あの頃を覚えていますか
この文化祭という「不自由な舞台」をきっかけに、彼女たちの未来の歯車は、それぞれの方向へと静かに、力強く回り始める。
明日香は、あの遮光カーテンという扱いにくい素材を、いかに胡葉の身体にフィットさせ、美しく見せるかという「制約の中でのデザイン」に、これまでにない喜びを見出していた。
「私、こういうの、ちゃんと勉強したら面白いかもと思う。……誰かを一番綺麗に見せること。胡葉で練習できてよかったな」
彼女はこの日を境に、服飾デザイナーという明確な進路へ向かって歩み始める。
千春は、予算不足という壁を交渉と知恵で乗り越えた経験から、経営学を学ぶ道を選択することになる。
「私の難題は、“正しさと優しさを両立させること”かしら。お金ってね、夢を形にするためのただの道具なのよ」
彼女の合理主義は、後に多くの人の夢を支えるベンチャー経営者としての胆力へと昇華していく。
そして、胡葉は──。
明日香が教えてくれた、あのちらし寿司の穂じそ。
ただの飾り、押し付けだと思っていたものに、世界を劇的に変える香りと意味があることを知ったあの瞬間。
「……これ、すごい。組み合わせだけで、こんなに変わるんだ」
衣装が布の組み合わせなら、料理は素材の組み合わせだ。
料理はただ食べるだけでなく、その空間や、人の感情までもデザインするものなのだという「五感の世界」への探求心が、胡葉の心に深く灯っていた。
それは将来、彼女がフードイベントコーディネーターという道を選ぶ原点となる。
かつて劇の中で決まった、かぐや姫の台詞。
「本当に欲しかったのは、本物の愛。一途に見つめ続けて、ただ相手の幸せを願う、本物の愛なのです──」
将来、明日香がある男性に恋をしていくその姿を、間近で見つめることになる胡葉は、激しい独占欲に身を焦がしながら、この中学生の時の台詞を思い出し、心の奥で葛藤こととなるだろう。
──本物の愛、なんて……全然、分かってなかったな、アタシは……
けれど、それはまだずっと先、大人になった彼女たちにおこる未来の話。
夕暮れの体育館、片付けの喧騒の中で、胡葉は明日香に手渡された冷たいスポーツドリンクを一口飲み、その甘酸っぱさに、小さく目を細めた。
不自由さの中にこそ、真の美しさと役割がある。
中学生時代のこの眩しい一ページは、彼女たちの人生の根底に、一生消えない香りのような余韻を残して、そっと閉じられたのだった。




