第50話 襲撃の結末1
「待ちやがれぇえぇ!このクソがぁぁぁあ!!」
鼻毛さん……ハッナン・ゲーヴォルグが怒声を叫びながら猛然とロン毛を振り乱しながらこちらの馬車に迫ってくる。
子分達を全滅させられて怒り心頭の様だな。
俺が鼻毛さんの立場なら、子分全員やられた時点で逃げるけどなぁ……こいつは自分の実力に余程の自信があるのだろう。
「パンツ殿!?全員仕留めたのか?」
「いえ、後1人……多分、リーダーの奴ですね。」
「!?そうか!では私が相手をしよう!!」
「え?このまま走り続けてくれれば、俺が魔法でちょちょいっとやりますよ?」
「いや、奴には一度足を掬われている。私の仲間も奴にやられたんだ。パンツ殿。申し訳ないのだが、騎士としての我儘を聞いて貰えないだろうか。手出しは無用だ。すまないが、私に何かあれば……お嬢様を宜しく頼む。」
ファムはそう言うと馬車を路肩に止めてお姫様を一瞥すると御者台から飛び降りて鞘から剣を抜き中段に構える。
お姫様を宜しく頼むって言われても、どうすりゃいいんだよ。
保護したしても誰を頼りにしていいのか全く分からないんだが……。
手出しは無用とか言ってたが、ファムさんに何かありそうになったら何が何でも助太刀させて貰う!お姫様の子守とか扱い方なんて知らないし!!
こちらが止まった事を確認したからなのか、野盗リーダーの鼻毛さんは馬をゆっくりと進めてくる。
ほぅ……ブラッドボアから咄嗟に後ろに隠れた際には、顔を良く見てなかったが、鼻毛さん……名はたいを表すじゃないが、かなり……いや、結構ボーボーじゃないか。
遠目から見ても、鼻孔から黒いフサフサしたものが確認出来る。
「どうしたんだ?逃げるの諦めたのかぁ?女騎士さんよぉ!!」
「…………。」
「なんだ?ビビっちまって声もでねぇかぁ?ああ!?」
野盗リーダーの鼻毛さん……ハッナンは馬から降り剣を抜きながら大声を上げてファムを威嚇する。
しかしファムはそんな事を意に介さないかの様に、剣を中段に構えピクリとも動かずにハッナンを睨み付けている。
「貴様の実力は分かっているつもりだ。油断も見くびるつもりもない。我らの仲間達を切り伏せた男だからな。」
「……ケッ。だから何だってんだよ。おめぇが油断してもしなくても俺の力は変わらねーんだよ。」
「最後に聞いておきたい。貴様ら……何者だ。」
「………まぁいいか。どーせお前はここで死ぬんだし。教えてやるよ。俺は現役の白金級冒険者。盗賊団『龍の巣』って言えば分かるか?」
「何!『龍の巣』だと!?」
「知ってるみてぇだな。ここら一体の裏社会を牛耳っている犯罪組織。そこで俺は幹部として働いてるのさ。」
「冒険者が犯罪組織に加担するなど……クズが……!」
「はっ!何とでもいいな。俺達冒険者だけじゃねぇぞ?俺達の構成員には騎士や貴族連中もいるんだぜ?」
「馬鹿な!!そんな事が信じられるものか!」
「おめぇが信じようと信じまいと事実なんだよ。……あららぁ?そー言えば、おめぇ達の護衛騎士の一人が見当たらないなぁ?あれれー?どーしてなのかなぁ?」
そうだ。俺がファムさんの助けに入った時、既に2人の騎士が命を落としていたが、ファムさんは『騎士4人』で護衛していたと言っていた。
「!?そ、そんな……ロリンズの奴が……裏切ったと言うのか!?」
「ヒヒヒ!どーだろうなぁ?どーこいっちゃったんだろーなぁ?不思議だなぁ?」
ファムさんが口走った『ロリンズ』と言うのは恐らく一緒に護衛をしていた今姿の見えない騎士の名なのだろう。
かなり狼狽えているのが分かる。
「さぁて無駄話が過ぎたな。……姫様は……まだあの馬車に乗ってんだろ?
さっきの場所に死体も無かったし、おめぇさんが失望している様子を見せてない所を見るとブラッドボアに食われたって事でもなさそうだしな。
さっさとおめぇをぶっ殺して姫さんとマンツーマンでお楽しみタイムと行かせて貰うぜ?イッヒヒヒ!楽しみだぜぇ!!」
ハッナンは剣先で馬車を指し、下卑た笑い声を上げながらファムへと近づいて行く。
「この……下衆がぁ!お嬢様に指一本触れさせるものか!!セァァァァァアアアア!!!!」
ファムはそう叫ぶと、上段に構えてハッナンに斬り掛かる。
その斬りかかる速さはルク・スエルの副ギルマスのリッターさんにも匹敵する程に見えた。
「ヒヒっ!やっぱ騎士様は単純な挑発に乗ってくれるから与し易いぜ。」
「!?」
ハッナンは素早く後方に下がり距離を取りながら左手を翳すと、緑の魔法陣が展開され魔法が発動する。
「乱流風!!」
するとハッナンの掌の魔法陣から竜巻状の突風がファムに放たれる。
「!?この程度の風魔法で私を傷つけられると思っているのか!!」
「……へっ、これだから教科書通りの戦い方しか知らねぇ騎士様はやり易いぜ。」
「何ぃ!?……………!?グッ……ぎ、ぎざま……貴様、何を、した。」
ハッナンに猛然と斬りかかった筈のファムが、風魔法の突風を受けた直後に苦しげに喘ぎながら跪いてしまった。
今は涙や涎、鼻水を垂らしながら息も絶え絶えな状態になり今にも倒れ込んでしまいそうだが辛うじて剣にもたれ掛かかり膝立ちの状態だ。
「ヒッヒヒヒ!バカ正直に突っ込んで来てまともに魔法を正面から受けるとか頭の中まで脳筋かよ!ほんと騎士ってバカばっかりだなぁ!」
「………グッ…うグぅ……。」
「ファムさん!!」
「……う、うぅ……ぐ、ぐるな……はぁ、ふ、ぅ、はぁ。」
俺は溜まらず馬車の上から飛び降りてファムさんに加勢しようとするが、ファムさんは意識が朦朧としているにも関わらず俺を手で制する。
「あぁん?何だ?おめぇは?……おめぇ……ブラッドボアに追いかけられてた奴か。まさかおめぇがあの妙な土魔法や火魔法、水魔法を使ったのか?なぁ?あぁ?」
「………。」
「……ダンマリって事は肯定と捉えるぜ。マジでおめぇがやったのか。まさか複属性魔法使いだったとはな。驚いたぜ。」
ハッナンはそう言い剣を肩に乗せて苦笑いを浮かべ、頭をポリポリ掻きながら俺に向かって歩み寄って来る。
「あの時、殺しとけば良かったなぁ。俺の判断が間違ってたみてぇだな。」
『あの時』とは恐らく俺がブラッドボアから逃げてこいつの後ろに隠れた時の事を言っているのだろう。
「ブラッドボアはどうした?ここでヒーヒー苦しんでるこの間抜けな女騎士がやったのか?まさかおめぇが倒した訳ねぇよな?ブラッドボアの死骸を見たが真っ二つになってたしな。」
「そんな事を聞いてどうする。」
「別に。俺の手下を殺した奴の事を知りたかっただけさ。ま、別にいいさ。おまえも殺す事に変わりはねぇ。複属性魔法使いだろうが魔法使いを殺すのは容易いからな。遠距離ならいざしらず、態々、姿を現すとはな。バカな奴だぜ。」
ハッナンはそう言うと、ピョンピョンと軽くステップを踏む。
ウェアウルフも言っていたが、普通の魔法使いは体術が劣る為、懐に入られるとあっさりと仕留める事が出来る職種と認識されているらしい。
「……ぐッ、ぅぐぐ……ま、で……貴様の相手……はぁ、はぁ、わ、わたし…だ。」
「あぁ~ん?頑張るねぇ?騎士さんよぉ。おめぇさんがさっき食らったのはよぉ、ギガントパイソンの毒だぜ?しかもその毒袋から更に濃縮した特級品だぁ。」
ハッナンは腰の収納袋から中身が紫色の液体で満たされている霧吹き状の小瓶を取り出しファムさんと俺に見せつける。
ギガパイさんの毒!?
そう言えば、先日ギガパイさんとの戦闘の際に、オースフィギス王国の騎士が毒息を食らい1発で麻痺して戦闘不能になっていたが……あれを風魔法で拡散させて人偽的にギガパイさんの毒息の効果を作り出していたのか。
それならファムさんのこの状態も納得出来る。
「イヒヒ……。普通の奴がこいつを食らったら1分と経たずに死んじまう即効性の毒なんだがなぁ……。おめぇ……化物だな。おっと、これ褒め言葉だぜ?」
ハッナンは今にも崩れ落ちそうなファムに近付き、足裏で顔面に容赦ない蹴りを入れる。
「ガッ!!」
「そらそら!まだお楽しみは終わってないぜ!イヒヒヒ!!」
ハッナンは倒れているファムに向かって蹴りを浴びせ続ける。
「ファムさん!!」
手を出すなと言われたが……もう我慢ならん!!
「パンツどの!!」
「!?」
俺が加勢する動きを見せると、ファムさんから声を振り絞る様に大声で俺の名を叫ぶ。
「……無用……だ。私は……大丈夫……だから……。」
「何を言ってるんですか!!どこか大丈夫なんですか!!」
「いいから……手を……出すな……。」
ゴッ!!
ファムが立ち上がろうとする所にハッナンが膝蹴りを叩き込む。
「流石騎士様は頑丈だわぁ!いたぶり甲斐があるぜぇ!イヒヒヒ!!と言うか、早く助けを求めた方がいいんじゃないのぉ?ん?死んじゃうよぉ?ん?あの魔法使いに助けてぇ!ってよぉ?」
ハッナンは倒れているファムの長い髪を掴み、強引に立ち上がらせ下卑た笑みを浮かべる。
「イッヒヒヒヒ!高慢な貴族や騎士をいたぶるのって最高だぜぇ!!イヒ……アアッァァ……アガッカ……!!」
勝ち誇りファムの髪を掴みあげていたハッナンが突然呻きだす。
「フッ。奇遇だな。私も貴様の様な下衆をいたぶるのは大好きだぞ。」
「ガガッ……ゴガッ!グッ……ぐぼぉ……て、てめぇ……。」
先ほどまでギガントパイソンの毒を浴びて辛うじて意識がある状態だった筈のファムの左手には剣が握られ、ハッナンの腹部に深々と根本まで刺し貫き貫通している。
「どうした?私をいたぶるんじゃなかったのか?え?」
「ッツ……ゃぁあッ……止めろぉぉおおお!!」
ファムは冷笑を浮かべながら剣を突刺したままグリグリと捻りながら前後に抜き差しする。
「……グッ……何で動ける……んだ……。てめぇ!」
「簡単な事よ。これのお蔭さ。」
ファムはそう言いながら胸の青い宝石が埋め込まれているネックレスを持ちあげる。
「………!?マジックアイテムかよ……。クッソ。あいつの情報じゃそんな……グッ……無かったは……ず。」
「『まぁいいか。お前はここで死ぬんだし教えてやる。』だったか?貴様の先ほどの台詞は?フフ。
貴様の推察通り、これは毒を浄化するマジックアイテムだ。動けるまで多少時間が掛かるが、ギガントパイソンの毒でもこの通り問題なく浄化可能だ。これは私の家の家宝でな……。いつも身に付けているアイテムではないが……今回は用心の為に持ち出したのさ。」
「ち……ぐ……しょう。こ、こんな筈………じゃ。」
「フッ……油断し過ぎだ。幾ら毒を食らったからと言って得物を持たせたままにするなど……愚の骨頂だ。バカめ。
貴様の様な下郎は誰知れずこの森で死んで行くのだな。フフ……。ハァァァアアアア!!!」
「クソがぁぁぁあ………!!」
ファムがハッナンの耳元でそう呟くと腹部に突刺している剣に力を込めて腹から頭部に向けて真っ二つに切裂き、命を一瞬で刈取った。
……。
……………。
ファムさん……コワい……。
物凄い冷たい目で止めを刺したな。
正に汚物を見る様な目で躊躇いもなく。
めっちゃ怖ぇ!!
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