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追想カルマティック ~欠落少女らは今日も怪異蒐集に励む~  作者: 晴牧アヤ
第一章 廃村へようこそ、この余所者如きが。
1/7

一 その女、百々目鬼につき。

 その街では、一つの都市伝説が囁かれていた。

 曰く、一人で夜道を歩いていると異形の女に出くわすのだそうだ。角やら尻尾やら羽やらが付いているわけではない。それよりもっと悍ましいもので、女の体の至る所には無数の眼が付いていると言うのだ。額から足首に至るまで、それはもうびっしりと。

 加えて、女と遭遇した人間は例外なく何か物を失くしていた。遭遇する前には持っていたはずのスマホや財布、コンビニで買ったであろう飲食物や、腕時計などの貴重品等々。まるで女に盗られたかのように、いつの間にか消えていたと言う。

 当然、信憑性は低い。だが女の話に関わらず、その街で妙に物の紛失が相次いでいることも事実であった。

 結局、真偽は不明。女の正体も解明されることはなく、その区域で不審者の警戒と紛失の注意喚起を促すことしかできなかった。


 そんな噂が流れる中、少女は五月の暗い住宅街を歩いていた。

 彼女の名は硝縁小影(しょうえんこかげ)。ごく普通の公立高校に通う高校二年生である。

 首ほどまでに伸ばした、くせ毛気味な焦げ茶色のミディアムヘア。光の無い無関心な目は、冷酷な雰囲気を持たせている。背丈はそれ程高くなく、シンプルなTシャツにパーカーを羽織っているのが特徴的であった。

 小影はポケットに両手を突っ込みながら、ふと前方にいる『それ』に気がついた。街灯に照らされた『それ』は長身の女のように見える。腰ほどまでに伸びた髪を垂らして、こちらに向かってくるようだった。

 やがてそれがしっかりと視認できるほどに近づくと、小影は鋭く目を光らせた。眼光は強い攻撃性を伴っており、あと少し近付けば飛び掛かれるようにと、虎視眈々と目の前の『それ』を睨んでいた。


 『それ』には、体中に無数の眼が生えていた。そして『それ』は、既にこちらを認識している。無数の眼が、自分を見ている。そんな怖気のする感覚に襲われ、二人の距離が二メートル程まで縮まったのが合図だった。小影は地面を蹴って、『それ』に殴り掛かったのだ。

 それは力いっぱい、全力で振り切ったものだった。

 だった、のだが。


「――おいおい、初対面だというのに随分物騒じゃないカ。ナァ、お嬢さん?」


 拳は殴った感触どころか、触れた感覚すらもなく止められていた。まるでそこだけ時間が止まったようだ。小影は自身の拳を見て、初めて小影は女の素手で受け止められていることを理解した。

 チッ、と短く舌打ちして、小影は下がって距離を取る。一方で、女は特に反撃する様子もなく小影を見ていたが、拳を受け止めた手を見て口角を上げた。その手の平はほんのり赤く染まっており、まさしく火傷を負ったような痕があった。

 全身の眼が、細まって、歪む。


「フゥン、なるほど、護符か。お前は中々手練れのようダ」

「だからなに? この、化け物め」


 護符。それは神仏の加護を込めた札のことであり、その加護によって災厄から身を守るもの。小影はそれを握り締めて女に殴り掛かったのである。しかしながら、女にはそれほど効果が無かったようで、小影は苦悶の表情を浮かべる。

 そんな小影を見つめつつ、女はなお微笑みながら滔々と喋り始める。


「マァマァ、一旦落ち着きたまえよ、お嬢さん。一体私の何が気に食わないのかナ?」

「うるさい。それは、あんたが怪異だから以外にないでしょ。百々目鬼め」

「……ハハッ、なるほど。私は百々目鬼か。それは確かに言い得て妙だナ」


 彼女の持つ無数の眼が途端に震える。その様子に、小影は一層警戒心を強めた。けれども最後まで女が何かすることはなく、一頻り笑って、彼女は笑みを崩さず小影の方へと歩み寄る。

 先の読めない女の行動に小影は構えるものの、踏み出すこともなかった。小影とて、無駄な事を二度もするような馬鹿ではない。効かないとわかった相手に、なおも飛びつくほど愚かではなかった。

 いつでも踏み出せるように力を込めて、緊張の糸が張り詰める。


 そうして女は小影の隣まで近づき、肩に手を置いた。瞬間、小影が手を振り払い、キッと睨み上げる。

 その様子に女は肩をすくめて溜め息をつく。困ったように目を細めて、調子を崩す様子もなく再び口を開いた。


「全く、私は無害でか弱い怪異だというのに。人を害そうとする気など、微塵もありはしないのだヨ」

「怪異の言葉なんか信じられない。それに、あんたと出くわした全員が物を盗られたって言うんだけど?」

「あれは私が生きる為に頂戴しているだけだヨ。昔から手癖が悪くてネ。皆一様に私を見て逃げていくものだから、それをちょっと利用しているだけサ。何か問題でも?」


 首を傾げて問う姿には、悪びれる素振りすら見られなかった。怪我人や死人が出ているわけではないが、放置していい奴でもない。そう判断した小影は、ここで祓わなければいけないと決意を固めた。

 だがそれよりも先に、女が小影の横を通り過ぎていく。少し離れたところで振り返り、いつのまにか手に持っていたそれを揶揄うように見せつけた。


「さて、それではお嬢さんからはこれを貰っていくとするかナ。ここは退かせてもらうよ」

「なっ、あんた、いつの間に財布をっ」

「ハハッ、それでは私はここで失礼するよ。またいずれ、ね」


 慌てて懐を確認したが、財布は見つからない。当然だ、それは既に彼女の手の中にあるのだから。

 小影が追いかけようとするよりも早く、その女は夜闇に溶け込んでいってしまう。結局、小影は一人、立ち尽くすことしかできなかった。

 ぎりっと歯ぎしりが響く。それは、財布を盗られた苛立ちか、怪異を取り逃がしたことへの悔恨か。どちらにせよ最悪な気分のままで、小影もその場を立ち去っていった。


 これが二人の、最悪でクソみたいな出会いであった。

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