人を匿っているとは露ほども思わず、アルミナもルベウスも気づけなかった。


「僕がタウ殿下を発見したのはつい先ほどのことでして。どうご報告すべきかと悩んでいたところです」


 しれっと言い放ったが、アルミナの相談を受けたうえでタウ王子を信頼できる情報筋と言い切ったことを思うと、アルマンダインもなかなかどうして腹芸の上手い男だ。まだ幼いが、嘘を吐かずに本当のことを隠し玉にしておける辺りは正しく才能であろうか。


「本来ならば疾くヘリオドールに伝えねばならぬことだが――」


 アルミナは思案する。隣国の王子が逃げてきた、などというのは充分な一大事である。だが、アルマンダインが「少し待ってほしい」と言うので、報告より先にタウ王子の話を聞くことに決める。最悪、言い訳についての知恵はアルマンダインに考えさせればよい。ルベウスはそのことについて口を挟む気はないようで、今はただ静かに傍に控えてくれている。


「……反王政を掲げる連中はアストラム帝国との繋がりを持っているという。将来的に我が国と敵対する可能性は考えてはいたが、それほど速やかにベルゼアを攻撃せねばならぬ理由が、連中にはあるということですか、タウ王子?」


 少なくとも現状において、ベルゼアは公的にはアストラムと同盟の関係にある――状態であるはずだ。何せ実質的な支配はアレクサンドルの手にある。アルミナを拉致しようとした件については世間には伝わっていないし、それを公表するとしてもアレクサンドルの命令であるという形で真相は隠蔽されるだろう。恐らくは何かしらの協定があるのだろう、とアルミナは想像している。

 であれば、アストラムと親密であるという改革派がベルゼアを襲うのは不自然である。アストラムが露骨にベルゼアと敵対しているのならばともかく、実際にはより近い関係へと動いているのを改革派が知らされていないとは考え難い。


「アストラムは信用のならない相手です! ベルゼアと同盟を結ぶ用意を進めておきながら、革命派の連中に『スピライチウム鉱石確保のため必要なこと』と言って、ベルゼアを侵略するよう唆したのですッ。革命派のリーダーをやっているラス・アルゲチという男が将軍職にあり、軍をすぐに掌握されてしまって……くそっ、あいつ……!」

「冷静に、タウ殿下。連中が二枚舌であることは伝わりますが、それでは不足です。より詳細な説明をお願いします」


(強かな……)

 憤るタウ王子を抑えているアルマンダインは、それこそ馬を宥めるような鮮やかな手並みである。出会って僅かな時しか過ごしていないはずであるけれど、既にそのように扱っても怒りを買わない程度には信頼を得ているらしい。

 ルベウスにちらりと視線をやると、黙って首を横に振る。説明も必要ないほど、昔からこうだということか。アルマンダインは敵に回してはいけない。

 それはそれとして、事情を聞かねばならないことも確かなので、続きを促す。


「アストラムがラス・アルゲチ将軍を唆したと仰るが、それは何故なのかはおわかりか?」


 少なくとも、ラス・アルゲチというのが独自の考えで反抗したわけではなく、何かしら入れ知恵されていると確信しているような言いぶりである。それはそう確信するだけの理由があるということだ。

 タウは息を整えて「アストラムの目的は、当然ながら、このタウも調べました」と言った。


「そうしてわかったのは、彼らはどうやら、ティタニア文明を再興しようとしているらしいということです。詳細まで掴む前に、逃げ出さねばならなくなりましたが――ラス・アルゲチにもその旨味を吸わせてやると言っているようで。彼はベルゼアを手土産にしてテクタイでの自分の地位を確固たるものにするつもりでいるのです。その実態は、アストラムの属国に他ならない……!」


 テクタイの危機的状況がどういう類のものかはアルミナも理解できる。だがティタニア。ティタニア――その名を聞くことになろうとは思わなかった。その現実味のない名前が、あまりにも想像外のもので、上手く呑み込めない。


「ティタニア……神話の物語ではないのか。英雄によって悪しき魔法使いどもが滅ぼされ、その魔法使いたちが総べていたティタニアの国も葬られたと伝わっているけれど」

「神話は決してただのお伽噺ではありません。ベルゼアではそのように伝わっているのですね」



「神話は真実の話であったというのか?」



 それこそ荒唐無稽である、と言おうとして、しかしアルミナは口を噤んだ。そもそもアルミナ自身も、今は呪わしき目が単なる噂話ではなく事実となったという経験がある。


「勿論、あまりに長い時が経ちすぎて、失われたものは多いですが。それでも――物語とは、元となる何かがあってこそ生まれるもの。我がテクタイは記録の国。それは切り取られた歴史の一頁そのものです」


 きっぱりと言い切るのは、祖国に対する誇りがゆえか。その言葉を、アルミナは無視できない。

(しかしそれを悠長に聞きだすのは後だ)


「とても――興味深い話、です。ぜひ詳しくお聞きしたいところだが――今はそれよりも、目の前の危機のほうが重要だ」

「では……!」

「お助けしたいのは山々であるが、現状において、我々にできることも限られている」

「アルマンダイン殿より聞いています。大変な苦難にあると」

「話が伝わっているのなら早い。何かするにしても、限られた手札を切らねばならない。ルベウス、アルマンダイン、知恵はあるか」


 期待をかけられても、アルミナが正しく戦力と呼べるものはカルブンクルス家の兵士たちのみである。だからできることといったら、ヘリオドールに呼びかけることくらいのものだが、それも上手く立ち回らなければならぬ。


「ベリル公爵とて、迫る危機があるのであれば対応はするに違いないが、いかにそれを我々に有利にするか。いざ戦場となるのであればいかようにもなりますが、タウ王子殿下に追手がかかっているにしても、真っ直ぐこの要塞にくるかどうか。そもそも、ラス・アルゲチ自体をどうにかせねば根本的な解決にはなるまい」


 ルベウスが言う。敵がわざわざ堅牢なエスメラルダの要塞を落としにかかるかどうかだ。人的被害を抑えたければ、攻めるよりも現在の同盟状態を利用して交渉をもちかけ、攻撃されない状態でタウ王子を捜索するほうが安全であり合理的だ。

 だが、アルマンダインは「来ますとも」と断言する。


「タウ王子を追放しようというのですから、そもそもラス・アルゲチはベルゼアとの同盟に拘りなどないでしょう。むしろこれから攻め入るつもりがあるのですから、宣戦布告してくるか、あるいはそれすらまともにせず奇襲をかけてくる。彼らはタウ王子を探す必要などないし、見つかれば混乱に乗じて殺してしまえばいいだけのことです。何よりこれから国民に誰が覇道を敷くのか示さねばならぬのです。然るべき功績がある優れた存在であると民に信じさせるためにも、アルゲチは戦場へ出なければならないのです。王族と違って、血筋の権威がないのですから」

「そうか、言われてみればそうだ。戦に勝ちさえすれば英雄となる。そして実権さえ握ってしまえば、たとえ本物のタウ王子が名乗り出たところで、偽物であるとして民には隠すことができる。タウ王子が生きていても死んでいても、どちらにせよアルゲチは目的を果たそうとするわけだな」

「さようです。そして戦場とは先に動くものが有利になる。アストラムと手を組みベルゼアを征服したければ、エスメラルダを破らねば話になりません。欲しい鉱山はより奥、例えば我がキルミツ領であったり、ベルヌイユ領であったり――そういう場所にこそ多いのですから。これまで王子が邪魔でできなかったことを、今のうちにやろうとする。混乱の最中では、衆愚は声の大きいものに従います」


 地理的なことを考えれば確かにそうだ。テクタイ王国からそうした鉱山へ行きたければ、エスメラルダ領を通ることは避けられない。ラス・アルゲチが本気でそのつもりがあるのなら、アルマンダインの言うとおりになるのだろう。そうなれば、アルミナが王となる以前に、ベルゼアが滅ぶことになる。それは避けねばならぬ。

(アストラムは各国を混乱させて一体何をしようというのだ――)

 タウ王子が掴んだ情報が、その答えに繋がっているのは違いない。


「ともかく、アルゲチは真っ直ぐここへやってくるでしょう。であれば、民を守るためにもベリル公爵はこれを撃破せねばなりません。彼の言う万が一とはもう明日、明後日に迫っていることです。ここで一気に問題解決といきたい――ええ、僕としては、タウ殿下がアルミナ殿下と今後友好的な関係でいることを望んでくれるのでしたら、この戦も利用してみせましょう」


 アルマンダインがタウ王子を見据える。タウはごくりと唾を飲み込んだ。


「テクタイは、これまでどおり、ベルゼアとの同盟を望んでいます。アルゲチの行動はテクタイが望むものではありません。僕が生きている限り、テクタイの王権は僕にある。テクタイは平穏を望みます」


 アルミナとしてもそれはありがたい話である。少なくともテクタイは、今からアレクサンドルの手を借りようなどと思っても間に合いはしない。

(アレクサンドルの性格を思えば、エスメラルダが危機に陥ったと知っても助けは出すまい。ベルトラン兄様の縁者を助ける理由がない。むしろ潰されたところを、後から蹂躙しに向かう――タウ王子もろともだ)

 タウ王子に選択肢はなく、アルミナにも退路はない。この問題が解決できれば、ヘリオドールの協力も得られるかもしれない。


「では話はまとまりましたね。いかにもつい先ほど保護したばかりという体裁を装ってヘリオドール殿にタウ殿下を紹介しましょう。叔父上、あなたの口を貸していただかねばなりません」

「俺がベリル公爵と腹芸をせねばならんのか」

「年若く功績のない僕では侮られます。それくらいなら、まだ叔父上のほうがましというもの。言い訳は僕が考えますから、一字一句しかと覚えていただければよいのです。タウ王子も、口裏合わせにご協力ください」

「う、うまくできるだろうか……」

「適当に話を合わせてくれればよいのです。ええ、此度の問題に限らず、今後将来的なテクタイとベルゼアの協力関係のためにも」


 アルマンダインがにこやかに笑う。底知れぬものがある男だと、アルミナは改めて思った。

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