21.とばっちりブラザー
なるほど。
さっきの笑った顔見て思ったんだ。誰かに似てるって。穂坂くんに似てるんだ。口許とか!うん、確かに似てる!
「そっか!じゃあやっぱりノートあんたに渡して正解だったね!」
「……そこですか?」
「え?何?」
カミングアウトの後に続いた私の言葉がこれだったものだから、一年生――――芳樹くんは呆れ顔だ。
「いや、もっと別の反応が返ってくるかと思ってたんで」
「えー。だって。家が同じだから部活の後に渡しそびれても大丈夫だからいいよねー、と思って」
「……確かに、部活の後は忘れてたから、家で渡しましたけど」
「そうなんだ。そういえば、何て言って渡したの?」
「いや、テキトーに。俺が弟だと知った世界史の先生から渡されたとか何とか言ってごまかしときました」
「そっかー。よかったぁ」
「はぁ」
さっきから芳樹くんは微妙な顔。私の反応がそんなに意外だったんだろうか。どんな反応するのが正しかったっていうの?
「ねえ」
「はい?」
「なんで、弟だって言うのが嫌なの?」
芳樹くんは、苦い顔になった。そして吐き捨てるように言った。
「あいつは昔から、女にモテますから」
「……ん?」
「弟だって知られると、うっとうしいんですよ。女はだいたい態度変えるし。あいつを好きな女は特に。紹介しろだの遊びに誘えだの家に連れてけだの、しつこいくらいねだるし。誕生日、血液型、趣味や好きな食べ物、そんなんどーでもいいだろってことまで細かく聞いてくる。バレンタインはチョコの窓口と化すし普段からラブレターやらプレゼントの配達させられるんすよ」
「うっわぁ…………」
芳樹くんはものっすごく嫌そうに一つ一つ羅列していく。それを聞いてる私の顔はどんどんひきつっていく。
そうなのか。弟ってだけでそうなっちゃうのか。私だって穂坂くんを好きだけど、芳樹くんをそんなふうに利用するなんて無理だな……。
「いちいち俺とあいつを比べて、あんまり似てない、兄貴ほど顔が良くない頭が良くない優しくない、って評価下すし。あいつの弟ってだけで厄介事ばっかですよ」
「それは……ひどいよ!」
そりゃないわ!芳樹くんには何の落ち度も無いのに!こんな目にばっかりあってたら、芳樹くんがこんなふうにちょっとひねくれちゃうのも無理ない。「ひねくれてる」なんて言うとまた何言われるかわからないから言わないけど。
それなら確かに、自分からは弟だとバラしたくないだろう。特に女子には。
「ほんっと、あいつのどこがいいのか俺にはわかりませんけどね」
じゃあ芳樹くんにとって穂坂くんは、面倒事引き寄せるばっかりのお兄ちゃんなんだね。そして穂坂くんに近づく女はまさに「面倒事」そのものなんだ。
「……まぁそういう今までの経験とかもあって、俺にとってはあいつに近づく女は警戒対象なんです。そんであの時、江本先輩もそうだって勝手に決めつけて、ひでえ態度とっちまったんすけど……」
あれはホントすいませんっした、ともう一度謝る。謝りすぎだろ、と思わず苦笑した。
「もう気にしないでいいってば。はー。苦労してきたんだねぇ」
「そうなんすよー。しかも俺、同じ高校に入っちまったから」
「違うところに行こうとは思わなかったの?」
「ここが一番ちょうどよかったんすよ。なんであいつのせいで志望校変えなきゃならないんすか」
「それもそうだ」
「…………」
ふいに落ちてきたような沈黙をいぶかしんで隣を見ると、芳樹くんは少し目を細めてこっちを見ていた。な、なんだ。どうした。
「――――江本先輩は、態度変えないんすね」
「はぁ?なんで私が態度変えるの?」
「だって、先輩って…………」
「……何よ」
続きを促すけど、言わない。結局、「まぁいいや。なんでもないっす」と濁された。何なんだ、一体!
「先輩っておもしろいっすよねー」
「何それ!どういう意味!」
いきなり話変わったと思ったら、何よ!?
「いや、なんとなくイメージと違うなーって」
「何それー!」
喧嘩売ってんの!?同じことを時々言われるんだけどほんっとに意味わかんない!
穂坂くんのことを話す時とは違って、芳樹くんは楽しそうだ。私は眉間に皺寄せてますけど。
「ほんっと失礼なやつ……」
「はいはい、すいません」
「悪いと思ってないくせに」
「そうかもしれません」
「もういい!知らない!私は行く!」
「はいはい、時間とらせてすいませんでした」
眉間に皺寄せたまま、ふいっと背中を向けて立ち去る。「さよーならー」と声がかかったので、一応もう一度そっちを向いて、ばいばい、とだけ言った。
最後に見た顔はまだ少し笑っていて、やっぱり穂坂くんに少し似てると思った。
そして、お金を返すのを忘れたことに気づいたのは、五限目が始まってからだった。
…………次に会った時でいいや。いつ会うかわからないけど。




