第16章 遠くへ
ペリー艦隊は、日本に開国を求めるアメリカ合衆国大統領の親書を幕府に提出し、翌年に返事を貰いに来ると言い残して、いったん日本を去った。
年が明けた嘉永七(1854)年二月、約束通りペリー艦隊は日本に舞い戻ってきた、今度は九隻で、しかも浦賀よりさらに江戸湾の内側にある横浜に。日本はアメリカの圧力に屈し、日米和親条約を結んだ。
この時、事件が起きた。
日本のこれからの為に、どうしてもアメリカ社会を実際に見聞しなければならないと考えた吉田寅次郎が、弟子の金子重之輔と共に旗艦ポーハタン号に乗り込み、アメリカへ渡航しようとしたのである。しかし、この企てはアメリカ側に拒絶され、失敗した。寅次郎は大罪人として萩へ送還され、寅次郎の密航計画を事前に知っていた佐久間象山もまた罪に問われ、松代での蟄居を命じられた。
ずいぶん後になって、タマキはこの事件を知った。久しぶりに訪ねてきた小栗又一から聞いたのである。二十七歳になった又一は、このとき異国船係の役に就いており、幕府内で貿易の重要性を声高に主張していた。
(あの時の吉田さんが・・・)
タマキは、象山、寅次郎と三人で黒船を見に行った嘉永六(1853)年の夏の日を思った。
(三人で黒船を見に行った時は楽しかったな。途中でバテて二人に迷惑をかけたけど、それでも無理について行って良かったと思う。刺激になったもの、黒船見学は。このワクワク感にずっと浸っていたい、心からそう思った・・・平板な日常にはうんざりだ・・・俺は刺激が欲しい・・・)
タマキは寅次郎の顔を脳裏に思い浮かべた。
(吉田さんは内部に大きな情熱を秘めている人だと思ってはいたけれど、まさかここまでの事をやるとは・・・命をかけて・・・俺も同行したかった・・・なぜ俺を連れていってくれなかったんだ?・・・俺も吉田さんと一緒に命がけの冒険をしたかったのに・・・しかし、体が・・・)
酒のせいでタマキの体はいよいよ言う事をきかなくなっていた。手の震えが止まらない。
(こんな体じゃ足手まといになるだけか・・・それでも俺は佐久間さんや吉田さんの仲間に加えてもらいたかった・・・死罪になっても構わないから・・・俺だって異国へ行ってみたいんだ。異国で学びたい事がたくさんあるんだ。たとえば異国の刀の造り方とか・・・だけど、もう体がもたないのも確かだ・・・)
タマキは激しく咳こんで咽せた。
(俺の体はボロボロだ。でも、俺に足りないのは肉体なのか? それだけなのか?・・・吉田さんは思いきって時代の波へ飛び込んでいった。今回の一件で彼は確実に時代の一部になったと思う。間違いなくそうなったと思う。そうなるための度胸と先見性と決断力と情熱が、吉田さんには備わっていた・・・佐久間さんにも同様に・・・それに比べて俺はどうだ? ぼやーっとただ日々を過ごしているばかり。自分のすぐそばで時代が動いているのに気づかない。吉田さんみたいに、ここだという急所を捉えられない。絶好の機会をみすみす取り逃がす・・・佐久間さんと吉田さんは、そこを逃がさなかった。俺みたいにぼやっとしていなかった。きっちり捕まえた。確実にものにした・・・)
今度は象山の顔を、タマキは脳裏に思い浮かべた。
(結局、俺に欠けているのは能力なのだ。才能なのだ。早い話、俺は能無しなのさ。役立たず・・・佐久間さんや吉田さんとは違う。彼らには才能がある・・・だけど、俺には無い・・・長いこと自分が時代の流れに加わっていないことを、俺は残念に思っていた。自分と関係ないところで時代が変わっていくのを寂しく感じていた。俺もそこに参加したいと願っていた・・・しかし、そもそも俺は時代の一部になれるような人間ではなかったのだ。そんな器ではなかった・・・俺はただの刀鍛冶。刀を造るしか能の無い男。ただそれだけの男だった・・・)
タマキは自分の震える手に目をやった。
(それなのに刀も造れなくなったんじゃ、俺はどうすればいいんだよ? どこに俺の存在意義があるんだよ?)
父の、母の、兄の、おようの、キクの顔が、次々とタマキの脳裏に浮かび上がってきた。
(もっと器用に、もっと要領よく生きていれば、俺は皆を幸せにできたんだ・・・刀にとり憑かれたせいで、俺は大勢の人間に迷惑をかけた・・・不幸にした・・・そこまでの犠牲を払った刀造り・・・それができなくなったんじゃ俺の生きる意味は無い・・・ダメだ、ダメだ、俺はダメなんだ・・・助けてくれ、助けてくれ、俺を助けてくれ・・・俺をいじめるのは止めてくれ。俺を責めるのはやめてくれ・・・悪かったと謝ってるじゃないか。だから許してくれ・・・苦しいから止めてくれ。俺を解放してくれ・・・)
この後、タマキの容態は日に日に悪化していった。
心配した弟子たちが療養所に入ることを勧めたが、タマキは頑として断り、自室に閉じこもった。肝硬変を発症していたらしい。タマキの右わき腹は石のように固くなっていた。
肝臓の機能が低下すると、きれいな血液が脳に回らなくなり、意識障害が起きる。横になっているタマキには、混濁した意識の中、次々と支離滅裂な妄想が現れては消えた。しかしながら、そんな状態であっても「体を治して、早く刀造りに戻らなければ」という気持ちは残っていた。
タマキは自分の右わき腹を手でさすりながら、
(ここに石ができている。この石を取り除けば、俺の体は良くなる)
そう考え、自分が造った短刀を手に取った。
意識障害のせいで通常なら絶対にしないであろう思考回路が作動していた。
(俺の造った刀は斬れすぎるくらい斬れるから、腹に突き刺しても細胞と細胞の間をうまくすり抜けて、まったく痛くないし、血も出ないんだ)
朦朧とした意識状態のままタマキは、右わき腹に短刀を突き刺した。勢いよく血が噴き出し、猛烈な痛みが襲った。
(あれ? 痛いじゃないか)
タマキは喀血し、寝床の上で悶え苦しんだ。
(痛えよ。母ちゃん、痛えよ)
血まみれになったタマキは、荒い息を吐きながら部屋から廊下に這いずり出た。進んだ後に太い血の線が引かれる。
(助けてくれ。キク、助けてくれ)
タマキは這いずりながら廊下を進んだ。どこへ向かっていたのか? どこへも向かっていなかった。ただ遠くへ行こうとしていただけだった。どこでもいいから、ただ遠くへ、より遠くへ、ひたすら遠くへ。
(ああ、俺はバカだったよぉ・・・)
しかし、思いに反し、たいして遠くへは行けなかった。厠の手前に到達したところでタマキは意識を失い、そのまま絶命した。享年四十二歳だった。
完
《参考文献》
福永酔剣『新版日本刀名工伝』(雄山閣)
斎藤鈴子『幕末の刀匠 源清磨』(幻冬舎)
山本兼一『おれは清麿』(祥伝社)
古川薫 『幕末長州藩の暗闘: 椋梨藤太覚え書』(徳間文庫)
深海信彦『日本刀専門店 銀座長州屋』(YouTube)
萩へ旅行したことがあります。昔の城下町がそのままタイムスリップしたような静かで品の良いところでした。松下村塾跡にも行きました。ここに吉田松陰や高杉晋作、久坂玄随らがいたかと思うと、感慨もひとしおでした。




