第1話
ジャガーノート ~戦闘狂いの戦姫~
これから、どうぞよろしくお願いいたします!
眠らない街『シャロン』。太陽など随分前に定時帰宅したと言うのに、この街に暮らす者達は休むことを忘れてしまったのか、各々自分達のやりたいように人生を謳歌している。それを街自体が後押しするかのごとくネオンの光で空を煌々と焼き、行き交う人の数も減るどころか時間が経つにつれその数を増し続けているようにさえ感じられる。こんな広い街だというのにも関わらず、人に触れずに歩くのがやっとといった混み合いは、見ているだけでこっちが疲れてしまいそうだ。流石は大人達の社交場として名高い、我が国きっての繁華街であると言えよう。
そんな賑やかな街並みを数年前に潰れたであろう商業関係の廃ビルの一室で、私はスコープで覗き込みながらひたすらターゲットが視界に入るその時をジっと堪えて待っている。そう、もうかれこれ8時間はここで待機である。はぁ、早く帰ってシャワー浴びたい・・・・
ターゲットが目標の建物に入ってからずっと監視しているのだが、一向に視界に捉えることができず『もうここを離れてしまったのでは?』と疑いたくなってきているのだが、私の優秀な観測者曰く、『まだその建物内にいるらしいので待機せしよ』と言うありがたいアドバイスを頂戴したので、このまま監視が継続させられていた。
「ターゲット、来ない・・・・」
『そう怒んないでくださいよ、姫っち。ちゃんと全ての出入り口は監視しているので、間違いなく建物内にいるっすから』
「もういっその事、建物内に突入して直接倒しちゃわない?」
『それだともう隠密作戦じゃないっすよね?だいたい、今日はおやっさんから届いた新型の狙撃銃の実地テストも兼ねてるんすから、拗ねないでもうちょっとだけ我慢してくださいよ、ね?』
「・・・じゃあ、少し寝ててもいい?」
『勿論、却下っす♪おっ、やっこさんやっと動きを見せたみたいですよ。最上階の左から3番目の部屋っすね』
「こっちでも確認。男女二人組み、ターゲットの男性と思しき人物を視認。もう撃っていい?」
『まだ駄目っすよ。今データと照合中なので暫くお待ちくださいっす。すぐ終わりますから』
「・・・こっちはなんか始まったわよ」
『あぁ・・・、合体しちゃってますね・・・』
「やっぱ今すぐ撃ち殺そう」
『お願いだからもうちょっと待ってください、この通りっす!いや、見たくないのは解るんすけど、照合しないと任務達成にならないんですってば』
「・・・セクハラ?」
『同姓にセクハラして何が楽しいっすか。自分は二次元ショタにしか興味ないっすよ』
「そういえば、ヘンタイさんだった。失礼」
『・・・・。っと、お待たせしました、照合完了っす。ターゲット【ダル・ゴルジック】照合率98.87%、ついでに女の方は今映画で話題の女優さんらしいっすね。名前は・・・って興味ないっすよね?』
「うん、全く」
『了解。それではお仕事開始っすよ!』
「狙撃にはいる。周辺警戒よろしく」
『廃ビル周辺は特に変化無し。周辺の風速データを転送するので、そちらで確認お願いするっすよ』
そうして送られてきたデータをスコープ内の視界にリンクしてあるデバイスに必要な情報を入力する。
狙撃距離は遠く、途中に数多くのビルが立ち並んでいるため風の計算が難しいのだが、この距離での仕事は“いつもの事”なので慣れた様子で修正を加えて、高速で変化するデータを頭の中で処理を行い必要な情報だけをどんどんかき集めてゆく。次第に自分の周囲の音が消え、視界に捉えているターゲットの頭部を吹飛ばすイメージを現実に再現するために、呼吸を整え集中力を加速させてゆく。
「弾道計算開始、推定距離2036m。風・北北西2・北西1・北東2、照準を左2修正。入射角計測完了、照準を左1修正。弾道予測完了、撃つ!」
息を殺し白くて細い指を引き金に絡ませ、そのまま一気に力を込めて引き絞る。それと同時に落雷を間近で聞いた様な轟音と共に、金属の塊が廃ビルの窓を飛び出て行きビルの間を猛スピードで駆け抜けてゆく。弾丸は風に煽られながらも、まるで吸い寄せられるようにターゲットのいる部屋へと向かっていき、防弾であろうその窓をあざ笑うかのように食い破り、絶頂へと向おうとしていた男の頭部を見事にこの世から吹飛ばすことに成功した。ふむ、絶頂どころか昇天成されたようね。
「ターゲットへの着弾確認。あれで生きてたら化け物ね」
次は無いとは思うのだが一応コッキングレバーを引き、使用済みの薬莢を外へと排出させ次弾を空いた薬室へと送り込む。この排出された時の火薬の焼けた匂いと、弾け飛んだ空薬莢が地面を叩く甲高い金属音は何時聞いても素晴らしい!
『此方からも確認できたっす。流石のおやっさん特製の対物ライフルの威力っすね、やっこさん見事に・・・・やっぱなんでもないっす。しかし、下にいた女優さんパニック映画みたいに全身返り血で真っ赤っすよ。彼女はもう肉とか食べれないんじゃないっすかね。可哀想に、なむなむ』
「あんなところに引きこもって対物ライフルで狙撃させる奴が悪い。状況終了!それじゃ撤収するわ、逃走経路の変更は?」
『今のところ変更無しっす。こっちも現地のネズミさん達を撤収させちゃいますね』
「了解。それじゃ、アジトでね」
『ほいっす。一応廃ビル周辺のネズミさんはまだ残しておくので、何かあったら知らせますね!』
通信が切れたことを確認すると、自分も起き上がり服に付いた埃を簡単に落としてから撤収作業をおこなう。大型の狙撃銃は幾つかのパーツにばらしてから持ってきたギターケースに偽装したカバンに収めて、手早くその場を後にする。一応、空の薬莢も探して回収しておいた。別に置いていっても構わないのだがこれをしないと相棒が五月蝿いので仕方がない。
忘れ物もないのでこのまま廃ビルの外に出たのだが、一応相棒にメールで知らせてからその場を後にする。まぁ、どうせネズミを介して此方を見ているとは思うけどね。
途中大通りに出たところで何台ものパトカーや救急車とすれ違ったので、たぶん現場ではかなりのパニックになっていることだろう。夜も遅いというのに大変ご苦労なことだ。公務員諸君、謹んで職務に励んでくれたまえ。私はアジトに帰って寝る。
事前に指定されていた逃走経路を順調に消化しながら、ゆっくりした足取りで相棒の待つアジトへと帰還した。うん?さっきまで持っていなかったこの包みは何かと?途中で匂いに釣られて買ってしまった肉まんくらいは許していただきたい。こっちは8時間もあんな廃ビルで一人ぽつんと持たされていたのだから、いくら私でもゼリーとパサパサの携帯食だけでは育ち盛りのお腹を満たすことはできなかったのだよ。
予定より少し遅れたが、勿論尾行されるような間抜けを働く愚か者ではないので安全はすでに確認済みである。というか、もし私が気がつかなくてもアジト周辺はすでに相棒のテリトリーなので不審者がいたら、すぐに知らせがとんでくるのだけれどね!
ビルの一室にあるアジトへ続く階段を上り、部屋の扉を開けると十代半ばの女の子が私に向って飛びついてきた。彼女が先ほどまで私と話をしていた相棒のニーナ。心配してくれるのはありがたいのだが、仕事の度に飛び掛るのは止めてほしい。最近スキンシップがエスカレートしている気がするぞ・・・・
・・・・おっふぅ!
「遅かったから心配したっす!」
「はいはい、心配ありがとね。これお土産の肉まん」
「うっ。あんな光景を見せつけた後にひき肉料理とは流石姫っち、なかなか辛いっす」
「いらないなら、私が食べるけど?」
「いえ、ありがたくちゃんと食べるっすよ♪丁度小腹が空きましたしねぇ。姫っちはそのままお風呂っすか?」
「その通り。あんな埃っぽいところに何時間もいたから、一秒でも早くお風呂に入りたかったのよ」
「そうだと思って、お風呂沸かせておきましたよ。私はもう少しだけお仕事してからアニメ鑑賞にもどるっすね」
「・・・・本当ぶれないわね。ある意味尊敬するわ」
「その辺はお互い様なので、言いっこ無しっすよ」
「了解、程ほどにね」
「ほいっす。あぁ、そういえばちゃんと依頼人から入金されていましたよ。こちらは損害無しなので、今回もボロ儲けっすね」
「これでこの街での仕事も終わりだっけ?」
「いや、あと一件頼みたい仕事があるって団長からさっき連絡入ってたっすよ。ただ、まだ詳細は話せないらしいから追って連絡をくれるらしいっす」
「パパから直で依頼とな?それはまた珍しい」
「なんか、向こうは長期契約で手が離せないらしいので、丁度手の空きそうな私達に話が回って来たみたいっすね。まぁ、後のお楽しみってところじゃないっすか?」
「ふ~ん。取り敢えず、私はお風呂入ってもう寝るね。何かあったら起こして」
「了解っす!」
着替えとバスタオルを持ってバスルームへ行くと、ニーナが言っていた様にちゃんと湯船が用意されていた。すぐに湯に浸かりたい衝動に駆られながらもここはグッと我慢をしながら、先に身体を洗って疲れと一緒に流していく。仕事の後は必ずシャワーを浴びないと気がすまないのだが、今日はそれプラス長い時間埃っぽい場所にいたので、髪も念入りに洗い流さなくてはならないのだ。母親譲りのプラチナブロンドの髪はとても美しいが、手入れをサボるとすぐにへそを曲げるからなかなか大変なのだよ。
やっと満足がいくまで身体をピカピカに磨き終えたので、念願の湯船にゆっくり腰を下ろし今日の残った疲れも一緒にお湯へと溶かしてゆく。最高の湯加減じゃないか!我が相棒ニーナよ、褒めて使わす。
ちなみに私、シャルティア・ヴァーゼルトは別にどこかの国のお姫様というわけではない。父親の名前がキングと言って民間軍事会社キャッスルガーデンの社長をしており、その娘であることから団員からあだ名で『姫』とか『姫っち』と呼ばれているだけである。まぁ、社長令嬢ではあるかな、一応ね。
今日はその会社に、表には出せないような依頼が舞い込み、一番適任とされる私達のチームが任務を遂行したという事だ。家の会社は、表向きは要人警護や建物警備を主として仕事を請け負っているのだが、たまにこういう汚れ仕事が入ることがあるので嬉々として業務に励んでいるのであります。ちなみに私は裏の仕事の方が好きなので、よく回してもらっていたります。えへへ♪
さてと、このままだとお風呂の中で溶けてしまいそうだったので、意識がまだ残っている間に湯船から脱出し、軽く身体を拭いた後にバスローブを纏っただけでそのままベットに飛び込んだ。この高反発のマットレスは、ここ最近の買い物での一番の成果である。もちもちフカフカで実によろしい、作った人は褒めて使わす!
後はその辺に置いてある毛布を被れば完璧なのだが、どうやら先客がいたようで妙に毛布が重かった。
「シュシュさんは今日もここで寝てたのか。どうだい、このマットレスは。中々のもんじゃろ」
「にゃ~ん」
「そうじゃろ、そうじゃろ♪よし、今日は特別に私の抱き枕にしてやろう!」
「にゃっ!?」
嫌がる愛猫のシュシュを抱き枕に夢の世界にいざ往かん!
シュシュも最初は抵抗してなんとかロックを外そうと頑張ってはいたのだが、ご主人様が完全に寝息を立て始めたのに気がつき、最後には諦めてそのまま一緒に眠りについていくのであった。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます!
よろしかったら、感想なども是非よろしくお願いいたします。
本日2話も投稿いたしますので其方も是非楽しんでいってください。
投稿時刻は夜の21~22時頃を予定しています。
同時連載中【アルカディア ~転生職人奮闘記~】
ゲーム“ハイジン”の職人さん目線で描いた転生物語となっております。
https://ncode.syosetu.com/n2971ei/
此方も是非読みに来てください!