⑪ せいちょう を みまもりましょう
窓辺から清澄な朝日が差し込んできた。開けられた窓から爽やかな風が流れてくる。ここはゴラドンラノームが管轄しているとある村である。
セアートは、今は亡き極悪村長の家に不法侵入して、こーひー と呼ばれる豆のお茶を飲んでいた。
鼻をくすぐる香ばしい風味に、ほろ苦い味わいの奥にある旨みを堪能する。セアートは こーひーを甚く気に入った。
ミアがセアートの隣に置いていったライラックのぬいぐるみと じぃっとにらめっこしながら、至福のひと時を過ごす。
村から出ていく時は 村長の こーひーを根こそぎ全て持っていこうかと計画することにした。
「にしても……。なんとか逃げられてよかったぜ」
ゴラドンラノーム城から出る時に止められはしたが、セアートは無理矢理に脱出してきた。
『世直しの旅に出る。同時に世界を見てきたい。世界を知らない人間が、世界を相手に政治で戦えるはずないのだから』と、もっともらしい置手紙を残しておいて断ってきたのだ。
「まあ、城としては 困るだろうな。オレを戻すために、どんな手を使ってくるやら……」
窓辺から青空を見上げながら、ぽつりとつぶやいた。
政治というのは、とてつもなく面倒くさいものなのだ。例えるなら、左右の道があるとして、どちらの選択をとったとしても、得をする人もいれば、損する人がいるようなものだ。どちらに行っても批難は避けられない。未来を見据えて動けば現状を理解していないと批判され、現在を見て動けば目先の利益だけでしか考えないと文句を言われる。そういうものが政治なのだ。
他人の害意に傷つけられて心が歪んだセアートにとってみれば、政治は非常に遠慮したいものだった。
ドンッと大きな音がする。魔獣の悲鳴が聞こえた。
「ほう、早いもんだ。ミアが仕事を片付けたようだな」
この村は、村長と猛獣使いに支配されている村だった。村長と猛獣使いが裏で結託し、定期的に村を襲わせていたのだ。
村長の意向に反対する人間を襲わせ、同時にゴラドンラノームからの魔獣防衛援助金を村長と猛獣使いの懐に入れていたのだ。村が襲われているため、一見すると村長は被害者なので、誰も疑うことは無い。ゴラドンラノーム兵が様子を見に来たら、猛獣使いを下がらせて本格的に猛獣使いの魔獣を退治させないようにする。まるで村長と猛獣使いによって寄生されているかの如く、欺瞞にあふれた村だったのだ。
「ただいまー」
「おう、おかえり。魔獣はどうした?」
「ぜんぶやっつけた!」
なんてことなしにミアが言い切った。さすが、英雄の歴史を持っているだけある。
ミアは返り血を洗いに洗面台にトタトタと行く。男は今は亡き極悪村長の家で、ふと新聞を手に取った。
それは、ゴラドンラノーム新聞の見出しに目を引かれたからだ。
『ドラゴンラノーム新聞 特別号!
古今無双、唯我独尊。
剛力で悪を叩き潰し、豪快な世直しをする大魔法使いが現われる!
血液を媒体にした邪悪な竜の魔法を使う姿から、大魔王と恐れられ、また王族の関係者とも噂されている。特徴として、ネコミミ少女の召使いを連れている姿から、人々は「ロリコン大魔王」と尊敬の眼差しをもって呼んでいるようだ。世直しの理由はいったい何なのか。ネコミミ少女の召使いとロリコン大魔王にゴラドンラノーム民は目が離せない日が続くだろう。
ネコミミ少女とロリコン大魔王を見つけた者は、ぜひ我が新聞へご連絡ください 。
※この新聞は、ゴラドンラノーム城の協賛でお送りしています』
「うわっ、そうきたか……っ!」
特に最後の一行が衝撃的だった。セアートは、なんて手を使ってきたんだと頭を抱えた。
村や街を巡るたびに、この新聞にでかでかとロリコンと書かれ続けるのだろうか。こんなことをずっとされ続けたら、勘弁してくれと病んで城に帰りたくなるかもしれない。
「ねーね、何を読んでるの?」
「新聞だ。ミアも読むか?」
「こっち世界の文字は分からないから、読めない!」
ミアが堂々と言い切った。セアートは少しだけミアの心配をした。識字ができなければ不便だろうし、読めないことをいいことに都合のいい嘘をつかれるかもしれないと思わないのだろうか。しかし、世界が違うなら考え方の文化も違うのかと、セアートは考えることを止めた。
だが、もう少しだけ考えれば、真相はなんてことのないものだとセアートは気付けたかもしれない。それは、ミアがセアートのことを厚く信頼しているため、識字を気にかけていないということだったのだ。しかし、裏切られ続けたセアートは、信頼という選択肢を無意識のうちに外していた。
ミアが爛々とした瞳で見つめてくる。「なんて書いてあるのー」とネコミミが好奇心旺盛にぴょこぴょこと動いていた。
セアートが城から出ていく時にミアを連れていったのは、ミアのネコミミを見ると感情が分かりやすいのも理由のうちの一つだった。心が少しでも分かるという状態が、誰かを信じる心を怖がっているセアートには無意識的な安らぎなっていたのかもしれない。
「この新聞には、子供と大魔王がゴラドンラノームの領を周っていると書いてあった。オレ達の情報を集めているらしい」
「えー。悪いことしたらバレちゃうね」
「だから、さっさと出ていくぞ。村人たちから、村を守った報酬と言いながらカツアゲして、すぐにずらかるぞ」
「えいえい、おー! 恐喝しまくってくる!」
素直な心をもったミアに、セアートは思わず頬が綻んだ
「オレが行くよりも、子供の方が多くもらえるかもな。ミア、行ってこい」
「はーい。ねぇねぇ、頑張ってるし、終わったら なにかご褒美ちょうだい!」
セアートは少しだけ悩んだが、ミアにご褒美として餌付けした方が良いと判断する。この次のターゲットは少し大きめの街なので、今回よりも頑張ってもらう必要があったからだ。
「オレの出来る範囲でな。ほら、なんでも言ってみろ」
「えっ――。なんでもっ!?」
「ああ、なんでもだが?」
「ほんとに、ほんとっ?」
「ああ。そのつもりだが……?」
念を押すほどに、ミアが『なんでも?』を聞いてきた。
ミアは、うーんとね、と考える。セアートの顔をチラッチラッと見て、何かを言おうか悩んでいた。
なんだかんだ言ってミアとずっと付き合い続けてきたセアートは、ミアがチラチラとセアートの顔色を見ていることにも気付いていたし、同時にきらきらした期待も垣間見えていた。
何か大きな事を言い出す気配があるが、何が飛び出すであろうかセアートには想像がつかなかった。
「けっこんする! きれいなお嫁さんになる!」
セアートは、ミアが夢として語っていたことを思い出した。
「そうか。相手は見つかってるということだな? 場合によっては、無理矢理連れてくるが?」
セアートはミアの相手はどんな人物だろうかと想像を巡らせながら、こーひーに口をつけた。
ミアはふるふると首を横に振って、セアートの考えを否定した。
じぃっとセアートの瞳を真剣に見つめて、顔を真っ赤にして いじらしくしている。
かすかに震える声で、ミアがセアートへ想いを伝えた。
「せっ、セアートと結婚するのっ!」
セアートは、思わず こーひーを吹き出した。新聞が茶色に濡れる。
そして、大笑いした。
「な、なんで笑うのー!? もうっ! う~んとっ! え~とっ! そ、そうだ! おっ、王子なんだし、玉の輿なんだよっ!」
「はっはっは。いや、すまない。そうか そうか。ふふふっ、くっはははっっ!」
笑ったのはミアのことではなく、セアート自身に向けてだった。
どこまでも清純で、純粋な感情を正面から向けられたこと。セアートの人生において放棄していたはずの親愛というモノがこの世に本当に存在していたのかと、哄笑したのだ。
それは王子として生きてきた時代には無かったもので、放浪していた時にも出会えなかったものだった。
セアートはこのような感情はおとぎ話を盛り上げるための架空のスパイスであると、本気で思いこんでいた。儚い夢の産物だと思われていたものが、本当に実在していたのだ。
いったい今まで 自分は何をすごしてきたのだろうかと、悪の魔法を手に取ってまで生き延びてきた自身の運命への皮肉が痛快で仕方がなかった。
心の底から気持ちよく笑ったのは、セアートは久しぶりの気持ちだった。
誰にも求められずに、誰にも認められずに、セアートという存在は人生においてずっと否定されてきた。
ミアの告白は、初めてセアート自身の存在を容認された瞬間であり、確固たる実在として初めて『自分が在る』と認識できた瞬間でもあった。
セアートは改めてミア見つめる。
不安で今にも泣き出しそうな顔。うるんだ瞳が、じっとセアートを見つめている。
悪くはない。整っている顔つきだ。惚れてはいないが、あと何年かしたら分からないかもしれないと素直に感じた。
セアートがぽんぽんとミアの頭を優しく撫でた。
「……あと、十年経っても同じこと言っていたら、叶えてやる」
「やった! やくそくだよっ!」
全身で嬉しさをあらわして弾けているミアを セアートはあたたかく見守りながら こーひー色に染まった新聞を折りたたんだ。
十年先に想いを巡らせる。窓から見える快晴の空を見上げて、亡き親友を思い出す。新聞の受け売りではないが、オレはロリコンな大魔王 になるようだ、と 空の上にいるであろう親友へ想いを飛ばした。
窓辺から新しい一日を知らせる風が、ふわりと吹き抜ける。
セアートのそば置いてあったライラックのぬいぐるみが、コテンと嬉しく頷いたように倒れた。
――――END――――




