中二の空は、まだ青かった
とある日「あの夏を覚えていますか?」と問われたら、あなたは何を思い出すだろうか。
──それは、まだ見ぬ自分と出会う瞬間を孕んだ、中学校二年生の一ページだった。
梅雨入り前の最後の晴れ間だろうか、空は抜けるように青く、その底に綿菓子のような雲がいくつか取り残されている。
校庭の隅に立つ桜の葉は、春先に主役を譲ったぶんを取り返すかのように、青々と風に揺れていた。
芝生の上には雑草に混じって小さなタンポポの綿毛が幾つも浮かび、生徒達の足音が近づくとふわりと舞い上る。
昼休みのとある教室。
胡葉は、自分の席の周りに集まった男子たちと、机を叩いて雑に笑い合っていた。
背中を丸めて笑う姿には、お世辞にも「女子力」なんて言葉は似合わない。
けれど、男子たちにとって、胡葉のその気取らない態度は居心地が良かった。
肩を組むような距離感で、友達の延長線上にいられる。
親近感半分、からかい半分。
それが「佐久夜胡葉」という人間の、クラスにおける定位置だった。
けれど、男子たちが予鈴とともに去り、女子たちの輪が自然と出来上がると、胡葉はすっと静かになる。
机を並べて、誰かの恋バナが始まると、さっきまでの威勢の良さはどこへやら、胡葉は適当に相槌を打ちながらノートの端に落書きを始めた。
「ねえ、部活の先輩がさ、この前──」
「へえ、そうなんだ。すごいじゃん」
興味がない、と言えば嘘になる。
けれど、彼女たちが語る「誰かを特別に思う気持ち」や「独占したいという欲」を聞くたびに、胡葉の心には冷めた風が吹き抜けるのだった。
恋愛なんて、なんだか大袈裟で、自分にはよく分からない。
ただ流されるように頷くのが、一番波風が立たないことを胡葉は知っていた。
そんな初夏のある日、ホームルームの時間に、秋の文化祭での出し物企画が持ち上がった。
胡葉のクラスの出し物は、少し捻った「竹取物語」のアレンジ劇に決まる。
問題は、主役である「かぐや姫」を誰にするか、だった。
「はーい、じゃあ投票結果を発表しまーす」
学級委員が黒板に正の字を書いていく。
その数が圧倒的に一人の名前に集まっていくのを見て、教室がにわかにざわつき始めた。
「……というわけで、かぐや姫役は佐久夜さんに決定です!」
その瞬間、胡葉は盛大に机に突っ伏した。
「はぁ!? なんでアタシがかぐや姫なのぉ!?」
顔を跳ね上げ、抗議の声を上げる胡葉に、男子たちがケラケラと笑いながら囃し立てる。
「だってお前、面白いし!」
「絶対似合うよ、笑いの神様が降りてくるって!」
男子たちの笑顔には、やっぱり半分の親近感と、半分のからかいが混じっている。
彼らにとって胡葉は、男子と対等に笑い合える「手が届く、けれど少し特別な存在」なのだ。
悪意がないからこそ、断りづらい。
「最悪……」
放課後、机に顎を乗せて愚痴をこぼす胡葉の隣で、親友の明日香は、目をきらきらと輝かせて浮き立っていた。
「いいじゃん胡葉! 絶対に合うから、やってみようよ!」
「明日香、他人事だと思って……。大体さ、かぐや姫って、寄ってくる男たちに無理難題を押し付けて振るでしょ? あの冷たい感じ、性格悪くて全然共感できないんだよね」
胡葉は口を尖らせ、眉をひそめた。
財宝を持ってこいだの、手に入らないものを持ってこいだの、求婚者たちをさんざん振り回した挙句に月に帰っていくお姫様。そこにあるのは、相手を試すような傲慢さだけに見える。
「愛だの恋だの言っておいて、結局は相手に無理をさせる。そういう勝手な押し付けみたいなの、なんか苦手」
窓の外を見つめる胡葉の横顔は、いつもの雑な笑顔とは違って、どこか頑なだった。
そんな胡葉を、明日香は不思議そうに見つめながらも、「でも、私は楽しみだな」と小さく笑った。
胡葉の心の中にある、恋愛への淡い嫌悪感。
それがこれから始まる奇妙な劇の中で、どう変化していくのかを、この時の二人はまだ何も知らなかった。




