Sa curiosité l'a poussée à regarder se coeur.
ステラ視点。
本編終了直前までの話。
本編終了後のステラのお話しは、ミゲル視点の後に投稿する予定です。
その人を見たとき、まず綺麗だと思った。そして、ちょっとだけ、興味がわいた。
さらっとした銀色の髪。丸い目の中で輝くルビーレッドの瞳。彼はいつも天使のように微笑んでいるけれど、目は笑っていない。
どうしてあの人は、あんなにすべてに絶望したような表情をしているんだろう。
「ステラ、どうしたの?」
友達になったばかりのシフォンが立ち止まって私に問いかけた。
「ううん、なんでもないの」
私は無理やり彼から視線を外して、シフォンを追いかけた。
入学してから三日目にして、私はミゲルという少年に強い興味を持ってしまったが、さすがにこれをシフォンにはまだいうことができなかった。
私はあまり自分の考えを述べることが得意ではなかった。その点、シフォンはストレートにものをいうことができて、私の憧れだ。それに、とても美人でもある。
「そっか。じゃあ、また明日ね」
「うん」
この子と友達になれて良かった。私はそう心から思いながら微笑んだ。
数か月たつと、シフォンがどれだけ努力家で、才能にあふれた人間か私は思い知ることになる。彼女はヴィクターという少年と並んで、ほとんどすべての教科で学年のトップを争っていた。
二人はライバルとしていがみ合っているのだけれど、どうやらヴィクターのほうは、シフォンにほだされつつあるみたいだった。
私はそんな親友を見つめながら、時折、ミゲルを観察した。
彼はいつ見ても、何の表情もうかがい知ることができなかった。
いつも笑っているけれど、いつも無表情だ。
彼を天使と呼んで取り巻く女の子たちには、もしかするとミゲルの本当の姿が見えているのかもしれない。
私には見えない。それが、悲しい。
そんなことを思う頃には、私はどうやらミゲルという少年に恋をしているらしいと自分でそう思うようになった。
あの少年は、どうやったら、心の底から笑うのだろうか。
あれだけかわいい女の子たちに囲まれても、彼はうまく笑うことができないのだ。
「ねえ、シフォン」
「なあに?」
「私、ミゲル君のことが好きみたい」
「え!?」
もうすぐ二年生になるというころ、私はシフォンに思い切ってそう打ち明けてみた。
シフォンは目を大きく見開いて、叫んだ。
どうやら、かなり衝撃的な告白だったらしい。
「どうして、どうしてミゲルなの?」
私はシフォンの言葉を聞いて、とても安心した。ああ、シフォンにも、ミゲルの本心は見えていないんだなと。
どうして好きなのか言われたら、ちょっとうまくは説明できない。
たぶん、彼の顔がとても愛らしくて、美少年だからということも理由の一つとしてある。
嘘と虚飾にまみれた彼の本心に興味があるというのも、きっとそれもまた理由の一つ。
でも何よりも、あの何も映さないルビーレッドの瞳にとらわれてしまったのだ。何からも目をそらす彼の視界に入りたいと望んでしまったのだ。
「……秘密、かな?」
「秘密! そっか……そっか……」
上手く説明できる気がしなくて、秘密といってごまかした。すると、シフォンはそっかと言って、それ以上は追求しなかった。
シフォンのこういうところは素敵だと思う。彼女は自分が人にはっきりと物をいう分、できるだけ相手の主張を聞こうと試みているようだった。そして相手が言わないと決めたなら、彼女はそれ以上聞き出そうとはしない。
だって、私にもちょっとよくわからない。
私のミゲルへの気持ちは、ちょっと不思議だった。私はずっと彼を見つめていて、彼がいつか、本物の表情を浮かべる瞬間を待ち望んでいた。
しかしその瞬間はまったくやってこない。
それに、私がこんなに彼を見つめていても、彼は決して私を見ようとはしなかった。彼をとりまく女の子たちには、偽物だとはいえ、笑顔を浮かべ、優しげな視線を向けるというのに。
でも、私は彼に自分から近づくのは怖かった。おそらく、彼を前にしたら私は言葉を失ってしまう気がした。だってあのルビーレッドの目に見つめられたら、それだけで私は満足してしまう気がするから。
シフォンはヴィクターと話すとき、ついでとばかりにミゲルと話すこともあるようだった。でも私は、ただその様子を見つめるだけ。シフォンが私も会話に入れてくれようとするのだけれど、私は反射的に首を横に振って断ってしまう。
そんな私には、ミゲルと話す瞬間なんてやってこないだろう。そう思っていた。
しかし、ある時、思わぬところからその機会を得る。
シフォンがヴィクターに魔法薬をぶっかけて、大騒動になったときのことだ。
「だから、可愛い友達の友達と仲良くなるために、この子を借りてもいいかな、シフォン?」
ミゲルが私に近づくとさっと私の腕をとった。今の今までずっと私のほうをみたこともなかったミゲルが、私の腕をとっている。
私は困ってしまって思わずシフォンを見た。
すると、シフォンは急に意味の分からないことを言い出した。
「あなたも惚れ薬、少しだけ被っちゃった?」
ミゲルが惚れ薬を被るはずがない。彼はシフォンとは違う教授の授業をとっているのだから。それでもなぜかミゲルはそれを否定はしなかった。
「……そうかもね。でも、ヴィクターと違って、あくまでも友達として好きだよ。だからこそ、シフォンの友達とは仲良くしたいなって」
「いいわ。許可する。くれぐれも大切にしてね」
「分かってるよ」
「さ、行こう。ステラさん」
「あ、えっと……その……」
どうやら助けてはくれないらしい。私はずるずると彼に引きずられていった。
心臓が高鳴っている。ずっと見つめ続けてきた人が、傍にいる。ある程度、シフォンたちから離れたところで、彼は私の腕を解放した。
そこで初めて彼は私の目を見た。
そして、いつもと変わらない心のこもらない笑顔を浮かべて、愛想よく言った。
「ちゃんと話すのは初めてだね」
「あ……はい」
私は上手く言葉がでなくて、小さな声でしか返すことができなかった。
すると、ミゲルは何げないことのように笑いながら、言った。
「でも、いつも見てくれてるなって思ってたんだ」
「……え?」
彼はそういうと、ふっと視線を私から外してしまった。
それがたまらなく惜しくて、私は思わずミゲルの腕をつかんだ。自分が彼を見つめていたということがばれていても、構わないとさえ思えた。
嘘でいい。その視線に感情がなくてもいい。今だけでいいから、私を見てほしい。
あふれだす心は、私を行動させた。
「どうしたの?」
「ずっと見てました。今、だけでいいから、私を見てください」
私はまっすぐにルビーレッドの瞳を見つめてそういうと、できるだけ自然な笑顔を浮かべようとした。しかしそれは上手くはいかなかった。
私がこんなに勇気を振り絞っても、彼は全く動揺していない。彼は天使と言われる美しい笑みを浮かべてゆっくりと首を傾げた。
「ねえ、僕のどこが好き?」
「どこがというか……なんというか……好奇心なんです。私、知りたいんです」
「好奇心……か。面白いね」
面白いという言葉だけが上滑りする。彼はきっと、多くの女の子たちにありとあらゆる告白を受けてきたに違いない。うまく自分のことを伝えられない私が、彼を驚かせられるようなことを言えるとは思えない。
しかし、一度開き直ってしまうと、案外、ミゲルと話すことはシフォンと話すのと同じように、あまり言葉をつっかえずに言えることに気が付いた。
「知りたいって思ったら、止められなくて。ずっと見てしまっていました」
「ありがとう。でも――」
「――どうして、すべてに絶望しているのかなって。私はそう思って、たぶん、好きになったんです」
すらすらと言えたとしても、論理も何もないつぎはぎの言葉は、予想外にミゲルの心を刺激したようだった。一瞬、彼が眉をひそめたのが分かって、私は思わず微笑んでしまった。
その表情が、私が初めて見た、彼の”本物”の心だった。
「わからないんです。自分でも。でも、今みたいな、本当の表情を知りたいって、思ったんです」
「今、みたいな?」
「だって今、眉をひそめたでしょう?」
ルビーレッドの瞳が大きく見開かれた。彼は本当に驚いている。嘘でなく虚飾でなく。
それがこんなにも嬉しいだなんて、私は思わなかった。
嘘でもいいから私を見てほしいと思ったけれど、彼の本物の感情を、少しだけでも垣間見ることができるだなんて。
「嘘だらけで、一つも本当がないミゲルさんの、本当が知りたいと思ったんです。突然こんなことを言ってごめんなさい。どうして好きなのか、うまく伝えられなくてごめんなさい」
私は思わぬ幸運にやや興奮しながら、早口でそうまくしたてた。するとミゲルはいつもの笑みを止めて、すっと真剣な表情で私を見た。今、彼は私を見ている。間違いなく、私を。
「なるほど。これは……僕も謝らなくちゃいけない。恥ずかしい勘違いをしてたみたいだ」
「勘違い?」
「……ステラ。敬語は使わなくていいよ。同級生だからさ」
「あ……うん」
どうしていきなり呼び捨てになったんだろう。
私は不思議に思ったけれど、それよりも、ミゲルの顔に私は見とれていた。いつものような愛想のよい笑みは浮かべていないけれど、彼の本心がうかがい知れる今の顔は、いつもの数百倍素敵だった。
「ちなみに、どうして僕に見てほしいと思ったの?」
「だって、私を見てくれたことがなかったから……。私を見たくないように思ったの。でもそれは、私が見つめすぎていたせいだったんだね」
「……半分あたりで、半分はずれ。親友の大切な人の大切な人だから、あんまり傷つけたくなかったんだ」
私はじっと彼を見た。その言葉は、きっと、本当が半分、嘘が半分だ。
「本当はシフォンがちょっとぐらい傷ついてもいいって思ってるんでしょう? 親友をとられたから」
「……君は、本当に僕のことが好きなわけ?」
あ、ちょっとだけ苛立った顔が見れた。
私は自分で自分が普通ではないことを自覚していた。どうして彼に惹かれるのか、きっと誰も理解してはくれないだろう。彼のような闇を抱えた人間に、どうして堕ちてしまうのか。
でも理由はないけれど、好きな人が何をしていても、やっぱりいとおしい。それが好きっていうことなんじゃないだろうか。もしかすると、いつか夢から覚めるみたいに、好きっていう気持ちがなくなってしまうのかもしれない。
それでもこの気持ちがある間は、きっと私は彼の観察を止められない。
彼が見せる”本心”を、見逃さないためにも。
「うん。嘘ばかりだからこそ、たまに見える本心が、とてつもなく興味を引かれるみたい」
「……僕は君が理解できそうにない」
「そうだね。私もきっと、理解できない」
呆れたようにいうミゲルに、私はなんだかおかしくなってくすくすと笑ってしまった。
ただ、どうやらこの会話で、ミゲルの中で私の評価が少し変わったらしい。
これ以降、彼は私にも視線を向けてくれるようになった。それはいつもの偽りの笑みを伴う時もあれば、どこかいらだった様子の時も、あきれた様子の時もあった。
彼と関わればかかわるほど、私の恋心は膨らんでいった。
私はバカだったから、それが何を犠牲にして得た時間か、知らなかったのだ。
ヴィクターとシフォンの魔法薬騒動から一週間近くたったある日、事件は起きた。
その日はシフォンがとても具合が悪そうだった。おそらく魔法芸術の授業で発表があるから、根を詰めて練習をしたんだろう。
シフォンは非常に努力家かつプライドが高いので、自分が納得するまで練習しないと人前で発表するなんてことはできないのだ。
私は魔法芸術があまり得意ではない。意外だとよく言われるけれど、私は見た目に反して繊細な作業が向いていない女の子だった。
シフォンの素晴らしい発表を見たあと、しばらくしてようやく私の順番が回ってきた。私は自分のことでいっぱいいっぱいで、シフォンの様子を気遣ってあげることはできなかった。
発表を終えて、ヴィクター君の花の演出を見たとき、これはきっとシフォンのためなんだろう。そう思ってシフォンを振り返り、ようやく彼女がいないことに気が付いたのだ。
「ヴィクター君!」
授業が終わるなり、私は彼のもとへと急いだ。
「シフォンがいないの! 知らない?」
彼は私の言葉を聞くなりさっと顔色を変えて走り出した。
彼に心当たりがあるのだろう。そう思って私も一緒に走り出す。ミゲルもいつの間にか、私の隣でならんで走っていた。
「シフォン!」
私たちが追いつくより先に、焦ったようなヴィクターの声が届いてきた。そしてそれと同時に数人の女子生徒の悲鳴も聞こえた。
何が起こったのか、わたしはすぐには理解できなかった。
ただ、シフォンは意識を失っていて、ヴィクターが彼女を抱えていた。
「わ、わたし……そ、その子が具合が悪いなんて思わなくて!」
地面でころがっている女子生徒の一人が、震える声でそう言った。ヴィクターは怒っているようだった。言葉を発した女子生徒をにらみつけると、ふと顔をあげて私とミゲルを見た。
「ミゲル!」
彼は非常に素早く立ち上がると、ヴィクターはミゲルにあっという間に近づいて、そして彼の顔面を思い切り殴りつけた。ミゲルの小柄な体が吹っ飛ぶと同時に、女子生徒たちの悲鳴が再び上がる。
私はヴィクターのエメラルドグリーンの瞳が理性を失っていることに気が付いて、思わず一歩踏み出し、そして詠唱した。
「Mitescere!」
一瞬、ヴィクターが足を止め、私のほうを見た。彼はきょとんとした様子で、我に返ったかのようにも見えた。しかし次の瞬間には、再び彼の目に怒りが戻り、ミゲルを視線にとらえた。
私のつたない魔法では、彼に精神作用系の魔法をかけることは難しかったようだ。
「何してるの! 止まりなさい!」
するとそこへ女性の教授がやってきた。彼女は一括すると、私と同じ呪文を唱えた。
「Mitescere!」
すると、ヴィクターはさっと教授のほうを見て、そして視線にシフォンを入れた。彼はすぐにシフォンにかけよって慌てたように彼女の脈をとる。
教授はざっとその場を見渡すと、こめかみを押さえて、ヴィクターに言った。
「シフォン・アンソニーを治癒室へ運びなさい。あなたが付き添うのよ」
「……はい」
ヴィクターは素直にうなずくとシフォンを抱きかかえ、歩き始める。
教授は一度私とミゲルを見た後、完全に腰が抜けてしまっている女子生徒たちに近づいた。
「あなたたちはこのまま学校長室に向かいなさい。逃げても無駄よ。全員の名前を私は覚えているわ」
「で、ですが……私たちは何も……」
「校則を破っていない? この学校では魔法の行使を禁止していないし、生徒同士で魔法をかけあって練習することも禁じていない。でも五年生のあなたたちが、二年生相手に魔法を一方的に使うことが、許されるかどうか、学校長の判断を待つのね」
教授はテキパキとした口調でそういうと、今度はミゲルのほうへ歩き、彼の頬にそっと触れた。
「あなたも治癒室に言ったほうがいいわね……あなたの場合は自業自得だと思うけれど」
「教授にも原因があるのでは?」
「……まったくもってその通りよ。私も学校長に報告しなければいけないようだわ。無駄ないたずら心を発揮するのはよくないわね。……そこのあなた、この子を治癒室に連れていってくれる? 私は急いで調合しないといけない魔法薬があるの」
教授は、私にはわからない会話をミゲルと繰り広げた後、頬を真っ赤にはらした彼を私に預けて、その場を立ち去ってしまう。
私はミゲルにそっと近づいて、頬に触れた。思い切り殴られたそこは熱をもっている。
「大丈夫?」
「……今回ばかりは、自業自得だから、気にしないで」
「自業自得?」
「あそこのお姉さま方、僕のファンなんだよ。その僻みを君に向けないために彼女が体を張った。それでちょっとからかうというか……そうだね、君の言う通り、親友をとられたから嫌がらせであのお姉さま方の神経を逆なでするようなことを僕がしたんだよ。結果はこのざまさ」
「惚れ薬云々のくだり……私をかばうためだったんだね」
ああ、いまさら気づくなんて、私はなんて馬鹿なんだろう。
一年前、ヴィクターとシフォンが仲良くなったときも、彼女は嫌がらせにあっていた。しかしその時は、ヴィクターがどうやら何かを言ったらしく、ある時を境にぴたりと嫌がらせはやんだのだ。
今回も同じようなことになっていたらしいが、ミゲルと話せて舞い上がっていた私は、まったく気づくことができなかったのだ。
「とにかく今は治癒室に行かないと」
私がそういってミゲルに手を差し出すと、彼は首を横に振った。
「いいんだよ。殴られた跡があったほうが、シフォンの気だって収まりやすいだろうし」
「何を言ってるの? 謝りに行くんだよ、シフォンに。気づかなかった私も悪いけど、そもそもの原因を作ったミゲルは謝らなくちゃだめ」
彼がシフォンに意地悪をした理由はわかるが、私はそれに関しては納得はできなかった。だからこそ、何が何でも彼には謝ってもらわないと、と意気込んで半ば強引にミゲルを引っ張って立たせた。
ルビーレッドの瞳が私に向けられて、そして、その瞳に初めて恐れが浮かんだ。そして彼は、一瞬の沈黙ののちに問いかけてきた。
「僕のこと、嫌いになった?」
私はその問いかけにちょっと言葉につまった。
嫌いになったかどうかといわれると、答えは否だ。彼の行動が親友を傷つける原因になったとはいえ、それと私の恋心は別に動いてしまっているのだから、やっぱり私は酷いのかもしれない。
「……嫌いというか、ちょっと私は怒ってるよ。それは自分に対しても同じだけど」
「そ……っか。参ったな……」
私の答えに、ミゲルは視線を伏せながらそうつぶやいた。
その時の私は、自分がシフォンについてなにも気づけなかった罪悪感と、シフォンの容態がどういうものかという心配で、ミゲルの表情の変化に気づくことができなかった。