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第五話 飛べ、フェネク(前編)

「オーランド、大型始祖虫に対するターミナスの動きはわかりますか?」

「拾えるのは末端もいいとこの指示だけだが、どうも『内』の班が一斉に向かっているらしい。詳細はわからん!」

 ミチはオーランドの操縦する緊急用ネクチサイドの外側に乗って移動していた。

 ターミナスの指導員を兼ねるミチが外から見えていれば、場合によってはターミナスを誤魔化せると考えたのだ。もっとも、ポートに向かう道には人の気配はなく、ここまでは問題ないかに思われた。

「ポートが見えてきたが、さて、ここからどうするか……」

「オーランド! 後ろ!」

「クッ! 抜ける!」

 ミチたちに迫る装甲車両があった。ターミナスではない。軍である。

 オーランドのもとに軍から通信が入る。無視し続けるわけにはいかない。

「ポートは封鎖中だぞ! なにやってる!」

「こっちの都合だ。動員をかけている者の中から教練の現場指導の依頼が出ている。ポートから全体を掌握する必要がある」

「勝手なことをするな!」

「勝手はそっち。こちらは特任のサモリ・ケイツ。管理部の許可は得ている」

「!」

 声を荒げる軍に対し、割り込んでる通信があった。

「まっすぐポートへ来てくれよ」

 サモリはただそれだけを伝えると、また軍に対して話をしだした。

 ポートの入口が開かれるのがネクチサイドに知らされ、オーランドとミチはそこへと向かっていった。


 * * * 


 地面が静かに揺れている。重さによるものだ。重さの持ち主は始祖虫。それもとびきり巨大な個体だった。

 地面に接している足は8本。それとは別に短い足が前と後ろに一組ずつ。持ち上がった胸からさらに足が四本。触覚が頭部に四本と尻に二本。

 異様な色をしていた。茶色と緑色が端々に見えるが、体の中心に行くほど青みがかった暗い青をしており、蛍光色が点々と広がっている。

 細長いように見えるがそれは勘違いで、傘のようになった腹部や妙な膨らみがいくつか存在しており、かなりの体積がある。

「マルタイ移動中」

「避難は完了しています。被害は軽微です」

「だが、このまま行くと避難所があるぞ。軌道を逸らさないと」

「それは無理だ。人のいる方に向かう習性なんだ。駆除するしかない」

 巨大な始祖虫が建物の間を練り歩いている。体長はおよそ8メートル。脚を含めればもっとあるだろう。

 ターミナスは少しずつ追い詰められていた。

相手は伝説と呼ばれる大型始祖虫である。迂闊に手を出すなという指示が出ていた。

 だが、その指示はターミナスの判断ではない。もっと別の思惑があるものだった。にも関わらずその指示の出所に疑問を持つものは少ない。

「ガス弾使えないのか?」

「飛散してしまう上に効果は期待できません。あれは対始祖虫用の武装を無効化してしまうと考えた方がよろしい」

「空気の流れをなんとかできんか」

「してどうするんです? 通常の始祖虫に対するドクトリンは通用しません」

「……どうしろと言うんだ?」

「『伝説』をつくるんです。オスカータイプでね」

「ならばオスカーを我々に回してくれ、ゼイガン・エイオンがいる」

「最強だから討てるというものではありません。あの女王の前に立つ資格を持った人間が必要なんです」

「資格?」

「同質の人間です」

 そう言い残し、装甲車両に向かうヒルヤをターミナスの隊員は恨みのこもった目で見送った。

「学者くずれに指揮権を持たせるとはな。管理部の考えは年々わからなくなる。そう思わんか?」

「専門家を前に出した方が市民は納得するのでは?」

「『外』の不良隊員どもの尻拭いか。やれと言えば我々『内』がやるものを。管理部は気を使いすぎだ」

「雇用のためでしょう。何もできない連中の受け皿ですから、『外』は」

「どうかな? 特任が自分たちを隠す森を維持したがっているだけだろう」

 本人達は気付いていないが、この過激な発言は苛立ちからくるものである。

「オスカー到着します。蘭田のチームが前面に出るので護衛を」

 ヒルヤの声に舌打ちしそうになりながら、隊員はいくつかの班を前に出す。

「ゼイガン・エイオンの班が先頭に立ちます」

「あのゼイガン・エイオンがバックアップだぞ……? 相手は大型始祖虫なのだ。管理部推薦とは言うが、我々がやらないで誰がやると言うのか……」

「これよりオペレーション・デッドエンド、開始します」


 動く装甲車両のコンテナの中にはネクチサイドサイドが待機していた。

 最新鋭ネクチサイド、NECシリーズオスカータイプである。

 実戦用装備となったオスカーの姿はターミナスの人間から見ても異質だった。人を思わせるシルエットに冷たい灰色、血の通わない巨人のようである。マットな質感のグレーの装甲と、肩に配置された高所作業を示すオレンジのランプ。色のコントラストが質実な気配を漂わせている。

 オスカーの中ではヘッドマウントディスプレイに映る情報を指さし確認しているパイロットがいた。

「いい緊張感ね、大丈夫?」

 傍から見るとやや間の抜けた姿のパイロットにヒルヤから通信が入る。

「……フロゥは?」

「ちゃんとここに居るわ。かっこいいところ見せてあげてね」

「ともかく、あの大型始祖虫を倒したい。だから協力はする。あんたもちゃんとやってくれよ」

「油断しないでね。戦えば、伝説と呼ばれるのは伊達じゃないと実感できるわ」

「ならなぜこんな作戦をとるのか、を聞いても無駄なんだろうな」

「無駄ね。でも、そういう疑問を持つのは正しい。ターミナスは危機感がなさすぎる」

 コンテナの中、フェネクは車が止まるのを感じた。そして、コンテナの扉の向こうにいる存在に顔を向けていた。

 扉が少しずつ開かれ、隙間からもれる光の先に大型始祖虫・マルタイが見えた。フェネクは思わず首をすくめる。畏怖にも似た強烈な気配をそれから感じ取ったからだ。

 フェネクをモニターしていたヒルヤの口が緩む。

「オスカー、出します」

 マルタイは周囲に集まり始めた人間をまるで意識していない。しかし、コンテナからオスカーが姿を現すと、その触角をせわしなく動かしはじめ、その首を急にオスカーへと向けた。

――ギィ……――

 わずかに聞こえた鳴き声に、ターミナスの隊員は顔をしかめた。始祖虫に慣れているはずの者でも、マルタイの挙動を不快に感じるのだ。

「この野郎!」

 オスカーがコンテナから跳び出る。そして急速な接近。オスカーの脚部は通常のネクチサイドよりはるかに性能がよく、重心移動の恩恵をこれでもかというほど受けることができた。

 オスカーのコックピットの安定性はかなりのものだった。アブソーブシェルと呼ばれる全方向立体衝撃緩和機構のおかげである。そして、それが従来のネクチサイドを超える挙動を可能にしたのだ。

 大きくあげた両腕がマルタイの頭部めがけて振り下ろされる。このオスカーに銃器は搭載されていない。マニピュレーターの頑強さがうかがえる。

 滑らかな表面に撃ち落とされたオスカーの拳は、見ているものに相応の手応えを感じさせた。

 しかし、それが勘違いであることはターミナスなら誰でも知っていることである。始祖虫は動物とは違う。神経節の構造が極めて大胆で、必要な機能を維持するには過剰に大きく、損傷に強いのだ。よって、大きな外傷を与えて倒すのが最も効果的なのであるだが、オスカーの格闘がそれを可能とするかはこの時点では不明なのであった。

「あいつ、いつの間に」

 ゼイガンが驚く。フェネクの駆るオスカーは意外なほどに動いていた。

 突き蹴りをはじめ、その動きは学生のそれを凌駕している。勿論オスカータイプの性能あってのことであるが、それを差し引いても前に見たフェネクの動きではなかった。

 なにより違うのが姿勢。物事に向き合うという意味の姿勢。フェネクはがむしゃらにしがみつくように食らいついていっている。

「……危機感じゃない」

 ゼイガンは自分の中にわいてくる予感を信じたくなかった。

 フェネクのオスカーが杭のような対始祖虫用の針を腕から飛び出させてマルタイに挑む。

 シャープでスマートなオスカータイプ。そのヒロイックな外見はターミナスのイメージアップにも繋がるであろう。だが、このマルタイという悪夢の前ではオスカータイプの外見は取り繕いにしか見えなかった。

 強固な外骨格の隙間を狙ったフェネクであるが、関節であろうと節目であろうとその針が通ることはなかった。柔らかいのに硬くぬるりともザラザラともした感触とともに針は弾かれ、やがて鈍り、あっという間にただ辛うじて尖っているだけの金属の棒と化して機能を低下させた。

 オスカーにはその汎用性から多くのオプションが用意される予定であったが、あくまで予定であり、今作戦に投入されたものには存在していなかった。

 フェネクは丸腰で戦わさせられているのである。

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