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第10話:護衛の双子

「――おい。起きているか」 


 翌朝。

 聞き慣れた冷やかな声と共に、カチリ、と扉の奥で何かが凍りつくような音が響いた。

 扉が開くと、そこにはシリュス様が立っていた。


「……シリュス様。今のは?」

「君が寝ている間に変な輩が入らないよう、扉に防衛魔術を施しておいた。君以外がドアノブに触れれば、一瞬で氷像になるところだったが……まあ、もう必要ないな」

「と、とんでもない魔術を仕掛けていたのですね……」


 過剰な守護に戦慄しつつも、私はシリュス様に一礼し、すぐに準備を整える。

 丸一日、泥のように眠り続けたおかげで、酷かった体の(きし)みは落ち着いている。


 学園の寄宿舎から運んでもらっていた私の荷物は、驚くほど少なかった。

 私は手早く、母親のお下がりである若草色のドレスに着替えた。

 何度も修繕し、色の()せた布地。その上に学園の刺繍が入ったマントを羽織る。


 部屋を出ると、学園の廊下は静まり返っていた。

 帰省期間中のため、普段なら騒がしい生徒たちの姿は一人もなく、ただがらんとした空間に私とシリュス様の足音だけが重く響く。


 私たちはそのまま、上級貴族専用の食堂にある個室の扉を開いた。

 中に入ると、既にゼノス様が待っていた。

 私を見た瞬間、ゼノス様が椅子から立ち上がり、私の元へ歩み寄ってくる。


「……気分はどうだ? 顔色は……少しは戻ったか。どこか痛むところはないか。熱は……」


 ゼノス様は心配そうに私の顔を覗き込み、まるで身体検査でもするかのように、私の肩や腕に触れて入念に体調をチェックし始めた。

 その必死な様子に、私は少しだけ頬が緩む。


「ふふっ……ありがとうございます、ゼノス様。もう大丈夫ですわ」

「そうか。……だが無理はするな。出発は明日の早朝だ。予定よりも早まった」


 全員が椅子に座ると、ゼノス様が「早速だが」と重々しく口を開いた。 


「どうもカデンス家周りがきな臭い。あそこの伯爵夫人が、身元不明の護衛を雇い入れたとの報告が入った。どの組織の者か、正体が一切掴めない。……不気味だとしか言えぬな」


(身元不明の護衛……? ゲームのシナリオにも、(アナスタシア)の記憶にもそんな存在はなかったはずだわ。……私が本来の物語とは違う動きをしたせいで、何か歯車が狂い始めているのかしら……)


 前世の知識も、アナスタシアとしての記憶も通用しない未知の事態に、背筋を冷たいものが撫でていく。


「……分かりました。滞在は必要最小限に留めますわ。一刻も早く契約書を見つけ出し、すぐにここへ戻りましょう」


 私の言葉に、ゼノス様が頷くと、短くベルを鳴らした。

 扉の向こうから、頭巾のようなケープを被った二人が入ってくる。

 その背丈は同じくらいで、陶器のように白い肌。

 二人の髪はどちらも、灰色と黒が複雑に混ざり合い、毛先に向けて夜の闇に溶けるように黒が深まっていく、美しいグラデーションを描いていた。

 ケープの隙間から覗く顔立ちは、鏡合わせのように瓜二つの双子だった。


 フリルがあしらわれた可愛らしいメイド服を着た、可憐な美少女が口を開く。


「兄の、カイルです」

(……ん?)


 カッチリとした騎士服を着こなし、短髪をなびかせたスラッとした麗人が口を開く。


「妹の、リアナです」 

(……ん?んんっ……?)


 お兄さんがメイドで、妹さんが騎士。

 私が目をパチクリさせていると、シリュス様が淡々と補足した。


「リアナは女性騎士だが、騎士団でも一番の速さを誇る。カイルはメイドとして潜入し、隠密行動に使う魔道具の運用を行うための偽装だ。今回、実家を訪れる際の合理性を考えて、この配置にした」

「なるほど……? えっと、まずカイル様……その、メイド服は、嫌々ではありませんの? もしかしてシリュス様に無理やり着せられたとか、そういう……趣味の犠牲に?」


 私が疑いの眼差しを向けると、室内の温度が文字通り急降下した。

 シリュス様が、一切の感情を排した絶対零度の視線で私を見下ろしている。


「……万が一にも、私がそのような低俗な趣味を持っていると疑ったのであれば、今すぐその脳構造を氷漬けにしてやりたい気分だが」


 氷の刃を突きつけられたような、凍てつく声。

 冗談抜きに命の危険を感じて私が身をすくめると、カイル様が無機質な表情のまま淡々とフォローを入れた。


「……お嬢様。シリュス様の趣味ではありません。この格好はスカートの下に暗器や魔道具を大量に仕込めるので、非常に合理的です。私が自ら志願しました」

「それに、兄の方が顔立ちが可愛らしいので適任です。任務に支障はございませんよ」


 男装の麗人であるリアナ様が、隣でフフッと紳士的に微笑んだ。


「……そう、でしたの。お二人が希望されての事なら、私は良いのです」


 私は微笑み返すが、内心は悶えが止まらない。


(なにこれ、二人並ぶと某女性だけの麗しい歌劇団のトップコンビみたいな破壊力……!眼福すぎるわ!)


 シリュス様が「全く…」と若干呆れながら、仕切り直す。


「……問題ないと言うことなら、アナスタシアに君たちの『特性』を伝えよう」


 シリュス様の合図で、双子が深く被っていたケープを外した。

 

 その瞬間。

 二人の灰色と黒の髪の間から、柔らかな毛並みの――尖った狼の耳がぴょこんと跳ねるのが見えた。


「獣人……いえ、魔狼のハーフの方々ですね?」


 私の言葉に、双子の体が強張った。

 「獣人」、それは人間と魔物の間に生まれ、この国で最も忌まれ、蔑まれてきた異能の象徴。


「……任務中は隠します。不快な思いをさせ、申し訳ありま……」


 リアナ様が謝罪を口にしようとした、その時だった。

 申し訳なさそうに、彼女の狼の耳がペタン、と力なく垂れ下がったのだ。


(……っっ!?)


 その瞬間、私の脳裏を前世の記憶が駆け巡った。

 ぎゅうぎゅう詰め状態の終電。

 死んだ魚のような目で、スマートフォンの画面に映るアニマルセラピー動画を無心で眺めていたあの夜を。

 独身だったからペットは飼えなかったし、何より重度の犬派だった私は、いつか思い切り犬をモフるのが夢だったのだ!


「不快だなんてとんでもない!! む、むしろ……その、『モフモフ』したくてたまりませんわ!!!」

「「…………え?」」

 双子は絶句した。


「『モフモフ』とは何でしょう……? 私たちの毛皮を剥ぎ取って、壁に飾りたいということですか?」

「ち、ちがいます!!!そんな物騒なものではなく、愛でたいの!撫でてその匂いで満たされたいの!!!」


 ……双子の目が、完全にドン引いている。

 後ろではゼノス様とシリュス様が「またこの娘は……」と頭を抱えている。


「お嬢さんが言いたいのは、嫌悪感はないということだ。……あー、一応補足しておくと、出生の事情ゆえに社交経験が皆無だからな、言動がおかしいのは目を(つむ)ってやってくれ」


 ゼノス様に微妙なフォローをされてしまったが、カイル様がじっと私を見つめたまま、真顔で呟いた。


「ああ……。なるほど。先日の終業パーティーで、エドワード第一王子に対し正面から楯突いたという噂の令嬢でしたね。騎士団や魔導師団の間でも、既にかなりの有名人ですよ」

「……っ!!」


 カイル様の淡々とした暴露に、私は心の中で悲鳴を上げた。

 

(ううう嘘でしょ、あの件、もうそんなところまで伝わっているの!? 私の悪名の広まり方、光の速さなんですけど!?)


 恥ずかしさと焦燥感で心臓がバクバクと暴れる。

落ち着け、落ち着くのよ私…元社会人のポーカーフェイスを思い出しなさい。

 私は大きく一度深呼吸をすると、荒ぶる心をなんとかねじ伏せ、背筋を伸ばして姿勢を正した。

 そして真剣な表情で双子を見据える。


「……取り乱して失礼いたしました。とにかく、私は伯爵令嬢として、短い間であれ、お二人がカデンス家で不当に(さげ)まれることがないようにいたしますわ」


「…守るのは私たちで、お嬢様は護衛対象でしょう?」

 リアナ様が、不思議そうに小首を傾げて問いかけてくる。

 一方でカイル様の方は、心底「残念な子を見る目」でこちらをじっと見つめていた。


「そ、それでもです! 私の護衛を傷つけることは、私の矜持(きょうじ)を傷つけることと同義ですわ!」


 ……やっぱり、変な子だと思われている気がして内心焦る。

 

「……矜持、ですか」


 私の言葉に、リアナ様がぱちくりと目をしばたかせた後、ふっと表情を和らげた。


「お嬢様。それほどまでに私共(わたしども)を気にかけてくださるのでしたら、一つお願いがございます」

「お願い……?私にできることなら何でも仰って」


 モフらせてくれるのかしら、と期待に胸を膨らませる私に、リアナ様はカイル様と顔を見合わせ、静かに告げた。


「明日からの潜入、そして護衛にあたって……私共を呼ぶ際、『様』付けはやめて、呼び捨てにしてください」

「えっ……? 呼び捨て、ですか?」


 元社会人として、目上の相手を呼び捨てにするのはハードルが高すぎる。

 思わずたじろぐ私に、今度はカイル様が無機質な声で追い打ちをかけた。


「お嬢様は伯爵令嬢です。カデンス家に戻られた際、主人が護衛を『様』で呼べば、何と言われるか。それに……」


 カイル様は、私のボロボロの若草色のドレスを一瞥し、淡々と続けた。


「……これから死地に飛び込もうという主人が、盾となる僕たちに余計な壁を作る必要はありません。カイル、リアナ。そう呼んでください」

「そ、それはそうですけれど……」


 戸惑う私を見て、後ろで腕を組んでいたゼノス様が頷く。


「こいつらの言う通りだ。これから向かうのは、お前の首を狙う毒蛇の巣。遠慮などという甘えは命取りになるぞ、お嬢さん。」

「…………分かりましたわ。カイル、リアナ。明日から、よろしく頼みますわね」


 慣れない呼び捨てに少しだけ舌を噛みそうになりながらも、私は二人の名を呼んだ。


 すると、リアナ様は嬉しそうに耳をぴょこんと揺らし、カイル様は相変わらずの無表情ながらも、ほんのわずかだけその双眸を細めた。


(……やっぱり耳、動くのね。最高だわ。)


 地獄の実家への道連れは、頼もしい双子になりそうで少しだけ不安な気持ちが楽になった。

双子のモフモフ護衛と共に、次回カデンス家に突撃です。

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