10月19日(金)。文化祭、前夜祭
と言うわけで、気が付いたら文化祭の日が来ていた。ミネルヴァ魔法学院では、中高一緒に文化祭を行う。文化祭は今日から明後日までの3日間。と言っても、出店などを出すのは明日明後日のみで、今日はいわゆる前夜祭になる。夜にはやらないけどね。
午前中は自分たちの出し物や出店などの準備や最終確認。午後から開会式だ。新生徒会が発足して初めてのイベントになる。
もちろん、開会のあいさつは新生徒会長の志穂だ。これまで美形ではあるもののどこか冷たい雰囲気の碧が開会、閉会の挨拶を行っていたため、生徒たちには女子生徒会長の姿は柔らかく映ったようである。そんな会話を聞いて、碧がいらっとした表情になっていた。
開会式が終わるとそのまま前夜祭に突入。まだ午後2時ごろだが。有志が結成したブラスバンドやオーケストラなどの演奏を聴き、そして何故かダンスパーティ。これはミネルヴァ魔法学院の伝統であるらしい。おそらく、ミネルヴァ魔法学院がイギリス発祥だからだろうな、と恭子は勝手に思っている。
ダンスとくれば、正装である。別に制服でもいいのだが、ノリの良いこの学院の生徒たちは、みんな正装をしてくる。学院側が衣装をレンタルしてくれるからだ。
一見して学年がわかるように、暗黙の了解として、その学年のイメージカラーを入れることになっている。恭子たち、今年の高等部3年生は緑である。
中等部でも同じイメージカラーを使用しているが、中等部は4学年あるので、赤、青、緑のほかに黄色が存在する。ちなみに、黄色は見にくいと不評で、現在オレンジに変更するか検討中なのだそうだ。
高等部、中等部は何となく見ていれば見分けがつくが、さすがにイメージカラーがなければ高等部何年生か、などはわからない。恭子はそのまんま緑のドレスを着ていた。
「……それで。どうしてユウは男装しているんですか」
下級生の女生徒に囲まれていた悠李を救出した恭子は、彼女の全身を眺めてからそう言った。彼女は苦笑いを浮かべた。
「いや……それがね。クラスの女子にぜひ来てくれって言われてさ。試着したんだけど、何故かそのままパーティーに行くことに」
「ユウ。この際だからはっきり言いますが、あなたはノリが良くて流され過ぎです」
「否定しようもないよ……」
悠李はそう言って肩をすくめた。
何度も言うが、香坂悠李と言うこの少女はハンサムな美少女である。すらりと高い身長に痩身で、着やせするのも手伝って、気合を入れて男装すれば、女顔の美少年にしか見えないくらいだ。最近は髪が伸びてきているため、うなじで束ねているが、それも気にならないくらいハンサムだ。だから、タキシードを着た彼女を見たいという同級生の女子の気持ちはわからないわけではない。
しかし、何故その格好でパーティーに出ようと思うのか、悠李の神経がよくわからない恭子である。
まあ、考えても無駄なので、本人がいいならいいかな、と思うことにして恭子はいた。
「では、一曲お相手願えますか?」
「いいですよ。それではお手をどうぞ、お嬢様」
うん。やっぱりノリがいい。悠李は微笑を浮かべて手を差し出してきた。恭子もノリよくその手を取ってしまったが、そこで悠李は男性パートを踊れるのだろうか、と思った。
「ええ……愚問でしたわね」
恭子は完璧にリードしてくれている悠李を見てつぶやいた。彼女が「何の話だい」と尋ねてきたが、笑ってごまかしておく。
悠李の実家は魔法道場だ。いろんな子たちが魔法を学びにやってくる。その中にはお金持ちのお嬢様とかもいらっしゃるわけで、その子たちに社交ダンスをレクチャーしている悠李を見たことがある、と言うことを思い出したのである。たぶん、彼女なら一度か二度踊れば覚えられたことだろう。
一曲踊って引っ込もうとした恭子と悠李だが、悠李の方はレイチェルに捕まり、そのまま踊らされることになった。頑張れ。恭子は1人、元いたあたりの壁際まで戻る。みんな、浮かれすぎ。
「恭子」
目を上げると、悠李が戻ってきたのかと思った。ああ、でも、声は違うね。
「千尋。どうしたんですか」
「ん、いや。あんたが1人でボーっとしてたから見に来ただけ」
千尋はそう言ってニヤッと笑う。恭子の隣で壁に寄りかかった。恭子は隣に来た千尋を見上げ、ついで今度は志穂と踊っている悠李を見た。うん、やっぱり違う。
当たり前だが千尋もタキシードだ。千尋と姉の悠李は顔立ちが似ているが、やはり雰囲気も体格も違うため、ああ、違うなぁと思う。同じような格好をしていると、その差が余計に目立つ。そもそも、悠李が華奢すぎるのかもしれない。
「……俺と姉貴の何が違うんだろうな……」
「?」
恭子が千尋の顔を見上げると、彼はじっと志穂と踊る悠李の方を見ていた。あ、今度は相手が美香になった。何人と踊る気だろう。
「……まず、立ち振る舞いでしょうかね。たとえるなら、あなたは男子生徒で、彼女は貴公子です」
「なんだよ、それ」
「それです」
恭子はピシッと指を立てた。
「千尋は少し言葉が乱暴なのですわ。悠李は、まあ、芝居がかってはいますが、口調は落ち着いていますからね。顔立ちはそんなに違いませんけど、口調で相手に与える印象は違うと思います」
「……なるほどなぁ。碧とかも、微妙に言葉がきれいだから冷徹に見えるのか……」
「例外もありますけどね。ケイなどは、どんなに乱暴な言葉を使っていても女の子にしか見えません」
「こら、そこ! 聞こえてっぞ!」
少し離れたところから件の敬の声が飛んできた。中性的を通り越してばっちり女顔な彼は、タキシードを着た少女にしか見えない。まあ、年を取れば女の子には見えなくなってくると思うけど……。と言うか、敬と悠李は同じクラスだが、悠李に男装させて、敬に女装させようと言う発想はなかったのだろうか。
叱られた2人は肩をすくめると、話題を変えた。なんだかくだらないことで盛り上がってしまった。
「千尋のクラスの出し物は、劇でしたか?」
「ああ。アーサー王伝説をやる予定」
なんでだよってツッコんでいいかしら。
そう思ったが、つっこむのはやめておいた。千尋の所属する2‐Aは、2‐Bと合同で劇をすると聞いていた。その内容は、すでに生徒会役員でない恭子たちは知らなかったが。
「千尋は何の役ですか? アーサー王だったりします?」
「いや。ガラハッド」
「……そうですか」
どうツッコミを入れるべきか迷い、恭子は無難に相槌を打つにとどめた。
「恭子のクラスはカフェだっけ?」
「はい。カフェと言うか、喫茶店と言うか」
アルコールを出してないから、喫茶店かな、と恭子。ちなみに、女子はウェイトレスの恰好の代わりに、メイド服を着ることが決まっている。本当にノリがいいな、この学校。
「碧の所も喫茶店でしたね。最も、あっちは執事喫茶らしいですが」
「……やべぇ。似合いそう……」
「たぶん、あなたも似合うと思いますわよ」
そうツッコみながら千尋の視線を追うと、彼は氏家と話す碧の方を見ていた。うん。2人とも、タキシードがよく似合っている。並んでいると、一昔前の王子と宰相に見える。
「悠李のクラスは魔法体験教室だと言っていましたね」
「どんなことするのか、ちょっと気になるよな。許可貰って魔法道具をいくつか借りたらしいけど」
香坂家は魔法道場だ。それに、千尋と悠李の母であるドクター香坂は魔法科学者だ。本人は生物系科学者だと言い張っているが、工学系の研究も行っているため、魔法道具はいくらでもあるだろう。
香坂姉弟は、休日に魔法道場で、道場に通っている子供たちに魔法を教えているらしい。だから、体験教室もうまくいく気がする。
ちなみに、その香坂姉は、今度は1年生に掴まっていた。……って、よく見たら長谷川桃じゃないか。
「……千尋は彼女に声をかけられたそうですね」
恭子がおもむろに尋ねると、千尋は「ん?」と首をかしげ、すぐにああ、と納得した表情になった。
「ああ。今年度の始めな。あんたと付き合う気はないってきっぱり断ったら、何も言ってこなくなったけど」
こういう顔が好みなのかねぇ、と千尋はうそぶいた。まあ、確かに悠李と千尋は美人ですけどね。
「っていうか、あの女、どっちかっていうと探りを入れている感じだったな。男をたぶらかしてるっつーより、男子生徒担当のスパイ、みたいな」
千尋の唐突な言葉に、恭子は眼をしばたたかせた。
「……男子担当がいるなら、女子担当もいるのでしょうか?」
「さあな。いるかもなぁ」
千尋が適当に返答をした。すると、長谷川桃を振り切った悠李が若干疲れた様子でこちらに近づいてきた。
「お疲れ様です」
「……本当に疲れたよ」
悠李がぐったりした口調で言った。いったい何人と踊ったんだろうか。
「姉貴、俺より人気だもんなぁ」
「男装してるのが珍しいだけだよ」
悠李が苦笑して千尋に言った。確かに、私服ではパンツルックの悠李だが、制服はスカートだもんね。
「長谷川桃に何かを言われましたか?」
「……いや。なんだかよくわからないけど、異様に褒められただけだよ」
それはそれでなんと言われたのかすごく気になる。
「ま、せっかくの文化祭だし、楽しもうぜ」
「同感」
恭子と悠李は千尋の提案に声をそろえて同意した。
そう言えば、全然見なかった気がするけど、晃一郎と紗耶加はどこ行った?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
実は、前の話までしか事前に予約していなくて、あわててこの話を掲載したので、この話、ほぼプロットの状態です……。手直しは入れる、と、思う……。
次は9月4日木曜日です。次はちゃんと事前に予約掲載を入れておこう。




