15話:殺人の香りがする街
何ら変哲のない普通の街。しかし、妙に街の住民たちの顔が暗く、遠方からやって来たわたしたちのことを冷たい目で見つめてくる。
本当にこんなところにその<四魔将>がいるのだろうか。シリウスが言うには‥‥‥
『ちょ、ちょっと待て‥‥そもそも、生きてるのか? 500年前にとっくに‥‥‥』
『まぁ、ケガレちゃんが言わんとすることも分かるよ。魔王が倒されているんだから、それと一緒に勇者が魔王軍幹部も倒してるって、そういうことだろう? けれど、まだ生きてるよ』
『どうしてそう言い切れるんだ?』
『”勇者”は、そういう人じゃないからだよ』
『‥‥?』
『とにかく、寿命で考えても、まだ生きている可能性は高い。文献によれば、<四魔将>の中に一人”悪魔”がいる。悪魔は人間との関わりが深いからね。会うならその悪魔がいいだろう。一人でもいいから悪魔に会えば、そこから芋づる式に情報が手に入るかも? というわけで、最近悪魔が出ると噂の場所に行ってみよう! ボクは行かないけど』
というわけで、この質素な街にやって来た。
「うぅ~、ミリア。さっきから周りの人の視線が怖いよぉ~、やっぱり私がエルフだからかな‥‥‥」
「はぁ‥‥別にわたしもその怖い視線で見られているから、違うだろ」
何食わぬ顔でリーベルは付いてきているが、いったい何の為にリーベルはいるんだ?
わたしはこの魔力の謎を解けるかもしれないし、魔王を復活させることにもそれほど反対じゃないからこの計画に手を貸している。
対してリーベルは特に理由は無いように思えるのだが‥‥‥
「どうしても付いてくるのか?」
「え? だって、私もこの”計画”を知ってしまったからね。つまり、私も調査員として、任務を遂行しないと」
リーベルは意味も無く物陰に隠れながら移動した。
「言っておくが、ここは最近殺人事件がよく起きると噂になってる場所だ。ハッキリ言って、危険だ。そんなしょうもない理由でついてきたのなら、今すぐエルフの里に送り返すからな」
わたしが少し厳しくそう言うと、リーベルは泣きそうな顔でわたしの胸に飛び込んでくる。
「いやぁ~! 私もミリアと一緒にいたいもん! ダメなの‥‥?」
「はぁ‥‥? というか、私”も”って何だ、私”も”って。別にわたしは‥‥‥」
「違うの?」
「‥‥そういう問題じゃない。はぁ、もう分かった。付いてくるのはいいけど、大人しくする。これだけは守る。分かった?」
「うん!」
はぁ、どうしてこうなったのか。そういえばシリウスも『ボクもリーベルちゃんがいた方が良いと思うけどなぁ。今回だって、リーベルちゃんの魔法がなきゃ、ケガレちゃん死んじゃってたかもしれないんだし』と、自分が本来やらないといけないことをリーベルに丸投げする形で言い訳していた。
別に危険な場所じゃないのなら、何も言わないが、今回は‥‥はぁ、もういい。
わたしたちは暫く街を散策して悪魔の痕跡を探した。
しかし、悪魔などそうそう現れることもなく、近くにあったベンチに座ったまま日が落ちていくのを待つだけだった。
「ふわぁ‥‥ミリア~、私眠くなってきちゃった‥‥」
リーベルは、わたしが膝に置いていた手をどけると、半ば無理やり膝の上に頭を乗せてきた。
「ちょ、ちょっと‥‥‥」
わたしが何を言おうと関係なしなようで、リーベルはすやすやと眠ってしまった。
この無防備さはどうにかならないものなのだろうか?
わたしが実はリーベルの命を狙っている! とか‥‥そんなことは思わないのだろうか。
昔冒険者をやっていた時は、わたしがギルドに入るだけで殺人鬼でも見るかのような目を向けられたものだが。
はぁ、どうしたものか。このままでは進展がない。何かが起きるまで待たないといけないというのも、退屈なものだ。だが、今何かをしたところで、何も起きない。つまり、待つしかない。
膝で眠るリーベルの髪が崩れないように押さえながら、過ぎていく雲を見ていた。
静かで冷たい風がわたしの頬を掠める。いつもであれば冷たいとだけ感じるその風も、膝から感じる温かみが合わさると丁度良く感じた。
そのまま、わたしは目を閉じた。
力が段々と抜けていき、夜風が目の前を通り過ぎていく。寒さを感じるが、昔のように独りでベッドの中で眠っていた時よりは寒くない。
―――――ガシャン!!!
「わ! わ! な、何の音!?」
「人が寝ている合間を狙うとは、なかなかいい趣味をしているな」
まさか、目を瞑っていれば、寝ているとでも思ったのか? 悪魔が出ると噂されているような街の外ですやすやと眠るのはリーベルぐらいだ。
わたしの触手が、目の前にいる男を縛り付けた。
その衝撃で男の手から何かが落ちる。その時の音が寝ていたリーベルを起こしたのだ。そして、その落ちた物に目を向ける。それは‥‥‥ナイフだった。
「なるほど、お前が殺人事件を起こしていた犯人、というわけか」
「えぇ!? この人、そんなことしてたの?」
あくまで推測ではあるが、状況から考えるにその可能性が高い。
何の為にそんなことをしているのかは分からないが、この街の者ではないわたしたちを狙ったということは、無差別な殺人。
「ギーーー!!! ギーーー!!!」
男は歯ぎしりをしながら、こちらを威嚇した。その姿はまるで悪魔にでも憑りつかれたようで、理性を失い、ただ欲望のままに殺害を行っているようだった。
とりあえず、こいつを拘束してどこかに‥‥‥
――――シュパンッ!!!
‥‥は?
それは一瞬の出来事だった。わたしが男を拘束した状態でどこかに隠して調べようと思ったその時、既にその男の顔はどこからともなく飛んできた矢に貫かれて死んでいた。
その突然の出来事に動揺しつつも、矢が空中を移動する際の音がした方向に目を向ける。
「ようやく見つけたぞ‥‥悪魔が」
遠方に四枚の翼を持った天使が一人見えた。
四枚の翼‥‥ということは、上級天使。だが、どうしてこんなところに天使なんかがいるんだ?
=天界の矢=
シュパンッ!!!
わたしに考える隙すら与えず、その天使は続け様に矢を放つ。
黄金に輝く矢は一切ブレることなくわたしに飛んでくる。
=紛争の影=
キンッ!!!
咄嗟に影で剣を作り、それで矢を弾いた。
「リーベル、隠れてろ」
「わ、分かった!」
リーベルを隠れさせて、その天使に集中する。天使は依然として弓を構えていた。
ちっ、このまま遠距離で攻撃されるとこちらが不利だ。あいつをこっちに近づけるには‥‥わたしが遠距離に強いと思わせるしかない。
触手を紛争の影で鋭い刃にして、わたしの前方を囲むように配置する。そして、勢いよく飛ばす。
わたしの触手は走るように一直線にその天使に襲い掛かる。
「クソッ! この悪魔が!!」
さっきから、わたしのことを悪魔だと勘違いしてるのか? まぁ、この魔法を見たらそう思うのも仕方ないのかもしれない。
いや、そんなことより作戦が成功したみたいだ。
影はわたしから離れれば離れるほど、精度も悪くなる。
今回の攻撃はあの天使にダメージを与える為のものではなく、わたしが遠距離攻撃を持っていると思わせる為だ。
案の定、天使はわたしに遠距離攻撃があると勘違いし、弓を構えるのを止めてそのブレブレな触手の攻撃を避ける必要もないのに避けた。
そして、天使は遠距離では分が悪いと感じたのか、弓を双刀に分解し、そのまま一直線に飛び込んでくる。
ちっ、あいつも近距離に対応できるのか。だが、そうとなればわたしの方が有利だ。殺しはしないが、少し大人しく‥‥‥
=天界の双刀=
天使は双刀を前に構え、四枚の翼で空を飛ぶ蝶のように華麗に突き刺してくる。
負けじとわたしも双刀の合間を縫うように、影の剣を突き出す。
そして、両者の武器がぶつかり合った時のことを考える。そこからどう派生すれば良いか。触手で追撃する? それとも、純粋な剣技勝負を仕掛けるか‥‥‥
「しーー、静かに」
突然の出来事に頭が一瞬停止する。一度呼吸を整え、その状況を再確認する。
天使の双刀と、わたしの影の剣が交じり合おうとしたその瞬間、天使の首元には死を予見する鎌が置かれていた。
突然のことに天使は立ち止まり、後ろにいる何者かを確認する。
「何者だ‥‥貴様」
「あぁ‥‥静かに、と言いましたよ」
ザンッ!!!
まるで蝶の羽を切り裂くように、首元に置かれていた鎌が引かれた。天使の首が吹き飛び、天使に流れる金色の血が噴水のごとく吹き出る。
その情景を顔を赤らめ、快楽を感じているかのようにも見える顔をしているそいつは‥‥間違いなく、悪魔だった。




