36話:月の下でダンスを
シリウスがミリアを連れて会場から離れた後、会場に残されたリーベルたちは、パーティを再開する為に瓦礫の山になってしまった会場を直そうとしていた。
修復に取り掛かろうとするシリウスを横目に、リーベルは依然として先ほどミリアたちが出て行った会場の入り口をどこか物寂しそうな表情で見つめていた。
シリウスがリーベルの肩を軽く叩くと、どこか上の空だったリーベルは突然の軽い衝撃に驚き、ビクッと体を震わせた。
「どうしたんだい、リーベルちゃん。パーティの準備をするんだろう?」
「‥‥う、うん」
こちらを見ずに返答するリーベルに対して、シリウスは気を変えさせる為にリーベルの思考を読んだ。
「あんなにミリアが泣くなんて‥‥‥」
「え‥‥?」
「リーベルちゃんが考えていることを復唱しただけだよ。そこまでケガレちゃんのことが気掛かりかい?」
リーベルがミリアと会って、まだそれほど時間は経っていない。しかし、リーベルにとってミリアは初めての友達であり、それはミリアにとっても同じだった。
以前、具体的はエルフの里の頃だ。あの時、一度だけミリアはリーベルのことを友達と言った。ただ、一度だけだ。それ以降、ミリアがリーベルのことを友達と呼ぶことはなかった。
もちろん、友達のことをいちいち友達と呼んでくるような者はそういないだろう。ただ、たまにすら言ってくれないと、次第に心配になってくる。彼女はまだ自分のことを友達だとは認めてくれていないのではないかと。
ミリアとリーベルの間には、友達という繋がりだけでなく、奴隷という繋がりがある。
それに関して、リーベルは特に気にしてはいない。ただ、ミリアは気にしている。何故なら、ミリアがリーベルを買ったという紛れもない事実があり、それが常にミリアの脳裏に存在しているからだ。
ミリアがどれだけリーベルのことを友達だと思おうと、その脳裏に存在するものが邪魔をしてくる。それはまるで、お前は奴隷を買った悪であり、友達を持つ資格などないと言っているようで、そのことがミリアとリーベルの間に見えない壁を作っていた。
しかし、ミリアはその壁を打ち破った。
出会いがどうであれ、ケガレがどうであれ、ミリアは決心と共に、「友達」という言葉をリーベルに向けた。
そのことに、リーベルは安心する。しかし、同時に心配になるのだ。
たまに見せる、ミリアの異常なまでの弱さに。
「前にも一度、ミリアが泣いてることがあったの」
「あぁ、ケガレちゃんが何故かキミの父親に叱っていた時だね」
「あの時は、どうしてそこまでミリアが私の為に泣いてくれるんだろうって思ったけど‥‥‥あの時も、まるで自分の事みたいに泣いてた」
「ふ~む‥‥まぁ、ケガレちゃんとリーベルちゃんの境遇は少し似ているからね。ただ単純に、あの時は感情移入したんだと思うよ」
感情移入。本当にそれだけなのだろうか? そうリーベルは考える。
いくら勘の鈍い自分でも、ミリアとミリアの母親の間に何かあったことは優に想像できた。それが、彼女の母親の死と何か関係していることも分かった。
だが、それを踏まえてもミリアには他の何か要因があるのではないかと考えてしまうのだ。誰もが、彼女のことを”ケガレ”と呼んだ。それは彼女と一緒に住んでいるシリウスですらもだ。シリウスに関してはただからかっているだけかもしれないが、もし、それを彼女の母親という存在が言っていたのであれば、孤独を恐れる彼女にとってどれだけ辛いものなのか。想像もつかなかった。
リーベルの父親がリーベルのことをただの自身が成り上がる為の道具としてしか見ていなかったと分かった時、リーベルは言葉に表せられない程の怒りと共に、強い孤独を感じていた。まるで、家族という大切な繋がりを切り裂かれるように、途端に自分には家族がおらず、ただ孤独に生きているのだと感じてしまう。
しかし、これだけ考えても答えは出ない。
「やっぱり、孤独は怖いよね」
ただ、そう呟いた。
そんなリーベルの思考をシリウスは読みながら、少し悩む。シリウスですら悩むこと。何故なら答えが無いからだ。生命の心ほど脆く、弱いものはない。そして、それを定義できる程の科学も、魔法も存在しない。心とは、”心”でしかないのだ。
「さて、そろそろパーティ会場を直そうか」
シリウスがそう言った時、後ろにいたロゼリアがパチンッと扇を閉じ、頭に疑問符を浮かべながら質問した。
「これほどにまでボロボロですのに。いったいどうやって直すというのですの?」
「普通の魔法使いなら、無理だね」
「‥‥?」
「でも、嬉しいことに、ボクは普通の魔法使いじゃない‥‥魔女なんだよ」
パンッ パンッ
シリウスは軽快に手を二回叩いた。
「さぁ、お片付けの時間だよ」
シリウスがそう言うと、辺りに散らばっていた割れた皿やフォーク。将又、瓦礫などが宙を舞い始めた。
「な、なんですの~~!!!」
ほっぺたを手で押さえながら驚くロゼリアとは対照的に、リーベルはその光景を見て、とあることを思い出す。
「これって‥‥‥初めて会った時に使ってた、お片付けの魔法?」
「おや、大正解」
そう、今シリウスが使っている魔法はリーベルがシリウスと初めて会った時に見た、お片付けの魔法だった。
「お片付けの魔法の原理は至って簡単」
「そうなんですの!! わたくしにも教えて下さいまし!!」
ロゼリアが食いついた瞬間、シリウスはニヤリと笑った。そんなシリウスを見てリーベルは少し嫌な予感を感じ取る。
シリウスは息を大きく吸う‥‥‥
「お片付けの魔法は回復魔法の応用だ。そもそも、回復魔法の原理はいくつかある。最もオーソドックスなものだと、細胞の分裂を促進するというものだ。生命が持つ体の再生は、細胞が分裂し、傷を修復することによって行われるものだ。けれど、ここで一つ疑問が生じるね。どうして一度失ったもの完璧に再生できるのかと。例えば、トカゲの尻尾だ。完全に切り離したとしても完璧に再生するのはなぜか。その理由は遺伝子に情報が刻まれているからだ。トカゲの尻尾の位置には、トカゲの尻尾が生える。当然と言えば当然ではあるけれど、決してトカゲの尻尾を切ったらそこから手が生えてきたりはしない。これは、その生物の遺伝子が細胞にどういうタイプの細胞になればいいか、どこに向かって分裂すればいいか、そんなことを教えているからなんだ。お片付けの魔法はこれを利用しているんだよ。魔力も、言ってしまえば細胞と似たようなものだ。実際、ボクたちの体内にある魔力を魔法で消費したりしても、時間が経てば回復しているだろう? これこそ、遺伝子がその体内にある魔力の量だったり、属性だったりの情報を持っているからだよ。これを利用する。事前にお片付けしたい物の周囲にある魔力に、その形状を覚えさせておく。そうして、いざお片付けしたいと思った時に、魔法で魔力に再生機能を付与する。すると、散らばった物は、魔力がもとあった場所に再生しようとする力に引っ張られて勝手に移動する。仮にその物が破壊されていたとしても、魔力同士が破壊された破片同士を繋いで、もともと記憶させていた形状に戻る、ということさ。まぁ、事前に準備をする必要はあるけどね。今回も、どうせひと悶着ありそうだったから事前に用意していたし。ところで、どうだい? 実に分かりやすい説明だっただろう。流石はボクだね」
まさに弾丸の如く単語が乱射され、リーベルとロゼリアを撃ち抜く。既にリーベルは理解を放棄していた。
しかし、一方のロゼリアは目を輝かせ、その画期的な魔法に心を躍らせていた。
「すごいですわ~~!! そのような魔法、もし魔法学会に持ち込めば、きっと賢者賞を受賞できますわ~~!!!」
「ふっふ~ん。もっと褒めてもいいんだよ~? ま、ボクにかかれば賢者賞なんて余裕だけどね。賢者なんていうジジイしかいない科学技術を理解できない敗北者とは違って、ボクみたいに科学と魔法学を併せ持った天才はそうそういないからね~」
「ほ、本当にすごいですわ! わたくしも使えるようになりたいですわ~~!!」
ロゼリアはシリウスを褒め続けると、シリウスの鼻はますます高くなっていく。リーベルの理解は置いていかれたまま、シリウスはロゼリアにお片付けの魔法を伝授した。
「うぅ~、ミリア早く戻ってきてよ~」
* * *
グレイアの手を引きながら、わたしたちは会場に戻る。移動中、グレイアは泣いていたことを隠すように、袖で目を拭い続けていた。その白い肌は、目元だけが異様に赤くなっていたが、どこか嬉しそうなグレイアの表情に安心した。
そして、会場に戻る。
わたしは、きっとシリウスが何かしらの魔法で会場を完璧に修復して、自分たちで勝手にパーティを楽しんでいると思っていた。しかし、何故か会場は明かりが灯されておらず、真っ暗な静寂で包まれていた。
そんな光景を不思議に思っていると‥‥‥‥
―――――パンッ!!
突然、静寂に一つの大きな破裂音が鳴り響き、紙っぺらのようなものがわたしに覆い被さる。心臓がギュっと掴まれたかのように、一瞬頭の中がその破裂音だけで支配される。その瞬間、明かりが灯り、リーベルたちが使い捨てのクラッカーを持ちながら笑顔でその場に立っていた。
予想外のことに茫然としていると、リーベルが突然大声で喋り出した。
「ミリア!! お誕生日、おめでと~~~う!!!!」
「‥‥‥は?」
一瞬、脳が停止する。しかし、少し間を空けて考えればすぐに分かることだった。そうだった、今日はわたしの誕生日だった。
‥‥ん? 待て。まさか、わざわざこれをする為にパーティを再開したのか?
少し照れくさいが、何故だか悪い気はしない。今日のパーティがあると分かった一週間前から、今日まではずーっと憂鬱だったのに。
「ミリア! メイドさんたちに頼んだら、ケーキを持ってきてくれたの! 一緒に食べよう」
「あ、あぁ‥‥‥」
まだ驚きで頭が埋め尽くされているが、リーベルに背中を押されて、ケーキの前に立つ。その無駄に大きなケーキは明らかにパーティ用で、この場にいる五人では到底食べきれるようなサイズでは無かったが、この疲れた頭を癒すには十分すぎる程の糖分だ。
その場にいたメイドたちも呼んで、皆でケーキを分け合って食べる。談笑しながら色々問題のあった前のパーティのことなど忘れて、新たなパーティを楽しむ。
「ミリア‥‥もう、大丈夫?」
リーベルがそう問うてくる。その表情には少し気まずそうな部分が読み取れたが、恐らく単純にわたしを心配してのものだということが分かる。今思い返せば、わたしはかなり泣いていた、と思う。少し恥ずかしくもあるが、逆に気分が良い。
「大丈夫」
だから、ただそうとだけ答えることにした。何故なら、色々付け加えて言い訳をしても、それは反って余計に心配させるだけだと思ったからだ。
リーベルはわたしの表情とその一言を聞いて、安心したように笑った。
「そういえば、私なんだかずーっと眠たくて、何があったのか全然覚えてないんだけど‥‥何があったの?」
「‥‥え? あぁ、覚えてないのか。リーベル、お前相当恥ずかしいこと口走って気がする」
「えぇ? 私、ミリアに何て言ったの?」
「それはもう、わたしに対して‥‥‥‥」
『ミリア‥‥私と結婚するの?』
「‥‥いや、何でもない」
「えぇ~、なんで~。私、本当にヤバいこと言っちゃったの~」
何か変なことを言ってしまいそうだったので、無理やり話を終わらせようと目の前に置かれていたブドウジュースを手に取り、一気に口に流し込んだ。
その様子を横目で見ていたグレイアは、突然焦りだす。
「‥‥ん? あ! お嬢様、それは‥‥!!」
「‥‥え? 何?」
――――ドクンッ!
心臓が強く鼓動する。頭が少しぼんやりとし、良い気分だ。
にしても、このブドウジュース‥‥ちょっと変だ。
「お嬢様‥‥それは、ワインでございます‥‥‥」
「ワイン‥‥?」
ワイン‥‥ワインって何だ。分かってるはずなのに、頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
「おやぁ~? ケ・ガ・レ・ちゃぁ~ん。人間の飲酒年齢は二十だよ~。これじゃあ、悪い子だねぇ~」
「ふんっ! わたしは悪い子だから、当然よ」
「‥‥?」
う~ん‥‥何故だか、気分が良い。少し、踊りたい気分だ。
「レイねぇ、音楽を掛けなさい」
「‥‥え? は、はい。かしこまりました?」
そうして、会場にクラシック音楽が響き渡る。
「う~ん‥‥違う! もっと、かわいいのがいいわ」
「は、はぁ‥‥かしこまりました」
すると、グレイアはクラシック音楽から、ポップな流行りの曲に切り替えた。
「あぁ、ボクも知ってるよこれ。でも、貴族が聞くものじゃないね」
「うるさいわね。どうせ貴族なんてクラシックの良さも分からず、ただ古くて歴史があるから聞いてるだけなのよ。それなら、いっそのこと別の方がいいでしょ?」
「ははっ、言えてる」
さて、誰と踊ろうか‥‥‥グレイアは疲れているだろうし、今は休ませてあげたい。シリウスは、どうしてこいつと踊るの? って感じ。ロゼリアはいつも踊っているし、それについさっきわたしじゃなくてシリウスを選んだから、ダメ。
と、いう風に選ぼうかとも思ったが、そんなことを考えれる程頭の容量は余っていない。ただ、なんとなく。理由があるわけでもないし、ただ隣にいたからというだけかもしれないが、わたしはリーベルの手を取った。
「ミ、ミリア?」
「わたしと踊って下さる? リーベル」
わたしはリーベルにそう誘いかけるが、彼女の返事を待たずにして彼女の手を引き、踊り始める。
きっと、今のわたしはおかしい。だが、そんなことが気にならないくらいには、わたしはおかしかったのだ。
「わ‥‥わ‥‥ミリア! 私ダンスなんて踊ったことないよ~」
「そう‥‥大丈夫よ。ほら、わたしに合わせて」
足がもつれそうになっているリーベルを片手で支えながら、エスコートする。
こういった場でのダンスは、通常男女でそれぞれの役割に分かれて踊るものだ。と言っても、今回この場には女性しかいない。まぁ、そんなことは些細な問題だ。何故なら、わたしはどっち側でも踊れる。公爵令嬢をあまり舐めない方がいい。
リーベルの腰に手を添え、手を握りながらステップを刻む。身長差があって、少し態勢が辛いが、わたしにかかれば造作もない。
月がわたしたちを祝福するように、月光のスポットライトを当てる。間違いなく、今の主人公がわたしたちであると自覚するのだ。
そんなわたしたちをグレイアたちは静かに見つめていた。夜という静けさに、雑音を入れないようにする。必要なのは音楽と、わたしたちだけだ。
そして、曲は終盤を迎える。最後の一幕、一気に集中し、わたしは最後に向けて準備をする。
手を伸ばし、その後すぐに引き寄せる。リーベルの腰を強く引き、体を反らせる。そして、上からその綺麗な顔を覗き込むように見つめる。
しかし、少し失敗した。身長差があるせいで、顔の距離が近すぎる。リーベルの口から、ケーキの甘い香りがする程には。
「ミ‥‥リア‥‥!」
リーベルの顔が少し赤くなっている。
「何、リーベル。まさかあなたまだ酔ってるの?」
少し、冗談を言ったつもりだったが、リーベルの表情が少しおかしいことに気付いた。顔が赤すぎるし、瞳孔が激しく揺れている。わたしがリーベルの目を見ても、まったく視線が合わない程だ。不思議に思っていたその時‥‥‥
バタッ!
「お嬢様!」
リーベルは体勢を崩し、そのままわたしを道連れにして倒れた。
「いたた‥‥‥」
その拍子に、軽く頭を打ち、そのおかげもあってか、少し酔いがさめた。
「大丈夫ですか、お嬢様‥‥?」
グレイアが心配そうに駆け寄って来る。わたしは大丈夫と、手でサインを出す。そんなことより、リーベルの方だ。無理にわたしがダンスをさせたせいで、ケガをさせてしまったかもしれない。
「リーベル、大丈夫? その、顔が赤いし‥‥どこか打ったの?」
わたしが顔を近づけると、リーベルの顔は更に赤くなる。やはりどこか打ったのかもしれない。早く治療をしないと‥‥せっかくリーベルはわたしの為に、パーティをやり直してくれたのに‥‥‥
「だ、大丈夫だよ」
「本当なの‥‥?」
「ほ、本当に大丈夫だから! わ、私もっとケーキ食べたいかも‥‥‥」
「そ、そう‥‥‥」
* * *
「大丈夫かぁ~い? リーベル、ちゃん」
シリウスがからかうようにリーベルに話しかけた。
「うん、大丈夫」
しかし、シリウスの望んでいた反応とは異なり、リーベルは少し冷たい。というより、いつものようにオーバーなリアクションを取れる程の余裕が無いように見えた。
「‥‥まぁ、少し頭を打っているし、それぐらいならボクが治してあげるよ」
シリウスがリーベルの後頭部に少し触れると、一瞬にして痛みが引いた。しかし、依然としてリーベルの表情は少し赤くなっている。
顔を隠すように俯き続けるリーベルを妙に思い、シリウスは熱でもあるのかとリーベルの顔を覗き込んだ。
「‥‥‥おや」
シリウスは何かに気付いた。リーベルの思考を読んだ上で、シリウスは流石に空気を読み、それ以上は何も言わないことにした。




