48話 新たな味方
ハンスがルイの陣営に加わり、ルイを守る者が不足していて、リチャード一人に負担を強いていたルイの護衛にも少し余裕ができる。
リチャードの元々の役割は執事のはずだったが、その強さのために、執事と共に護衛としての役割も補ってもらっていたが、騎士として護衛をしてくれるハンスが味方に付いてくれたため、リチャードは執事としての仕事を重点的にやってもらい、護衛はハンスがやってくれるようになった。
ただ、ハンスもずっとルイの傍にいれるわけではないので、そんな時はリチャードがルイに付いているようになった。
セシリアはハンスが来る前の、いつも通りと変わらず、メイドとしての役割をこなしている。
あの暗殺者との戦いの後も、しっかりと後片付けなどを済ませてくれたのもセシリアのお陰だ。
ただ一つ問題があったのが、俺が服を着替えないまま戦ってしまい、相手の攻撃を受けた際に、俺へのダメージは一切無かったが、服に傷が付いていたらしく、それをセシリアが発見し、そのことでとても怒られるということがあった。
「もう、高い服を着たままにしとくのはやめておこう」
俺はその時、そう心に誓った。
そう思ったのは、怒ったセシリアが怖かったのもあるが、それ以上にしかられるのに耐えられなかったからだ。
普通にしかられるのならまだいいが、自分よりも年下の女性に、小さな子どもに注意するように怒られる。
精神年齢は三十歳を超えているのに、子どものように叱られるような体験は不思議な感覚だった。
戦いの後に行われた暗殺者の死体の片付けだが、俺は前回と同じようにリチャードがどこかに運んで行くのかと思っていたが、今回はどこかに運ぶことはしないようだ。
「じゃあ、この暗殺者の死体はどうするの?」
死体を運び出さずに片付ける方法が何かあるのだろうか?
「少々お待ちください。これからその方法をお見せしますので」
リチャードはそう言うと、一か所にまとめた死体の所にハンスを手招きし、何か合図をする。
ハンスが何かするのか?と思いながら見ていると、ハンスが死体に向かって手をかざす。
すると、目の前で暗殺者の死体がみるみるうちに風化していった。
段々と、死体の布に覆われていない部分から見える皮膚は、水分が抜けていき、老化したかのようにボロボロになっていくのが見える。
そして、そのうち暗殺者の死体は、元からそこに何もなかったかのように、暗殺者の着ていた服だけを残し、きれいさっぱり消え去っていた。
「これってもしかして、ハンスのスキルを発動して起こったことなの?」
もしかしたらと思い、ハンスに向かって聞いてみる。
ハンスはルイを見てニヤリと笑う。
「よく分かったな坊ちゃん!確かにこれは俺のスキルでやったことだ」
ハンスがそう答える横で、残った暗殺者の服をセシリアが片付けてくれている。
すると、そこには暗殺者がいた痕跡は何も無くなってしまった。
これがハンスのスキルの力だということは分かった。前回もスキルの名前は分かり、目の前でその効果も見せてくれた。ただ、それが名前通りの効果があるスキルなのかどうかは、よく分からなかった。
ただ、俺の味方になってくれたためか、ハンスは自分のスキルの説明をしてくれる。
「そもそも俺はスキルを隠しているわけでもないし、もう俺は坊ちゃんの味方だからこの機会に説明するが、俺のスキルは以前にも言ったかもしれないが、『スキル・《成長》』ってやつだ」
以前にもその名前を聞いたが、何を成長させるスキルなのかは、よく分かっていなかった。
一体どんな効果を持つスキルなんだろうか。
「このスキルは《成長》って名前の通り、動植物のような成長するものを俺の意思によって成長させることができる。ただ制限があって、相手に意思がある場合は俺の意思だけで成長させることはできなくて、相手の意思も必要になってくる。だが、先程の死体は意思が無いからスキルでその存在が無くなるまで成長させたってことさ」
ハンスの説明を聞き、ルイは以前のことを思い出す。
「じゃあハンスが以前、訓練場で見せてくれた汗を成長させるってどういうことなの?汗は動植物のように成長するものじゃないよね?」
「ああ、そのことか。確かに汗は成長するものではないが、俺の一部っていう扱いになっているのか、なぜかスキルが発動できるんだ。まあ、細かいことは気にすんな」
なるほどな。
動植物のような成長できるものを成長させることができるっていうスキルであるが、対象は意思の無い動植物か、相手の意思がある場合は同意が必要という感じで、ハンス自身が対象なら成長させることが可能ということか。
これは使い方によってはかなり強いスキルなんじゃないか?
「ただ、今はかなり使いこなせてはいるが、このスキルを手に入れたばっかりの頃は全くうまく使えず、失敗もかなりした。この俺の歳に見合わない老け顔だって、スキルを手に入れたばかりの頃にスキルを発動させて、失敗した代償だからな……」
ハンスはどこか悲しげにそう言う。
かなり強力な効果を持っているスキルだからこそ、使いこなすまでに時間もかかり、その過程で大きな代償も払ったってことなのか……。
その過去に何があったかは話してはくれないが、何があったのかは大体想像がつく。
ハンスの過去にはあまり触れないようにしよう。
そして、暗殺者達との戦いの時のことで、ふと思い出したことを聞いてみる。
「スキルで成長させることができるってことは、もしかして暗殺者と戦った時に、いつの間にか手に持っていた木の棒も、スキルを発動させたものなの?」
そうハンスに聞くと、先程までのどこか暗い雰囲気をしていたのがまるで噓だったかのように、元の明るい表情のハンスに戻った。
「おおっ!よく気付いたな坊ちゃん!その通りだ。あれはスキルを使って、事前に持っていた木の枝を成長させたんだ。こうやってな!」
ハンスはそう言いながら、ポケットに入りそうな小さな木の枝を取り出すと、スキルを発動させる。
『スキル・《成長》』
スキルを発動させると、持っていた小さな木の枝が目の前でどんどんと大きくなっていき、そして少し経つと、瞬く間に、先程見たのと同じくらいの木の棒へと変化していた。
「っと、こんな感じだ。どうだ?」
「す、凄いよ!凄いよハンス!!」
ハンスのこのスキルは本当に凄いスキルだろう。
成長できるものを成長させることができるスキルなんて、かなり強力じゃないか?
今、目の前でやってくれたように、小さな枝を一本持っているだけで、武器を持っていない状況でも、瞬時に武器となるものを生み出せてしまう。
これなら、素手だったとしても、小枝なんてどこにでも落ちているだろうから、どんな状況でも周りに武器となるものが存在することになる。
それに、このスキルは自分だけじゃなく相手に使えるという点もいい。
戦っている最中に、相手の体の一部分だけを成長させることができれば、相手は体のバランスがいつもと違くなり、戦いに支障が出るかもしれない。
このスキルは、そんな使い方もできそうだ。
とにかく、色々な使い方を秘めているスキルだと思う。
そんな凄いスキルを持っているのに王国三騎士団を抜けたのだから、騎士団にとっては大きな損害じゃないか?
それとも誰もこのスキルの凄さに気づいていないのだろうか?
「いや、俺も確かにこのスキル自体は凄いと思うが、そこまで使い道があるわけでもない。階級はスペシャルだが、スキル発動時に使用する魔力の量が多くて、一般人の平均くらいある俺の魔力量でも、一日に五回発動できるくらいだ。ただ五回と言っても、戦闘時に魔鎧を発動しなければいけない状況になった時のためにも魔力を残しておきたいから、実質三回しか使えないって訳だ」
そうか、誰もが俺みたいに大量の魔力量を持っているわけでもないのか。
リチャードも魔力量の関係で、一日に数回しかスキルを発動できないと言っていたから、ハンスもそうだという可能性を考えるべきだった。
ただ、一日三回でもその効果は強いと思うが、そんなに凄いスキルでも、階級がスペシャルというのは何かの間違いじゃないのか?
「まあ、このスキルのおかげもあって、俺は騎士にもなれて、騎士団に入ることもできたから、スキル発動時に必要な魔力量もそこまで気にしてないけどな」
「けど、そのスキルだけじゃなくて、スキルを発動した後に戦えるように棒術とかも訓練したんだろうから、騎士になれたのはスキルだけのお陰じゃないと思うけどな」
暗殺者の武器を払い落とした時のハンスの素晴らしい棒捌きを見たルイは言う。
それを聞くと、ハンスは褒められたことが嬉しかったのか、ルイの頭に手をやり、髪をくしゃくしゃと撫で始めた。
「流石坊ちゃん、分かってんね!そうなんだよな~!スキルだけじゃなくて、俺の実力もあってこそのスキルなんだよ!」
褒めたことでこうなると思っていなかったルイは、ハンスの手を止めようと必死に抵抗しようとするが、ハンスの腕まで手が届かないため、抵抗することができない。
どうにかやめてもらおうとしたその時、暗殺者の服を片付け終わったセシリアが助け出してくれる。
「ハンス、ルイ様が嫌がっておられますよ。そのくらいにしといたほうがよろしいんじゃないでしょうか。それと貴方ももう、ルイ様の部下なのですからもう少しルイ様に対して言葉遣いとかを丁寧にするべきではないでしょうか」
そうか、これからはハンスも俺の部下と同じ扱いになるから、こんな風に接することもできなくなるのだろうか。
リチャードもセシリアも俺に対して真面目に接してくるため、ハンスのような態度で接してくる人は、前世以来いないため、かなり懐かしく感じていたのだが、それも無くなってしまうのだろうか。
「おいおい、メイドちゃん。俺だって王国三騎士団に所属していたから、いつだって丁寧な話し方くらいできるぜ?ただ、こうして周りに誰もいない時くらい、いいだろ?それに話し方については坊ちゃんも何も言ってこないし、いいってことだよな?」
ハンスはそう言うと、俺の方を見てニコリと笑う。
俺はハンスのその言葉に同意するように頷くと、ハンスはセシリアに対し、勝ち誇ったように言う。
「ほらな!坊ちゃんが良いって言うから、俺は好きにさせてもらうぜ!ただ、きちんとした場では俺もきちんとするから、他の場所では見逃してくれよな?」
ハンスの言葉を聞き、セシリアは助けを求めるためにリチャードの方を向くが、リチャードは諦めろと言うようにセシリアに対して首を振る。
リチャードが駄目だと言うので、セシリアも諦めたのか、それ以降はハンスの話し方に対して、何も言わなくなった。
今も部屋にハンスとセシリアがいるが、俺と話すハンスの話し方に対して、セシリアは何も言ってこない。
心の底では、何か思っている可能性があるが、何も言わないことに決めたようだ。
「ところでハンス、あの日以来、暗殺者がこの部屋に来たことってあるの?」
ハンスは顎に手を当てながら答える。
「あの日以来、暗殺者が何回か坊ちゃんの命を狙いに来ているが、まだ人数も少ないし、ほとんどが夜に襲いに来るな。ただ、俺とリチャード様も、ちゃんと返り討ちにしているから大丈夫だ」
朝起きても何事も無かったかのように三人とも過ごしているから、てっきり暗殺者が来ていないのかと思っていたが、どうやら毎日のように来ていたようだ。
ハンスに聞いておいてよかった……。
俺に心配をかけないためか、誰も教えてくれないから知らなかった。
俺も夜に起きていたら、手伝ったのに。
「まあ、それが俺の仕事だから、坊ちゃんはぐっすり寝ててくれよ!もし、危険な時があったら、そん時はたたき起こすから覚悟しといてくれよ!」
「それなら、お言葉に甘えることにするよ」
自分の命の安全のためにもハンスを味方に引き入れたものだしな。
俺が戦うのは、ハンスが言う通り、もしもの時だけにしておこう。
決闘当日まで、そういう時が来ないことを願うがな。
決闘当日で思い出したが、そういえば、決闘を行う日はいつになったんだろうか。
「そういえば、決闘を行う日程はもう知らされた?」
俺がそう聞いてみると、部屋にいるハンスもセシリアも驚いた顔でこちらを見てくる。
「坊ちゃん、とっくに知らせが来てるぜ?」
「もしかしてルイ様!?お読みになられていないのですか?」
二人の反応を見て、俺だけが知らなかったことに気が付いた。
俺の言葉を聞いて驚いた顔をしたセシリアが、テーブルに置かれていた一枚の紙を俺の下へ持ってくる。
俺はセシリアが持ってきてくれた紙を見る。
そこにはしっかりと決闘に関する日程や、決闘のルールなどの内容が書かれてあった。




