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La jalousie nous fait fou.③

 僕がした些細な悪戯の効果は、じわじわとシフォンを追いつめているようだった。僕を取り巻く女の子たちの雰囲気が違う。それにシフォンの顔色もよくない。

 しかし、さすがに僕の前で堂々とシフォンに嫌がらせする子はいなかった。

 あの日までは。


 それは、魔法力学の授業直前のことだった。


「シフォン・アンソニー」


 教室に入ると、シフォンの前に一人の女子生徒が立ちふさがった。

 エリザベートという名の女子生徒で、僕にかなり熱を上げている女子生徒の代表格だ。その少し離れた場所には、ずらずらと彼女の仲間たちが並んでいた。


「おはよう……えっと、エリザベート」

「おはよう、じゃないわ。あなた一体、何様のつもりなの?」

「え?」

「ヴィクター様はともかく、ミゲル様にまでも手を出すなんて!」


 予想通り、彼女の要件は僕のことだったらしい。エリザベートは、シフォンが僕にも惚れ薬をぶっかけたと思っているに違いない。厳密にいえば、シフォンは誰にも”惚れ薬”はかけていないのだけれども。

 しばらくの間様子を見ていたが、ほどほどにヒートアップしたところで、僕はすっと彼女たちに歩み寄った。


「何してるの?」


 首をかしげて尋ねてみれば、エリザベートをはじめとする女子生徒たちの顔色が変わった。シフォンはといえば、助かったとほっとしているような、面倒ごとがやってきたと思っているような、微妙な表情をしていた。


「み、ミゲル様」

「この子、僕の大切な友達だからさ、あんまり虐めないでくれる?」


 こんなことを言ったら、シフォンへの嫌がらせはひどくなる。

 そう分かってはいるものの、僕はやめられない。


「ミゲル様は騙されていらっしゃるんです! そもそも彼女にはヴィクター様が!」

「いや、いないけど」


 シフォンがヴィクターとの仲を否定してくれて、うれしいような、もどかしいような、わけのわからない気持ちに襲われる。


「うん。だから、僕の親友の大切な人だから、大切なんだよ。特別なんだ」


 僕が極上の笑みを浮かべて言えば、女子生徒たちは怒りをあらわにして、シフォンをにらみつけた。しかし彼女たちは僕と喧嘩する気はないようだ。シフォンはシフォンで、ほとんど口説き文句のようなものを言われたのに、まったくもって動じていない。それどころか、ひどく冷めた目で僕を見つめていた。


 そんなゴタゴタがあって、僕はなかば無理やりシフォンと共に授業を受けた。ペアワークも彼女と一緒にした。さすがにこの殺気立った教室で、女子生徒のペアを探すのはシフォンでも難しかったようだ。

 いつもなら絶対に承諾しないのに、今日はしぶしぶながらも僕とペアを組んでくれた。


「シフォン。食堂に一緒に行こう」

「え? これ以上一緒にいたくないんだけど」


 授業が終わってそう誘うと、シフォンはつれない返事をする。しかし僕は首を横に振ると、周囲を一度見回して見せた。


「僕と一緒にいたほうが安全だと思うけど?」

「それは……」

「ほら、いくよ」


 僕といた方が、今は安全だ。

 ただし、僕が離れた後、どうなるかは知らないけれど。シフォンはそれが分かっていながらも、今日は僕と一緒にいることに決めたらしい。

 

「そういえばさ、この前も聞いたけど、シフォンはどうして今のヴィクターが嫌なの?」

「え?」

「だって、優しい方が良くない? それに、あんなに大切にされて悪い気しないでしょ?」


 僕はこの質問の答えを、本当はシフォン自身よりも理解している。

 今までは、はっきりと彼女の口から聞きたくなくて逃げてきたが、もう良いのだ。

 シフォンに嫌われたくないという気持ちはどこかへ消え去っていった。むしろ、嫌ってほしい。嫌われて、彼女の視界に残った方がいい。ヴィクターがシフォンとの距離を詰めてきた以上、僕に入る余地はない。

 それに僕が嫌われた方が、ヴィクターも安心だろう。

 シフォンとの関係は諦めても、ヴィクターとの友情は諦められない。

 それでも、ヴィクターの恋を素直に応援もできないから、僕はシフォンに小さな嫌がらせを繰り返す。最低だ。


「……あれはヴィクターじゃないわ。あんなの違う。それにこの優しさも全部嘘だって思っている今の方が、意地悪されている時より悲しいの」


 シフォンは目を伏せてそんな風に言った。

 

「たしかに私は理想を語ったけど、だからって、もともとそうじゃない人がそれを演じていても、好きにはなれないの。今のヴィクターを見たら、何故か、いつもの意地悪だけど案外、気が利いて稀に優しさのあるヴィクターのが良いって思えるしね」

「へえ……なるほど」

「それに、好きな人に嘘はついてほしくない。嘘をつく人、嫌いなの」


 覚悟していたのに、心臓が握りつぶされたかのような、そんな痛みを感じた。嘘だらけの僕に、シフォンは平気でそんなことを言う。


「僕のことは嫌いなんだね?」


 まっすぐに彼女を見て、僕は問いかける。

彼女は一瞬の迷いの後、正直にこう言った。


「好きじゃないわ。あなたの言葉は、無邪気で残酷な嘘を抱えてる」

「騙されてくれない子は、嫌いじゃないよ」


 精一杯の虚勢をかき集め、僕は笑ってそう言って見せた。この言葉に嘘はない。

 騙されてくれないからこそ、僕はシフォンが気になったのだから。

 そう考えた時、ふとステラの顔が思い浮かんだ。彼女もまた、騙されてくれなかった子だ。そしてシフォンよりも、もっと僕を理解している。


「シフォン!」


 食堂に着くと、ステラとヴィクターがそこにいた。ステラはシフォンに声をかけると、笑顔で手を振った。そして、僕の顔を見て、少し驚いたような顔をした。


「二人で来たのか?」


 そんなステラの反応を吟味する前に、ヴィクターが僕に鋭い視線を向けてきた。たとえこれが薬の効果だと知っていても、ヴィクターにそんな顔をされるのは堪える。


「授業が一緒だったからね。君のお姫様をエスコートしてきたよ。ほら、僕は席を取っておくから、料理を取ってきな」

「私も席を取るので残るね、シフォン」

「え、ミゲルだけでいいじゃない」

「ほらほら、ヴィクターと行ってきてあげて」


 ステラはそういうと、半ば無理やりのようにシフォンとヴィクターに食事を取りに行かせた。


「どうしたの? 何があったの?」


 そして四人分の席を確保して座ると、ステラは小さな声でそう聞いてきた。彼女はやはり鋭い。彼女の言うところの“本当”の表情を僕は出してしまっていたのだろう。


「どう見える?」

「……投げやりに見える。もういいって、吹っ切れたんじゃなくて、諦めたように」

「……ステラは本当に鋭い。そして正直だね」


 この今の状況が諦めたという状況なのなら、やはり僕は失恋したのだろう。

 この思いを恋と呼びたくはなかったけれど、シフォンに何の感情も抱いていなかったと言うには、僕はまだまだ子どもすぎた。


自棄やけにならないで。何があったのか分からないけれど、シフォンと……」

「ステラ。交代!」


 ステラが言い終える前に、シフォンとヴィクターが戻ってきた。

 僕はほっとして立ち上がると、食事を取りに行く。一緒に立ち上がったステラは何か言いたげな表情をしていたが、結局何も言わなかった。

 やはり彼女はよく分かっている。

 僕が言って欲しくないと思ったから、彼女は思いとどまっているのだ。





 僕は結局、その後も自分を取り巻く女の子たちを止めることをしなかった。

 シフォンに彼女たちが何をしようと、傍観を決め込むことにした。

 それはやはり、シフォンとヴィクターへのささやかな嫌がらせでもあったし、この時はまだ、シフォンに決定的に振られたことを、根に持っていたからだった。




 僕がシフォンとヴィクターとの間で、うまく取り繕っていたバランスは、あっという間に崩れ去った。

 シフォンがヴィクターに自白剤を飲ませた時点で、全てが変わってしまったのだ。


 だから、魔法芸術の発表の日、具合の悪そうなシフォンを見ても、ささやかな嫌がらせを止めることができなかった。


「おい、ミゲル」

「何?」


 具合の悪そうなシフォンをあえてかばったことで、女の子たちの感情が一気に負の方向に振れた。それをヴィクターも気づいたようだ。


「どういうつもりだ?」

「どういうつもりって?」

「あんなこと言えば、シフォンにしわ寄せが行くだろ? お前にしては軽率すぎるんじゃないか?」

「僕はいつでもこんな感じだよ」

「そんなことない。いつもならそれとなくシフォンを庇うだろ? あんな相手を刺激するやり方じゃない」


 ヴィクターはいつも以上に踏み込んでくる。おそらく薬の効果で、ためらいがなくなっているのだろう。

 彼はきっと、心のどこかで気付いている。僕がシフォンに対してどう思っているか。

 しかし、僕がそれから逃げているから、気付かないふりをしてくれているだけなのだ。しかし薬でそんな遠慮がない今、ヴィクターからどんな言葉が飛び出すか不安だった。

 シフォンだけでなく、ヴィクターにまで引導を渡されるのは辛い。


「ちょっとした、イタズラだよ。それでシフォンになにかあったら……その時は殴ってくれていい」


 だからそう言って逃げるようにヴィクターから去った。

 僕はヴィクターの反応を確かめはしなかった。そんな勇気は、なかったのだった。

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