1.婚約破棄
「ハロルド様、私はあなたとの婚約を破棄させていただきます!」
静かな社交界の場で声が響いた。ルーテル伯爵令嬢のリアテムがインドラット伯爵令息のハロルドへ婚約破棄を言い渡している声だ。
「リアテム…それはなんで…」
「ハロルド様、あなたは昨年まで通っていた王立学園内でこちらのブライダ伯爵令息ヴィッジマーラ様に対して嫌がらせを行っていたそうではないですか。そのような陰険な方はわたくしの婚約者としてはふさわしくありません。」
凛とした声が静まり返った会場内に響く。
「ちょ、ちょっと待ってほしい。ヴィッジに嫌がらせ?むしろそいつが他のやつに嫌がらせを…」
「言い訳やなすりつけはしないでください。こちらにはきちんと証明できるものもございます。王の前で断罪される前に潔く身を引いてください。」
リアテムの言葉に納得のいかないハロルドは再び抗議する。
「言い訳やなすりつけではない。一学年下の君の耳にもヴィッジの悪行は響いているだろう。そいつは自分の気に入らない相手をことごとく退学に追いやった鬼畜だ。なんでそんなやつの言葉を鵜呑みにできる。」
リアテムに近づきながら抗議をしていたハロルドの頬にリアテムの右の平手が打ち付けられた。
「近づかないでください!あなたのような方と婚約者であったことを今わたくしがどれほど後悔しているかお分かりですか!!」
ハロルドは打たれた頬を撫で崩れ落ちた。周囲で見ていた参加者の間からハロルドの弟のウェイラが騒ぎを聞きつけ兄に近づく。
「リアテム嬢!なぜこのような場でこんな事を!!」
膝をついて放心している兄の肩を抱きウェイラはリアテムに聞く。しかしその問いに答えたのはリアテムではなく後ろで静観していたヴィッジマーラだった。
「ウェイラ殿。先ほどリアテム嬢が話した通り私は貴殿の兄、ハロルド殿に嫌がらせをされていた。それを彼女に伝えたまで。」
「兄がそのようなことをするわけがないだろ!むしろお前がやっていたことではないか!!」
ウェイラが吠える。その声を聞きつけてか控室にいた第二王子トライスが会場に入ってくる。
「これは何の騒ぎだ!いったい何があった!?」
「これはトライス殿下。実はこちらのリアテム嬢が婚約者のハロルド殿に婚約破棄を言い渡していたのですよ。」
先に答えたのはヴィッジマーラだった。
「婚約破棄だと?この社交の場で行うことではないではないか。なぜ今行う必要があった。」
トライスの問いにヴィッジマーラが続ける。
「ええ。殿下も承知の通りハロルド殿とリアテム嬢は一年年が離れております。そのため現在王立学園に通い、寮に入っているリアテム嬢はハロルド殿と顔を合わせる機会があまりありません。そのため本日の学園主催の舞踏会で久しぶりに顔を合わせることになりますのでこの時にするべきだと私が進言いたしました。」
トライスの目が細められる。
「ほう、お前も私やハロルドと同じ学年なのにリアテム嬢と顔を合わせる機会があったのか。」
「ええ。私は学園の物流の管理をさせていただいていたのでハロルド殿に比べれば機会は多いかと。」
トライスはそれを聞いて息を吐く。
「なるほど。とりあえず今日のところは両者この場をされ。後日話し合いの場を私の名の下に開催しよう。」
トライスの宣言に異を唱えたのはウェイラだった。
「ト、トライス殿下!それでは兄は侮辱されっぱなしでは…」
「ウェイラ。お前の兄の名誉ももちろん守らなければならないが、巻き込まれたとはいえこの場を荒らす者を排除するのは当然のこと。だからこそ後日私の立会いの下話し合いの場を設けるのだ。」
ウェイラはそれ以上何も言えなかった。
「了解しました。トライス殿下。殿下の心配り感謝いたします。」
ヴィッジマーラは一礼しリアテムをエスコートしてその場を去った。ハロルドは放心しながらもリアテムが奥歯を噛みしめ涙が流れないよう耐えていたのを見ていた。
「兄上、俺たちも帰りましょう。父上にも相談しないと。」
ウェイラはハロルドを立たせる。
「ハロルド、ウェイラ。どういう状況なのか説明してもらうために私も君たちの屋敷に向かう。同乗させてくれ。」
トライスの言葉にウェイラは拒否することはできない。むしろ来てくれると聞いて心強かった。
ハロルドは一言も話すことなく王都内にある別邸に戻るのだった。




