La jalousie nous fait fou. ①
ミゲル視点。
本編開始よりちょっと前からはじまります。
かわいい、かっこいい、天使。
見た目に関するありとあらゆる賛辞は、物心つく前から僕には当たり前のことだった。
しかしある時、ふと、僕の存在意義はこの人よりも優れた見た目だけであることに気がついた。この見た目に反する行動をすると、みな残念そうな顔をするのだ。
そう気がついた時から、僕は見た目に沿う、つまり期待に沿うような行動をとることにした。
天使のような笑みを振りまき、誰のものにもならなければみんなが満足する。誰かと付き合ったこともあったけれど、僕は決して他の女の子との付き合いを止めなかった。なぜなら、その付き合った子もまた、僕にとっては大勢いる中の一人だったからだ。
付き合ったのは告白されたから。
好きだから付き合う? そんなの誰が決めたルールだろう。
それでも付き合う子はみんな、一ヶ月もあれば、嫌になって僕と別れた。理由は様々だ。いじめられたり、僕が彼女だけを見ることがないという事実に打ちのめされたりなど。
僕と深く関わった子は不幸になる。
僕はそれを知っていたけれど、決して気にしたりはしなかった。
自分より大切な存在なんて存在しなかったからだ。
僕と付き合ってしまった子がどうなったって構わなかった。それに、周囲もまた、僕の気持ちなんてどうでもいいのだ。
ただ、天使みたいにかわいくてかっこいい男の子と付き合えればそれでいい。
だからお互い様だった。
罪悪感なんてこれっぽっちも感じていなかった。
この人付き合いの仕方は男からは非常にウケが悪かったので、男友達はいないに等しかった。それだけは、僕にとって残念なことだったかもしれない。
しかしその問題もヴィクターと出会ったことで解決した。
ヴィクターは、僕と同じような境遇で、しかし僕と違って全てを拒絶していた。
簡単に言えば女嫌いのような態度だったから、男友達もたくさんいた。
僕はヴィクターのことが羨ましかった。そして話しかけてみると、ヴィクターはこう言ったのだ。
「お前、本当にすごいよな」
僕は何のことだかさっぱりわからず首をかしげた。すると、それはどうやら僕が女の子を良くも悪くも平等に扱い、彼女たちが望む王子様を演じていることについてだった。
「俺にはできない」
自身もモテるヴィクターは、僻みもなく、ただ純粋にすごいと言ってくれた。そしてヴィクターだけは、僕をとりまく女の子たちについて、僕が好意を抱いているわけでないことを見抜いていた。
そして話してみると、好きなものなども似ていて、僕たちはすぐに意気投合し仲良くなった。
僕が本当に心を許した友人は、ヴィクターだけといっても過言ではない。
そんなヴィクターにある時、好きな子が出来た。
シフォンだ。
思えば、僕の苦しみはここから始まるのかもしれない。
初めは、彼女とはあまり関わらないようにしようと思っていた。万が一、シフォンが僕に好意を持ったりしたら、ヴィクターとの友情が危ぶまれる。
シフォンが現れた頃はまだ、ヴィクターに代えられる存在は他にいなかった。こんな言い方をすると、まるで恋をしているみたいだが、僕の執着はそれに近いものがあったのかもしれない。
性的な意味で好きだと思ったことはなかったが、ヴィクターが自分から離れて行くのは怖いと感じていた。
結論から言えば、シフォンが僕のことを好きになるかもしれないというのは、馬鹿馬鹿しい妄想だった。
そして、何より恐れていた事態を、微かに望む結果になったことも、僕にとっては飛んだ番狂わせだった。
「つまらなそうだね」
シフォンと話すようになってすぐ、彼女はそんなことを僕に言った。
「え?」
「そんなに嫌なら、女の子の相手するの止めればいいじゃない。ヴィクターみたいに」
彼女の言葉に僕がどれだけ動揺したか、誰にもわかるまい。
「これがみんなの望む僕だから」
「それだけの理由? まあ、本当のこと話す気なんてないんだろうけど」
僕は唐突に、どうしてヴィクターがこの少女を好きか理解した。
彼女には顔立ちの良さという最大の武器は全く効かなかった。天使の笑みという武器も、あっさりと見破られ破壊された。
「シフォンって、どんな人が理想なの?」
「理想? 優しくてカッコ良い紳士な人!」
「へえ、僕とかどう?」
「あいにくながら、ホンモノの紳士さと優しさがいいの」
そして彼女は、嘘だらけの僕をあっさりと看破してしまった。
彼女は僕には決して内面に踏み込ませなかったし、踏み込まなかった。
ライバル認定していたヴィクターの友達、僕にはただそれだけのポジションを与えた。
僕は悔しくて、しかしそれでも、まだ大丈夫だった。
シフォンよりも、ずっとヴィクターとの友情の方が大切だった。
ヴィクターが好きな子の前ではダメなやつになったのも幸いした。成績トップをシフォンと争うほど頭がいいくせに、シフォンとの距離は全然詰められない。
それなのに他の女子生徒にはその気持ちが感づかれて、シフォンは嫌がらせの対象になった。逆恨みも甚だしいが、女の子とはそういうものだと僕は思っていた。
だからこそ、それを知ったヴィクターの反応は、僕を驚嘆させた。
「俺はあいつが何より大切なんだよ。これ以上あいつに手を出してみろ、どうなるか……分かるな?」
ヴィクターは、加害者の女子生徒数人を呼び出し脅した。彼は魔法を駆使して文字通り彼女たちをかなり脅かしたし、逆らえば死ぬかもしれないという恐怖を与えた。
その噂はヴィクターファンの間で広まったらしく、面白いほどピタリとシフォンへの嫌がらせは止んだ。
僕は驚嘆するとともに、ヴィクターの心がシフォンにどれだけ傾いているかを知って、複雑な気持ちになった。
シフォンへの好意と、ヴィクターへの友情が、僕にどちらに対しても憎愛の感情を抱かせる結果となったのだ。
そんなこんなをしていると、ふと、シフォンの親友のステラという少女が、僕に視線を向けているのがわかった。それが恋心を含んでいると察した僕は、気づいたその時から徹底的にその子を見ないことにした。
シフォンが大切にしている少女を傷つけて、シフォンに嫌われることが恐ろしかった。
シフォンへの気持ちは友情と愛情の狭間にあって、ヴィクターよりは劣るが、それでも嫌われたくないと思う存在だった。
だからこそステラという少女のことは徹底的に無視したし、告白する隙すら与えなかった。自分にも、女の子を受け入れる以外のあしらい方ができるのだと、自分で驚くほど上手くいっていた。
僕の中で、シフォンとヴィクター、それからステラの扱いは、シフォンとヴィクターの天秤を釣り合わせることで上手くいっていた。
シフォンとヴィクターがライバルでいてくれる限り、二人は僕のものでもなければ、彼らのものでもなかったからだ。
ところが、そんな天秤はあっという間に崩れ去る。
僕がいつものように授業を終え、女の子の相手をしながら学内を歩いていた時だった。
「聞いてよ! シフォンがヴィクターに惚れ薬をぶっかけたんだって!」
そんな女の子の声が聞こえて立ち止まると、ぼくの取り巻きの女の子たちもみんな足を止め、その話題で盛り上がる女子生徒に話しかけた。
「惚れ薬?」
「そうそう! ほら、あの子魔法薬苦手すぎて、自白剤を惚れ薬にしちゃったらしいよ」
それはありえない現象だ。自白剤の材料はどういじっても惚れ薬にはならない。系統が違いすぎるから。
「それでヴィクターったら、シフォンをみんなの前で押し倒そうとしたらしいよ!」
そんな話にみんな黄色い悲鳴をあげた。しかし僕の取り巻きの女の子たちはヴィクターとシフォンの関係には寛容な子が多く、ヴィクターの恋心も承知している子ばかりだった。
僕は、どうやらシフォンは少し強い自白剤を作ってしまってぶっかけたんだな、と理解した。
そもそもヴィクターは惚れ薬なんか被らなくてもシフォンにベタ惚れだし、本当に惚れ薬なら、むしろ何も起こらなかったのではないかと考えられる。
「あれだけ押せばシフォンもおちるんじゃない? っていうか、シフォンが鈍すぎー」
「そーだよね! ヴィクターがあの子を好きなのはみんな知ってるのに」
噂を提供した子達がそんなことを言っても、僕を取り巻いていた女の子たちの表情に変化はない。彼女たちはヴィクターとシフォンの関係を無意識的に認めているのだ。
それが、ひどくうらやましくて、苦しかった。
それでもこの時にはまだ、僕にはわかっていなかった。僕が本当に苦しくなるのは、これからだったのだから。
「おはよう、シフォン。ほら、笑いなよ。そんなんじゃ幸せが逃げるよ」
寮から教室まで一人で移動していたシフォンに、僕は思わず話しかけた。
「聞いてよ、ミゲル!」
彼女は僕の両肩に手を置きながら、軽く揺さぶった。すると、僕はニコニコと笑ったまま、コテリと首をかしげた。これは女の子たちがかわいいと言ってくれるベストなポーズだ。
「知ってるよ。ヴィクターがシフォンにべた惚れだって」
「もう知ってるのね……」
しかし彼女はそんな僕の姿には目もくれずに、僕の両肩に手を置いたまま、大きくため息をつく。
すると、次の瞬間、後ろから現れたヴィクターが、少しだけむっとした表情をしながら、シフォンを自分のほうへと抱き寄せた。
「シフォン。そういうことをするのは、俺だけにして?」
「げ、でた! この似非フェミニスト!」
そこにいたのは、ヴィクターであって、ヴィクターではなかった。僕はひどく混乱していたけれど、薬の効果とはこんなものなのかと思って、微笑みを浮かべて言う。
「うんうん。よかったね、ヴィクター」
「ああ」
僕の言葉は本心でもあったけれど、それをヴィクターに即座に肯定されたのには驚いた。
そのあとも、ヴィクターは今まででは考えられないほど素直に自分の感情を表現する。いつもはむすっとした無愛想な表情をしているくせに、普段は決して安売りしない満面の笑みを浮かべていた。
彼の唯一の欠点である不愛想をとったら、僕は何一つかなわないのではないか。そんなことを思った。僕の中に少しずつうごめく感情は、灰色の煙のようにもくもくと僕をとらえるが、しかし僕にはその実体をつかませない。
「ミゲル」
「何?」
「私とヴィクターの間に入ってよ」
「ごめん、嫌」
それは、他愛のない会話。僕とシフォンに許された距離。
「シフォンは、ミゲルのことが好きなのか?」
ああ、その質問はやめてほしかった。
「違う! それはない! 絶対ない! かわいいけど、タイプじゃない!」
シフォンがそうやっていうのが、僕にはわかっていたから。
親友のヴィクターがシフォンとうまくいきそうなのは、嬉しい。でも、シフォンにはっきりと対象外だといわれるのは悲しい。それに、ヴィクターとシフォンがうまくいけば、自分の居場所がなくなってしまうような不安感にも襲われた。
そしてそんな二人とともに魔法構造理論の授業に向かう。
この授業では、シフォンはステラがいないので、大抵一人で前から二番目の列に座っている。
僕とヴィクターは日によって座る位置を変え、滅多に二列目まで前に出ることはない。つまり素直にシフォンの隣に並んで座ることはほとんどなかった。
ところが、今日のヴィクターはやはりと言うべきか、シフォンの隣の席に陣取った。
「もう一つ向こうに座ってよ。席は空いてるんだから」
つれないシフォンの反応が救いだった。しかし今のヴィクターは全くめげることもなく言う。
「やだね。シフォンの隣が良い」
「私は嫌だって言ってるの! そもそもなんで私の隣がいいのよ!」
「シフォンが好きだからに決まってるだろ?」
爽やかに笑う黒髪の少年は、迷いなくシフォンを見て、そんな告白をした。
それを聞いたシフォンが、まんざらでもない顔をしているのを見て、僕は息が詰まった。
「私はあんたみたいな似非フェミニストは嫌いなの!」
「似非じゃなければ好きなのか?」
「本物のフェミニストは、人としては、俺様で嫌味な奴より素敵よね!」
シフォンの一つ一つの言葉が僕の心をえぐる。人としてはとさらりと付け加えたその言葉の裏には、恋愛対象としては、俺様で嫌味な奴でもいいと言っているのではないだろうか。彼女が本当に嫌っているのは、嘘なのだ。そう、僕みたいな嘘つきが嫌いなのだ。
それでも僕はそんなことを考えていることをおくびにも出さなかった。
得意の嘘で塗り固めて、全力でごまかす。
もし僕が素直になったら、ヴィクターとの友情のみならず、シフォンとの適度な距離感さえも失われるのが分かっていたからだった。




