はじめましてのごあいさつ12
「あ、まだいたね」
墓石の前に、胡坐をかいて。
先ほど手に持っていたブーケを、ぼんやりと眺める彼。
最初にこの場所で見た緋天ほどではないが、彼も、心ここにあらず、だ。悲しいとか悔しいとか、そういった感情は表に出さず、ただじっとしている。
「お邪魔してすみません。質問していいですか?」
「・・・あー、えっと、え?」
戻ってきた自分たちを見上げて、彼はぽかんと口を開けた。何故ここにいるんだろう、という疑問と、唐突に自分が質問などと言い出したからだ。
「私は緋天の友達の、市村京子です。お兄さんは?」
「・・・小林です」
半分背中に隠れるように立つ、緋天を見やってから。彼が口を開く。
緋天はこちらの手を少し強く握ってくる。どうやら、頼りにしてくれているらしい。場違いだが、嬉しさに口元が緩んでしまった。
「小林さん、ズバリ聞いていいですか?」
先ほどと同じ問いを、口にする。ふざけているわけではない。真面目なのだ、と少しでも伝わるように、彼の目をじっと見た。
「・・・どうぞ」
ぼそりと出された答えは、意外だった。もっと、抵抗を見せるのかと思っていたから。緋天の前だからだろうか、彼は少し居住まいを正したようだった。
「あのね、小林さんは、理子お姉さんのこと、好きだった?」
「・・・っ」
見開かれた目が、まずこちらを見返してから、戸惑うように緋天の方へと移動する。視線を向けられた緋天は、まだ目に涙が浮かんでいたものの、下を向かずに彼の方へと体を向けていた。
誤魔化さないで、と思う。
子供相手だから、とか、極めて個人的な話題だから、とか。答えない理由はいくらでもあったが、今、ここで目の前の彼に、それをして欲しくないと思った。
だって、それをされたら、緋天の悲しみの行き場が、なくなったままになってしまう。
静寂が、自分と緋天と、彼との間を包み込む。彼が答えてくれるまで、急かしはせずに、いくらでも待とう、と思ったその時。
息を飲んだまま、硬直していた彼の唇が、そっと動いた。
「・・・愛してた。俺のせいで、死んでしまった・・・っ」
それは、懺悔だった。
理子、と小さく呟いて、静かに彼の頬を涙が伝っていく。
「緋天」
ぽろぽろと、緋天の両目からも雫がこぼれて。
「緋天、理子お姉さん、幸せだったよ。愛されてたんだもん」
「・・・っうん」
がば、と彼がこちらを振り仰ぐ。
予想もしないことを、こちらが話しているからだろう。先ほど出会った時の緋天の様子から、こんな事を話題にするとは思ってなかったはずだ。大の男が、はらはらと涙を流しながら、緋天を窺っている。
「・・・ごめん、なさい、お見舞い、行けなかった・・・っ」
ずっとつないでいた手を、緋天がそっと離して。
一歩前に出て、墓石に向かい、ぎゅ、と拳を握りしめる。
「っこわ、怖かったの! また忘れられてたら、って思って、行けなかった・・・会いたかった、・・・っ会いたい!」
ああ、どうしよう。もらい泣きしそうだ、と上を向く。
息を吐ききるように、少し苦しげに出された緋天のその、小さな叫び。
「・・・っ理子お姉ちゃん、ごめん、ごめんねっ」
やるせない。
けれど、仕方ない。彼女の大事な人は、もう亡くなってしまった。緋天の涙はとめどなくこぼれていく。
ただ、その泣き方が。
少し今までと違う気がした。行き場のなかった感情の、出口を見つけ出せそうだった。
「・・・小林さん、理子お姉さんは、お見舞い行けなかったことくらいで、怒らないでしょ?」
これは、この、今からやる行為は、単なるお節介だ。
分かっていたけれど、自分を止められない。
彼に向き合い、声をかけると。
静かに泣いていた彼は、顔を上げる。その目が再度緋天を見やり、こちらがしたいことを理解したのか、頬をぬぐった。
「・・・ああ、怒らない。理子はそんなことで怒らないよ。お前、それを気にしてたのか?」
彼の質問に、緋天は肩を震わせる。
「お前が一番よく知ってるだろ? ・・・お前がそんなこと気にして元気ない方が、理子は怒るよ」
声が出せないのだろう。涙が止まらない緋天は、苦手にしていた相手に言われたその言葉に、小さく頷いた。
少しだけ口元を緩めた彼が、長い息を吐く。
「あのな、理子は、・・・俺が、・・・出張、行く前に、理子を病院連れて行けば良かったんだ・・・っ、咳してたのは気付いてたのに、大丈夫って言うのをそのままにした、俺の責任だ」
一息に告げられたそれは、本当のことなのだろう。先ほど緋天が話した内容を思えば、彼のその行動は入院のきっかけを作り、そしてそのまま、理子は儚くなってしまったのだと思う。日々の生活で、積み重なっていく体の不調を作り出したのも、彼なのだとは思うが、もう、元に戻すことはできない。取り返しがつかない。
「・・・緋天、小林さん」
打ちひしがれる男なんて、別に見たくない。悲しみから抜け出せない緋天は、もっと見たくない。
「自分を責めるのはもうやめようよ。理子お姉さん、好きで小林さんの傍にいたんでしょ。自分の体、壊れちゃってもいい、って思うくらい、小林さんと一緒にいたかったんでしょ」
二人の視線が、こちらに突き刺さる。
「・・・もしかしたら、そんなに悪化するとは、理子お姉さんも思ってなかったんじゃない? でもそんなの、恋に夢中で、気付く暇もなかったかもしれないじゃん」
きっとこの二人は、彼女の死に囚われている。こんなこと、考える余地もなかったはずだ。
「理子お姉さん、自分が死んだこととか、その原因を、とやかく言う人じゃないよね。だったら、ちゃんと認めてあげようよ。恋をして幸せだったんだよ、って」
ああ、ものすごく。
上から目線だし、他人の言葉だな、と口にしてから思った。けれど、二人の心のどこかには、届いたようだった。緋天の涙は止まったし、男の目は丸くなっている。
「残された緋天と小林さんが、元気ないのはさ、理子お姉さんも困るよ。小林さんがさっき自分で言ってたでしょ」
「ああ、・・・うん」
小さく返事をした男は、緋天をちらりと見てから頷いて。
「緋天、ちょっとずつでいいから、元気になろう? 私と楽しいこと、たくさんしよう?」
男に視線を向けられた緋天は、こちらを見て微笑んだ。
「うん、・・・ありがとう」
小さな笑みだったけれど、赤みのさした頬と、緩んだ口元の緋天を見て、これはもう大丈夫だ、と妙な確信を得る。
「ありがとう、京ちゃん」




