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甘施無花果の探偵遊戯  作者: 凛野冥
桜野美海子の逆襲・探偵学校編
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〈エピローグ〉(終)

 行ったり来たりで大変だったけれど、警察を撒くのに手間取るよりはいいので、無花果と僕は〈探偵病院〉側から外に出た。織角ちゃんが車をこちらに持ってきてくれていた。先ほど、久井世冬詩の墓へ行く前に、無花果が校庭でおかしな体操をしていたのは、体操じゃなくてメッセージを送っていたらしい。ならば織角ちゃんも、昨日からずっと、校庭を監視できる位置で張っていたということになる。ご苦労様。

 また、ご苦労様と云えば、覇唐さんと白山書店の二人も、僕らがこちら側から出て行くだろうことを予想して、他の皆が通報なり何なりしようとするのをあれこれ理由を付けて引き留めてくれていたようだった。二人には、僕が礼と併せて、事の顛末を簡単に説明しておいた。ちなみにバイオレント紅代は、ジェントル澄神もろとも白山書店が仕掛けておいた罠に掛かり、現在は拘束されているとのことである。おそらくは彼女が――あくまで自らの目的のために――妄想ばかりで実行力に欠ける桜野を何かとサポートしていたのだろうが、ならばこちらこそご苦労様だ、本当に。

 さて、無花果と僕が後部座席に乗り込むと、道路交通法なんて完全無視の少女ドライバーは振り返って訊ねた。

「無花果お姉ちゃんが予約した便は明後日だよね。どうするの?」

「空港近くのホテルに宿泊しますよ。適当に向かってください」

 車が発進。相変わらず乱暴な運転だ。織角ちゃんにはこういうところがある。

「飛行機なんて予約してるのか?」

「はい。オーストラリア行きですよ。私達の新生活が始まる土地です。資産も大方、移してあります」

「聞いてなかったんだけど」

「云ってませんでした。壮太が私と桜野美海子のどちらかを選択するのに、私の側が今後の予定を話していてはフェアじゃありませんから」

「探偵を辞めるだけじゃなくて、海外移住までするとは……」

「どのみち、国内には敵をつくり過ぎましたからね、そろそろ限界でしょう。重ねてきた悪事が明るみとなってしまいます」

 悪事……まぁ悪事か。誤魔化しようがない。

「でも壮太お兄ちゃん、本当に無花果お姉ちゃんを選んだんだね。偉いね」

 運転しながらチラチラ振り返って会話に参加してくる織角ちゃん。前を向いてくれ。

「せっかく、無花果お姉ちゃんによる暴虐の日々から逃れるチャンスだったのに。それとも壮太お兄ちゃん、やっぱりマゾなの?」

「当たり前でしょう。私に蹴り飛ばされることでエネルギーを充電しているどうしようもない変態ですよ、この男は」

「好き勝手云ってくれるな。僕に選ばれなかったら、どうするつもりだったんだ?」

「代わりに織角を連れて行きますよ、オーストラリアに」

「そうなの。だから壮太お兄ちゃんが愚かな選択をしてくれて助かったよ。これで私はパシリから卒業できます」

「見逃していてやれば、随分と生意気な口を利きますね。後でお仕置きですよ。友達が増えたからって偉くなったつもりですか」

「へぇ、逆様様以外にも友達が? 僕の知ってる人?」

「うん、推理作家の妃継百華お姉ちゃんと、その後見人の府蓋千代お姉ちゃん。逆様ちゃんは今、百華お姉ちゃん・千代お姉ちゃんの家にお泊まり中だよ。それに弥魅お姉ちゃんとか、他の〈悪魔の生贄〉のお姉ちゃん達にも良くしてもらってるし」

「はっ、ろくな人間がいませんね」

「友達がいない無花果お姉ちゃんが云っても、強がりにしか聞こえないよ」

「私には夫がいるからいいのですよ。まったく。貴様は運転だけしていなさい」

 どうにも織角ちゃん相手には弱い無花果だ。お姉ちゃんと呼ばれてまんざらでもないせいだろう。

「無花果お姉ちゃんと二人じゃ嫌だけれど、オーストラリアは羨ましい。お金の心配がない人にはとても住みやすそう。でも壮太お兄ちゃんとか英語できるの?」

「運転だけしていなさいと云っているでしょう」

「うーん、オージー英語か。すぐ慣れるかなとは思うけど、」

 それよりも。

「作家業はともかく、探偵の語り部としての生き方をずっとしてきたからね、オーストラリア云々以前に、そもそも生き方について考えないといけないかも知れない」

「大丈夫ですよ」

 無花果が、僕に微笑みかけた。

「私も探偵としてでない生き方は初めてと云えますが、何も心配していません。非常に楽しみです。それに、考えている暇などないと思いますよ。一年も経たないうちに、親としての生き方が始まりますから」

「え? まさか無花果――」

「はい、妊娠しているようです」

 車がギャギャギャギャギャと大きく揺れた。織角ちゃんも知らなかったらしい。

「……それも、お前か桜野かの選択に公平を期すために、教えなかったのか?」

「そうですね。これは私が探偵を辞めることを決めた理由のひとつでもあります」

「むしろそれを知っていたら、壮太お兄ちゃんは無花果お姉ちゃんを選ばなかったんじゃない?」

「そんなことないよ。僕をどんな奴だと思ってるんだ」

 嬉しい――のか何なのかは、今はただ驚きしかなくて、分からないけれど。

「織角、やはり貴様は私が日本を出る前にもう一度、徹底的に教育し直さなければなりませんね――ちょうど良い予行演習にもなりますし。ところで壮太、」

「うん?」

「これを訊ねるのは野暮ですが、訊ねさせなさい。どうして私を選んでくれたのですか?」

 ……なぜだろう。そうしたかったのだというのは確かだけれど、無花果も云っていたように、感情とはそもそも言語化できないし、理屈で紐解けない。

 しかし、曲がりなりにもこれまで作家をやってきたのだ。ならば言葉を探してみようじゃないか――と思ってふと湧いた言葉が、あんまり月並みで、やっぱり僕は作家としては落第だなと再認識させられたが――仕方ない。

「愛してるから、と云ったら嘘っぽいかな……?」

「いいえ」

 意外なことに、落胆はされなかった。

「たしかに下手な嘘という感じですが、貴方は嘘だけは上手いですからね、逆説的にそれは本当と分かります。それに貴方が私を愛しているということは、私がよく知っていますので」

 満足そうに、僕に凭れ掛かる無花果。

 なら良かった――と、僕も安心して無花果の肩を抱く。

 そんな僕らの姿を見て、織角ちゃんは呆れたように溜息を吐いた。

「文字どおりの〈おめでた〉で、それが〈オチ〉?」

「これが物語であったなら〈オチ〉ですが、私の探偵活動は遊戯でしたから、さしずめ〈あがり〉といったところでしょう」

「おお。そいつは縁起が良いな」

 成長なのだろうか。無花果にしては珍しく、趣味の良い〈あがり〉であった。

 探偵でない甘施無花果と、語り部でない塚場壮太の、新たな人生が始まる。





【桜野美海子の逆襲・探偵学校編】終。

『甘施無花果の探偵遊戯』終。

20歳の春から22歳の夏にかけて書いた小説でした。

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