17、ファーバー通信交換台
お待たせしました!最終回です。
ちょっと今回は5000字をオーバーしてしまいました。
劇を観終わり、劇場の廊下に置かれたソファで二人は休憩をとっていた。
顔色が戻り、ぽつりぽつりと話し始め、徐々にいつものトバイアスに戻っていったので、ジェイリーは安心していた。
「でも、劇にも出てきたあの料理を食べたことがないなんて……ふふっ」
トバイアスがジェイリーの食わず嫌いの話に笑っている。
「そうね。とても有名なのに、何だか匂いが苦手というか、ツンとするスパイスのせいかしら?」
「じゃあ、レーブル地方のバーグフィッシュは?」
「あれは大好きよ」
ジェイリーが即答すると、トバイアスはやっと笑った。
「ははは。良かった。バーグフィッシュの店を予約しているんだ。ではそろそろ行こうか?」
「ええ」
二人でソファから離れ、玄関まで歩いている時だった。
「ハリエット!ハリエットよ!」
「きゃーーー!」
「ハリエットー」
観客が帰らずに劇場の玄関あたりに残っているなとは思っていた。
どうやら、熱狂的なファンが役者の出待ちをしていたようだ。
「まぁ、役者が出てくるのね」
「そうみたいだな。行ってみるか」
ジェイリーたちは劇場を出て、玄関の少し離れたところから役者たちが通るのを見ていた。警備員が役者を守るように両脇に佇み、気を付けているようだ。
「キャー!」
「出てきたわー!」
「ハリエットー!」「ジュード!」「ライドン!」
たくさんのファンが警備員に押さえつけられながらも、外に出てくる役者たちに各々声を送っていた。
役者たちはさきほどの舞台でのメイクとは違い、自然体な雰囲気ではあるものの、やはり華やかな美しさがあった。
メリハリのある体に派手な容姿をした美人がこちらにやってきて、馬車に乗り込もうとしている。
ハリエット・レスリーだ。
先程の歌が素晴らしかったので、ジェイリーはすっかり女優としての彼女のファンだった。
「ハリエットー!」
ジェイリーも声をかけてみる。元夫とのことなど今は関係ない。彼女の舞台は素晴らしかった。あの演技に対しての称賛を送ろうと思ったのだ。
隣でクスリとトバイアスが笑っている。
ハリエットは綺麗な顔に優しい笑みを作り、ファンに手を振っている。
キャァァ!とファンの歓喜の声が劇場の前で響いた。
あんな素敵な笑顔を向けられたら、誰だって彼女を好きになるだろう。ジェイリーはぼんやりとその様子を見ていた。
馬車の前で主演男優と一緒に手を振り、彼女は馬車の階段を上ろうとしていた。
輝くような笑顔。
しかし急に彼女が眉を寄せた。
一体誰がこんな近くにファンを寄せ付けたのだろう。警備員が並んでいた場所が一つ空き、そこから一人の男が彼女に近付いていた。
「ハリエーット!」
男はハリエットに一直線に向かっていた。
そして、男の手には光るものが――
「あっ……」
ジェイリーが口を開いて声を上げる前には、男は高くナイフを振り上げ、彼女に振り下ろそうとしていた。
ジェイリーの記憶の中の恐ろしい場面と同じで、彼女は一歩も動けなかった。
しかし、またあの電撃が空間を引き裂く。
バチバチという音も一瞬だった。
男は電撃で体を痙攣させ、パタリと崩れ落ちる。
振り向くと、トバイアスが前に元夫を止めたように構え、既に魔法を使い終えていた。
10メートルは離れているのに、それは一瞬のことだった。
目の前で倒れ込んだ男に、ハリエットは高い声で叫んでいた。
きっと彼女もとても怖かっただろう。
警備員たちが動かなくなった男の捕縛をし、ハリエットたちは関係者に囲まれるように守られていた。
何人かの警備員が、誰が魔法を使ったのかこちらを見て探している。
「行こう」
トバイアスはあまり時間を取られたくなかっただろう。ジェイリーの肩を抱いて、足早に歩き出す。
ジェイリーは、取り囲まれた男がとても元夫に似ていた気がして、歩きながらも何度か振り返ったのだった。
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主演女優のハリエット・レスリーは目を剥きだしにして、息を荒くしていた。
そして、突然ハリエットは、持っていたペンを振りかざし、向かいに座っていた主演男優のジュードに襲い掛かろうとした。
「ひぇぇっ!」
ジュードは身を強張らして、小さな悲鳴を上げる。
…………。
ハリエットはペンを上に上げたまま、さっきまでの思いつめた顔を、いつもの微笑に変えてジュードに問う。
「どう?」
「うーん。だめだなぁ。何だろう眼差しが本気じゃない。あの顔はなんて言うんだろう、……殺そうとしてるんじゃなくて、相手に対して自分の気持ちを分かって貰いたいみたいな顔なんだよね」
「難しいわね……」
ハリエットとジュードは、ダイス男爵に襲われてから、駐在兵からの聞き取りを受けて、自分たちの宿へと馬車で帰ろうとしている途中だった。
そして早速、車内で先程の『人に危害を加えようとした人』の演技を練習していた。
「じゃあ、こんな顔?」
ハリエットが表情だけをコロリと変える。とたんに、微笑から暗い場所を覗くような顔になる。
「あ、それ、良い。似てる」
ジュードはコロコロと笑った。
「やったぁ!」
ハリエットは後でレッスン室の鏡で復習しようと思っている。
ハリエット・レスリーは根っから女優である。
幼いころから今までずっと劇団に身を置いている。
今まで恋をした事はあったが、そんなものにのめり込むよりも、舞台にのめり込みたいのだ。
社交界に呼ばれても、自分は女優。貴族に誘われてもそれは全て営業とみなしているし、心の距離を置いている。貴族の所作をつぶさに観察して、自分の演技に取り入れる作業に過ぎない。あわよくばスポンサーになって貰えれば女優として助かるというくらいなのに……
ダイス男爵……。
最近脅迫めいた手紙を寄越してくるようになったと思ったら、あんなことをしてくるなんて……。
愚かな男。
ハリエット・レスリーという女優に勝手に恋をして、勝手に身を滅ぼした。
一度も心を通わしたことなんてないのに……。
たった一度、彼の家に昼食を食べに行っただけ。その時でさえも、彼が急に勘違いしたことを言い出したから、早めに切り上げたのに。
女優への片思いを拗らせて凶行に及んだ……。彼の貴族としての立場は地に落ちることになるだろう。
彼のように勘違いする者がいるのは、仕方がない。平民の熱心なファンにも凄いのがいる。
ただ、自分に片思いする男の表情さえも、女優にとっては資料。全ては自分が演じるためのものだった。
今だってあの表情を思い出しては、頭の中で自分が演じたときのためのシミュレーションを行っている。
女優というのが自分であって他のものなんて必要ない。
馬車は夜でも賑やかなファーバーの街を走っていく。
ふと、窓の外に背の高い筋肉質な男と可愛らしい女性が歩いているのに目が止まった。とてもお似合いの二人だと思った。
その二人の距離は初々しくも、信頼関係と愛情を感じられた。
いつか自分が、女優としての幸福ではなく、一人の女としての幸福を欲すときがあるのだろうかとハリエットは考える。
無理かな……。
ハリエットは目を瞑る。
あの舞台と一体になった瞬間、女優としての幸福。役に入りこみ、役の感情が乗り移ったときの充足感。
女優として必要なら、もしかしたら結婚はするかもしれない。
年老いたら年老いた役で、自分は舞台に立ち続ける。漠然とそんな気がした。
通り過ぎた二人の男女を見てハリエットは呟く。
「お幸せに」
役者たちを乗せた馬車は、ファーバーの高級宿屋へと移動していった。
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ファーバー交換台のお昼休み、休憩室の中に元気な声が響いた。
「お疲れ様ー。ねぇ、ねぇジェイリー。この間の休みはどうだったの?」
ダイアナは今日も元気で活発な笑顔を振りまいていた。
「お疲れ様。ええ。実はね……」
先に昼食を食べていたジェイリーは、一度お茶を飲んでから話し始める。
いつも一緒に昼食を食べているジェイリーの彼氏のトバイアス室長が、今日は局長と会議をしているため、ダイアナが今のうちにと二人の様子を聞きに来たのだ。
「え?『ちょっと大きい農家』じゃなかったの?」
ダイアナは驚いて口を押えた。
「そうなのよ。『ちょっと大きい農家』って聞いて、あんまり気負いせずに行ったんだけど、……到着したら屋敷は大きいわ、使用人もいるわ……私の元の婚家より大きいから、彼にちゃんと聞いてみたの」
「トバイアスさんはなんて?」
「父方の伯父が侯爵閣下だって……」
「はぁ?!」
「自分は平民だって言い張るんだけど……。お父様は代官をしているし、農場を何個も任されているし……まぁ、彼にもお兄様がいるから、継ぐものがないっていうのはそうだけどね……」
騙されたというわけではないが、『農家』というのとは違うと思うジェイリーなのだ。よくよく考えてみると、例外もあるが高魔力保持者は高位貴族に多いというのを忘れていた。
最近よく電話で話をする弟には、恋人は農家の次男と言っていたのに……。
「……でも、頼りになる実家があるって大きいわよね。……で?その左手のは?」
ダイアナは穴が開きそうなほど、ジェイリーの左手を見てくる。出社したときから彼女は気付いていたのだろうか。もしかして他の交換手たちからもチェックされていた?
一昨日の夜からジェイリーの左手の薬指にはキラリと光るものが鎮座している。
「指輪……です」
「プロポーズされたのね!?きゃーーー!!」
ダイアナがグルグルと拳を回して騒ぐものだから、周りにいた昼休憩中の交換手も集まって来た。
「なぁに?ダイアナったら」
「どうしたの?」
「もう、ダイアナうるさいわ」
それぞれが笑いながら呆れた顔でジェイリーたちの話に加わる。
「ごめん、ごめん。みんな聞いて、ジェイリーがね、プロポーズされたのー!」
ダイアナは調子に乗って、周りの女性たちにも発表してしまった。
まぁ、ジェイリーもこうなるのを分かっていて、ここで話を続けたのだから、もちろん了承している。
「「きゃーーー!!」」
交換手たちはそれぞれに祝福の声を上げた。
あまり注目されるのに慣れていないジェイリーは、頬が赤くなってしまう。
「こら、声が大きすぎるよ。なんの騒ぎ?廊下まで聞こえてきたよ」
デイロン第二室長が騒ぎに気付いたのか、休憩室にやってきた。
「あ、デイロンさん。えへへ。ごめんなさい。ジェイリーがね、トバイアスさんと婚約したみたいで」
ダイアナがやってきたデイロンに報告していた。
「へぇ、あいつもやるね。うーん……俺もそろそろ積極的に動かないとなぁ」
関心した声を上げた後、デイロンはダイアナをチラチラ見ながら何やらブツブツ呟いた。
「お疲れ様です」
デイロンから少し遅れて、トバイアスも休憩室にやってきた。
ジェイリーはニコリと笑う。
「トバイアスさん、会議が終わったんですか?」
トバイアスは今日も威圧感のある容姿をしているが、目尻は優しく下がっていて穏やかに頷いた。そして自然とジェイリーに寄り添ってくる。
それを見た周りの人たちは「ヒューヒュー」と冷やかしたのだった。
今日もファーバー通信交換台、通信室には、女性交換手たちのハツラツとした声が響いていた。
「はい。ファーバー通信交換台です」
ダイアナの明るい声だ。
「只今お繋ぎいたします。少々お待ちくださいませ」
「ファーバー交換台です。そちらは王都七十五番の三ですか?」
たくさんの女性たちがにこやかにマイクに向かっていた。
その中にいるジェイリーもマイクに口を近付ける。
「はい。ファーバー通信交換台です」
一年前は、自分がこんなに充実した生活をすることになるなんて思ってもみなかった。
雨に打たれ、混乱した頭で王都を彷徨っていた。それしか出来なかったのだ。
手の先に魔力を込めて、通信魔法を操作する。ヘッドセットからは客の声がし、話したい宛番地を言い始めた。
「了解しました。ただ今お繋ぎします」
自分の力で仕事をして、生活ができるようになった。
周りの人たちと一緒に働き、言葉を交わし、友人ができ、恋をすることができた。
手をかざしている魔導分電盤には、トバイアスの魔力が通され電気が流れている。
あんなにも傷ついて、絶望していたのが、嘘みたいに今は充実している。
通信魔法の光線を相手へと繋げる。人と人がジェイリーの手によって繋がり、会話が始まった。
トバイアスと目を合わせると、彼はジェイリーに笑顔をくれた。
通信が繋がるように、人と繋がって、そこから新しい関係を築いていく。
このファーバーでジェイリーは新しい人生を得た。一緒に生きていける人も見つけた。
これからも辛いことも、悲しいこともあるかもしれない。
けれど、前を向いて生きていく。
ジェイリーは微笑む。
お読みいただき有難うございます!
今作はこれで最終回になります。
少しでも読者様へ何か得られるものがあったなら良いのですが。
離縁された女性の前向きな再スタートと、恋のジレジレが書きたかったのです。元夫が勝手に没落するのは私は知りませんけど、って感じで。
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では、また他の作品でお会い出来ればと思います。




