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第五話 飛べ、フェネク(後編)

 ゼイガンが評したようにフェネクのオスカーの動きはたしかに面白いものがあった。どこか巧みなのだ。

 だが、それをわかる人間はごくわずかで、ほとんどのターミナスはオスカーの性能にのみ注目していた。

 この時点での『内』の人間に本当の意味での危機感のある者は想像以上に少なかった。ゼイガン自身がそうであったように、知識としては大型始祖虫の強大さを知っていても、いざ事が起これば心のどこかで勝てると思い込んでしまっているのである。

 だが、なにより恐ろしいのはこの無警戒が計算のもとにできてしまっていることである。

 衆愚と呼ぶのは酷かもしれないが、教育が、訓練が活かされていない。技術や装備、戦略でも戦術でもない。もっとも活用されなければいけないものがこの場には足りていないのである。

 第五地区の大通りを目いっぱい使うように二体が立ち回る。

「誰なのか知らないが、もっとうまくできないのか!?」

 現場のターミナスが吠える。

「最終防衛ラインまであとどれくらいだ?」

「迎撃チーム展開すんでいます!」

「火気使用の許可下りないのか!」

 苛立ちが現場に満ち始める。灰色の装甲から火花を散らしながら後退を続けるオスカーがその場を象徴していた。じりじりと、しかし確実にターミナスは追い詰められているのだ。

 なにより駆除員たちを焦らせたのは、マルタイがほとんどオスカーを意に介していないことである。

 激戦に見えるそれも、戦ってるのはオスカーの側ばかりで、マルタイの側はどちらかというと迂回しようとしたり軽くあしらうように反撃するばかりで、戦闘といえるような戦闘にはなっていなかった。

「ターミナス(われわれ)の……存在意義は……なんだ……!?」

 ゼイガン・エイオンのこの苦悩は自分自身に対してのものである。

 全力で働けないこと。それはゼイガンほどの腕前を持つものにとって最大の壁である。すべての、あらゆる活動における最大最強の敵、徒労感。それが風となって吹き始めていた。

 そして、なによりゼイガンにはわかっていた。この場を象徴するオスカーの、そのパイロットの感じている苦痛は自分達の比ではないことを。

「あの年のガキが後輩を人質にとられて、見栄えばかりいいブリキの棺桶に詰められてバケモノと戦わさせられる。それを見ているしかないってのか! クソ!!」

 フロランスは軍に人質にされていた。

 もちろん表向きには協力という名目だ。フロランスは地球からの研修生であるし、自然に見えなくもない。しかし、この状況で事情を知っていて安心するような人間はいるまい。

 オスカーの内部でフェネクがどのような様子なのかは見えない、わからない。ただオスカーの動きだけがその裏に隠された焦りを示していた。

 なにが見込まれたのか、誰が注目したのか、なぜ選ばれたかはわからない。理由や根拠はあるのかもしれない。しかし、フェネクはなにも特別ではないし特殊ではない。これはそんなフェネクに背負わせていい重石なのか。

 よくない。よくないが、フェネクという人間もまた、そういうものをわざわざ背負おうとする人間だった。そういう人というのははたしかにいて、美徳なのだが、必ずしも良いばかりのものではない。フェネクがそれをわかるにはあまりにも若すぎた。

 懸命で、忠実で、冷静で、確実な操縦だった。基本教練としてなら合格だ。学生としても、駆除員としても、一定の評価ができるものだった。オスカーの性能も相まって、そつなくこなされた課業であった。

 通常想定される始祖虫ならばこれで十分だっただろう。

 だが問題が一つだけあって、それこそが最大の難点だった。今はそういう平(・)時(・)ではないという一点である。

 オスカーをある程度気にかけつつもマルタイは突き進む。より人のいる方へ、気配の方へ、『音』の方へ。


 そして、流れが変わった。


「駄目ね」

 指揮車である装甲車両の中でヒルヤが呟いた。

「限界と判断します。火急にて直接私から全体への指示を出します。この場にいる全ターミナスは直ちにマルタイへ総攻撃を開始せよ。繰り返します、この場にいる全ターミナスは直ちにマルタイへ総攻撃を開始せよ」

 終わりへの火蓋が切った落とされた。

 しかし、ヒルヤの表情に焦りはなく、ただこれが次の段階へ進んだだけのことに過ぎないことは明白であった。

「フェネク君、これからこの娘(こ)を地下に連れていくわ。『裏道』近くの『吹き抜け』までね」

 通信先でフェネクがなにを言っているかは聞き取れない。

「予言するわ、この場のターミナスは一時間ともたずに全滅する」

 オスカーの動きが鈍る。

「あなたの力不足だなんて思わなくていいわ、どうか自分を責めないで」

 どこかあざ笑うかのようなヒルヤの言葉。

 オスカーのカメラが指揮車両の方を向く。

「追いかけることね。食い下がって食い下がって、最後まで諦めないことよ」

 通信が切られ、ヒルヤが動きを見せた頃、マルタイがオスカーを跳ね飛ばしていた。

 場が弾けた。

 ターミナスが一気に動き出しそれにマルタイが反応したのである。

 輝くライトがマルタイに詰め寄り取り囲む。まだどうにかなるという儚い幻想を抱いたままで。


 * * * 


「お礼を言っておこうかな、マエダ教(・)官(・)。協力者まで連れてきていただいて」

 サモリがミチとオーランドに対して行った挨拶はつまり立場の確認である。

 そこは小さな部屋だった。スタッフルームであり資料室、倉庫でもある。一応の機器もあって、何にも特化していないが一通りの目的は果たせる。そしてそのような部屋がレジデンスのいたるところに配置されていた。つまり、ここが特任の仕事場である。

「この事態の説明を願えますか?」

 ミチは焦りを抑えながらサモリに聞く。

「フェネクとフロゥの居場所は?」

「まぁ待ってくれ。まず、これを見てもらおうか」

 サモリが端末を叩くとモニターに映像が現れた。どうやら監視カメラの映像のようである

「たしかこれはインディアタイプ……奥にはオスカー?」

「インディアはゼイガン君だろうね。さすがだよ、彼、よく持ちこたえている。でも」 

「ターミナスがほぼ壊滅している……」

「裏がようやくとれてきたよ。やはりこれはオスカーのテストのために行われていることのようだね。おそらく、こうなることまで予想済みだろう」

「オスカーの?」

「ああ。軍はオスカーをベースにしたネクチサイドによる新たな始祖虫駆除法を欲している」

「ターミナスがその役を担(にな)ってはダメだったのですか?」

「みたいだね」

「なぜです?」

「考えられるのは、想定される敵性の規模が大きいのかもしれないってことぐらいだね」

「規模? そもそも軍がネクチサイドの新たな運用ドクトリンを欲している理由はなんです?」

「不明だね」

「当然対始祖虫用でしょう」

「間違いなくね」

「肝心の戦(・)場(・)はどこです?」

「公にはそんなもの存在しないだろうね。いや、あってはならないというべきか」

「なんの話です?」

「『敗北したレジデンス』だよ。あの噂は第一号レジデンスのことでほぼ間違いない」

「第一号は老朽化で解体されたのではなかったのですか!?」

 オーランドが思わず叫んだ。

「違ったようだよ。あそこは今や始祖虫の巣だ。さすがに人間が支配されたりはしていないけどね」

「それを取り戻したい、と?」

「ああ。あそこには地球から持ち出された随分な額の資金や資産が眠っているらしくてね、放置できないらしい。埋蔵金ってやつだ」

「そんなものが」

「ちなみに、現ターミナスの保有する対始祖虫のノウハウの基礎はあそこで培われたもののようだよ。我々も最初から他人事ではなかったのさ」

「そこまでわかっているなら関係者をいますぐ拘束して……」

「今すぐは無理だ、証拠として有効なものが少ないし、非合法と言い切れない部分もある」

「では、どうするのです?」

「悔しいけれど、かといってこのまま済ませるつもりはない。我々にはむしろもっと大切なことがある」

「大切なこと?」

「なんとしても、あの大型始祖虫を駆除する。オスカーだの軍だのの思惑によらずね」

 サモリが大型始祖虫の姿を拡大する。

「この体中にあるコブ、なんだかわかるかな?」

「さあ、毒がつまっているとかですか?」

「いいや、人間だよ。人間を皮下に取り込んで運搬しているのさ」

「……なんてバケモンだよ」

「エ(・)サ(・)を運搬している……それが指し示す意味は」

「もうあの大型始祖虫は産卵し、幼虫が生まれている」

「軍の計画は、つまり……」

「失敗したと見るべきかどうかは監督している人間にしかわからないね」

「監督者? まさか!?」

「そう、ヒルヤ・ヒリヤ先生だよ」

「じゃあフェネクとフロゥは」

「残念だが、第一号レジデンス奪還計画に乗ったヒルヤ・ヒリヤの、その研究にフェネクとフロゥは巻き込まれた。フェネクの能力が気に入られたせいでね」

「フェネク……!」

 画面の中のオスカーがなんとか立ち上がる。その姿にミチは昔の幼い頃の彼の背中を思い出していた。

――オレがきっと……してみせるから……――

「ミチ、オーランド、いいか? これからこの画面の中で起こることを冷静に見ているんだ」

「なんです?」

「残念ながらすでに手遅れだ。我々は完全に後手に回っていて、これから起こる『事故』を防ぐことができない。その上で、これから起こることを見届けるんだ。自らの眼で」

「……それは!」

 ミチがサモリの言葉の意味を理解して画面に目をやったとき、ミチは思わず叫んでいた。

 画面の中では大型始祖虫が地面を破壊し、結合部にあたる『吹き抜け』への巨大な穴を開通させていた。それだけではなく、地面に潜り込むかのようにマルタイがその穴に入り込んでいったのである。

 そして、ミチが目にしたのは、オスカーがその後を追い、巨大な穴へ向かって走り出した姿であった。

「フェネク!!」

 この声が届いてほしい。

 オスカーがわすかに監視カメラの方を向いた気がしたのはミチの願望なのかもしれない。

 しかし、虚空に響くミチの声を置き去りにして、フェネクは飛んだ。

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