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十年後の少年はやっぱり少年だった

 深いうっそうとした森の中を一人の少年が巨大な四つ足の白い獣に追われていた。


 十歳ほどの少年は自分の体より大きな剣を担ぎながら走るが、そのスピードは尋常では無かった。しかも木が無秩序に生い茂る道なき道を木々を縫って走り抜けていた。少年を追う獣も追いかけるのがやっとの様子で、必死に捕まえようと、爪を伸ばして手を伸ばすが空を切りかすりもしなかった。


 「タマ~ 捕まえれるなら捕まえてみろ」


 挑発するように少年は振り向いて「あっかんベー」をすると、獣は「フギャーーーーッ」と吠える。しかしその一瞬の油断で小年は太い樹の幹にぶち当たってしまった。


 「痛ぇーーーー!」


 モロ顔面をぶつけてしまった少年はその場に座り込んでしまうが、更に追い打ちを掛けるように大きな獣が覆いかぶさって来た。


 「ニャオォォ―――ン」

 「うっわぁああああーー。止めろタマ!」


 制止するのも空しく大きな白い獣は少年に大きな口を開けて齧り付く――かと思ったが大きなザラつく舌で舐め始めた。少年の小さな顔より大きな舌でヤスリのような舌で舐められるのは、かなり痛い。その上、大量の唾液がもれなく付いてくるのだから堪った物では無かった。


 「ぎゃあぁあっ! 痛い! 痛い! まじ痛い! 皮膚がそげる!」


 少年は容赦なく獣の横っ面をグーでガッツンと殴る。すると少年の三倍はある体が吹っ飛んでしまった。吹っ飛んだ獣はそのまま気絶してしまう。少年は全身よだれでベタベタになってしまった。着ている白いシャツにこげ茶の皮のベストにズボンまで濡れている。


 「うっげぇ~~気持ち悪い。水浴びしないとダメだな」


 立ち上がった少年は気絶してしまった白い獣の側に行く。

 そこには巨大な白い猫が横たわっている。もし通常サイズであれば白いふわふわの可愛い猫だろうが、大きすぎて既にそれは猛獣。しかもシッポが二又に分れた化け猫だった。


 そしてその化け猫を拳一発で倒した少年は、ざんばらに切られた黒髪に前髪の一房が紅い髪になっている。それは鳳凰国に異世界トリップしてしまった宰幸平つかさこうへいだった。

 しかもあれから四神界での十年が経っており、身長が20㎝以上は身長が伸びたが、せいぜい小学校高学年にしか見えないのが残念過ぎる。だが実年齢は二十二歳以上――人間であれば成人している。しかし神族の成人年齢は百歳だ。よって鳳凰族である幸平の見た目は順当な年齢ではある。


 現在、幸平は拾ってくれたエトムフォンの下で地球に帰る為に必死に剣の修業をして暮らしていた。

 エトムフォンは普段は気のいい老人だが、剣を教える時は正に鬼。始めから一日中体の鍛錬をさせら、現代日本でゆるい生活をしていた公平には地獄。何度も逃げ出すが、毎回迷子で終わってエトムフォンに保護されるのを繰り返した。

 広大な神獣の森に住む人間の村もなく、住んでいるのは恐ろしい神獣や獣しかいのを理解した幸平は、取り敢えず剣を学ぶしかないと諦めた。そして鳳凰族としては貧弱な神力しか持たな公平だが、身体能力はずば抜けていたよう。今では剣の師匠であるエトムフォンと互角になっていた。


 今ではすっかりこの世界に馴染み、文明から遮断されたサバイバル生活を楽しんでいた。





 「タマ―! 起きないと置いてくぞ」


 俺は気絶している振りをする巨大猫に呼びかける。


 「ぶぅみぃ~~~~」


 大きな体をゴロゴロさせてかまってチャンをアピールする巨大な猫にしか見えない俺。これでも、まだ子供で成獣になると今の5倍の大きさになるらしい。6年前に森で瀕死の状態のタマを助けてから懐かれてしまった。じじぃの話では、まだ親離れしていない幼体。状況から両親は崋山に住む神族の狩りに遭い殺され、タマは両親が身を挺し逃がしたんだろうと教えてくれた。


 ――神様のくせに酷い事しやがるぜ。


 「デカい図体で甘えんじゃねー。俺は水浴びにいくから行くぞ」


 可哀想だと思って甘やかし過ぎたのか、四六時中ひっつき俺から離れない。時折鬱陶しくなるが俺にも遊ぶ相手もおらずタマが唯一の友だちだ。

 

 「ぶみゃっ! みゃん! みゃん!」


 拒否するように顔を横にぶんぶん振り、大きなクリクリの水色の目をうるうるさせた。神獣は知能が高いので言葉を理解できるのだ。


 「お前も行くんだ。 もう十日は体を洗ってないだろ」


 地球の猫と性質が似ているらしく体を濡らすのを嫌がる。だけど一緒に寝ている俺としては毎日とは言わないが、せめて十日に一度は洗うのは譲れない。

 逃げようとするタマのシッポを捕まえて引っ張って歩き出す。弱点のシッポを掴まれると力が抜けてしまうから、水浴びさせる時はこの手を使っていた。自分の倍以上のタマを楽々と引き摺る。地球にいる頃は普通の人間だったが、この世界に来てからご先祖の鳳凰族の血が目覚めたらしい。超人的な身体能力を開花させた俺は地球ならスーパーマンだ。ちなみに神力で空も飛べる!

 神力とは超能力のような力で、まじ神様な俺。でもじじぃに言わせれば鳳凰族でも最末端の力しか無いらしい。


 タマを引き摺りながら辿り着いたのは綺麗な水が湧く泉で、俺が落ちていた場所でもある。先ずはタマを泉の中に放り投げる。


 「それー。ちゃんと泳げよ」

 「ふっぎゃあーーーーあぁーー」


 タマは必死に手足をバタつかせて空を舞ってから泉の中央に落下し、どっぼーーんっと水柱が上がる。

 一旦沈んでしまったタマだったが、直ぐに浮き上がりバシャバシャと泳ぎ出す。俺は剣と皮のブーツを脱いだだけで、着ていた服は、そのままで水に飛び込む。バッシャーンと水に入ると、身を切るような冷水が全身にまとわりつく。泉は水深2メートルほどで、水底には綺麗な水草が生えており陽の光を浴びている。その陽の光は水草から湧き上がる空気の泡がキラキラと光って綺麗だ。

 泉の水は透明度が高く、水温もかなり低い。普通の人間なら1分と耐えれないだろうが、俺には心地いい冷たさだ。

 水に潜りながらタマがバシャバシャ暴れている場所に浮かび上がる。


 「ぷっはーー。 気持ちいい~~。 なっ、タマ」

 「ぎゃうっ! にゃああーー! にゃうーん…… にゃぁ…… 」

 「そうーかー、そうーか。 気持ち良いんだな~ それじゃあ体を洗うぞ」

 「!!!」


 タマは濡れた毛を逆立たせて、岸に向い逃げようとする。

 俺は神力を動かして水流を起こして俺を中心に渦を起こして、洗濯機の要領でタマと俺の体を洗う。これだと服も洗えて一挙両得なのだ。

 水の渦の中デもがくタマをいい加減解放してやり、そのまま岸辺に担いで連れて行ってやる。綺麗な水苔の絨緞の上に置いてやる。水から上がったタマは全身ずぶ濡れで、毛が体に貼り付いて違う生き物に見えてしまう。しかも水浴びで疲れたようでぐったりしていた。


 「今、乾かしてやるよ」


 俺は風の精霊に呼びかける。


 「風の精霊よ俺に従い、タマと俺に風を吹き付けろ」


 すると透明な風の精霊が風の渦となって俺とタマの体を取り巻く。その風に神力で熱を加えて温風にするとあっという間にタマの毛はふかふかとして、色も真っ白になる。俺の服も髪も乾きさっぱりとする。


 「もういいぜ。ありがとう」


 風の精霊に礼を言うと何処かに去って行った。驚く事にこの世界には精霊がおり使役できたりもする。この世界はまさにファンタジー小説そのままだ。だがこの世界の精霊は形が無い意識体で光体として見れたり感じたり出来る。精霊に好かれる奴だと意思の疎通も出来るらしいけど、俺は簡単おお願いを聞いて貰えるぐらいだ。人間の中でも精霊術師がいて、天候を操る奴もいるらしい。


 「おっ~~。タマの毛、スゲーふかふかじゃん」


 ぐったりと丸くなって寝ているタマの体にダイブする。白いつややかな毛が心地よくベッドのようで心地いい。


 「今日はじじぃが居ないから昼寝でもするか」

 「みゃうぅ~~~」


 タマも同意した。

 今日は朝からじじぃが珍しく何処かに出かけた。だから修業は休みでタマと遊んでいたのだ。


 「だけど最近のじじぃは変だよな。体力も落ちてるみたいだし……」


 剣の手合わせをしても、近頃では俺の方が押している。それは俺が強くなったのではなく、じじぃが老いてきたからだと感じていた。この世界の神様にも寿命があるので、そろそろなのかもしれないと不安だ。


 「じじぃが居なくなった俺どうしよう」


 元の世界に戻りたいと剣の修業をして十年経つ。百年に一度行われる剣術大会までには後三年はある。待つには長く、剣の腕を上げるには短い。もし優勝して元の世界に戻ったとしても日本では十三年以上経過している。何故ならこの世界の一日は長く一年も四百日あるので、数年の誤差が出るのだ。両親もすっかりと老けて五十歳以上になっているはず。

 そこに子供のままの俺が戻っても戸惑うだろう。しかも鳳凰族の平均寿命の半分しかない俺でも五百年は生きるらしい。俺は人間にとって規格外の俺は化け物だったのだ。


 「帰っても普通に暮らせないな……」


 最近では日本に戻るのを諦めてきてるが、両親の事を思うと一目会って別れを告げておきたい気もあった。


 「雛は何してるだろう。恋人が出来て結婚してさ……子供もいるかもな」


 初恋の従妹は賢くて超美少女だったから幸せになってるだろう。そう思うと切ないが、どうせ日本にいたとしてもガキのままの俺じゃ相手にもされないかった。きっと従兄として結婚式に顔で笑って心で泣きながら出席しているのが容易に想像できた。


 考えれば考えるほど落ち込みそうなので、タマの毛に埋もれて目を瞑った。




――そして久しぶりに日本の夢を見た。




 『こうへい、こうへい! 大きくなったらヒナがお嫁さんになって上げる』


 まだ俺と同じ背丈の小さなヒナが俺に言っていた。小さなヒナは皆に愛される妖精のような愛らしさ。そんな女の子の言葉に舞い上がる俺。


 『ほんとうか! なら約束のチュウしよう!』

 『うん!』


 そしてチュッと口と口をくっ付けてキスをする俺たち。俺のファーストキスを捧げたが中学生になれば、そんな約束も甘酸っぱい思い出。


 『幸平って可愛い! 弟みたい』

 『うるさい! 離せ』


 無邪気に雛は残酷な言葉を投げかけ、俺を抱き上げ抱っこする。俺は傷つきながらも、柔らかく膨らんだ胸の感触を楽しんでいたりしてた。だけど雛の成長はそこで止まり大人の雛は知らない筈なのに、白いドレスに身を包んだ女神のように綺麗な雛が現れた。


 『幸平、私ね、この人と結婚するの。 もし子供が生まれたら幸平の名前を付けるからね。大好きだったよ』


 雛は幸せそうに微笑みながら、見知らぬ男の手を取って光の中に消えて行く。


 『雛! 雛…… 』


 そして次に礼服を着た父さんと着物を着た母さんが現れる。二人とも老けてはいたが元気そうだ。


 『雛ちゃん綺麗だったわね、あなた。幸平も向こうの世界で結婚してるかしら』

 『どうだろう。少しは背が伸びてればいいんだがな』

 『そうね。どんな姿でも傍にいて欲しかった』

 『泣くな。幸平はきっと向こうで幸せに暮らしている』

 『せめて、もう一度だけ幸平に会いたいの』

 『おまえ……』


 両親がお互い慰め合うように抱き合いむせび泣いていた。


 『母さん、父さん! 俺は元気だよ』


 そう伝えたいのに二人の姿も光の中に消えて行った。

 俺は悲しくって泣いてしまう。


 『帰りたい……日本に…家に帰りたいよ…うっうえぇーーん…』


 久しぶりにホームッシクになった俺は年甲斐もなく泣いて一杯涙を流した。





 「うっ!?」


 目を覚ますと実際に涙が流れていて、タマの毛を濡らしていた。タマはまだ丸まって寝ており俺が泣いているのに気付いていない。


 「くそっ……、寝る前にあんな事を考えた所為だ」


 嫌にリアルな気がしたが所詮は夢だと思う事にした。

 俺は立ち上がって泉に行って顔を洗う。冷たい水ですっきりする。暫く水面を見ていると自分お顔が映っていた。身長は少し伸び、顔も幾分大人っぽくなった気はするが、せいぜい中学生ぐらい。これが二十歳半ばの大人の顔には見えない。しかも髪は前髪に赤いメッシュ。水面に映る左目の金の瞳ばかりが光っていって、その存在を主張していた。

 じじぃが言うには、この金の瞳は天帝色で神族でも特別な色。高貴な色で滅多に生まれないらしい。その上、黒を持つ神族も人間も希少らしく、両方を持っている俺はかなり珍品だとじじぃに言われてしまった。


 この天領区を出て、外界に色々と目を付けられ厄介そうだから隠すした方が良いとアドバイスされていた。


 未だ人が住む外界に行った事のない俺は不安だ。じじぃに一緒に来て欲しいが、奥さんの傍を離れたくないと断られていた。その代わりと言って色々と知識は教えて貰ってるが一人で知らない土地を旅するのは怖い。


 「これがゲームだったら、途中で仲間を集めて魔王を倒すんだよな。すると朱雀女王が魔王? 違う! 俺ってバカ……倒したら日本に帰れなくなるだろ」


 そもそも日本に帰る事も躊躇し始めていた。

 でも夢で見た親たちの姿に心が痛む。


 「兎に角、大会に出場して優勝しないと話にもならない。取り敢えず目指せ優勝だ!」


 そうとなれば剣の技を磨くのみ! グダグダと悩んでも始まらない。


 「こうなったら、強い男になって雛より可愛い女の子を嫁さんにしてやる!」


 そして日本に連れて行って両親に紹介して安心させてやろう。

 男なら目標は常に大きく持てとじじぃも言っている。


 「よし! そうと決まれば修行だ」


 俺は側に投げ出していた大剣を鞘から抜き去ると、素振り1万回を始めるのだった。





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