9月2日(日)。魔法人形運用試験【2】
『悠李、千尋。そのまま100メートル前進。右手からドールがやってくるぞ』
『了解』
対戦が始まってすぐに碧の指示が飛ぶのが聞こえた。今、訓練場に降りている3人の中で遠隔透視魔法を持っているのは碧のみ。だから、必然的に彼が指揮を執ることになったようだ。3人は無線機をつけており、会話がこちらに流れてくるのだ。
モニターは後方から狙撃銃を構えて指示を飛ばず碧と、すごいスピードで市街地を模した道路を走る悠李と千尋を映していた。そのほかMMBドールや市街地訓練場のほかの場所も映している。
悠李と千尋がドールと遭遇した。悠李と千尋は2人で、相手は3体だが、さすがは姉弟というか、息がばっちりあっている。
悠李が回転魔法と強化魔法を駆使したスピード戦をするなら、千尋は力押しだ。念動力があるからだろう。技術も伴っているので厄介だ。
悠李の残像が残るほどのスピードと、千尋の魔術のエフェクトの光のせいで眼が痛い。2人ともMMBドールを翻弄しているが、とどめを刺すに至らない。
『悠李、千尋! 後退しろ! 悠李、そのままビルの屋上に飛び上がれるか!?』
『了解!』
姉弟は強く地を蹴ると、弟の方はそのまま宙に浮いて高速で移動したが、姉の方は空中で1回転すると近くのビルの屋上に飛び乗った。MMBドールのうち1体は千尋を追って行ったが、2体は悠李を追ってビルの屋上に飛び乗った。どうやら、MMBドールは念動力による空中移動ができないようだ。
恭子が悠李の映っているモニターを見ると、悠李は1体に回し蹴りを食らわせ、もう1体が持った剣を受け流した。蹴りを食らったMMBドールが体勢を立て直し、悠李に向かって手を掲げた。その手に魔法陣が浮かび上がる。悠李はそれに気づいたが、もう1体から攻撃を食らい、避けられない。
だが、魔法陣を展開したMMBドールは魔法を発動する前に頭を撃ちぬかれた。狙撃だ。そのままそのMMBドールは機能停止する。
『さすが成原!』
悠李は攻撃を避けながら碧を称賛する。碧はそんな彼女に、援護射撃を繰り返しながら叫んだ。
『そんなのはいいから、そいつを振り払え!』
『わかったよ!』
悠李は距離を取っていたMMBドールに肉薄し、MMBドールを剣で切りつけた。その衝撃で一歩後ずさったMMBドールを蹴りつけ、MMBドールをビルから突き落とした。えげつない!
MMBドールを突き落した悠李は足元に回転魔法陣を展開し、ビルからビルに飛び移って移動した。
『千尋。今どこだい?』
『え? 現在地? わかんねぇ』
『2人とも、そのまま進行方向に進め。合流できるはずだ』
碧の誘導で悠李と千尋は合流した。
『今どうなってんの? 銃撃音が聞こえたけど』
『成原が1体倒したよ。あと2体』
『あ、なんか行けそうだな』
『その前に制限時間が来るかもしれないけどね』
恭子が経過時間を確認すると、確かにすでに30分近くがたっている。制限時間は1時間なので、半分が過ぎたことになる。
香坂姉弟はビルの上で、碧はビルの中で狙撃体勢を取り、簡単に会議を行っていた。基本戦略は先ほどまでと同じで行くようだ。ただ、問題は、MMBドールが『学習する』ということだ。速攻でMMBドールを片づけた防衛大学の学生の時にはわからなかったが、魔法大学の学生がMMBドールに後れを取ったのはこの『学習能力』のせいだろう。
つまり、一度行った方法は使えない。1人をおとりにして、碧が狙撃する、という方法はもう使えないということだ。
『やっぱ、俺が力押しした方がいいよな』
『できる? まあ、僕には無理だからやってもらうしかないんだけど』
『こんな時に役に立たねぇな、姉貴』
『悪かったね』
姉弟喧嘩が勃発するかと思ったが、さすがに2人とも状況をわきまえているようだ。
「あの子たち、呑気だな」
誰かが恭子の側でつぶやいた。まあ、それは恭子も否定できないが。
『悠李、千尋。2人の方向に高速でドールが近づいてくるぞ。遭遇まであと10秒』
碧の唐突の忠告にも、2人はすぐに従った。背中を合わせて剣を構える。
『千尋』
『オーケー。任せろ!』
自信たっぷりに千尋は剣を持っていない左手を前に出した。彼がその手を軽く振ると、接近してきていたドールがあっけなく氷のやりに突き刺さ……らなかった。
『ぅわ。すげぇスピード』
それでもあわてずに千尋は剣で応対した。悠李もナイフを剣で受け止め、蹴りを繰り出し、宙返りで攻撃を避ける。
「すげぇ運動能力だな。どんな反射神経してんだよ」
どこか呆れたようにつぶやく声は、悠李に対する評価だろうか。悠李の反射速度は人知を越えているとは思う。1回、反射速度を計ってみるべきだ。
『姉貴、無理! 1人で倒すの無理! 兄貴はどうやって倒したんだ!?』
『ちょっと待って! 今行く!』
戦闘を行いながら隣のビルに飛び移っていた悠李は千尋にそう叫ぶと、回転魔法を使ったのか、一気に自分の方に接近してくるドールに向かって手を掲げた。一瞬で魔法陣が展開され、増幅魔法が発動。そして、反回転魔法でドールの回転魔法を殺し、逆に道路を挟んだ反対側のビルにたたきつけた。それから隣のビルに飛び移る。
『千尋!』
悠李が戦闘に加わると、ドールが押されていくのがわかった。2対1であることもさることながら、スピードに優れる悠李と、力押しの千尋のコンビネーションについていけないのだ。この辺りに人工知能の限界を感じる。
形成不利、と悟ったMMBドールが逃げようとビルの屋上を強く蹴った。そこに、『逃すか!』と悠李の声。彼女は剣を振り上げ、ドールに向かって投げつけた!
「ええっ!?」
司令室に悲鳴が響いた。まあ、普通、剣はこういう風に使わない。MMBドールも防刃防弾の魔法陣を織り込んだ戦闘服を身に着けていることを考えると、投げた剣が突き刺さるわけがない。しかし、そこは技術面に定評のある悠李だった。
MMBドールの体の中心に、刃が突き刺さり、MMBドールは失速した。おそらく、悠李は剣に強化魔法、回転魔法、移動エネルギー変換魔法を重ね掛けしていたのだ。もちろん、刃で貫かれたくらいではMMBドールは止まらない。しかし、妙な攻撃で隙はできた。すかさず千尋が氷魔法を連射し、MMBドールを機能停止に追い込んだ。
今度は「おお」と司令室で歓声が上がった。しかし、恭子は別のモニターを見て悲鳴をあげた。
「碧っ!」
MMBドールが狙撃銃を構えた碧の背後に迫っていた。先ほど、悠李にビルにたたきつけられたやつだ。碧は狙撃銃を構えていて、近距離の攻撃に即座に対応できないだろう。
MMBドール。ドールには殺さないようにプログラムがされているとはいえ、怪我はする。そして、恭子はこの状況に本当に動揺していた。
だが、MMBドールは途中乱入してきた悠李に横ざまに蹴り飛ばされた。悠李は華麗に着地すると、乱れた髪をかきあげた。その秀麗な顔に笑みが浮かぶ。
『学習能力があるっていうのは厄介だね……。君の相手は僕だよ』
察するに、このMMBドールは近距離戦に長けた千尋と悠李には勝てないと踏み、長距離攻撃を行っている碧を倒しに来たのだろう。ドールはともかく、悠李がどうやって碧の居場所を見つけたのかは気になるが。
さっき剣を投げてしまった悠李は手ぶらだった。それでも、相性の悪いはずのドールと互角に戦えているのはやはり反射神経のおかげか?
ただの格闘戦のようにも見えるが、よく見ると所々に魔術が組み込まれている。攻撃には強化魔法。防御には強化魔法。回転魔法に反回転魔法。時々、MMBドールが放出魔法を使おうとするのを、悠李が相殺しているのも見えた。
『悠李!』
悠李がMMBドールを引き付けている間に体勢を立て直した碧が悠李に向かって叫んだ。悠李はMMBドールの腕をつかみ、足払いをかけると腕をひねりあげ、碧の方に突き出した。狙撃銃を構えた碧が引き金を引こうとし――。
制限時間終了のベルが鳴った。
しばらくたって、司令室に悠李と碧、千尋の3人が上がってきた。お疲れ様、と彼らをねぎらう。
「惜しかったですね」
おそらく、あの瞬間に制限時間が来なければ、彼らはすべてのMMBドールを機能停止させていた。実に惜しい。
しかし、悠李は苦笑気味に言った。
「いや、でも考えてみれば、あの距離で成原が撃っていたら、僕まで貫通していたよ」
「俺も考えてみたんだが、お前、実は拳銃持ってたよな」
悠李と碧は顔を見合わせて疲れたように笑った。どうやら、冷静に見えた2人も少々パニックにはなっていたようだ。
確かに、悠李は銃を持っていたのに使わなかったし、碧が悠李が捕まえたMMBドールをあの距離から撃っていたら、狙撃銃の威力的にドールを貫通し、悠李まで傷つけていただろう。2人とも、そこまで気が回らなかったということだ。
「いや、でも、姉貴も碧もすげぇよ。俺、1人だったらあの状況で冷静に戦えなかったぜ」
少々向こう見ず、と称される香坂姉弟だが、今回は悠李は割と冷静だった。というか、千尋も冷静だったと思うけど。そう言うと、千尋はからりと笑った。
「俺ができなくても、悠李と碧なら何とかできると思ったし」
「だからユウを呼んだのですか……」
呼ばれて本当に行く悠李もすごいけど。その時、魔法大学の学生である宮部が尋ねた。
「なあ、あんた。悠李っつったっけ? あんた、なんで自分でとどめ刺さなかったんだ? 見てたとこ、あんたが一番互角に戦えてたよな」
視線が悠李に集まった。恭子は何となく答えがわかったが、悠李が口を開くのを待つ。彼女は微笑んで口を開いた。
「僕の魔法では、攻撃力が低すぎるんですよ。だから、攻撃を繰り返しても機能停止に持って行くことは難しいんです。それなら、威力のある千尋と成原に任せた方がいいと思って」
「……そうなのか」
宮部は納得いかないような表情だったが、一応うなずいた。
悠李の能力は、精神系に傾いている。対人戦闘なら効果のある精神魔法も、今回のような人口生命体だと役に立たない。もう少しバイオテクノロジーが進化して、人口生命体も感情を持つようになれば悠李の精神魔法も効くようになるかもしれないが。
「まあ、なんにせよ、お疲れ様。データ収集への協力、感謝する。みんな、大丈夫か?」
瑛一がドールと戦ったメンバーを見渡す。気を失っていた魔法大学の女学生・細山も戻ってきていて、彼女もうなずいた。
「明日以降にでも何か後遺症が出てきたら言ってくれて構わんからな。じゃあ智恵李。解散していいか?」
「いいわよ」
ドクター香坂の許可をもらって、その場は解散になった。恭子たちは瑛一やドクター香坂と帰るので、2人を待つために基地内の食堂に向かった。すでに午後のお茶の時間を過ぎてしまっているが、碧と千尋はサンドイッチとミートパイを食べ始め、悠李は恭子の隣であんみつを食べていた。
「3人ともすごかったですよ。碧の狙撃もさすがでした」
恭子が手放しでほめると、碧はアイスティーを飲んでから言った。
「あれはおとりがよかったからな。撃ちやすかった」
おとり、つまり悠李の事か。恭子が彼女の方を見ると、悠李はニコッと微笑んだ。
「でも、相手に学習能力があると面倒だね。同じ方法では倒せないし」
「なかなかおとりにつられてくれなかったもんな。俺の攻撃パターンも読まれてたし……」
「お前は攻撃が単調すぎるんだよ」
「悪かったな!」
遠回しに馬鹿だと言われて、千尋はすねて隣の碧から顔をそむけた。こういうところが少し子供っぽい。
「まあまあ。千尋もドールを機能停止させただろう? 僕だけじゃ無理だったからね」
悠李が向かい側に座る弟を慰めるように言った。
「やっぱあれもさぁ。悠李がおとりをやってくれたからなんだよな。何気に功労者だよな、姉貴」
千尋がミートパイを切り分けながら言った。っていうか、この時間にミートパイは重くないか?
恭子は3人の反省を聞き、尋ねた。
「3人は、あのMMBドールが実戦投入されると思いますか?」
恭子の問いに、3人は神妙な顔をした。
「んー。俺はされる気がするけど、2人は?」
千尋はそうそうに考えるのを放棄して、碧と悠李に投げた。悠李はあんみつを食べる手を止め、頬杖をついた。
「僕も実戦には投入されると思う。魔法自衛官レベルになると相手は難しいけど、軍属のすべての人間が魔法を使えるわけではないだろう? 一般の訓練を受けていない魔術師でも、非魔術師にとっては脅威になりうるからね」
「俺も悠李に同意だな。切り込み部隊として編制すれば、それなりに混乱を招けるはずだ。まあ、すぐに対応されると思うが」
碧も悠李と同意見のようだ。完全に特攻隊扱いだが……。悠李ではないが、人道的にいかがなものか。
そこに、ドクター香坂がやってきた。
「4人とも、付き合ってくれてありがとう。助かったわ。お礼にご飯でも行く? というか、うちは夕食、用意していないからどっちにしろ食べに行かなきゃいけないけど」
というわけで、恭子たち4人はそのまま中華を食べに行った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
設定上、魔法の威力だけで考えると、一番強力な魔法を持っているのは今回の4人の中では恭子なんですよね。おそらく、日本一の威力の魔法を持っているのはドクター香坂です。
このMMBドールですが、今後ちょろっと出てきます。
次は8月25日、月曜日です。




