第十一話 仲直り
事件については、大抵の事は人並み以上にできる優秀なメイドセレーナさんが収拾をつけてくれた。
俺も色々と質問を受けたが、まあ今は解放されてフラスターナ家の巨大な庭にいる。
相変わらずこの家は自分が小人になったような錯覚に陥るほどの大きい。
庭の一角にある噴水の回りを囲むように設置されたベンチに俺とカリナは腰掛けていた。
カリナは、まだ怒っている。何を怒っているのか、俺にはさっぱりだ。
「別に、あんたに助けてなんて頼んでないわよ」
むぅと頬を膨らましている。
「いや、まあ頼んでないけどさ。心配だったからさ」
カリナは、困っている、のか?
微妙な表情の顔をそっぽに向け、ほっぺたを掻いている。心なしか赤い。
「なんで、あんたはそうなのよ!」
「へ?」
カリナは小さな両手を固めてぷるぷる震えている。
怒られる理由が見当たらない。何か、悪いことしたのか?
自問自答しても答えは得られない。困った。
ずかずか近づいてきて、彼女は、
「笑いなさい!」
訳の分からん無茶振りをかましてきやがりました。
頬の肉を掴んで、無理やり上下にゆする。
「いは、いひゃいぞ! なにふんだ!」
「いいから、黙って引っ張られてなさい!」
「わへわかんねぇ!」
俺は、誘拐されてネジが弾け飛んでしまったのだろうカリナの手を掴み、えいやと払い落とす。
「どうしたんだよ、カリナ。どっか悪いんじゃないのか?」
過去にも何度か狂った時はあったが、今回がピカイチだ。
俺の言い方が気に食わなかったのか、カリナはさらに眉間に皺を寄せる。
「あたしは、あんたのほうがおかしいと思うわよ」
「俺が? いやいや、今の現状なら誰でも俺に賛成するぞ」
顔の前で手を振る俺に、カリナははぁとため息をつきながら額に手を当てる。
やれやれと首を振る動作が様になっている。
「気づいてないみたいね」
「だから、何が――」
だよ。と言おうとしたら、カリナが人差し指を伸ばしてくる。
鼻先に指が当たったので、反射的に後退する。
「最近のあんた! あたしばっかり心配してる!」
どんどん近づいてくる。
「そりゃ、そうだろ!? 命狙われてるかもって聞かされたんだぞ」
カリナのメイドから聞かされた、彼女を狙う存在。浩介からも似たような話を聞いたし。
誰だって心配するだろ。大事な友達なんだから。
「そうよ! だけど、あたしが気をつけてれば大丈夫よっ! 護衛もいるし!」
「護衛の目をもかいくぐって学校抜け出したお前に説得力ないぞ!」
「うぐっ! だけどね。あたしは、あんたのそのよそよそしい態度が嫌なのよ!」
よそよそしい。確かに、カリナを気遣うあまり過剰なまでに優しく接していたかもしれない。
前に、カリナは言っていた。
『みんな、あたしを公爵家の娘としか見ない。それは今通ってる学校もそうだったわ』
もしかして、寂しさを感じてたのだろうか?
「あんたは、あんただけは私に普通に接してくれて……結構嬉しかったわよ。今回も助けに来てくれて、ね」
頬をかいて、口を尖らせる。
普通に接して……? 脳内を一瞬掠めた初めて会った時のエロ全開の態度。
あれは、うん、封印しておこう。
ぱたんと脳内メモリを閉じて、何か言おうとするがそれよりも先にカリナに言われる。
「だけど、ない知恵絞って色々考えてくれて……ああああ、ありがとね」
「え?」
とても、カリナの口から飛び出たとは思えない感謝の言葉。
俺の耳もおかしくなったのか?
決意するように強く目を閉じて、カリナは口を大きく開く。
「だーかーらっ! ありがとねっ、ケイゴ!」
照れたように笑い、頬を赤くする。カリナはそのままの表情で固まり、どこかの美術館で飾られてもおかしくないくらいに可愛い。可愛い!?
そうだ、カリナらしくないこの表情。
な、なんでいきなり女の子みたいな表情してるんだ!?
こ、こいつは、女だったのか! 知ってたけど、脳が受け入れを拒否している。
かぁぁぁぁぁ。俺の頬もきっと赤くなっているけど、カリナは俺を見てさらに赤くする。
「……や、やっぱりさっきの言葉なし。忘れなさい」
「へ?」
「わ、忘れろー! はずかっ! 恥ずかしいのよ!」
カリナは、顔を両手で押さえて小さい体を小刻みに動かして走り去ってしまう。
ど、どこに行くんだ?
だけど、ほっとしてる自分もいる。
あいつ、あんなに可愛いかったんだな。
きつめな性格が先行して、女として見る機会自体が少なかったけど。
「随分と、お楽しみのようですね」
「うぉわ!? 背後に立つのやめてもらえませんか! 心臓に悪いです!」
「またまた、ご冗談を」
何も冗談言ってませんけどね。
俺は、はぁと火照った体を落ち着かせるために腰かける。
「カリナ様が、感謝するなんて珍しいですね」
「……そうなんですか?」
ありがとっ! 頭の中で、さっきの言葉と表情がリフレインする。
やめろー! また顔が熱くなる。
頭を掻き毟りたくなる。記憶を操作できるのなら、一時的に忘れ去りたい。
「家族の方たちや、私ぐらいにしか言いませんよ? やりましたね、ケイゴ様。家族の仲間入りですよ」
ぐっと無表情のまま拳を固める。
「そういうのやめてもらえませんか!? 顔があつー!」
俺は、もう耐えられずに走り出す。
どこに向かう? そんなの知らない。
「どうか、これからもカリナ様と仲良くしてください。色々と」
最後にいらない台詞を聞いた気がする。
今の俺はすべて恋愛方面に話を持っていってしまう! ああー! いやぁぁぁぁ!
恥ずかしさを消し飛ばすために、適当に声など張り上げてみた。
俺はさぞかし変人として写ってるのだろうな。
て、誰か出てきた。
「と、ケイゴくん?」
「え?」
突然現れた美女に緊急回転で避ける。
危ない危ない。
ていうか、今名前呼ばなかったか? 俺は知らないんだけど。
「えと、誰ですか?」
「カリナの姉です。フィリアといいます」
カリナの姉とは思えない巨乳だ。
見た目はカリナとあまり変わらないのに、身長やスタイルがここまで違うと遺伝子が虐めているんじゃないかと疑いたくなるな。
ここはカリナの家じゃなくて、フラスターナ家の物なんだから当然といえば当然か。
向こうからしたら俺のほうが部外者だ。
「怪我は、してないですか?」
ぶつかってはいないが、相手も驚いてどこか怪我をしたかもしれないと気にかけるが、
「ええ、ありがと。それより、ちょっと話したいんだけどいいかしら?」
「え?」
「おやおや、ケイゴ様とフィリア様のツーショットですか。初めてですね。鞍替えですか、ケイゴ様」
いつもどおりの調子で俺を追いかけてきた様子のセレーナさん。
そういえば、カリナについてパソコンで調べたときに真っ先にフィリアの画像が出てきたのだ。
「セレーナ、久しぶり。カリナはどう?」
フィリアさんはセレーナさんへ包み込むような柔らかい笑みを向ける。
「相変わらずの我がままわんぱくお嬢様ですよ」
おお、セレーナさんは誰に対してもあれなんだな。
でもさすがにまずくないか。姉としてはちょっとイラついたりするものじゃないか?
「ふふ、甘やかさないでしっかりしつけしていいわよ」
おっと、姉公認だったか。こうなると、やっぱり父親公認なんだろうな、セレーナさんの毒交じり口調は。
とかのん気に会話を観察してると、なにやら、嫌ぁ~な視線がセレーナさんのほうから飛んでくる。
「それにしても、ケイゴ様。カリナ様とフィリア様を同時攻略ですか? 姉妹丼でおいしくいくつもりですか?」
「なんでそういう言いがかりみたいなのつけるんですか!?」
いつの間にか俺もセレーナさんのからかいの対象になったらしい。
「あら、おいしく頂かれちゃうかしら?」
流し目が妖艶で思わずツバを飲み込んでしまう。
体型とか物凄くエロいから、フィリアさん。あんまりそういう目を男に向けるのはよしたほうがいいですよ。
狼になりますから。
「食べませんから、安心してください」
「私は、カリナよりもおいしいと思うわよ?」
ぎゅっと胸を寄せ近づいてくる。ま、まずい。じっと見るのは失礼なのに、目が釘付けだとぉ!?
言わなくても分かる。
カリナにない果実を持っているのだから。
「大きな胸、最高です」
あ、やべっ、今の心の声のはずなのについ漏れた。
いや、やべっの話じゃないだろっ!
「触ってみたい?」
じわじわと迫ってくる。カリナの切れ長の瞳とは違う、柔らかく丸い瞳は青い。
海のような吸い込まれそうな妖しい魅力に輝いている。
いやいや、いくら俺が男だからってそんながっつくわけないだろ。
「ええ、ぜひとも!」
うん、心は正直。このままじゃ変態のレッテルを貼られそうだ。
「ち、ちがーう! 今のなし! 俺の心が正直なだけなんだ!」
ぶんぶん両手を振って否定する。
だけど、体は正直だ。触りたくてむずむずしている。
「……そうね。カリナ、触らせてもいいかしら?」
フィリアさんはふふふと笑いながら、カリナ?
え、え、まさか。
フィリアさんが振り返った方向へと怖いが、顔を向ける。
目の端の辺りを引きつかせ、綺麗な唇もぴくぴく動いている。
「お、お早いお帰りで」
俺は恐怖で後ずさり。
カリナは前に「変態行為をするとあたしまで変に思われるからやめなさい」と言ってきた。
だから、なるべきカリナの前ではしないように細心の注意を払ってきた。
つまり、おわた。
「ふ、ふーん。あんたそういえば胸の大きいの好きだもんね。だけどね、あんたのご主人様は誰?」
顔を真っ赤にして、怒り心頭の様子。
どすどすと地面を割らんばかりに踏みしめて迫ってくる。
威圧が半端ない。
力を発動させてどこかに逃げてしまいたい。
「そ、それは」
「あら、さっきの言葉は嘘かしら?」
うぐうぐと目元に手を当てて、泣きだした。
ちょ、なんでこんなことになってるの!?
「ケイゴ、三秒以内に言いなさい。あんたのご主人様は?」
ぐいっと顔を近づけてくる。身長差は結構あるはずなのになんつー威圧感だ。
ご主人様、そりゃもちろんカリナだけどさ。
「カリナ、だ」
「目が泳いでるわよ!」
怒り気味でこれ以上会話を続けるのもアレだな。
フィリアさんをちらと見るとふふふと楽しげに微笑んでいる。
助けてはくれないようだ。
「それで、カリナ、どうしたんだ?」
さっき恥ずかしいってどこかに行ったのに、戻ってくるのが早過ぎる。
何か用事でもあったのかな?
カリナは出来れば言いたくないんだけどと頬を掻きながら、小さく頭を下げる。
「一つ、謝り忘れてたのよ」
「謝る? 何がだ?」
「ごめんなさい。あの日の朝に家族で食事をしてね。その時にお父様やお姉さまたちから同じようなこと言われて頭に来てたのよ。一度言えば分かるわよってね」
魔界にいた頃にも何度も聞かされたのよと付け足す。
俺は頬を掻き、何もいえなくなる。
「それでね、あたし昨日あんたと会うのを。そのぉ、楽しみにしてたのよ。朝の苛立ちもちょっとは拭えるかなぁと思ってて」
「それで、俺も似たような説教をしたからなぁ」
「そ、でもあんたの言うとおりあたしが子供っぽすぎたわ」
「俺のほうも、ごめんな。何も知らなくてさ。てっきり何も考えてないのかと思ってたんだよ。お前と初めて会った時のこととか思い出しちゃってさ」
カリナは普通に抜け出していた。俺も何も知らずに手助けをした。
あの時、もしもカリナを狙う輩がいたのなら俺は何も出来ずに目の前でこいつを失っていたかもしれない。
「いいわよ、別に。あたしもあんたは何も考えてないと思ってたのよ。初めてあった時とかすっごい馬鹿だったから」
「馬鹿って」
俺たちはどちらからともなく笑い合う。
まだ、俺たちは出会って短い。だけど、これからも楽しくやっていけるだろう。
なぜだか、そんな予感がした。
「ねぇ、肝心のほうに謝罪ないんだけど」
あれ? このまま、家に帰れると思ったのに雲行きが怪しくなったぞ。
「え?」
「誰が、ぺちゃぱいかしら?」
『じゃあな、ぺちゃぱい』
そういや、余計なこと口走ってたな~。
「拙者……嘘はつけん!」
俺は走り出した。カリナも走って追いかけてくる。
怒ってはいるけど、どこか楽しそうに。俺の錯覚でなければ。
だけど、不思議だ。いやではない。
これからも、ずっとカリナと一緒に馬鹿やったり、そうだ。今度邦彦や浩介、妹も誘って楽しくパーティーでも開こう。
題して、歓迎パーティー。うん、我ながら見事なセンスだ。
そのために、まずは……生きよう。
終わりです




