37話:親子喧嘩
「ふわぁ~~‥‥‥」
起き上がり、体を大きく伸ばす。それと同時に情けない声が口から出てしまい、咄嗟に口を抑えた。
横を見ると、ベッドの隣でグレイアが本を片手に、椅子に座ったままわたしが起きるのを待っていた。
「おはようございます。お嬢様。今日は時間通りに起きられましたね」
わたしが起きると、グレイアはいつも起きている。寝てないのかとも思ったが、よくよく考えれば、天使だから寝る必要がないだけなのかもしれない。
だとしても、わたしを孤独にしないように夜ですら隣にいてくれるグレイアの選択に、安心と感謝を覚える。彼女がメイドである以上に、わたしの家族であることを再確認するのだ。
「そういえば、今日はリーベルいないのか?」
「はい。一応お願いをしてみたのですが、今日は大丈夫、と断られてしまいましたので。それに、今夜のお嬢様は特にうなされる様子も無かったので、それほど問題もないと判断致しました」
そうか‥‥確かに今日は悪夢を見なかった。今思えば、いつも何かしらの悪夢を見ていたが、リーベルにぬいぐるみのように抱かれて眠っている時は、ゆったりと眠れた。つまり、今日は初めてリーベル無しで悪夢を見なかったということだ。
恐らく、わたしが今孤独ではないと感じられたからだ。グレイアという家族の存在も、リーベルという友達の存在も、それら全てがわたしを孤独から救ってくれた。
しかし、それにしてもどうしてリーベルと寝ていた時は悪夢を見なかったのだろうか? リーベルには、何か魔法のようなものでも掛かっているのだろうか?
「そういえば、ロリエルの方はどうなったのか分かるか? 絶対にパーティに来ると意気込んでいた割には、結局最後になっても来なかったが‥‥‥」
「お嬢様がまだ寝ている早朝にロリエル様がここに来られて、思っていたより時間が掛かってしまったと、それだけ伝えてお嬢様を起こさないように帰って行かれました。問題を起こした侯爵と、その奴隷を捉えた後も、天界に戻ってあの<天炎>の天使の後処理をしなければならなかったようで。パーティに参加できず、とても悲しんでおられました」
「そうか‥‥‥」
ロリエルにも感謝をしなければならない。今回わたしがあのまま天使を殺していたら、それこそ取り返しのつかないことになっていた。それに、そもそもわたしがこの魔力を持っているにも関わらず平穏に暮らせているのは、殆どロリエルのお陰だと言っても過言じゃない。
「今度、またパーティでも開いてロリエルを呼ぶか。もちろん、他の招待者はわたしが選ぶが」
「ふふっ、かしこまりました」
部屋を出て、今度は客室に向かう。もちろん、そこには皆がいる。リーベルに、シリウス。そして‥‥ロゼリア。
ロゼリアはいつまで家にいる気なんだ? ここはわたしの家なんだが‥‥‥
「ロゼリア、あなた親に怒られないの? 早く帰りなさい、って」
「おーほほほほほ!! わたくしのお父様もお母様も自由主義なのですわ~。いつだって、わたくしの意思を尊重してくださるのですわ~」
ロゼリアは自慢げにそう言う。しかし、あまりに自由主義なのはいかがなものなのか。まぁ、他所の家の教育方針に口を挟むつもりはないが。
「はぁ‥‥皆少しは他人の家にお邪魔しているっていうことを分かっているのか? 特にシリウス。どうして人の家で魔導書をそんなに撒き散らせるんだ‥‥?」
「ふぅ~。いや~ここはサイコーだねケガレちゃん。お風呂も広いし、ソファもふかふか。もうボクここに住もうかな」
「お断りだ」
はぁ、こいつ。いよいよわたしの呼び方を直す気すらないし。まぁ、こいつにケガレと言われたところで、何も思わないからいいが。
その時、ベッドの上に座っているリーベルが目についた。何か考え事をしているのか、俯いたまま動かない。
「リーベル‥‥?」
「わぁ!!」
わたしがリーベルの肩に触れると、飛び跳ねるように動いた。その突拍子のない動きに、こちらも驚かされる。
もしや、まだあの時に打った頭が痛むのだろうか‥‥やっぱり、悪い事をしたな‥‥‥
「もう、頭は痛まないのか?」
「え? あ、あぁ! うん。大丈夫だよ、シリウスが治してくれたから」
「そうか‥‥‥」
リーベルが大丈夫と言うのなら、もうこちらからできることは無い。何かしてあげたいとも思うが、仕方ない。
とりあえず、わたしが家に戻ってきてやらなければいけないことは終わったのだ。憂鬱な誕生日パーティは終わるどころか、リーベルたちのお陰で愉快な誕生日パーティにすることもできた。
捕まえた侯爵や、奴隷に関する問題は、わたしが解決することではない。それは、ここら一帯の貴族を束ねているランタノイド公爵であるお父様がやるべきことだ。後は全て任せても問題はないだろう。
「お嬢様、ここで一つ、確認しなければならないことがございます」
「‥‥何?」
「お嬢様は、これからどうなされるおつもりでしょうか?」
グレイアのその突然の言葉がわたしの胸を衝いた。すぐにグレイアの言葉の意味が理解できる。
それは遠回しに、ここに残れ、と言っているようなものだった。決して変な事ではない。何故なら、わたしはこの家の子どもであり、これからも公爵令嬢として振舞っていかなければならないからだ。それが普通であり、むしろ変なのは家出をしたわたしの方だった。
「お父様は、どう思うだろうか‥‥‥」
わたしがそう質問すると、グレイアは微笑みながら答えた。
「それは、ご主人様に聞いてみる他ありません」
グレイアは、まるでわたしの考えを見通しているかのようにそう言った。
”魔王復活計画”。正直、わたしは魔王のことなどどうでもいいと思っている。シリウスのように、何か野望を持っているわけではない。
だが‥‥知りたいのだ。何故、わたしはこの”魔力”を持っているのか。それに魔王が関係しているのであれば、直接魔王に聞きたいぐらいだった。
この世の生まれてから、”あの事件”が起き、そして今のわたしがある。どれだけの人がわたしを”ケガレ”と呼ぼうと、わたしは”ミリア”だ。だからこそ、わたしがこの”魔力”を持っていても、ケガレなどではなく、”ミリア”というただの少女なのだと証明したい。その為にも、魔王の謎を解き明かしたいと思っている。
いや‥‥‥もしかしたら、それすらもただの建前なのかもしれない。ただ単純に‥‥‥
「‥‥ん? どうしたんだい?」
「ミリア‥‥?」
彼女たちと、一緒にいたいだけなのかもしれない。
* * *
疲れがあったこともあり、皆は数日の間、ミリアの家に泊っていた。流石に途中でロゼリアの親がミリアの家に訪れてロゼリアを連れ戻してしまったが、それすら楽しい思い出となった。
しかし、そろそろ皆も帰る時間だ。
ミリアは最後に、彼女のお父様の書斎を訪れた。ミリアは伝えようと決心したのだ。これから、ミリア自身がどうしていきたいのかを。家出という自分勝手な現実逃避ではなく、しっかりとした意思として、彼女のお父様に伝えようとした。
トンットンッと扉をノックする。中から低い声が返ってくると、ミリアは隣で「頑張ってくださいお嬢様」と言わんばかりに立っているグレイアを横目に、書斎の中に入って行った。
書斎に入ると、椅子に座ったランタノイド公爵は机に置かれた書類に目を通している。恐らく、今回のパーティで判明した侯爵の悪事の後始末だろう。特に今回は奴隷が関係していた。ミリアが奴隷を買ったという事実も、彼の耳には入っていたはずだ。しかし、それでも彼はミリアを叱ることはなく、ただ書類に目を通し続けていた。
その様子に、ミリアは孤独すら感じるのだ。まるで自分に対して一切興味を持っていないように思えて、どこか悲しくすらあった。
だからこそ、ミリアはわざとその話題を出す。
「お父様‥‥その、わたしとあのエルフのことなのですが‥‥確かに、わたしは彼女を買いました。別に、彼女に何かしようと思ったわけでもありません‥‥ただ、彼女が孤独に見えて‥‥‥」
「だとしても、お前にはガッカリだ。アミリアス」
「‥‥‥‥」
突然口を開いたお父様に、ミリアは言葉を曇らせた。
しかし、ミリアは言い訳をするつもりはなかった。
彼女がリーベルを買った後の行動は、故郷に帰すというものだ。それを言い訳にすることもできたが、それでもミリアは言い訳をしなかった。何故なら、今はもうそんなこと関係ないからだ。
「彼女は‥‥‥リーベルは! わたしの友達です。奴隷などではありません」
ミリアは強い意思を胸にそう答えた。その時、お父様の眉が少し動いたような気がした。動揺からか、ミリアが言い返してきたことに驚いていたようだった。
「残念ながら、今のお前を裁く法律は存在しない。奴隷を買うだけでは、何の罪にもならない。それが現状だ。だからこそ、わたしはこのくだらない法律を変える為に存在しているのだ」
それは、まるで自分の娘が犯罪者と言っているようなものだった。
そのようなお父様にミリアは言葉を詰まらせる。しかし、お父様はミリアを無視して話を続けた。
「そして、わたしに証明してみろ、アミリアス。お前があのエルフのことを”友達”と呼ぶのなら、それを突き通せ。わたしの娘である以上、お前を信頼してくれたそのエルフを裏切るような真似はするな」
ミリアは少し驚いた。しかし、すぐにこう答える。
「もちろんです。お父様」
話を終えると、お父様は再び書類に目を通し始める。しかし、まだ話は終わっていなかった。
「お父様‥‥その、パーティのこと」
それは、ミリアが今回のパーティで自分に相応しい相手を見つけられなかったことに関する話だった。
「やっぱり、わたしに結婚は無理です」
「何故だ」
「わ、わたしは‥‥‥」
ミリアは唇を噛み締めながら、どうにかして自分の心に従おうとする。しかし、勇気が出ない。
勇気などいったいどこにあるのかと、ミリアは考える。自分の考えを言ってしまえば、お父様はきっと怒る。ミリアが公爵令嬢である以上、家の為に生きることは当たり前だった。そして、お父様も、その当たり前を自分に押し付けるのだろうと、ミリアはそう思っていたのだ。
だからこそ、勇気が出ない。当たり前に歯向かおうとする、その勇気が出ない。しかし、それは”ケガレ”と呼ばれていた孤独な昔の自分だ。今はもう、一人ではない。家族がいる。友達がいる。たったそれだけの変化でも、ミリアにとっては大きな変化だった。だから、今回は勇気を出せた。
「わたしは、この家を出て、彼女たちと一緒に暮らします!! わたしはもう、家の為に生きたくはありません!! わたしは、自分の為、そして‥‥こんな自分を友達だと言ってくれた彼女たちと、一緒に生きたいのです!!!!」
そう言い切って、ミリアは息を切らした。呼吸が荒れるのと同時に、ミリアの心臓が激しく拍動する。
生まれてこの方、お父様に反抗したことなど一度も無かった。その必要も無かった。そう思っていた。しかし、たった今、ミリアは初めてお父様に反抗した。
ミリアは、お父様に酷く怒鳴られるだろうと覚悟していた。それを恐れてか、俯いたまま、熱くなる顔と心臓を落ち着かせようとしていた。
しかし‥‥‥
「そうか――――」
予想外にも、お父様の声色は優しかった。それは、まるで昔の‥‥いや、昔から優しかったお父様のようだった。
ミリアは咄嗟に顔を上げ、お父様の顔を見る。
その時、家に帰ってから初めてお父様の顔を見た。自分と同じ、黒髪に、紫色の瞳。少し心配になるほどやせ細った体。顔のしわが少し増えたことに気付くと、あぁ‥‥お父様も老けたな、と思った。しかし、それでも変わっていなかった。ミリアがあの日から、”ケガレ”と呼ばれるようになってから、お母様ですら彼女に対する態度は変わっていたというのに、お父様だけは昔から変わらなかった。
そして、お父様は飾らない質素な微笑みを見せながら、こう言った。
「――――気を付けるんだぞ、”ミリア”」
お父様は、彼女をそう呼んだ。ミリアという、愛称。その時、初めて気付いた。お父様は、一度も自分のことを”ケガレ”なんて呼んだことはなかった、と。
少し疎遠になってしまっても、お父様はミリアのことをアミリアスと呼び、決して”ケガレ”とは呼ばなかった。それが何を意味しているのかは、分からなかった。ましてや、ミリアはそれだけ自分に興味が無いのかとすら思った程だった。
だが、心の内では気付いていた。ミリアが生まれてこの方、お父様は彼女のことを”自分の娘”であると、思い続けてくれていたと。それに気付けても、恥ずかしさと、長い時間が作り上げてしまった両者の間にある厚い壁が、お互いを正直にはさせなかった。
ミリアは書斎を出て、心配そうにしているグレイアに微笑んで安心させた。その様子を見て、グレイアはミリアの考えを察し、これからどうするのかも分かっていた。
「では、戻りましょうか、皆様の元へ」
「‥‥えぇ」
移動中、ミリアは考えてしまった。
もしかすれば、今回のパーティを開いたのは、孤独を怖がる自分の為に開いたのではと。相応しい相手を見つけろという言い方も、決してミリアの意思を無視するようなものではなかった。
そう考えれば、お父様が自分に許嫁を作らなかった理由も、紐解かれるように自然と分かってしまう。しかし、それと同時に不満も感じるのだ。どうして、素直に”愛してる”と言ってくれなかったのか。父親として、娘にそう言うことがそれほど恥ずかしいのか、と。
だからこそ、ミリアはこう思った。
もう少し、親子喧嘩をしていよう、と。




