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8月3日(金)。停電事件のその後

 恭子が学校に到着すると、すでに大体のメンバーは集まっていた。来ていないのは家が遠い悠李と碧だけだった。その2人も、10分後にはそろった。何故か悠李の方は弟の千尋も一緒だった。


「……何があったんでしょうか?」


 ざっと見たところ、集められているのは3年生が多い。生徒会役員と、委員長を含む風紀委員数名、学校寮の男子・女子寮長各1名。……わけが分からない。


「すまんな。夏休み中に呼び出して」


 そう言ったのは20代半ばほどの男性教員だった。あまり背は高くないが、体格はがっしりしている。体躯に似合わず整った顔立ちなので何気に女生徒に任期がある仁科にしな先生だ。生徒会の担当教員でもある。

「それは構いませんが、なにかあったんですか?」

 生徒会長の碧が代表して尋ねた。仁科先生は真剣な表情で言った。

「月曜日に、停電があっただろう? 5分くらい」

 みんながうなずく。停電があった時間には、ここにいたメンバーはまだ学校にいただろう。図書館で勉強していたものも多いはず。


「あの時、一緒に学校のセキュリティーシステムも一緒にダウンした。その時に、この学校の生徒と教員のデータがいくつか盗まれたようなんだ」

「!」


 思わず、恭子たちは顔を見合わせた。

「あの、でも」

 困惑気味に声をあげたのは紗耶加だ。仁科先生がうなずくのを見て、彼女は言葉をつづけた。


「停電して、セキュリティーも落ちてたなら、データを盗むのは難しいのでは? だって、個人データを管理してる中央コンピューターも電源が落ちてたはずですよね」


 言われてから気が付いたが、確かにその通りだと思った。さすがは紗耶加。いいツッコミをする。

 この問いに答えたのは、仁科先生ではなく悠李だった。

「……いや。できなくはないんじゃないかな」

「? どういうことだ?」

 碧が悠李の方を見て尋ねた。しかし、彼女自身は顔を上げずに顎に指を当てながら考え込むように言う。


「別のパソコンを1台持ち込めれば、不可能ではないと思うよ。事前に準備はいるけど、たぶん、僕にもできるんじゃないかな。それに、最近はそう言った、ハッキングマシーンのようなものが出回っているともいうしね。それに、電子系情報解析魔法が使えるなら、ハッキング……正確にはクラッキングだけど、それくらい、簡単だと思う。情報解析魔法が使えない僕ができるくらいだからね」


 穏やかな口調だが、言っていることはなかなかにすさまじい。これこそ悠李。気性は穏やかに見せて、さらりとすごいことを言う。


 にしても、彼女のこの妙な知識と能力はどこから……ああ、ドクター香坂のせいか。彼女の性格は兄、弟に比べて、母親にも父親にも似ていないと言われるが、恭子は母親よりの性格をしていると考えていた。まず、実は興味を持つものが似ている。

「……とりあえず、ハッキングについてはわかりましたけど、正確に、だれのデータが盗まれたかわかってるんですか?」

 男子寮の寮長である氏家が尋ねた。接近戦魔法で、悠李と互角の戦いを見せたあの氏家うじいえ透馬とうまだ。しっかり者で人当たりもよく、成績もいい彼は、昨年度後期からミネルヴァ魔法学院男子寮の寮長を担っていた。


 氏家は、かなり容姿の整った美少年だ。少しウェーブがかった髪は黒というより濃い茶色だが、染めているわけではなくて地毛なのだそうだ。目元は優しげに垂れた切れ目。碧が秀才型美形であるのに対し、氏家は正統派美形だ。いや、碧も端正な顔立ちだけどね。実際、この2人は学校で女子の人気を2分しているらしい。


 氏家の質問に、仁科先生は「全貌は把握している最中だ、だが……」となんだか不吉な言葉を吐く。

「ここにいる、お前たちのデータは盗まれたようだ」

「……」

 みんな、沈黙。まあ、生徒会、風紀委員、寮長のデータはまず、検索すると引っかかりやすいから、仕方がないと言えば仕方がない。しかし、このプライベート重視の時代にこの騒ぎ。風当たりが強くなりそうだな。


「……そんなデータ、盗んでどうするのかしら……」

 これは女子寮の寮長、斎藤さいとう美香みか。彼女も面倒見がよく、頭もいい少女だ。3‐Bに所属しているはず。

「……まあ、どこまでの個人データが盗まれたかによるけど、私たちの魔法傾向を調べてたとか?」

「何のためによ?」

「さあ……」

 紗耶加は意見したが、斎藤につっこまれて素直に引いた。まあ、何がしたいかなんて、相手が何を考えているかわからないのだから、わからないだろう。


「というか、俺たちって、政府の検索欄で検索かけたら、名前、引っかかるじゃん」

「ああ。第2級、3級使用制限魔法の行使者は名前が公開されてるからね。まあ、普通は検索しないから、みんな知らないだろうけど」

 千尋と晃一郎の会話だ。この学校は世界的魔法学校であり、ゆえにレベルが高い。そのため、使用制限魔法の行使者が多いのは確かだ。たぶん、この中で特に使用制限魔法を持っていないのは紗耶加と敬くらいではないだろうか。敬の場合は、単に攻撃魔法が苦手なだけだし、紗耶加は威力より技術を重視しているから当然と言えば当然だが。


 政府から指定された使用制限魔法を使えるものは、魔法省のホームページの検索機能で検索をかければ名前がわかる。第3、第2級使用制限魔法が魔法省のホームページに載っているからだ。さすがに第1級使用制限魔法は情報公開されていないが、魔法が載ればその行使者も記載されることが多い。


 とはいえ、その事実を知っているものはほとんどいないだろう。ゆえに、検索する人はほとんどいないと思われる。ただ、すでに公開されている情報を手に入れようとは盗人も思わないはずだ。

 とりあえず、個人情報が盗まれた理由は置いておくとして、学校のセキュリティーがまた厳しくなるようだ。また厳しくなるのか、この学校のセキュリティー……。


「で。生徒にこんなことを頼むのは気が引けるが、教師だけでは生徒全員をカバーできなくてな。個人情報が盗まれたことで騒ぐ生徒がいたら、適当に言いくるめてくれ。ダメそうなら、俺か川崎先生の所に連れてきてくれ」

 仁科先生が言った。川崎先生は生徒指導の男性教師だ。中年の優しげな先生だが、笑顔で鋭い指摘をしてくるタイプ。


 どうやら、恭子たちは生徒たちのまとめ役として呼ばれたようだ。風紀委員は少し業務内容に変更が加わるらしく、敬が詳しい話を聞いているようだ。







 話は変わるが、魔法学校は文部科学省ではなく魔法省の配下になる。魔法学校と名のつくところはすべてそうだ。しかし、普通学校の中に魔法科や魔法学部がある場合は文部科学省配下になる。

 そのため、魔法学校で何か起こると、派遣されてくるのは教育委員会ではなく、魔法省の役人だ。しかも、魔術師が派遣されてくることが多いので、こういうこともありうる。


「まさかのおふくろ」


 千尋が自分の母の背中を見てつぶやいた。彼の隣にいるその姉も「そう言えば、魔法省所属の研究員だったね」と言って苦笑している。基本的にドクター香坂は家で引きこもっているから、忘れていたのだろう。


 今、ミネルヴァ魔法学院には魔法省からの調査グループが来ていた。その中の1人が千尋と悠李の母、ドクター香坂なのである。彼女は特に情報解析魔法や透視魔法が得意だった覚えはないのだが、まあ、機械に関しては彼女に任せればいい気はする。


「悠李ちゃん、お母さんにそっくりだね」

「よく言われるんだよ。おそらく、髪形を同じにして同じ服を着たら、見分けがつかないんじゃないかな」


 氏家の言葉に、悠李がおどけるようにそう言った。たぶん、見分けることは不可能ではないと思う。悠李の方が釣り目だし。ただ、確かに難しいだろう。


 にしても、気づかないうちに悠李と氏家が仲良くなっている。どうしたのだろうか。恭子の記憶では、氏家は悠李のことを『香坂さん』と呼んでいたはずだ。

「……何があったんでしょうね?」

「知らん」

 碧がバッサリと切り捨てたが、恭子はにっこりと笑った。碧も恭子も、悠李の幼馴染だ。気にならないはずはないだろう。


 恭子と碧がふざけた応酬をしている間に、調査が終わったらしい。この学校の生徒の保護者でもあるドクター香坂からの報告である。

「どれだけデータが流出したかは、残念ながらわからなかったわ。でも、この学校に通う使用制限魔法の行使者のデータは持って行かれているわね」

「……」

 みんな無言である。集められている生徒たちのほとんどが、使用制限魔法の行使者だからだ。いい気はしないだろう。

「ちなみに、成績の方も流出してるみたい」

「! マジか! 海外のスパイか!?」

 千尋が母親相手とあってツッコミを入れた。しかし、なかなか鋭いツッコミではある。


 人口の約3分の1が魔力持ち、そのうち3分の2は魔術師と言われる現代だ。その人の魔法傾向にもよるが、魔術師というのはかなりの戦力になる。恭子や碧などは戦略レベルの魔法戦力となりうる可能性がある。そして、魔術師の就職先として多数を占める中に、自衛隊がある。日本の軍事規模を知るために、まだ学生の魔術師のデータを入手しようとしている国があってもおかしくはない。特に、後進国などは。


 まあ、それはともかく。流出したデータは消去するのは難しい。インターネットが普及している現代、一度拡散したデータはすべて消し去ることは不可能だと言われている。一応、魔法省の役人たちは、ほかの部署とも連携して消去を試みる、と言っていたが、たぶん、不可能だろう。


 不安げな表情が多い中、碧、香坂兄弟、氏家はケロッとしていた。

「まあ、拡散したものは仕方ねぇよな」

「もともと、僕たちはデータがネット上に流出してるしね」

「見られて困るようなデータでもないし」

「本当に不安なら、個人データは変えればいいしね」

 千尋、悠李、碧、氏家の順だ。この4人、豪胆だな……。ちなみに、この4人の心無い発言は周囲からブーイングを巻き起こした。しかし、恭子たちが心配してもどうにもならないのは事実だ。


 それにしても、何故この学校の生徒のデータが盗まれたのだろうか。魔法省は他の学校や大学にも確認してみると言っていたが、データ流出の噂は聞かない。謎すぎて不気味だ。

 計画的犯行なら、停電も故意のはずだが、人的証拠は出ていないという。まあ、魔術を使えばそれくらいちょろいし……。


 もやもやとしたものが抜けないまま、その日は解散となった。





ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


一応、フラグは回収する予定です。今のところ。

個人情報流出は怖いですね。


次は8月11日、月曜日です。作中では一気に8月下旬まで飛ぶ予定。

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