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【完結】墓守カティナは蘇りの王子と革命の夜の悪夢を辿る  作者: さき


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45/45

45:そうして革命の夜があける


 森に囲まれた墓地は暗く、真上に登る月と星の明かりだけが注ぐ。

 その片隅にある質素な小屋の中で、陰鬱とした周囲の空気に似合わぬ「ジャムだ」と弾んだ声が上がった。


「見てアルフレッド、アンバーがジャムを入れてくれた」


 届いた荷物の中から瓶を取り出し、嬉しそうに見せつけるのはカティナ。真っ黒なローブは手に持つリンゴのジャムをより発色よく見せている。

 相変わらず黒一色の洒落っ気のないローブだ。だが銀の髪には造花の髪飾りが飾られ、片腕には黒薔薇のブレスレットが飾られている。以前よりは随分と洒落ていると言えるだろう。

 そんなカティナの向かいに座るのは、一通の手紙を読むアルフレッド。深緑色の瞳を細め、深く息を吐くと共にゆっくりと便箋を封筒にしまった。

 良くないことでも書いてあったのか、カティナが彼の顔を覗き込む。


 届けられる荷物に手紙が添えられていることは何度もあった。

 トリスタンやアンバーからの近況、リドリーから他愛もない話、レナードからはあまり送られてなかったが、それがまた不器用な彼らしいとアルフレッドは笑っていた。――その不器用さを知っていてか、リドリーからの手紙にはレナードの近況も書かれている――

 そういった手紙を読むたびアルフレッドは切なげな表情を浮かべていたが、あの事件から二年が経つ今は穏やかな表情を浮かべる事が多くなった。切なさも懐かしさに変わったのだろう。

 だというのに今のアルフレッドの表情には悲痛な色が見え、カティナがどうしたのかと彼を呼んだ。


「……姉さんの処断が終わったって」

「ジルの……?」

「長く幽閉されてたけど、これでようやく姉さんも綺麗な箱でゆっくりと眠れる」


 遠回しに告げ、アルフレッドが手紙を置くと用意しておいたティーカップへと手を伸ばした。

 その前にとカティナが瓶を空け、スプーンですくってジャムをカップに垂らしてやる。その慰めに、アルフレッドが苦笑を浮かべて紅茶を一口飲んだ。

「甘いな」という彼の言葉はどことなく覇気がない。


 ジルの処分について、カティナもアルフレッドも関わるまいと決め、そして全てをトリスタン達に託した。自分達の賛同は必要ない、気が向いた時にだけ手紙で現状を教えてくれればいい……と。

 あの事件を経て〝人ならざるもの”になった今、カティナには彼女に殺されかけた恨みはない。だからこそ、生きているジルを裁くのは彼女と同じように生きている者、そう考えたのだ。

 そうして今日、結末を迎えたと知った。


 第一王子を殺したとはいえ、ジルは王女。発覚する直前までは朗らかで慕われる女性だった。

 美しいものが好きで、行き過ぎたその愛に誰もが苦笑をしてしまう、そして苦笑と共に親しみの持てる愛らしい王女。そしてトリスタン達にとって大切な家族だった。

 決断を迫られ、さぞやトリスタン達は苦悩しただろう。

 恩情をと考えたこともあったはずだ。中には彼女を庇う者もいたかもしれない。最後の最後まで、残された者達は悩み苦しんだに違いない。

 それでもジルがアルフレッドを殺し、そしてカティナにまで手を掛けようとした事実は覆らない。これは情では揺るがぬ罪だ。


「姉さんは最期まで変わらなかったらしい。綺麗なドレスと髪飾りで美しく着飾ってたって」

「ジルらしいね」

「怖がることもなかったし、取り乱すことも命乞いもなく、最後まで華やかだったらしい」


 かつてのジルを思い描いているのか、アルフレッドがどこか遠くを見るように瞳を細める。

 最期の瞬間までジルは彼女らしく、そして同時に自分の行いの何が悪かったのかを分からずにいたという。それもまたこの処断を下させた要因でもあったのだろう。

 彼女の中に悪意はなく、そして悪意が無いからこそ今後省みることも無いと考えられたのだ。

 なにせ彼女は死を迎える直前まで煌びやかなドレスを優雅に揺らし、罪状を読み上げられてもなお平然と、


『大事なものが傷ついたら悲しいでしょ? だから綺麗なものは宝箱にしまうのよ。アルフレッドもカルティアも美しくて、私二人のことが大好きなんだもの』


 そう、屈託のない表情で告げたのだ。

 誰もが薄ら寒さを覚え、そしてそんな周囲の反応にも気付くことなくジルは眠りについた。

 それを聞き、カティナもまた紅茶を一口飲んだ。脳裏にジルの姿が浮かぶ。金の髪を揺らして無邪気に笑う、自由奔放で愛らしい女性だった。


「……綺麗な場所だと良いね」

「ん?」

「ジルが眠ってる場所。出来れば明るくて、花がいっぱい咲いてると良いなって」


 ポツリと呟き、カティナが己の銀の髪に触れた。

 彼女が愛でた髪だ。『銀色の宝石』と愛しそうに褒めてくるジルの声を思い出しながら銀の髪を指で梳けば、アルフレッドが穏やかな表情で「そうだな」と笑った。

 彼の表情にも口調にもジルを恨んでいる様子はない。一度は殺されたとしても、悲願を達成した今すでに過去の事になりつつあるのだ。

 恨みは元より無い、ならば胸に湧くこの切なさもいつかは消えるだろう。


「そうしたら、ジルの遺体をこの墓地に移してもらおうか。もしかしたら出てくるかもしれないね」

「良いのか?」

「直ぐには無理だけど、何十年か何百年か経ったら」


 予想もつかないずっと先のことだ、そうカティナが答えようとした瞬間、


「駄目よ!」


 厳しい声が割って入ってきた。思わずカティナが赤い瞳を丸くさせる。

 声と共にふわりと小屋内に入り込んできたのはシンシアだ。彼女は青白く灯る体でカティナに抱き着き……は出来ず、せめてと言いたげに半身をカティナの体に透かせた。そうして再び「絶対に駄目!」と拒絶の言葉を口にする。

 カティナの体が小刻みに震えるのは、人ならざるものになったとはいえ寒いものは寒いからだ。

 だがそんなカティナの震えにシンシアが気付くわけがなく、彼女はカティナに寄り添いつつ麗しく青白い顔を険しくさせている。


「俺も断固反対だ!」


 そう荒々しい声で告げてくる。

 彼の隣にはギャンブルの姿もあり、彼は声を荒らげこそしないが、青白く実体のない体ながらに頭を掻き、


「あの女は癖が強すぎるからなぁ」


 とぼやいている。拒絶の言葉こそ口にしないが、賛同はしかねるといったところだろう。

 彼等もまた招いてもましてや扉を開けてもいないのに壁を擦り抜けて小屋の中に入り込み、ヘンドリックがまるで子犬のようにカティナの周りをクルクルと回り出した。カティナの体に更に冷気が纏い、慌てて膝掛に手を伸ばした。

 対してギャンブルはカティナの体を冷やすような真似はしないが、いそいそと棚に置かれているチェスへと向かっていく。その後ろ姿に、アルフレッドが「またか……」と呟いた。


「さぁアルフレッド、勝負をしようじゃないか」

「ギャンブル伯、またやるのか? さっきポーカーで勝負したばっかじゃないか。これじゃ毎日どころか毎時間だ」

「お前さん達が寝てる間は我慢してるんだから、感謝してもらいたいくらいだ。ほら文句を言わずにさっさと駒を並べてくれ」

「分かった」


 盛大に溜息を吐きつつ、ギャンブルに催促されながらアルフレッドがチェス盤に駒を並べていく。

 そんなアルフレッドを眺め、カティナもまた徐に立ち上がると彼の隣へと腰を下ろした。シンシアとヘンドリックもふわりと着いてくる。

 そうして倣うようにチェス盤を覗き込んだ。

 買って帰ると話をしたらリドリーが餞別にと持たせてくれたチェス盤だ。随分と質の良いものらしく、ギャンブルが上機嫌で「金の使い方の分かる男だな」とリドリーを褒めていた。


「私もチェスを覚えてみようかな」

「カティナが?」

「だってこれから時間は永遠にあるし、アルフレッドが勝つかギャンブル伯が勝つかを賭けるだけじゃつまらないでしょ」


 だから、とカティナがチェスの駒を手に取って眺める。陶器で出来ているという駒には細かな細工が施されており、前に進み斜めに飛んでと盤面で動き回る様は綺麗とさえ感じるほどだ。

 だがいかに綺麗であっても、動きのルールを理解していなければいつまでもは眺め続けられない。

 一年は興味深く眺めていられたが、二年経つ今は見ている最中に欠伸をしてしまう。先日などチェス盤を見ることなく、レナードが荷物に入れてくれた本を読んで結果待ちをしていた。

 だがルールを理解していれば観戦も楽しめるし、自分も参戦できる。そうカティナが話せば、ギャンブルが嬉しそうに表情を綻ばせた。


「カティナは頭の回転が速い子だ、きっと直ぐに覚えて強くなる」

「カティナがやるなら私もチェスを覚えるわ!」

「パンプキン、俺と一緒にこの悪女を倒そう!」


 ギャンブルの発言を皮切りに、シンシアとヘンドリックがカティナを取り合う。

 それを宥めようとするも、カティナの口から出たのは言葉ではなくふわという軽い欠伸。

 一度目を擦れば、アルフレッドが「眠いのか?」と尋ねてくる。次いで彼が視線をやったのは時計……ではなく、窓。時間の柵から外れたこの墓地に時計は無く、就寝も起床も食事すらも月の動きと自分達の気分次第だ。

 窓の外は変わらず夜の闇が広がっている。だがその中に微かな明るさを見たのか、アルフレッドが「もうそろそろ夜明けか」と呟いた。


「カティナ、もう寝ようか」

「……うん。でもギャンブル伯とチェスをするんじゃないの?」

「気にするな。二人共いずれ眠らなくなるんだから、今のうちに眠っておけ」


 穏やかに笑い、ギャンブルが頭を撫でるようにカティナの頭上にふわりと手を添える。

 それに対してカティナは頷いて返し、ぐいと背を伸ばして彼へと身を寄せた。察したギャンブルもまた身を屈めて距離を詰めてくれる。

 そうしてカティナが彼の頬へとキスをするのだが、もちろん実際に触れることは出来ない。だが就寝のキスとはすることに意味があるのだ。現にギャンブルは嬉しそうに笑い、今度は手を透かすように頬を撫でてきた。


「おやすみ、ギャンブル伯」

「あぁおやすみカティナ。二人が眠らなくなるのは歓迎だが、これ(就寝のキス)が無くなるのは惜しいな」


 冗談交じりに話すギャンブルに、カティナも笑って返す。

 次いで「パンプキンはキスの仕草も愛らしい」と褒めてくるヘンドリックにも就寝のキスをし、シンシアにも。彼女は嬉しそうにカティナの頬にお返しをしてくれた。


 そうしてアルフレッドと共に寝室へと向かう。

 黒一色のローブから寝間着という名のローブに着替える。もちろんこれも黒一色だ。造花の髪飾りと腕のブレスレットを外して枕元のテーブルに置けば、飾り気の一切なくなった姿は以前の墓守そのものだ。

 着替えを終えれば睡魔も強くなり、見ればアルフレッドも欠伸をしている。……が、さぁ寝ようと二人で布団に入った瞬間、


「カティナ、眠るまで私が子守唄を歌ってあげる!」

「パンプキン、この俺が守っているから安心して寝ると良い!」


 と、シンシアとヘンドリックが壁を擦り抜けて入ってきた。

 これにはカティナとアルフレッドが揃えたように溜息を吐いてしまう。


「二人共、さっき寝る前の挨拶をしたでしょ」

「したわ。だから寝るまでの子守唄を歌うのよ」

「気をつけろパンプキン、こんな女の歌を聞いたら悪夢を見る」

「なによ若輩者が! あんたこそ大人しく寝てなさいよ!」

「若輩者と言うな、この年増が! 俺はもう100年を超えた、眠くなんかならない!」


 若輩者だの年増だのと二体の亡霊が騒がしく言い争う。

 その煩さは到底眠りに着けるものではなく、そのうえ二人は怒鳴り合えば怒鳴りあうほど冷気を放つのだ。これは立派な睡眠妨害と言えるだろう。

 思わずカティナが眉を潜め、せめて喧騒から逃れようと布団にもぐろうとした。だが布団を被る直前、


「お前らなぁ……」


 と聞こえてきた声に、アルフレッドと顔を見合わせて安堵する。

 ふわりと現れたのはギャンブル。彼の声はらしくなく低く、機嫌が悪いのが分かる。そのうえ足元には青白い炎を灯らせ、亡霊らしい迫力を纏っている。


「二人が寝るのを邪魔するなって何度言えば分かる」

「ギャンブル伯、カティナに子守唄を」

「聞いてくれギャンブル伯、俺はパンプキンの警護を」

「言い分は全部外で聞いてやる、だからさっさと外に出ろ」

「でも」

「だって」

「二度も言わせるな、外に出ろ!」


 さすが没後500年と言える迫力でギャンブルが叱咤すれば、シンシアとヘンドリックが震えて身を寄せ合った。「はい!」と声を揃えて返事をし、慌てて壁を擦り抜けて出ていく。

 そうして室内が一瞬にして静まり返れば、次いで響いたのはギャンブルの深い溜息。まったくと言いたげなその溜息と共に、彼の足元で灯っていた炎が消えていく。


「すまない二人共、油断してた」

「助かったよ。起きたら一番にチェスをしよう」


 お礼代わりなのだろう、アルフレッドの言葉にギャンブルが楽しみだと笑う。そうして改めて就寝の挨拶を告げると、シンシアとヘンドリックを追うように壁を擦り抜けて出て行った。


 部屋の中が再び静まり返る。

 それを破ったのはふわと漏らされたカティナの欠伸だ。二体の亡霊が去ったことで睡魔が改めて眠りへと誘ってきたようだ。

 アルフレッドが苦笑を浮かべ、もう寝ようと枕元の明かりを消す。


「俺達は本当にいずれ眠らなくなるのかな」

「……アルフレッド?」


 ポツリと呟かれたアルフレッドの言葉に、枕に頭を預け横になったまま彼の様子を窺う。

 カティナの視線に気付いたのかアルフレッドもまたこちらを向けば、狭いベッドの中で彼の瞳が間近に見えた。深緑色の瞳、だが暗い部屋ではその色はあまり鮮明には見えない。


「100年経てば眠らなくなるのかな」

「そうだね。そうしたら、もうあの夜の夢は見ないよ」


 そう宥めるように告げて、カティナが手を伸ばして彼の頬を撫でた。

 暗闇の中、ぼんやりとした視界で彼が瞳を閉じたのが分かる。カティナが元より殆どない距離を詰めて彼へと身を寄せ、その唇にキスをした。就寝の挨拶、他の亡霊達には頬へのキスだが、アルフレッドには唇にキスをすると決めた。心地好いからだ。

 それは彼も同じなのか、表情を微かに和らげるのが分かった。ゆっくりと唇を離せば、今度は彼の方から僅かに空いた距離を詰めてキスをしてくる。


「何度だって、どんな悪夢を見たって、私が必ず起こしてあげる」

「そうだな。どんな悪夢を見ようと、起きてカティナが居るなら悪くない」


 互いにもう一度キスをして、「おやすみ」の言葉と共にゆっくりと眠りの中へと落ちていった。




―END―




『墓守カティナは蘇りの王子と革命の夜の悪夢を辿る』

これにて完結となります。

純愛とダークファンタジーとブラックジョークを目指した物語、いかがでしたでしょうか?

少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。


ポイント、感想、ありがとうございました!


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