第二章 こはく
気がついた時には、僕は箱の中にいた。
だいぶ昔のことだけど、今でも鮮明に憶えている。
あの人は、すごく辛そうな顔をして、僕を箱に入れ、外に出した。
本当に、あっけなかった。
暗くて深い箱から、今すぐにでも出たかったけれど、あの人を悲しませたくなかったから、我慢したんだ。
しばらくして、お腹が空いてきたときだった。あなたが僕を見つけてくれた。
綺麗な目の、優しそうなあなた。あなたは僕を暖かい家に入れてくれた。
前のあの人には教わらなかったことは、あなたが教えてくれた。美味しいご飯、楽しいおもちゃ……。
あなたが何を言っているのか、僕にはわからなかった。だけど、ただひとつ、わかる言葉があった。
「こはく」
はーい。そう言って近づくと、あなたはすごく喜んでくれた。
わかったのは、僕が「こはく」という名前だということだけ。けれど、僕らはきっと心で繋がっているんだ。
毎日が幸せで、ずっと続いてほしかった。
けれど、あなたと過ごして何年か経った今、その時間は終わりが近づいていることは、自分でもわかった。
何だかだるくてすごく眠いんだ。あなたがくれたご飯も吐いてしまった。
僕はいつも寝てて、あなたの顔を見る時間がだんだん減っていた。
でも、お出迎えは欠かさなかったよ。あなたが疲れた顔で帰ってきても、僕の顔を見たら、笑ってくれる。そのことが、何よりも嬉しかったんだ。
一分一秒でも長く、あなたのそばにいたい。
でも今日、なぜか起きれなかった。あなたが近くにいることは、わかっていたのに。
なぜだろう。目が開けられない。とにかく眠い。
ああ、今日で最後か。
最後の最後であなたの顔が見れないなんて、悲しいな。
あなたとの思い出が、蘇ってきた。大好きなおやつ。爪切り。あなたが優しく撫でてくれた暖かい手。
神様、お願いします。どうか最後に、あの人にありがとうを伝えさせてください。
やっとの思いで目を開けた。目の前には目に涙をいっぱい溜めた、あなたがいた。
言葉を出す力はない。でも、最後に、想いを伝えたいんだ。
届け。
僕のありがとう。
「……ありがとう、こはく」
何を言っているのかはわからなかったけれど、ありがとうを言われた気がした。
満足して僕は目を閉じた。
僕からあなたへのありがとう。あのときあなたが僕を見つけてくれたように、僕も向こうであなたを探します。
大丈夫。言葉はわからなくても、僕らは心で繋がっているんだから。
だから、きっと、会えるよね?




