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アウシ・ロウと執事 ※

「君の為に…僕は…?」


 だけど、彼女は振り向いてはくれない。

 別に高望みはしない。

 せめて隣でしゃべって、わらって、たのしい時間を過ごしたい。

 欲を言えば一緒に添い遂げたい…

 そんなこんなで思いを募らせて数年。

 両手で数えられる程の月日しか経っていないけれど、僕にとっては永遠にも感じられた。


 出会った頃、僕は幼かったし幼稚で。

 考える脳も無くて、君の話は難しかったけれど、あの頃の君の表情は今でも忘れない。

 何もないこの僕に、唯一の宝物。

 ただそれだけあれば良かったのに。

 

「んー…何がいけないんだろう…」


 しょぼくれた今の気持ちだとあんまり考えがまとまらない。

 昔の悪い癖だ。


『まぁ、なんだ。ゆっくりやろうや』


 気遣いのつもりか、相棒はこう言ってくれるけど、のんびりしてるとさらに置いて行かれるに違いないだろうな。

 彼女はどんどん僕の知らない世界に行ってる。

 それに新しい知識も、力も付けたんだろうね。

 比べて僕は…


『おいおい、また出てるぞ?』


 そうだった…

 あくまで想定、想像での話なんだけど。

 治さなきゃとは思ってるんだけどね。

 遠ざかっていく背中を見つめながら考える。

 どうしたらいいか…


「簡単な話がこれまでの悪いところを改善する、かな」

『シンプルが一番だ、うんうん』


 僕の隣に立ってる鎧の騎士。

 それが僕の契約した幻獣。

 それなりに名を馳せた、とか武勇伝語ってたなぁ。

 雷神、武神、鋼と…

 きっととても凄いんだろうけど、僕にとっては聞いてるだけで眠くなる。


『むぅ…小童には理解できんか』


 理解出来ないよ。

 だって興味ないもん。


『珍しい小童も居たもんだ』


 入れ物の器として使ってる鎧を盛大に震わせて笑ってる幻獣。

 そのせいで少々大気が揺れてウザい。

 ちなみに彼?に名前は無い。

 まぁ、付けられるらしいんだけど。


『そうだ、呼び名が無いのはいい加減不便であろう?名がほしいなぁ?』


 笑うのを止めてこちらへ身体ごと向ける。

 毎度毎度しつこく迫られるんだけど、そんな気は毛頭ないからね。

 頭の甲冑から覗く視線の様な物を感じるけど、無視する。

 あれは絶対に笑っている。それと期待が少々入り混じった視線…勘なんだけどね。

 わかってるんだけど…まだつけたくないんだよね。

 幻獣に相応しい名を付けられるのは同格か、それなりの固有の特技を持ってる人たち。

 ようは「修行して凄い能力持ってる奴」のこと。

 そしてその人たちが名前を付ければ、幻獣はさらに強くなる。

 神格を増すって言うのかな??

 まあいいことには違いない。


『小童はすでに強大な力を有しているではないか?なぜまだ求める??』


 …いやまあ幻獣…君と契約はしたさ。

 でもそれだけじゃダメなんだ。


『ふぅん…よくわからんな』


 僕は彼女を超えなきゃいけないんだ。

 それで、隣でわらってしゃべってたのしく…彼女をまもってあげたい。

 幻獣にはわかんないかも…ていうか分かる奴と分からない奴に割れちゃう話だね。

 僕の家族友達だとみんな従えたら十分だ、とかいろいろ言ってるけど…

 使いこなせなくちゃ意味が無いんだ。


『それもそうだが…我が力をもってすれば国の一つや二つ…はたまた好きな見目麗しい乙女なぞ容易に手に入るぞ??』


 月明かりを反射する胸のプレートを逸らしながら続ける。


『他国の姫君でさえ何十数十、はたまた万を超える乙女たちを手中に収め、他の雄には何人たりとも触れさせぬと誓えるぞ?どうだ?』


 冗談に聞こえるけど、君にだったら可能なんだろうな。いや、きっとするんだろうね。

 でもね、それでも。


「そんなのいらないよ」


 欲しいのは…ルナ。

 彼女たったひとりでいいんだ。

 他の女なんて代わりにすらならないんだから。


『雌なんぞどれも一緒だろうに…』


 変わった奴め、と楽しそうに話す幻獣に僕も君と同じ意見を返してあげたい。

 ていうか雌って…ルナに対して失礼じゃないか。

 でもそれもまた後でいいかな。

 今はやることがあるんだ。

 時間を無駄にはできない。

 もっと技を磨いて…


『…む?なんだこの気配は』


 先程までの空気は一気に霧散する。

 怪訝そうな声に僕もそう思う。

 異様な魔力…

 

「少しおイタが過ぎますぞ、他国の王子殿」


 驚いた声を出す幻獣は久々に見たなと思いつつ、声の源へ目を移す。

 暗闇の中からゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる人影。

 月明かりが照らす見た目は白髪混じりの、きっちり正装をしてるご老人。

 正装というのはアレだ。


「執事か」

「さようでございます」


 パリっとした服に袖を通したご老人。

 歳は70か80ぐらいかな。

 見た目通りだったら、の話だけど。


『あの娘の専属…ではないな?』

「さて、なんのことでしょうか」


 幻獣が問いかける、が。

 とぼけるのか、この老人は。

 顔には余裕の笑み。

 舐められたものだな。


「ならば執事、代わりに貴様の名を答えろ」

「…お答えできかねます」


 他国の王子、と呼んだ僕に対しても変わらぬ態度。

 一般人でないないであろう老人は少しだけ表情を変え、しかし間を余り開けずに答える。

 僕の隣に立っている鎧、それが幻獣と気付いていての反応でさえこれだ。

 まあ動作、会話の一つ一つが製錬されていて隙が無い点を見れば普通かもしれない…

 かなりできるな、この執事。

 一週回ったただの馬鹿ともいう線もあるが、さすがにこの年でそれはないだろう。


『俺も知りたいんだけどな』


 そうぼやく幻獣の台詞には誰も答えない。

 少し可哀そうだが、この幻獣にも空気を読んでほしいものだ。


「それで?他国の王子の質問に答えなかった執事さん」


 少し確かめたいことがある。

 もしかしたらほんとうの馬鹿だったりするかもしれないし。


「はい、なんでございましょう」

「王子の質問に答えられないってことはさ」


「殺されても文句言えないよね?」


 王に使える身の執事。

 それは自国を問わず他国でさえ王の命には逆らえない。

 まあ軽度にもよるけれど。

 話し出したらきりがないけど、僕がした質問の他に「どこの家出」「家系」ぐらいは聞かれれば、かならず答えなければいけない。

 それもそのはずで、王の近くで動けるのだから身分ははっきりさせねばならない。

 答えられないのは卑しいことを企んでる賊ぐらいだ。

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