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男と女。性別が違うだけでこんなにも可愛いものだろうか。
二人とも、間違いなく自分の子供だ。けれども緋天が女の子のせいなのか、全ての仕草がやたら可愛いくてたまらなかった。司月の時は、彼がミルクを飲むその姿は、かなりの苛立ちを自分に与えたのだが。同じ事でも緋天が女の子というだけで、微笑ましい図に見えてしまう。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
玄関まで出迎えてくれた祥子に口付けて、靴を脱ぎ。もどかしく思いながらも洗面所でしっかり手を洗い、うがいをする。これをしないと緋天に触れられないのだ。
「・・・なんか妬けちゃうわね。そこまで熱心だと」
傍でカバンを持っていてくれた彼女が頬をふくらませる。
「いや、司月の時はライバル的気持ちが大きかったから・・・」
言い訳めいたことを口にして、もう一度祥子にキスを落とした。苦笑した彼女とリビングに向かうと、ベビーベッドの横で緋天を眺めている司月と目が合う。
「ただいま。司月は一日中そこに居れていいなぁ」
「ようちえんいってるもん。いちにちじゅうじゃない」
ふい、と目を逸らした彼はそんなことを口にする。最近、緋天を巡って彼の反抗が多い。反抗期かと思いつつ、柵の中の小さな彼女を覗く。
「緋天ちゃん、お父さんだよー、ただいまー」
「おとうさん、て、あらった?」
「洗った洗った。あー、ほっぺた柔らかいなぁ」
にこにこ笑う緋天の頬をつつくと、こちらを向いて更に笑ってくれたりする。それがあまりに愛しくて、毎朝会社に行くのが大変なのだ。
「あんまり泣かないのよねー・・・逆に心配になっちゃう」
横に並んで緋天を見下ろす祥子の顔が少し曇る。
「あんまり心配しなくてもいいんじゃないかな? 健康極まりないみたいだし。夜中に見計らったみたいに泣いて、僕らの時間を削られるよりいいよ」
実際にそれを毎夜のように実行していた司月に視線を向けてみると、彼女は目を逸らして小さく笑った。
「・・・そろそろ平気そう?」
「許可はもらってるけど・・・」
祥子の耳元で囁くと、彼女は言葉を濁して緋天に目をやる。司月の時は、医者の許可が下りた一ヶ月検診の後も、彼女は怖がって中々頷いてくれなかった。ようやく了解の意を得た頃は、司月の夜泣きがひどくてあまり二人になれなかったのだ。
「あんまりべたべたしないで。ひてんがびっくりする」
下を向いた彼女の頬にキスをした後、そんな声が聞こえてきて。鋭い目をした五歳児。どうやら本当に反抗期のようだ。今まで同じ事を彼の目の前でしても、目を背けるだけだったのに。
隣でくすりと笑った祥子の声が耳に響いた。
我が家は少し。他とは違う。
友人の家に遊びに行ったりして、そんな事を改めて思い知る。
何が違うかといえば、両親。この二人に限定される事なのだけれど。
「・・・おかぁさーん。宿題教えてー」
「あらま、何かしら?」
緋天の声と、それに少し驚いた様子の母親の声が耳に届いた。ノートを手にした妹が、ぱたぱたと目の前を通り過ぎる。普段なら学校から帰ってすぐに宿題を終わらせる彼女が、夕食後にこうして親に宿題を手伝ってもらおうとする事が、とても珍しい。
「えっとね。自分の名前のユライ?を調べるの。なんで緋天なの?」
首を傾げて使い慣れない言葉を口にする緋天は、最高に可愛かった。
「緋天ちゃん、知ってるでしょ? 緋天ちゃんが生まれた日にね、夕焼けがすーごく綺麗だったの」
不思議そうな顔をして、何度も教えた事のあるそれを、母は妹へ嬉しそうに言う。
「ちがうもん。そうじゃなくて、何でそれが緋天になったのか教えて?」
横に頭を振ってから、ぽす、と軽い音を立ててソファに彼女は座る。にっこりと笑ってそれを見届けてから、母は何故か自分を見て。更なる笑みを浮かべる。それに嫌な予感を覚えた。
「しーちゃん、一緒に聞いといた方がいいわよ?」
「・・・いい。って、その呼び方いい加減やめてくれ」
「あ、そうだったわ。もう、あの時はあんなだったのに」
「何の話だよ・・・」
いきなり話の飛ぶ母に呆れていると。緋天の目は興味津々、という感じで自分を見ていた。その視線にたじろいでいる隙に、母は笑顔のまま緋天に口を開いた。
「緋天ちゃん、お父さん呼んできて?」
「はーい」
いい子の鏡、とでも言うべき返事をひとつして。緋天はたった今来たばかりの廊下を戻る。二階の両親の部屋へと走っていった。