第001話 無能な雑用係はいらないらしい
はじめまして。
追放された雑用係レオンが、奴隷にされた戦乙女たちを支配ではなく解放していく、追放ざまぁ系の異世界ファンタジーです。
よろしくお願いします。
「レオン。お前、今日でクビな」
勇者アルベルトは、肉を切り分けるための銀のナイフを皿に置き、まるで食べ残しを下げろと命じるような軽さでそう言った。
王都の高級宿《白鷲亭》。
その最上階を貸し切った宴会場には、焼き上げたばかりの仔羊、山盛りの果実、琥珀色の酒、魔王軍幹部討伐を祝う花飾りが並んでいる。
窓の外では、夜だというのに王都の広場が明るかった。
人々が松明を掲げ、勇者パーティの勝利を称えている。
勇者アルベルト。
聖女リリア。
魔導師クラウス。
剣士ダリオ。
弓使いフィーネ。
彼らは皆、華やかな衣装に着替え、王宮から届いた勲章を胸に飾っていた。
昼間、王宮前で見た儀仗騎士の隊列も、きっと今ごろはこの勝利を祝っているのだろう。
その中で、俺だけが旅装のままだった。
宴が始まる前に馬車から荷物を下ろし、壊れた鎧を応急修理し、魔力切れのランタンを交換し、宿の料理人に食材の癖を伝え、明日の報告書の下書きを済ませていたからだ。
ようやく椅子に腰を下ろしたところで、アルベルトは俺にクビを告げた。
「……クビ?」
聞き返す声は、自分でも妙に間抜けに聞こえた。
アルベルトは鼻で笑った。
「ああ。勇者パーティに、もう雑用係はいらない」
宴会場の空気が、少しだけ静かになる。
だが、誰も止めなかった。
聖女リリアは困ったように眉を下げているが、口は開かない。
魔導師クラウスは酒杯を揺らしながら、面倒そうにこちらを見ている。
剣士ダリオは足を組み、弓使いフィーネは視線を逸らした。
俺は一度だけ、テーブルの端に積まれた荷物を見た。
明日の出発に備えて分類した薬草袋。
クラウスの杖に使う魔石の予備。
ダリオの剣の刃こぼれを直すための砥石。
フィーネの弓弦。
リリアの祈祷具を湿気から守る油紙。
アルベルトの聖剣を磨くための聖銀布。
全部、俺が用意したものだ。
「理由を聞いてもいいか」
「理由?」
アルベルトは大げさに肩をすくめた。
「理由なら、今まで散々言ってきただろう。お前は戦闘で役に立たない」
胸の奥に、鈍いものが落ちた。
戦闘で役に立たない。
五年間、何度も聞いた言葉だった。
「魔王軍幹部を討ったのは俺たちだ。前線で剣を振ったのは俺とダリオ。結界を破ったのはクラウス。癒やしたのはリリア。遠距離から援護したのはフィーネ。じゃあ、お前は?」
アルベルトの青い瞳が、勝ち誇ったように細まる。
「荷物を持っていただけだろう?」
ダリオが吹き出した。
「まあ、言い方は悪いが事実だな。レオン、お前は悪いやつじゃねえよ。飯もうまいし、野営の準備も早い。けど、勇者パーティってのはそういう場所じゃねえんだ」
「そうそう」
クラウスが酒を飲みながら続ける。
「最近は王宮からの依頼も増えた。各地の貴族とも付き合いができる。そこに、職業もはっきりしない雑用係が混じっているのは見栄えが悪い」
見栄え。
俺は思わず笑いそうになった。
クラウスのローブの内側に、昨日の戦闘で裂けた箇所がある。
今朝、俺が応急で縫った。
そのままにしておけば、魔力の流れが乱れて次の戦闘で術式が暴発する可能性があった。
リリアの祈祷杖は、先端の聖石がわずかに欠けている。
それも俺が見つけて、今夜中に補修するつもりだった。
フィーネの右手首は、弓の引きすぎで熱を持っている。
冷湿布を用意してある。
ダリオの剣は、魔王軍幹部の甲殻を断った反動で芯が歪みかけている。
次に全力で打ち込めば、折れるかもしれない。
アルベルトの聖剣は、誰よりも手がかかる。
強力だが、魔力の機嫌が悪い。戦闘後の浄化を怠れば、使い手の精神まで荒らす。
その全部を、俺は見ていた。
だが、誰もそれを仕事とは呼ばなかった。
「俺は、戦闘でも支援はしてきたつもりだ」
声が低くなる。
「索敵の順路も、野営地の選定も、魔物の習性も、薬も、装備の手入れも、撤退路の確保も」
「だから、それが雑用だと言っている」
アルベルトの声が冷えた。
「俺たちは英雄になる。歴史に名を残す。これから先、王侯貴族の前にも立つ。そんな時に、お前みたいな地味な男が後ろをうろうろしていたら格が落ちる」
「格、か」
「そうだ。勇者パーティには格が必要だ」
アルベルトは椅子の背にもたれ、俺を上から下まで眺めた。
「レオン。お前は便利だったよ。それは認める。だが、便利なだけの男を仲間とは呼ばない」
リリアが小さく息を呑んだ。
俺は彼女を見た。
助けを求めたわけではない。
ただ、五年間同じ旅をした仲間が、今の言葉をどう受け止めたのか知りたかった。
リリアは目を伏せた。
「……ごめんなさい、レオンさん。でも、アルベルト様の判断なら」
そこまで聞いて、十分だった。
クラウスは肩をすくめた。
「まあ、退職金代わりに今日の宿代くらいは出してやるさ」
「優しいな、クラウス」
ダリオが笑う。
フィーネだけは何か言いたそうに唇を動かしたが、結局、言葉にはしなかった。
俺は椅子から立ち上がった。
不思議と、怒鳴る気にはならなかった。
胸の奥は重い。
だが、それより先に、明日の準備をどう引き継がせるかが頭に浮かんでしまう。
薬草袋は種類ごとに紐の色を変えてある。
赤は止血。
青は解熱。
黄は解毒。
黒は使用注意。
地図の右下には、避けるべき沼地に印をつけている。
クラウスは地図を読むのが雑だから、誰かが確認したほうがいい。
馬車の左後輪は軸が鳴っている。
明日出るなら、油を差す必要がある。
聖剣の浄化は、食後すぐにやったほうがいい。
アルベルトは酒が入ると面倒がって後回しにする。
そこまで考えて、俺は自分に呆れた。
クビを告げられた直後まで、まだこいつらの心配をしている。
「荷物をまとめる」
「ああ。明日の朝には出ていけ」
「今出る」
俺がそう言うと、アルベルトは少しだけ眉を上げた。
「意地を張るなよ。夜の王都は安宿も埋まっているぞ」
「大丈夫だ」
「金はあるのか?」
俺は黙った。
報酬の分配は、いつもアルベルトが管理していた。
俺に渡されるのは必要経費と、わずかな小遣い程度。
荷物係だから、個人で金を持ちすぎる必要はない。
そう言われて、俺も深く考えなかった。
今回の魔王軍幹部討伐の報酬も、まだ受け取っていない。
「俺の取り分は」
「取り分?」
アルベルトが笑った。
「お前、あの戦いで何か倒したか?」
「……」
「宿代と食費はパーティ持ちだった。装備も薬も使わせてやった。むしろ感謝してほしいくらいだ」
手の中に、熱が集まる。
怒りだった。
だが、俺は拳を握らなかった。
ここで殴れば、俺は本当に「勇者パーティの名声に泥を塗った無能な雑用係」になる。
王都で勇者に逆らった男として、どこにも行けなくなる。
アルベルトは、それをわかっている顔をしていた。
「そうか」
俺は短く答えた。
「五年間、世話になった」
礼を言うと、なぜかアルベルトの顔が不機嫌になった。
もっと取り乱すと思っていたのかもしれない。
泣きつくと思っていたのかもしれない。
俺は部屋の隅へ行き、自分の荷物だけを選んだ。
古い背嚢。
短剣。
薬師道具。
裁縫道具。
砥石。
小型の鍋。
携帯食。
地図の写し。
予備の靴紐。
パーティ共有の品には触れない。
俺が買い足したものも、共有費で処理したものは置いていく。
最後に、作業机の上に置いていた整備メモを一枚だけ破り取った。
そこには明日の予定が書いてある。
朝一番で聖剣の浄化。
馬車の車軸に油。
北門を避けて西門から出発。
沼地は迂回。
昼までに薬草を補充。
ダリオの剣は無理に使わせない。
フィーネの手首を冷やす。
俺は一瞬迷い、それを丸めて暖炉に投げ入れた。
紙が火に触れ、端から黒く縮れていく。
「おい、それは何だ」
アルベルトが問う。
「雑用のメモだ」
俺は背嚢を背負った。
「もう、いらないだろう?」
宴会場に、短い沈黙が落ちた。
誰も笑わなかった。
俺は扉へ向かう。
その途中で、リリアがかすかに名前を呼んだ。
「レオンさん」
振り返る。
彼女は何かを言いかけ、結局、小さく首を振った。
「……お元気で」
「ああ。リリアも」
本当に、それだけだった。
廊下へ出ると、宴会場の熱気が背中から遠ざかった。
扉が閉まる直前、アルベルトの声が聞こえた。
「湿っぽくするな。明日からはもっと華やかなパーティになる」
それから、無理に盛り上げるような笑い声。
俺は立ち止まらなかった。
階段を下り、宿の裏口から外へ出る。
王都の夜気は冷たかった。
広場のほうでは、まだ民衆が勇者の名を叫んでいる。
アルベルト。
アルベルト。
アルベルト。
その声の中に、俺の名前はない。
当然だ。
俺は剣を掲げなかった。
魔法で空を焼かなかった。
奇跡を起こさなかった。
ただ、飯を作った。
靴擦れを見つけた。
薬を煎じた。
地図を読んだ。
壊れた留め具を直した。
魔物の足跡を避けた。
疲れた仲間が眠れるように火を守った。
それだけだ。
それだけの五年間だった。
なのに、足が重い。
王都の石畳を歩きながら、俺は背嚢の紐を握り直した。
所持金は銀貨十七枚と銅貨が少し。
王都で長く泊まるには足りない。
勇者パーティの看板がなくなれば、まともな依頼もすぐには受けられない。
なら、辺境へ行くしかない。
王都から西へ三日。
辺境都市ラグノール。
魔物は多いが、薬草も鉱石も採れる。
冒険者の出入りが激しく、身元を細かく問われにくい。
昔、荷運びの商人から聞いた町だ。
俺には派手な剣も、勇者の称号もない。
だが、薬は作れる。
装備は直せる。
野営地は選べる。
魔物の痕跡も読める。
一人で食いつなぐくらいなら、たぶん何とかなる。
そう考えた時だった。
背後の高級宿の窓から、ひときわ大きな歓声が上がった。
誰かが乾杯の音頭を取っている。
俺は振り返らない。
「便利なだけの男、か」
口に出すと、思ったよりも胸に刺さった。
便利なだけ。
仲間ではない。
五年間の答えがそれなら、俺は何だったのだろう。
夜風が頬を撫でる。
その冷たさで、少しだけ頭がはっきりした。
考えるのは後でいい。
今は寝床だ。
明日の朝には王都を出る。
俺は安宿の並ぶ裏通りへ歩き出した。
この時の俺はまだ知らなかった。
俺がいなくなった勇者パーティが、翌朝からまともに出発準備すらできなくなることを。
そして三日後。
辺境都市ラグノールの奴隷市場で、王国最強と呼ばれたはずの聖騎士を見つけることを。
ここから、レオンが奴隷にされた戦乙女たちを買い戻し、勇者パーティより強い居場所を作っていきます。
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