九 不本意な同棲
「小影、もっとまともな飯は食わないのカ?」
「小影、私は毎日湯船に入りたいから、洗って風呂を沸かしてくれ」
「小影、ベッドが狭いから今日は床で寝てくれ。客人をもてなすのは当然だろう?」
……どうしてこうなった。
発端は蘭果のとある告白からとなる。廃村訪問から帰還し、ひとまず今日のところは解散となった時のことだった。小影はどこかで分かれるだろうと思っていたが、反して蘭果は小影の住むアパートへとついてきたのである。流石に不審に思った小影に、蘭果はわざとらしく言い放った。
「此処が私の家さ。オヤ、お前も同じアパートなのカ? それは奇遇なことダ」
そこから小影の尋問が始まった。こんな偶然あるはずがない、どうやってこのアパートを特定したのか。なぜこのアパートを選んだのか。そもそも昨日の今日で、どう契約まで取り付けたとでもいうのか。全ての問いに、蘭果は一切の悪気もなく答えた。
まとめれば、蘭果は小影を追ってここに来たのだという。昨日、去ったように見せた蘭果は小影を尾行してアパートを特定。そして正式な契約をすることなく、人間の記憶を改変する力を持って空き部屋の所有者を偽っていたのだ。蘭果が学校に潜り込んだ時も同様である。
第一、蘭果には戸籍がない。最近現れた怪異なのだから当然であろう。それ故、やっていることはただの不法占拠である。そのことを管理者諸共、誰も知らないだけで。そのことに憤慨した小影は、蘭果を容赦なく咎めた。
小影は、怪異の起こす不条理が何よりも嫌いである。蘭果の行いも、当然それに当たる。だからこそ、小影は見過ごすことなどできなかった。
「……よしわかった。とりあえず今は、わたしの部屋に泊まればいい。だから、ここの住民だって捏造はやめて」
「マァ、私は拠点を構えられたらなんでもいい。お前がそう言ってくれるのならば、掛けた術は解いてやろう」
その結果、小影の部屋へと招くことになり、現在に至るわけである。小影自身が了承したのだから、それ自体に異論はない。だが、客人であろうが好き勝手されれば話は別である。小影は怒りを隠すことなく、蘭果へとぶちまけた。
「ねぇ、ここはあんたの家じゃないんだけど。家主の意向に背くんなら今すぐ出てってくれない?」
「オット、少しはしゃいでしまったかナ。しかし自ら招いたのにも関わらず追い出すのは、あまりに薄情ではないカ?」
「うるさい。野宿でもすればいいんじゃない?」
「つれないネ」
結局寝床は、小影が先にベッドを陣取ることで死守した。中々諦めず、あろうことか同じ布団に入ろうとしてきたけれども、なんとかして追い返してやった。
見事ベッドを勝ち取った小影に対して、蘭果は床に眠らせた。来客など基本的に想定していなかったため、布団や毛布などはない。仮にあったとしても、蘭果のために出すことはしないだろう。蘭果には元々敷かれてあった絨毯が精々だった。気休めもいいところであったが、小影にとってはこんな怪異にかける慈悲などなかった。
明かりを消して、小影は布団を被る。目を閉じて眠りに就こうとしたものの、妨害するかのような蘭果の声が聞こえてきた。
「ナァ、小影ヨ」
「……何?」
「今日の調査の記録をしたいのだが、お前の机を借りても良いカ?」
「なんで今なんだよ。もう寝るから、暗いままでいいなら使って」
「ハハハ、お前はこの暗さで字が書けるとでも思っているのカ?」
「知らない。おやすみ」
会話を一方的に打ち切って、小影は再び瞼を下ろす。今日は長距離の移動に加えて、面倒な怪異の相手もしていたから、だいぶ疲れていた。力を抜いて体を休め、小影は徐々に眠りに落ちていく。今後は今までより疲れることが多くなりそうだが、とりあえず今はゆっくり休む必要があった。
……結局、無断で使用されたデスクライトによって十分な睡眠はとれなかったのだが。
≪≫
翌朝、小影は教室で机に突っ伏していた。その傍らには蘭果が小影にちょっかいをかけている。最初こそ反抗していたものの、次第に寝不足によるダルさの方が勝っていった。不本意だが、現状されるがままであった。
そんな中、教室の扉が勢いよく開かれる。次いで聞き慣れた挨拶が聞こえてきて、反射的に小影は顔を上げた。
教室の出入り口には、親友の神奈が立っていた。しかしながら、少し様子がおかしい。いつものようにこちらに駆け寄ってくるものかと思っていたが、神奈はそこに呆然と立っているだけである。かと思えばこちらに向かってきて、悲鳴のような声を上げる。
「距離、近くない!? 一日でそんなに仲良くなるかなぁ!!?」
「うるさ……」
珍しく声を荒げる彼女に、小影は思わず耳に手を当てる。正直なところ蘭果と仲良くなった覚えはないので、心外でしかない。だが反論しようとするよりも先に、蘭果が不要に煽り始めた。
「そうダ。私は小影と、一夜を共にした仲なのだヨ」
「おい馬鹿、頼むから変な事を言い出すな」
「嘘、だよね? 小影ってそんなに軽い女だったの?」
「待って。何を考えてるのか知らないけど、心外だから。お願いだから騙されないで」
さっきよりも更に増した騒がしさに、小影は額を抑える。この百々目鬼は、場を乱さないと気が済まないのだろうか。それならそれでもはや構わないのだが、せめて自分のいない所でやってほしい、と小影は思わずにはいられなかった。
「ねえっ、この人が小影の家に連れ込まれたのは本当って言うんだけど! どうなの、小影っ!!」
「全部説明するから一旦落ち着いて。おい、あんたも笑ってないで誤解を解いて」
一向に収まる気配のない神奈をなだめつつ、昨日の顛末を全て説明する。蘭果と共に怪異蒐集へ赴いたこと。蘭果が不法占拠していたこと。苦肉の策で我が家に招いたこと。かいつまみつつ、包み隠さず全てを話し終えると、なんとか神奈は納得してくれたようであった。
「もう、そんなことなら早く言ってくれればいいのに。こいつはもうちょっと小影から離れてほしいけど」
「ハハハ、何か気に障るようなことをしてしまったかナ?」
今更とぼけだす蘭果に、神奈は尚も噛み付く。神奈の明るさにはいつも元気もらっていたが、ここまで騒がしいと頭痛がしてくる。蘭果がウザったいのが一番の原因なのは前提として、神奈も突っかかりすぎるのはやめてくれないだろうか。
小影は呆れてため息をつく。彼女らの不毛な言い争いを無視できれば一番良かったのだが、騒がしすぎて気が散るどころではなかった。仕方なく、小影から話題を変えるように話し掛ける。
「で、あんたはいつまでうちに居座る気? わたしの家は無料のホテルじゃないんだけど」
「ハテ、考えてすらいなかったナ。しばらくは住まわせてもらうつもりだったのだが、違ったカ?」
「アホか。仮にあんたが居候するとしても、生活費は折半だから。タダで居座れると思うなよ」
ただでさえ存在自体が不快なものを自分の敷居に上げているのだから、このくらいの要求は妥当であった。少なくとも小影にとってはそうであった。
蘭果は「フム」と考え込むようにして頷いた。それと同時に朝のHRの開始を告げる鐘が鳴る。クラス内は徐々に静まり始め、神奈も自身の席へと戻っていく。少し物足りなさげだったのは小影とあまり話せなかったからだろうか。
そうして全員が着席した中で、小影は釘を差すように蘭果を軽く睨む。対して、蘭果は何か思いついたのか、ニヤリとした胡乱な笑みを小影に返したのだった。




